解雇を争うときに賞与を請求することができるのか

 

労働者が会社から解雇された場合,解雇に納得できなければ,

解雇を争うために,裁判手続を利用することがあります。

 

 

解雇を争う裁判手続において,労働者は,会社に対して,

解雇は無効なので,労働者の地位がまだありますよという

地位確認の請求と,解雇期間中の未払賃金の請求をしていきます。

 

 

 

裁判で争った結果,解雇が無効になれば,

解雇期間中に解雇がなければもらえるはずであった

毎月の給料分の未払賃金は,問題なく認められるのですが,

解雇期間中の賞与の請求については,認められないことが多いです。

 

 

それは,どうしてなのでしょうか。

 

 

本日は,解雇期間中の賞与の請求について解説します。

 

 

解雇期間中の賞与請求が認められるのは,

具体的な権利性が認められる場合に限られています。

 

 

すなわち,就業規則や労働協約,労使慣行等において,

賞与の支給基準が具体的に定まっており,その支給基準に従えば,

形式的に賞与額を算定することができる場合に,

具体的な権利性が認められて,

解雇期間中の賞与請求が認められるのです。

 

 

例えば,就業規則に,賞与は,給料の2ヶ月分支給する

と定められており,実際に,そのとおりに賞与が支給されていれば,

具体的な権利性が認められて,

解雇期間中の賞与請求が認められるわけです。

 

 

他方,賞与の金額を決定するために,

会社の成績査定を経ることが必要な場合,解雇期間中には,

会社の成績査定が実施されていないので,

賞与の金額を算定できないこととなり,

具体的な権利性が認められず,

解雇期間中の賞与請求を認めないとする裁判例は多いです。

 

 

そのような中,解雇期間中の賞与請求を認めた

裁判例があるので紹介します。

 

 

東京高裁平成30年6月18日判決

(判例時報2398号106頁)では,

大学教授に対する懲戒解雇及び普通解雇が無効とされた上で,

解雇期間中の賞与請求が認められました。

 

 

この事件では,給与規定に,賞与の支給について,

実績等を斟酌し,また,勤務の状況により

賞与を増減額することがあると定められていたのですが,

被告の大学教授の賞与は,留学や休職などの事情がない限りは,

教授ごとに個別に成績査定するという運用はされておらず,

給与額に5・25をかけることで機械的に

賞与の額を算定するようになっており,

成績査定を経ずに賞与が支給されていました。

 

 

 

 

そのため,解雇期間中に,成績査定を受けていないからといって,

解雇された原告が具体的な賞与請求権を取得していないわけではない

と判断されて,解雇期間中の賞与請求が認められたのです。

 

 

就業規則の形式面ではなく,

賞与支給の実態をみて判断することになるのです。

 

 

そのため,賞与が機械的に算定されているようなケースでは,

諦めずに,解雇期間中の賞与請求をしていく必要があると考えます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

エコノミークラス症候群と過労死の労災認定基準

朝日新聞の報道によりますと,海外出張先で長時間労働の末に

肺塞栓症(エコノミークラス症候群)を発症して死亡した

労働者の遺族が労災申請をしたものの,

労災と認定されなかったことから,

労災の不支給処分の取り消しの裁判が

大阪高裁で係属しているようです。

 

 

 https://www.asahi.com/articles/ASM9P4H1RM9PPTIL002.html

 

 

朝日新聞の報道によりますと,死亡した労働者は,

中国出張の際,深夜までホテルで,外国人顧客に対する

プレゼンの資料などを作成するために仕事をしており,

死亡する前2ヶ月間の時間外労働は,

合計240時間以上に及んでいたようで,

中国における移動時間も多かったようです。

 

 

いわゆる過労死基準では,

①発症前1ヶ月間におおむね月100時間を超える時間外労働,

または,②発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって

おおむね月80時間を超える時間外労働があれば,

発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす

特に過重な業務に従事したといえ,労災と認定されます。

 

 

 

