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教員にはなぜ残業代が支払われないのか?

埼玉県内の市立小学校の59歳の男性教員が,

教員の時間外労働に対して残業代が支払われていないのは違法だとして,

残業代の支払いを求めて,さいたま地裁に提訴しました。

 

 

原告の教員は,教員を働かせ放題にさせている現状が許せず,

このままでは次世代の教員に引き継げないという覚悟のもと,

提訴にふみきったようです。

 

 

このブログで以前説明しましたが,教員は,

「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」

(給特法といいます)によって,残業については,

他の公務員とは異なる取扱をうけています。

 

 

 

すなわち,教員には,修学旅行や遠足などの学校外の教育活動や,

家庭訪問や学校外の自己研修など教員個人での活動,

夏休みなどの長期の学校休業期間という

勤務態様の特殊性を踏まえて,給特法により,

教員には,残業代が支給されず,その代わりに,

給料月額の4%に相当する教職調整額が支給されます。

 

 

教員以外の一般の地方公務員は,時間外労働をした場合に,

残業代が支払われるのですが,地方公務員の中で教員だけが,

残業代が支払われず,4%の教職調整額が支給されているのです。

 

 

この4%の教職調整額ですが,昭和41年の教員の勤務状況調査

の結果を踏まえて,超過勤務時間相当分として

算定されたものが,今でも適用されているのです。

 

 

このように,給特法によって,教員は,どれだけ働いても,

4%の教職調整額が支給される以外に

残業代が支払われないという不合理な状況にあるのです。

 

 

過去の裁判では,給特法においても,教員の

「自由意思を極めて強く拘束」し,「常態化している」時間外労働

についてのみ,残業代が支払われるという非常に狭い基準

が示されましたが,結論として,教員の残業代請求は退けられています。

 

 

しかし,この給特法は,現代の教員の働き方に全く適合していません。

 

 

先日公表された今年の過労死白書によりますと,

教員の1日あたりの平均勤務時間は11時間17分です。

 

 

1日8時間を超える時間が残業になるので,

教員は毎日3時間近く残業していることになります。

 

 

さらに,教員は,部活動などで休日も働いていますので,

1ヶ月の時間外労働が過労死ラインである80時間を超えて

働いている方が多いと考えられ,実際,他の業種と比較しても,

荷重労働によって過労死や過労自殺する教員は多いです。

 

 

 

 

教員は,朝早くに出勤して,登校してくる生徒の見守りや,

授業の準備,部活動,保護者対応など,

仕事が多く,長時間労働になっていまうのです。

 

 

仕事内容が変わらないまま,

管理職から早く帰るように指示されても,

自宅での持ち帰り残業が増えるだけで,

何の解決にもなりません。

 

 

給特法によって,残業代が支払われないために,

教員が働かされ放題になり,長時間労働が蔓延しているのです。

 

 

給特法を廃止して,働いた時間分の残業代が支払われるようになれば,

自治体や教育委員会は,残業代増加による人件費の増加に危機感を覚えて,

長時間労働を是正するための抜本的な対策を考えざるをえなくなります。

 

 

残業代の支払いには,使用者に対して,

長時間労働を抑制させる機能がありますので,

給特法を廃止して,適正な残業代が支払われるようにして,

教員の長時間労働に歯止めをかけるべきだと思います。

 

 

さいたま地裁の裁判がきっかけとなり,

給特法を廃止する流れになることを期待したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

未払残業代請求と一緒に請求する付加金とは?

