電通の正社員を個人事業主に変更することの問題点
1 電通における正社員の個人事業主化
電通が一部の正社員との労働契約を業務委託契約に切り替えて、
個人事業主とする制度を公表したところ、波紋が広がりました。
報道によりますと、この制度の適用者は、電通を退職した後に、
電通が設立する新会社との間で10年間の業務委託契約を締結し、
電通時代の給料をもとにした固定報酬が支払われるようです。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66103760R11C20A1916M00/
タニタでも、労働者を個人事業主とする制度が始まっているようで、
このような動きが広がることを懸念しています。
なぜならば、労働法で保護されるべき人が労働法で保護されなくなり、
生活に困窮する人が増えるリスクがあるからです。
本日は、労働者を個人事業主に変更することの問題点
について解説します。
2 労働者は労働法で守られている
まず、労働者に該当すれば、労働基準法が適用されるので、
会社は簡単に労働契約を解除することができなくなり、
労働者が残業をすれば、残業代が支払われます。
また、仕事中にけがをしても、労災保険から治療費が支給されたり、
仕事を休んでいた期間の休業補償給付が支給されます。
労働者には、最低賃金が保障されますので、
働けば、最低賃金以上の給料の支払を受けることができます。
労働者から個人事業主になれば、
これらの労働法の恩恵を受けられなくなり、
契約期間が終了すれば、契約が打ち切られて、仕事を失ったり、
最低賃金以下の報酬しか受け取れないリスクが生じて、
生活に困窮する人が増えるおそれがあります。
会社からすれば、労働者を個人事業主にできれば、
労働者の社会保険料の負担を軽減できますし、
解雇規制がなくなるので、契約を打ち切ることができて、
コスト削減のメリットがあります。
そのため、労働者が個人事業主になることは、
労働者にとってはリスクがある一方、
会社にとってはメリットが大きいのです。
3 労働者とは
とはいえ、会社が労働者との労働契約を名称だけ、
業務委託契約に変更しただけでは、
労働者でなくなるわけではありません。
契約の名称ではなく、実態をみて、労働者か否かが判断されます。
それでは、どのような場合に、労働者と判断されるのでしょうか。
労働基準法9条に、労働者の定義が規定されています。
すなわち、労働者とは、
「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」
と定義されています。
この定義の「使用される」とは、使用従属性と言われ、
次の4つの実態から判断されます。
①使用者の仕事の依頼、業務遂行の指示などに対し、
これを拒否する自由をもっていない。
②業務の内容や遂行の方法について
使用者の具体的な指揮命令を受けている。
③勤務場所、勤務時間などが指定されている。
④報酬の性格が使用者の指揮監督の下に
一定時間労働を提供したことに対する対価と判断される。
電通の事例にあてはめてみますと、
電通の労働者が個人事業主になって、
電通と業務委託契約を締結すると、10年間、
電通の競業他社との契約は禁止されますので、
広告の仕事をするとなると、
電通から専属的に仕事をもらわざるを得なくなり、
電通からの仕事の依頼を拒絶できなくなります(①)。
いったん、電通を退職するので、
仕事の内容についての指揮命令(②)や、
勤務場所や勤務時間の指定(③)は、
緩くなると考えられますが、
電通時代の給与をもとにした固定報酬が支給されるので、
報酬が電通に対して一定時間労働を提供したことの
対価といえそうです(④)。
そうしますと、電通の正社員が個人事業主となっても、
①から④の実態を総合考慮すれば、労働者に該当して、
労働法が適用されると考えられます。
電通は、新しい働き方を求める社員の声に応じて、
正社員を個人事業主とする制度を導入したと主張していますが、
副業を解禁すればいいだけのことです。
会社が労働法の規制を免れたいために、
労働契約を業務委託契約に変更することは古典的ですが、
よくあることですので、労働者としては、
業務委託契約への変更に応じるべきではありません。
高橋まつりさんの過労自殺事件で、
世間から大きな批判を受けた電通において、
労働法を潜脱する動きがあるのは残念です。
本日もお読みいただきありがとうございます。