今回の中国出張で死亡した労働者の死亡前2ヶ月間の

時間外労働の合計が240時間以上であれば,

上記①または②の要件を満たすはずです。

 

 

それにもかかわらず,どうして,労災と認定されなかったのでしょうか。

 

 

それは,死亡原因となった病名に理由があります。

 

 

過労死の労災認定を得るためには,

業務による過重負荷があったことの他に,

対象疾病を発症したこと」という

もう一つの要件を満たす必要があるのです。

 

 

この対象疾病ですが,①脳血管疾患と②虚血性心疾患があります。

 

 

①脳血管疾患とは,脳内出血(脳出血),

くも膜下出血,脳梗塞,高血圧性脳症などであり,

②虚血性心疾患とは,心筋梗塞,狭心症,

心停止,解離性大動脈瘤などです。

 

 

長時間労働や過酷な業務に従事したり,

あるいは業務上の強い過重負荷にさらされることによって,

脳や心臓にある血管へのダメージが積み重なり,

脳・心臓疾患を発症することになるのです。

 

 

そのため,過労死とは,仕事が原因で脳血管や心臓などの

循環器系の病気に罹患して死亡することを言うのです。

 

 

 

これに対して,エコノミークラス症候群は,

長時間同じ姿勢でいることが原因で,

ふくらはぎなどの足の血管にできた血栓が流されて,

肺の血管につまることで発症する肺の病気で,

上記の対象疾病とはされていません。

 

 

対象疾病に罹患していない場合,

労災と認定されるのは難しいのが現状です。

 

 

もっとも,長時間労働などの過重な仕事をして,

対象疾病以外の病気を発症して死亡した場合,

その病気と仕事の過重性との関連性を証明することができれば,

労災と認定される可能性はあります。

 

 

実際に,裁判では,対象疾病以外の病気であっても,

労災と判断されたケースがあります。

 

 

対象疾病以外の病気で,仕事の過重性との関連性を

証明するためには,医学的な証明が必要になるので,

主治医や専門医の協力が不可欠となります。

 

 

今回の事件でも,長時間のデスクワークで

エコノミークラス症候群が発症するリスクがあり,

過労と出張が重なって発症したと考えられるという

医師の意見書が裁判所に提出されているようです。

 

 

そのため,医学的にありえることなのであれば,

労災と認定されるべきだと思います。

 

 

地裁では遺族が敗訴していますが,

高裁で,労災と認定されることを願っています。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労災保険の特別加入制度

労災事故に巻き込まれたので,会社に労災の申請を依頼したところ,

会社からは,君は労働者ではないので,労災保険は使えないと言われて

困っていますという法律相談を先日受けました。

 

 

相談者の方は,会社との間で,労働契約ではなく,

業務委託契約を締結しているので,会社は,

相談者の方について,労災保険料を支払っていないようです。

 

 

このような場合,業務委託契約を締結していても,

勤務実態をみてみると労働者と評価できる場合には,

労災保険法が適用される可能性があります。

 

 

もう一つ,労災保険の特別加入制度を利用するという方法もあります。

 

 

 

本日は,労災保険の特別加入制度について説明します。

 

 

特別加入制度とは,労働者以外の者であっても,

労働者に準じて労災保険の保護を与えるにふさわしいとされる者について,

労災保険の目的を損なわず,業務上・外の認定など

保険技術的に可能な範囲で,労災保険の適用をはかることとした制度です。

 

 

中小企業の事業主や,一人親方,自営業者などが対象です。

 

 

労働者にとっての労災保険は事業主において

強制加入することとされており,

労働者が加入手続などをする必要はないのですが,

特別加入制度は,事業主や,一人親方,自営業者

などが自分で加入手続をとる必要があります。

 

 

特別加入制度を利用するための手続きについては,

加入者が従事している業務内容に応じて窓口が設けられており,

その窓口を通じて特別加入申請書を労働基準監督署へ提出し,

各都道府県労働局長の承認を受けることが必要になります。

 

 

特別加入制度に加入した者が,仕事中に負傷したり,

通勤の途中で負傷した場合,治療費,休業補償,障害補償,遺族補償など,

通常の労災に準じた種類の給付を受けられます。

 