未払残業代を請求する際に,付加金というものを一緒に請求します。

 

 

労働基準法114条により,裁判所は,

会社が残業代を支払っていないなど,

労働基準法で支払義務が課せられている一定の金員について,

その未払いがあるときに,労働者の請求により,

未払金と同一額の付加金の支払いを命じることができます。

 

 

すなわち,付加金とは,労働基準法で支払いが命じられている

金銭を支払わなかった会社に対して,

労働者の請求により裁判所が命じる

未払金と同一額の金銭のことをいいます。

 

 

なぜ,付加金の制度が設けられたのかといいますと,

労働者を保護するために,残業代の支払いをしない会社に対し

一種の制裁として経済的不利益を課すこととし,

その支払いを促すことで労働基準法の各規定の実効性を高めて,

会社による残業代の未払いによって

労働者に生じる損害の填補を図るためなのです。

 

 

このような制度趣旨のため,労働者が請求すれば,

裁判所が会社に対して,必ず付加金の支払いを命令するのではなく,

諸般の事情を考慮して,裁判所の裁量によって,

付加金の支払いを命じるか否かが判断されます。

 

 

 

 

それでは,どのような場合に付加金の支払いが命じられるのでしょうか。

 

 

それは,端的に言うと,会社の対応が悪質な場合です。

 

 

会社の対応が悪質であった具体例を紹介します。

 

 

以前,ブログで紹介した東京港運送事件

で付加金の支払いが認められたので,

どのような事情が付加金の支払いにおいて

考慮されるのかをみてみます。

(東京地裁平成29年5月19日判決・労働判例1184号37頁)

 

 

東京港運送事件では,次の事情が考慮されました。

 

 

①被告会社は,原告の労働条件をことさらに不明確な状態において,

最低賃金を下回る賃金を適用していたこと。

 

 

②原告の時間外労働が1ヶ月100時間を超える月があり,

残業代の支払いがないまま長時間労働が行われていたこと。

 

 

 

 

③原告は長時間労働による疲労の蓄積や睡眠不足により,

物損事故を起こしたところ,被告会社は,

原告から未払残業代の請求を受けると,

物損事故による168万円の損害賠償請求を原告に示唆して,

威嚇的といえる対応をしたこと。

 

 

このように,会社の労働基準法を守らない態度が明らかになったり,

労働者に対してひどい対応をした会社には,

付加金という制裁がなされるリスクがあります。

 

 

会社が未払残業代の事実を認めて,労働者に対して,

未払残業代を支払えば,付加金の支払いを命じられることはありません。

 

 

労働者としては,会社の対応の悪質性を主張して,

未払残業代請求と一緒に付加金の請求をしていきます。

 

 

付加金の請求で注意が必要な点は,

付加金は2年で自動的に消滅してしまうことです。

 

 

未払残業代請求は,会社に請求書を内容証明郵便で送付して,

6ヶ月以内に裁判手続を行えば,消滅時効を中断できるのですが,

付加金の場合,消滅時効のように中断をすることができないのです。

 

 

 

 

未払残業代請求をするときには,

忘れずに付加金の請求を一緒にしましょう。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

タクシー運転手の未払残業代請求

タクシー運転手は,長時間運転しなければならないので,

腰やお尻を痛めやすく,交通事故に巻き込まれる危険もあります。

 

 

 

 

大変な労働であるにもかかわらず,賃金が低いことが多いです。

 

 

中には,適切な残業代が支払われておらずに,

最低賃金以下で働かされているタクシー運転手もいます。

 

 

このように厳しい労働環境でがんばっているタクシー運転手が,

未払残業代請求をした東京エムケイ事件を紹介します

(東京地裁平成29年5月15日判決。・労働判例1184号50頁)。

 

 

タクシー運転手12名が会社に対して,未払残業代を請求しました。

 

 

被告会社では,固定給のタクシー運転手と

売上連動型の給与のタクシー運転手がいました。

 

 

このうち,固定給のタクシー運転手の未払残業代について,

被告会社は,固定残業代を支払っているので,

未払残業代はないと主張しましたが,

裁判所は,未払残業代請求を認めました。

 

 

固定残業代とは,実際の残業時間とは関係なしに,

一定の残業を行ったとみなして,定額の残業代を支払うことをいいます。

 

 

ブラック企業は,基本給を最低賃金ギリギリに設定して,

その代りに固定残業代を多くして,長時間働いても,

固定残業代の範囲内で残業代はまかなわれているとして,

労働者に長時間労働を強いるように悪用していることがあります。

 

 

 

 

固定残業代が有効になれば,固定残業代の金額分が

残業代としてすでに支払済みとなり,

固定残業代が残業代の時間単価算定の基礎となる賃金から

外れる結果,時間単価が低くなり,残業代の金額が少なくなります。

 

 

逆に,固定残業代が無効になれば,会社は,

残業代を1円も支払っていないことになり,

固定残業代が残業代の時間単価算定の基礎となる賃金に

含まれることになり,時間単価が高くなり,残業代の金額が多くなります。

 

 

そのため,未払残業代請求事件では,

固定残業代が有効か無効かという論点が激しく争われます。

 

 

固定残業代が有効となるためには,

固定残業代部分と通常の賃金部分が明確に区別されていること

が必要となります。

 

 

東京エムケイ事件では,固定給の労働者の給料の内訳は,

基本給,精勤手当,無事故手当,業務手当,基準外手当に分かれており,

このうち,基準外手当が固定残業代として有効かが争いとなりました。

 

 

被告会社は,基準外手当は,時間外手当,深夜手当,休日出勤手当

を含むものと主張しましたが,給与明細からそのことは明らかではなく,

固定残業代として予定されている時間数または

計算方法が明らかではないとして,

固定残業代部分と通常の賃金部分が明確に区別されておらず,

基準外手当は固定残業代として無効と判断されました。

 

 

固定残業代が争われる事件では,

就業規則,賃金規定,給与明細などを分析して,

固定残業代部分と通常の賃金部分とが明確に区別されているかを

入念にチェックしていくことが重要になります。

 

 

なお,売上連動型給与のタクシー運転手については,

利益配分等の計算方法について,労使の合意に基づいており,

有効であり,固定残業代部分と通常の賃金部分が明確に

区別されていることから,固定残業代は有効と判断されました。

 

 

タクシー運転手の給与体系は,売上連動型の場合,

複雑になっていますので,長時間労働のわりに給与が低いと感じる

タクシー運転手は,一度弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労働契約書や労働条件通知書がなくても残業代請求をあきらめない!

労働契約書や労働条件通知書がない場合,

残業代の基礎となる賃金をいくらにして

計算すればいいのでしょうか。

 

 

 

労働者としては,何時から何時までが勤務時間で,

会社から支払われる賃金がいくらなのかが分からなければ,

安心して働くことができないので,労働基準法では,

労働者に労働条件通知書を交付することを会社に義務付けています。

 

 

しかし,地方の中小企業では,労働基準法を守らずに,

労働契約書を締結していなかったり,

労働条件通知書を交付していないところもあります。

 

 

このような場合に,労働者は,残業代を請求するために,

どうやって残業代を計算すればいいのか困ります。

 

 

本日は,この点について,労働者に有利な判断をした

東京港運送事件を紹介します。

(東京地裁平成29年5月19日判決・労働判例1184号37頁)

 

 

トラック運転手が,会社に対して未払残業代を請求した事件です。

 

 

 

 

この事件では,原告のトラック運転手と被告会社との間に

労働契約が成立していますが,賃金の金額や計算方法を証明する

労働契約書や労働条件通知書は作成されていませんでした。

 

 

被告会社は,「月給28万円以上可!」という求人広告を出しており,

原告のトラック運転手は,求人広告を見て,被告会社に応募しました。

 

 

採用面接の際に,被告会社からは求人広告とは異なる

労働条件の説明はありませんでした。

 

 

原告のトラック運転手の給料は,

基本給,皆勤手当,愛車手当,稼働手当,

臨時手当,第二稼働手当,職務手当で構成されており,

賃金規定には,臨時手当,第二稼働手当,職務手当は

割増賃金の支給であると定められていました。

 

 

トラック運転手の給料は,基本給を少なくして,

その他の手当を多くして,残業代を支払わないように

していることが多いです。

 

 

まず,労働契約書や労働条件通知書が存在しない場合,

次のことを考慮して,賃金や労働条件を確定するべきと判断されました。

 

 