 

 

もっとも,特別加入の場合,各種給付の給付額を算定する

基礎となる給付基礎日額の決定方法が,

通常の労災の場合とは異なり,特別加入申請の際に,

加入者自身が所得水準に見合った適切な金額を選択して申請し,

都道府県労働局長が承認した金額が給付基礎日額となるのです。

 

 

ですので,仕事中に怪我を負う危険の高い業務をする

中小企業の事業主,一人親方,自営業者は,

特別加入制度を利用して,もしものときに備えるべきだと思います。

 

 

また,特別加入制度を利用していたとしても,

仕事中に怪我をしたときの具体的な契約内容や

就労実態からして労働者と認められる場合には,

特別加入制度ではなく,通常の労災補償を受けられるときがあります。

 

 

特別加入制度で定めた給付基礎日額よりも,

通常の労災補償の給付基礎日額の方が高い場合には,

労働者であるとして,通常の労災保険給付の

請求をしてみるのがいいと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

定年退職前後の賃金の相違は不合理といえるか

先日,ある労働組合の勉強会に講師として呼ばれまして,

同一労働同一賃金について,解説しました。

 

 

私の講義の後に,多くの方が質問をされ,

正社員と非正規雇用労働者との間の労働条件の格差は

切実な問題なのだと実感しました。

 

 

さて,本日は,同一労働同一賃金に関連する

裁判例を紹介したいと思います。

 

 

ホテルの営業職の定年退職前後の賃金額の相違が

不合理な労働条件の相違といえるかが争われた

日本ビューホテル事件の東京地裁平成30年11月21日判決

(労働判例1197号55頁)です。

 

 

 

この事件では,被告の会社において,

正社員の定年は60歳だったのですが,

高年齢者の雇用確保措置として,

継続雇用制度が採用されており,正社員は,

定年退職後に,有期労働契約を締結して,

嘱託職員として再雇用されていました。

 

 

原告の退職時の月額賃金は約38万円でしたが,

嘱託職員として再雇用された後には,

月額賃金は約21万円~25万円に減額されました。

 

 

このように,定年退職の前後で,賃金額に差があることが,

労働契約法20条の不合理な労働条件の相違といえるかが争われたのです。

 

 

労働条件の相違が不合理といえるかについては,

①職務の内容,②人事異動,③その他の事情

という3つの考慮要素を総合検討して判断されます。

 

 

まず,①職務の内容について,定年退職前の原告の業務は,

売上目標を課せられ,部下の仕事の承認や,

クレーム対応などの相応の責任を伴うものでしたが,

定年退職後の原告の業務は,営業活動に限定され,

売上目標が達成できない場合には人事考課に影響するという

人事上の負担が軽減されており,職務の内容は異なっていました。

 

 

次に,②人事異動について,実態としては,

正社員には配転が実施される可能性があるのに対して,

嘱託職員には配転の実績がなく,今後も予定されておらず,

人事異動についても異なった取り扱いがされていました。

 

 

そして,③その他の事情について,正社員の賃金制度が

長期雇用を前提として年功的性格を含みながら

各役職に就くことなどに対応したものであるのに対し,

嘱託職員の賃金制度は長期雇用を前提とせず年功的性格を含まず,

役職に就くことも予定されていないという,

定年後再雇用制度の運用実態が考慮されました。

 

 

 

 

①業務の内容及び②人事異動について相違があり,

③定年後再雇用制度の運用実態からして,

定年退職の前後で賃金月額に相違があることは

不合理ではないと判断され,原告の請求は棄却されました。

 

 

最近の裁判例の傾向から,定年後再雇用のケースや

基本給の格差を争うケースの場合,

不合理と判断されるのは難しいように思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

すべては導かれている2~逆境の解釈~

田坂広志先生の「すべては導かれている」という本の

アウトプットの続きについて記載します。

 

 

 

逆境に正対するための5つの覚悟のうちの第4の覚悟は,

大いなる何かが,自分を育てようとしている」というものです。

 