①求人広告の内容

②労働者が採用される経緯

③労働者と使用者との間の会話内容

④予定されていた就労内容

⑤職種

⑥就労及び賃金支払の実績

⑦労働者の属性

⑧社会一般の健全な労使慣行

 

 

本件では,①求人広告について,

会社が求人広告とは異なる労働条件を説明せずに,

労働者を採用した場合,求人広告の内容で

労働契約が成立すると判断されました。

 

 

また,⑥就労及び賃金支払の実績について,

被告会社は,臨時手当,第二稼働手当,稼働手当は

割増賃金であると賃金規定で定めていますが,

この3つの手当を除いて,時給を計算すると最低賃金を下回ります。

 

 

さらに,3つの手当に対応する時間外労働の

時間数が示されていないこと,

第二稼働手当や職務手当は定額で算定さており,

時間外労働の有無や程度で増減していないことから,

3つの手当は,割増賃金とはいえず,

残業代を計算するための基礎賃金に含まれることになりました。

 

 

賃金規定で「~手当」は割増賃金であるという規定があったとしても,

最低賃金を下回っていたり,時間外労働との関係が不明な場合には,

「~手当」が割増賃金としては認められず,

残業代が1円も支払われていなかったこととなり,

さらに,「~手当」が残業代計算の基礎賃金となるので,

残業代の単価が高くなるのです。

 

 

その結果,労働者の未払残業代が高額になります。

 

 

労働契約書や労働条件通知書がなくても,

求人広告などをもとに残業代を計算することができますので,

あきらめずに,なにか資料がないか検討することが重要になります。

 

 

求人広告が後々重要な証拠になる可能性がありますので,

労働者は,求人広告を大切に保管しておくといいでしょう。

 

 

他方,会社は,労働基準法を守らずに,

ずさんな労務管理をしていると,

多額の未払残業代を支払わなければならなくなり,

痛い思いをすることになることをよく理解しておくべきです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

台風で会社から待機を命じられたら,あなたの労働時間としてカウントされるのか?

今年は大型の台風が日本列島を直撃することが多いですね。

 

 

 

 

8月下旬には,台風21号によって,

関西空港の滑走路が使えなくなったり,

タンカーが連絡橋に衝突して,

空港への行き来ができなくなる等の大きな被害が発生しました。

 

 

また,9月30日には大型の台風24号

による被害が発生しましたし,今週末には

台風25号が日本列島に近づいているという

ニュースが流れています。

 

 

大型台風の場合,公共交通機関がまひしてしまい,

出社できなくなったり,帰宅困難者になるリスクがあります。

 

 

 

 

そこで,会社が,労働者に対して,

台風の影響がひどくなる前に,

定時よりも早目に出社を命じた場合,

早く出社した時間から本来の出社時間までの

待機時間は労働時間になるのでしょうか

 

 

労働者としては,会社の命令で早く出社して

待機しているのですから,

労働時間にカウントしてもらいたいですよね。

 

 

結論からいいますと,その待機時間に普通に仕事をしていれば

問題なく労働時間になりますが,その待機時間に

自由に休憩を与えられていたのであれば,

労働時間ではないと考えられます。

 

 

そもそも,労働時間とは,会社の指揮命令下に置かれている時間

のことをいい,その時間に労働の提供が義務付けられていると

評価できる場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,

労働時間になります。

 

 

会社が台風の関係で,始業時刻を繰り上げても,

待機時間に自由に休憩が与えられて,

労働からの解放が保障されていたのであれば,

その待機時間は労働時間ではなく,

待機時間以外の労働時間が8時間以内であれば,

残業代は発生しないことになります。

 

 

逆に,始業時刻を繰り上げて,待機時間中も働いていたのであれば,

その待機時間は労働時間となり,1日の労働時間が8時間を超えれば,

8時間を超えた部分について残業代を請求することができます。

 

 

そのため,待機時間に働いていたのか,

完全に休んでいたのかを検討する必要があるのです。

 

 

ちなみに,台風などの災害による復旧工事などのために,

労働者に残業を命じる場合,労働基準監督署に届出をして,

時間外労働の部分について,残業代を支払わなければなりません

 

 

 

 

自然災害が発生すると,人命救助や復旧作業で多くの方々が

一生懸命に働いていますが,ちゃんと残業代が支払われているのかがきにかかります。

 

 

災害があっても,会社が労働基準法を守っているのか

を検討してみてください。

 

 

本日もお読みいただき,ありがとうございます。

医師の未払残業代請求事件(年棒制と固定残業代の関係)

会社が労働者に対して,年棒制で給料を支払っている場合,

年俸の中に残業代が含まれているとして,

残業代を支払わないことは適法なのでしょうか。

 

 

この問題について,残業代込みの年棒制の給料を受給していた

医師が,病院に対して,未払残業代を請求した,

医療法人社団康心会事件を紹介します。

(東京高裁平成30年2月22日判決・労働判例1181号11頁)

 

 

 

 

最近,残業代を労働者に支払われる基本給や諸手当に

予め含めることで,残業代を支払うという

固定残業代制を導入している会社が多いです。

 

 

おそらく,毎月,労働者の残業時間をチェックして,

残業代を計算するのが複雑でめんどうなので,

とりあえず,何時間か残業したとして定額で残業代

を支払っていることにしているのだと思います。

 

 

本来,残業代は,労働基準法や厚生労働省令で定められている

計算方法で算出して個別に支払われるべきなのですが,

労働基準法などで定められた計算方法で算出された

残業代を下回らなければ,固定残業代という方法で

残業代を支払っても違法とはなりません。

 

 

もっとも,固定残業代の支払いを受ける労働者としては,

会社から支給される固定残業代が,本当に労働基準法等で

定められた計算方法で算出されるべき残業代を下回っていないか

を検討できないと,本来もらえるはずの残業代を

もらえていないかもしれず,損をすることになりかねません。

 

 

 

そこで,最高裁は,固定残業代の有効要件として,

①労働契約の基本給などの定めにつき,

通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金に当たる部分

とを判別できなければならず(判別要件),

②判別されたところの割増賃金にあたる部分の金額は,

労働基準法などで算定されるところの金額以上であること

(金額適格性)が必要となります。

 

 

康心会事件では,年俸1700万円と合意されていただけであり,

1700万円のうち,いくらが時間外労働に対する割増賃金

にあたる部分かが明らかにされていませんでした。

 

 

よって,原告の医師に支払われた1700万円の年俸について,

通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分

とを判別することができないとして,

病院の固定残業代の主張は退けられました。

 

 

結果として,原告の医師の未払残業代273万円が認められました。

 

 

また,被告の病院は,原告の医師との年俸の合意の

合理的な解釈として,年俸によりすでに割増賃金の一部が

支払済みであると主張しました。

 

 

しかし,労働契約書や賃金規定に,

法定労働時間(1日8時間)分の労働の対価と

時間外労働の対価の対応関係を示す記載がなく,

被告の病院から,原告の医師に対して,

そのような説明をしたこともないことから,

被告の病院の主張は退けられました。

 

 

最近の裁判例は,労働契約書や就業規則,賃金規定に,

固定残業代の計算根拠をしっかり記載するか,

労働者に固定残業代の計算根拠を説明するかしないと,

固定残業代を有効と判断しない傾向にあり

この流れは労働者にとって,有利であります。

 

 

年棒制と固定残業代について判断した重要な裁判例ですので,

紹介させていただきました。

 

 

本日も,お読みいただき,ありがとうございます。

タクシーの客待ち時間は労働時間なのか

タクシーの運転手が客待ちをしている時間は

労働時間になるのでしょうか。

 

 

本日は,タクシー運転手の客待ち時間が労働時間にあたるか

否かが争われた中央タクシー事件

(大分地裁平成23年11月30日判決・労働判例1043号54頁)

を紹介します。

 

 

大きな駅にいくと,タクシーが順番に並んで,

お客さんを乗せて,出発していきます。

 

 

 

 

 