 

この覚悟を定めることで,究極の楽天性を身につけることができます。

 

 

「大いなる何かが,自分を育てようとして,この逆境を与えた」

 

 

 「だからこそ,この逆境は,必ず乗り越えられる」

 

 

 「だからこそ,この逆境を糧として,必ず成長していける」

 

 

 

このように解釈することで,人間の深層意識を

楽天的,肯定的な想念で満たすことができ,

逆境に正対する力が湧いてきます。

 

 

こう考えると,逆境とは一見,自分を不幸にするものと捉えがちですが,

実は,自分を成長させてくれる素晴らしい機会なのです。

 

 

私も約9年ほど弁護士の仕事をしてきましたが,

過去を振り返って思い出せるのは,

自分にとって苦しかった事件や辛かった事件ばかりです。

 

 

ただ,自分にとって苦しかった事件や辛かった事件を経験したからこそ,

弁護士として力をつけることができた,成長できたと実感できます。

 

 

そのため,逆境を単にそのまま逆境と捉えるのではなく,

自分を成長させる絶好の機会だというように,

楽天的に解釈することが重要になると思います。

 

 

次に,第5の覚悟とは,

逆境を越える叡智は,すべて,与えられる」ということです。

 

 

この覚悟を定めることによって,

様々な不思議な体験をするようになるようです。

 

 

例えば,直観が閃く,シンクロニシティ

(心の中で考えていることと現実の世界に起こる出来事の

不思議な偶然の一致)が起こる,運気が引き寄せられる,などです。

 

 

 

私は,正直,これらの不思議な体験を経験していません。

 

 

もしかしたら,不思議な体験をしているのかもしれませんが,

自分がまだ気づいていないだけなのかもしれません。

 

 

ただ,ここ数年,潜在意識などを勉強していくにつれ,

こういった不思議な体験はありうるという感覚は身についてきました。

 

 

このような不思議な体験を感じるためには,

負の想念を持たないことです。

 

 

私達が心のなかに,怒りや憎しみ,悲しみ,後悔,不安,

などの負の想念を持つと,深層意識のレベルが

深い世界とつながるのを妨げてしまい,

私達の心の奥深くに眠る能力が発揮されなくなってしまうからです。

 

 

では,負の想念を持たないためにはどうすればいいのか。

 

 

それは,この本の最初に戻るのですが,

「すべては導かれている」という覚悟を定めることなのです。

 

 

「すべては導かれている」という思想は,

全てを肯定することにつながるのです。

 

 

「人生で起こること,すべて良きこと」

 

 

こう捉えることで,自分の心の奥深くに眠る

不思議な力と叡智が湧き上がってくるのです。

 

 

この本に記載されていることは非常に深い話しなのですが,

著者がご自身の体験をもとに具体的に,

わかりやすく語りかけてくれるので,

自分のこととして,理解することができます。

 

 

逆境にぶつかったときに読むと,

勇気が湧いてくる素晴らしい一冊ですので,

紹介させていただきました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

すべては導かれている

田坂広志先生の「すべては導かれている

という本を読みましたので,アウトプットします。

 

 

 

7月5日に田坂塾に参加して,

初めて田坂先生のお話を生で聞くことができました。

 

 

真剣勝負で,静かにそして力強く講話をされる

田坂先生のお姿を見て,なんと言葉に説得力のある方

なのかと感動しました。

 

 

なぜ,ここまで言葉に説得力があるのか。

 

 

その秘密が,この本を読んでわかった気がします。

 

 

田坂先生は,若い頃に,死を体験する大病を患ったようです。

 

 

この大病の療養中,ある禅師から,次の言葉を聞いたようです。

 

 

過去は,無い。未来も,無い。

有るのは永遠に続くいま,だけだ。

いまを,生きよ。いまを生き切れ。

 

 

 

田坂先生は,この言葉を心に定めた後,大病を克服したようです。

 

 

そして,大病を克服する過程において,

逆境を超えるための5つの覚悟に気づいたようです。

 