大きな駅のタクシーの順番に並んでいると,

お客さんを乗せるまでの待ち時間が長いので,

タクシー運転手の仲間たちとおしゃべりをしている人,

タクシーの中で弁当を食べている人,

タクシーの中でスポーツ新聞を読んでいる人,

タクシーの中で昼寝をしている人

などタクシーの運転手はさまざまな過ごし方をしています。

 

 

一見すると仕事をしていないように見えるので,

労働時間とはいえないようにも思えますが,

タクシーの客待ち時間は労働時間になります。

 

 

そもそも,労働時間とは,会社の明示または黙示の

指揮命令下に置かれている時間をいいます。

 

 

タクシーの運転手は,客待ち時間中にも,

無線で呼び出しがあれば,呼び出しのあった場所へ

お客さんを迎えにいかなくてはならないので,

会社の指揮命令下に置かれていると評価できます。

 

 

また,駅でタクシーの順番に並んでいても,

前に並んでいるタクシーが順番に進んでいくので,

それに続いて進まないと,後がつかえるので,

お客さんを乗せるために運転を継続しているのといえ,

タクシーの客待ち時間は労働時間になるのです。

 

 

 

 

中央タクシー事件では,30分を超える客待ち時間は,

一律に労働時間ではないという取扱がされていましたが,

30分を超える客待ち時間も労働時間にあたると判断されて,

タクシー運転手の未払残業代請求が認められました。

 

 

さらに,中央タクシー事件では,会社は,会社と労働組合との間で,

会社の指定する場所以外の場所で30分を超える客待ち時間は,

労働時間からカットするという内容の労働協約が締結されていた

と主張していました。

 

 

しかし,そのような労働協約があったとしても,

ある時間が労働時間にあたるか否かは当事者の約定にかからわず,

客観的に判断するべきとされ,客観的に判断すれば,

客待ち時間は会社の指揮命令下に置かれている時間であり,

労働時間にあたると判断されました。

 

 

会社の就業規則などで,ある時間が労働時間ではないと

定められていても,客観的にみて,

ある時間が会社の指揮命令下に置かれている時間であれば,

ある時間は労働時間になるのです。

 

 

以前私が担当した,タクシー運転手の賃金が最低賃金を

下回っているとして,支給された賃金と最低賃金との差額

を請求した事件において,客待ち時間が労働時間か否か

が争われましたが,裁判所は,客待ち時間を労働時間として,

最低賃金との差額を認めてくれました。

 

 

タクシー会社によっては,客待ち時間を労働時間に含めずに,

賃金を支払っている場合がありますので,

客待ち時間を労働時間として計算すれば,

タクシー運転手は残業代を請求できる場合があります。

 

 

タクシー運転手は,タコグラフやアルコールの呼気検査,

運転日報などで労働時間を証明できるので,

働いているわりに,賃金が低いと感じるのであれば,

未払残業代の請求を検討してみることをおすすめします。

 

 

本日も,お読みいただき,ありがとうございます。

移動時間は労働時間なのか

未払残業代請求の事件では,ある時間が労働時間か否か

が争われることがよくあります。

 

 

ある時間が労働時間に該当すれば,会社は,その時間分の賃金を,

労働者に支払わなければならなくなります。

 

 

また,会社が労働時間ではないと主張していた時間が

労働時間になれば,労働者は,会社が想定していたよりも

長く働いていたことになり,残業していたことになるので,

未払残業代が発生するのです。

 

 

そこで,本日は,労働時間か否かが争いになる

移動時間について解説します。

 

 

まず,通勤時間について検討します。

 

 

 

 

そもそも,労働時間とは,労働契約に基づき,

労働者が会社に対して,労働を提供している時間です。

 

 

これに対し,通勤とは,労働者が会社に労働を提供する

前の準備行為と位置づけられています。

 

 

また,電車やバスの通勤であれば,通勤時間中は寝ていても,

本を読んでいても,スマホをしていても,労働者の自由です。

 

 

そのため,通勤時間は労働時間とはいえません。

 

 

会社へ通勤するのではなく,会社の外の仕事現場へ

直行直帰する場合の移動時間も,

通勤時間と同じで労働時間とはいえません。

 

 

次に,外回りの営業マンが営業先から営業先へ

移動する時間について検討します。

 

 

通常,営業マンは,営業先から営業先へ寄り道をせず,

まっすぐに移動するように指示されております。

 

 

そのため,営業先から営業先への移動は,

会社からの指揮命令下に置かれている時間

といえますので,労働時間となります。

 

 

最後に,出張中の移動時間について検討します。

 

 

 

 

出張中の移動時間も,就労場所へ移動するという,

労働を提供するための準備時間といえます。

 

 

また,電車で長距離移動しても,電車の中で,

寝ていようが,スマホをしていようが,

労働者の自由であることがほとんどです。

 

 

そのため,原則として,出張の移動時間も労働時間にはなりません

 

 

もっとも,移動時間中に,出張先の会議で使用する資料を

パソコンで作成していたり,出張の目的が物品を運ぶことであり,

移動中その物品を監視しなければならない場合には,

出張の移動時間であっても労働時間といえることがあります。

 

 

なお,出張先への移動が休日に行われたとしても,

休日労働として取り扱われないことになります。

 

 

このように,通勤時間や出張先への移動時間は

労働時間とはいえませんので,未払残業代を計算するときに,

何時から何時まで働いたのかを算出する際,注意する必要があります。

外回りの営業マンの残業代請求

外回りの営業マンの場合,会社の外で仕事をしているので,

会社は,営業マンが外回りをしているときの

労働時間を算定することが難しいときがあります。

 

 

そのような場合,会社が,事業場外労働のみなし時間制という制度

を利用して,会社の外で行った仕事について,

一定の労働時間仕事したものとみなして,

残業代を支払わないようにしていることがあります。

 

 

例えば,営業マンが会社の外で9時間働いたとします。

 

 

 

 

通常であれば,この営業マンは,1日8時間を超えた

1時間分の残業代を会社に対して請求できます。

 

 

ところが,事業場外労働のみなし時間制が適用されれば,

営業マンが会社の外で働いた時間が9時間であっても,

所定労働時間(労働契約で定められている勤務時間)である

7時間45分働いたとみなされてしまい,

1日8時間以内の労働となり,

残業代を請求することができなくなります。

 

 

会社から,事業場外労働のみなし時間制だから,

残業代は一切支払う必要がないと言われた場合,

労働者は,残業代請求をあきらめなければならないのでしょうか。

 

 

結論をいうと,事業場外労働のみなし時間制が有効に適用される

ことは少なく,労働者は,残業代請求をあきらめなくてもよいのです。

 

 

事業場外労働のみなし時間制を適用するための要件の一つに,

労働時間を算定し難いとき

というものがあります(労働基準法38条の2第1項)。

 

 

会社の外で働いている労働者の労働時間を会社が把握・算定できる

のであれば,事業場外労働のみなし時間制は適用されないのです。

 

 

そして,「労働時間を算定し難いとき」とは,

「就労実態等の具体的事情をふまえ,社会通念に従い,

客観的にみて労働時間を把握することが困難であり,

使用者の具体的な指揮監督が及ばないと評価される場合

とされています(東京高裁平成23年9月14日判決・

阪急トラベルサポート事件・労働判例1036号14頁)。

 

 

もうすこし具体的に検討すると,

会社の事前の具体的指示があったり,

労働者が日報を提出して,

事前または事後に業務予定の報告を会社にしていたり,

携帯電話や電子メールを利用して業務指示や

業務報告が行われていたならば,

労働時間を把握することが可能であり,

会社の具体的な指揮監督が及んでいるといえます。

 

 

このように,会社から,事業場外労働のみなし時間制を主張されても,

これらの事情があれば,事業場外労働のみなし制は適用されなくなり,

実際に働いた時間で残業代を計算して

会社に請求すれば,認められることになります。

 

 

また,仮に,事業場外労働のみなし時間制が適用されたとしても,

外回りの営業マンが仕事をするために必要とされる時間が

平均的に7時間45分ではなく,9時間であれば,

みなし労働時間は7時間45分ではなく9時間となり,

1日8時間を超える1時間分の残業代を請求できます。

 