 

第1の覚悟は,「自分の人生は,大いなる何かに導かれている

ということです。

 

 

自分が直面している逆境を導かれた出来事であると信じて歩むと,

人生の解釈力が備わります。

 

 

解釈力とは,いま自分が直面している苦労や困難,

失敗や敗北,挫折や喪失,病気や事故などの

逆境の意味を解釈する力のことです。

 

 

この解釈力は,第2の覚悟である

人生で起こること,すべて,深い意味がある

と心に思い定めて,信じることで身につきます。

 

 

何が起こったか。それが,我々の人生を分けるのではない。

起こったことを,どう解釈するか。それが,我々の人生を分ける。

 

 

この解釈力をみにつければ,人間として

成長していくことができると思います。

 

 

 

この解釈力をみにつけるためには,第3の覚悟である

人生における問題,すべて,自分に原因がある

と心に深く思い定めることが大切になります。

 

 

これは「引き受け」という心の姿勢のことをいい,

たとえ,自分に直接の原因が無いことでも,すべてを,

自分自身の責任として,引き受けることです。

 

 

この「引き受け」をすることで,目の前の問題を,

自分自身の問題として受け止め,

自分に与えられた課題に正対することができるのです。

 

 

そして,その逆境が,自分に何を教えようとしているのか,

何を学ばせようとしているのか,何をつかませようとしているのか,

を正しく解釈することができるのです。

 

 

人生における心の姿勢について,

大変わかりやすく記載されている名著ですので,

紹介させていただきます。

 

 

長くなりましたので,続きは明日以降に記載します。

 

 

均等待遇と差別的取扱いの禁止

9月21日に,ある労働組合から,

同一労働同一賃金についての勉強会の講師の依頼を受けましたので,

同一労働同一賃金について勉強をしています。

 

 

同一労働同一賃金については,働き方改革において,

パートタイム・有期雇用労働法が成立し,

8条において均衡待遇に関する規定が,

9条において均等待遇に関する規定が整備されました。

 

 

 

均等待遇とは,等しきものには等しい待遇をすることをいい,

均衡待遇とは,等しくなくてもバランスのとれた待遇をすることをいいます。

 

 

本日は,このうち,均等待遇について解説します。

 

 

パートタイム・有期雇用労働法9条の内容は次のとおりです。

 

 

「事業主は,職務の内容が通常の労働者と同一の

短時間・有期雇用労働者であって,

当該事業所における慣行その他の事情からみて,

当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,

その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の

職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが

見込まれるものについては,短時間・有期雇用労働者であることを

理由として,基本給,賞与,その他の待遇のそれぞれについて,

差別的取扱いをしてはならない。

 

 

まず,職務の内容が同一といえるためには,

個々の作業まで完全に一致している必要はなく,

それぞれの労働者の職務の内容が実質的に同一であればいいのです。

 

 

具体的には,正社員とパートタイム・有期雇用労働者との間において,

業務の内容が実質的に同一かを判断し,

次に責任の程度が著しく異なっていないかを検討します。

 

 

業務の内容については,中核的な業務を抽出して比較します。

 

 

中核的業務については,以下の3つの基準にしたがって総合考慮します。

 

 

①与えられた職務に本質的又は不可欠な要素である業務

②その成果が事業に対して大きな影響を与える業務

③労働者本人の職務全体に占める時間的割合・頻度が大きい業務

 

 

中核的業務が実質的に同一であれば,

正社員とパートタイム・有期雇用労働者の

職務に伴う責任の程度が著しく異なっていないかを検討します。

 

 

その際には,以下の事項について比較を行います。

 

 

ア:授権されている権限の範囲

(単独で契約締結可能な金額の範囲,管理する部下の数,決裁権限の範囲など)

イ:業務の成果について求められる役割

ウ:トラブル発生時や臨時・緊急時に求められる対応の程度,

エ:ノルマ等の成果への期待の程度

オ:所定外労働の有無及び頻度(補助的指標)

 

 

もうひとつ,職務の内容及び配置の変更の範囲が

同一か否かについて,検討します。

 