 

さらに,事業場外労働のみなし時間制が適用されたとしても,

休日労働と深夜労働については,通常どおり残業代を請求できます

 

 

現在では,通信技術が発達しており,会社は,

労働者が今どこにいるのかをリアルタイムに把握することができ,

思い立ったときに,指示を与え,報告を求めることができますので,

「労働時間を算定し難いとき」は少なくなっています。

 

 

 

そのため,会社から事業場外労働のみなし時間制を主張されても,

認められることはあまりないと考えられますので,

労働者,あきらめずに残業代請求を検討してみてください。

タイムカードがなくても未払残業代請求をあきらめない

未払残業代の法律相談を受けていると,

タイムカードなどで労働時間の把握をしていない中小企業があり,

労働者も自分で労働時間の記録をつけておらず,

労働時間をどうやって証明するべきかについて悩む場面が多々あります。

 

 

 

 

厚生労働省は,

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準

を定めており,会社は,労働時間を適正に管理するため,

労働者の労働日ごとの始業時刻・終業時刻を確認し,

これを記録することが義務付けられています

 

 

しかし,この労働時間把握義務が守られていないのが現状です。

 

 

また,自分の労働時間を,残業代計算アプリなどを利用して,

自分自身で記録している労働者も少ないのが現状です。

 

 

他方で,裁判では労働時間を証明する責任は労働者にあるので,

労働者は,労働日ごとに,何時から何時まで働いたのかを

特定して主張しなければならないので,

労働時間を証明するための証拠がない場合には,

どう対応すべきか頭を悩ませます。

 

 

この労働時間の証明において,

労働者に有利な判断をした裁判例を見つけたので,

紹介させていただきます。

 

 

その裁判例とは,大阪高裁平成17年12月1日判決・

ゴムノイナキ事件・労働判例933号69頁です。

 

 

この事件では,被告会社では,タイムカードなどを

用いた出退勤管理は行われていませんでした。

 

 

原告の妻は,原告の帰宅が遅いことから,

その体調を心配して,7ヶ月間ほど,

原告の帰宅時間を30分単位でノートに記載していました。

 

 

 

 

原告が退社後に飲み会に参加するなどの寄り道をした可能性があり,

また,原告が帰宅したときに妻が寝ていたときには,翌朝,

原告が妻に帰宅時間を伝えたのですが,それでは正確な記録とはいえず,

妻のノートの帰宅時間だけでは,

退社時刻を確定することはできませんでした。

 

 

ようするに,妻のノートは,

証拠としての価値は低いと判断されたのです。

 

 

自宅と会社の距離が近く,

退社時刻と帰宅時間との時間差が短いのであれば,

帰宅時間で退社時刻を確定することも可能だったのかもしれません。

 

 

しかし,裁判所は,タイムカードなどによる

出退勤管理をしていなかったのは被告会社の責任によるものであり,

これを原告に不利益に扱うべきではないと判断しました。

 

 

また,被告会社は,休日出勤や残業の許可願を提出せずに

残業している従業員がいたことをわかっていながら,

これを放置していました。

 

 

 

そのため,裁判所は,原告の具体的な終業時刻や

残業時間に行った仕事内容が明らかではないことをもって,

時間外労働の証明が全くされていないとして扱うべきではなく

全ての証拠を総合考慮して,ある程度概括的に時間外労働を推認し

原告は,平均して午後9時まで残業していたと判断して,

原告の未払残業代請求を認めたのです。

 

 

このように,タイムカードなどの労働時間を客観的に

記録した証拠がなかったとしても,

手持ちの証拠を総合考慮することで,

平均的な残業時間を計算すれば,

未払残業代請求が認められる可能性があります。

 

 

未払残業代請求事件では,諦めずに,知恵を絞って,

証拠をなんとか探し出して,

せめて平均的な残業時間を計算できるところまでもっていけば,

道が開けるかもしれません。