 

これは,転勤,昇進を含む人事異動や

本人の役割の変化の有無や範囲を総合判断します。

 

 

 

例えば,正社員の就業規則には,「正社員には配置転換することがある」

と規定されているものの,他方でパートタイム・有期雇用労働者には

そのような規定がないという形式的な違いではなく,

実際の人事異動の実態をみて判断されるので,

正社員もパートタイム・有期雇用労働者の両方とも

実際には配置転換がされていないという実態があれば,

職務の内容及び配置の変更の範囲が同一であると判断されます。

 

 

以上を具体的な裁判例でみてみます。

 

 

京都市浴場運営財団ほか事件の

京都地裁平成29年9月20日判決です

(労働判例1167号34頁)。

 

 

この事件では,パートタイム労働者である嘱託職員であっても

主任になる者がいたこと,嘱託職員には

他の浴場への異動が予定されておらず,

正社員にもそれが予定されていたという事情はなく,

正社員と嘱託職員との間での人材活用の仕組み,

運用が異なっていたわけではないにもかかわらず,

正社員にのみ退職金が支給され,

嘱託職員には退職金が支給されないことは

差別的取扱いに該当するとして,

損害賠償請求が認められた。

 

 

 

そのため,正社員とパートタイム・有期雇用労働者との間で,

仕事の内容と人事異動の範囲が同じであるにもかかわらず,

正社員にだけ退職金が支給されていて,

パートタイム・有期雇用労働者には退職金が支給されていないなど,

労働条件に格差がある場合には,

差別的取扱いに該当するとして,

損害賠償請求が認められる可能性があるのです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

会社が労災保険の届出をしていなくても労働者は労災保険を利用できるのか?

先日,次のような労働相談を受けました。

 

 

仕事中に事故にあったので,会社に労災の申請をお願いしたら,

君はまだ見習いだから,君については,労災の届出をしていない

という説明を受けたという内容でした。

 

 

このように,会社が労災保険の届出をしていなかったり,

労災保険料の支払を滞納していたときに,

労働者が仕事中にけがをした場合,労働者は,

労災保険を利用することができるのでしょうか。

 

 

 

結論から言いますと,このような場合でも,

労働者は,労災保険を利用できます。

 

 

労働者を一人でも使用する事業主は,

会社等の法人や個人事業主の区別なく,

労災保険に加入する義務があります(労災保険法3条1項)。

 

 

そのため,会社が労災保険の届出や加入手続をしていなくても,

労働者は,当然に労災保険の適用を受けることができるのです。

 

 

このように,労災保険は,強制加入制度になっているわけです。

 

 

会社が勝手に労災保険料を支払う必要がないと考えて,

労災保険料を支払っていなかった状態で,

労働者が労災事故に巻き込まれた場合,

その労働者は,会社が労災保険料を支払っていなくとも,

当然に,労災保険の適用を求めることができます。

 

 

そして,①会社が故意または重大な過失によって

労災保険の届出をしていない期間に発生した労災事故,

②会社が労災保険料を滞納していた期間に発生した労災事故,

③会社が故意または重大な過失によって発生させた労災事故について,

国が,被災労働者に対して,労災保険の給付を行った場合,

国は,会社に対して,労災保険の給付に要した費用

に相当する金額の全部または一部を徴収することができます。

 

 

 

例えば,労働基準監督署から労災保険の届出をするように

指導を受けていたにもかかわらず,

会社が手続を行なわない期間中に労災事故が発生した場合,

会社が故意に手続を行なわなかったとして,

その労災事故に対して支給された保険給付額の100%が徴収されます。

 

 

また,労働基準監督署からの指導はなかったものの,

労働者を採用してから1年が経過しても,

なお労災保険の届出を怠っていた期間中に労災事故が発生した場合,

会社が重大な過失によって手続を行なわなかったとして,

その労災事故に対して支給された保険給付額の40%が徴収されます。

 

 

このように,会社が労災保険の届出をしていなかったり,

労災保険料を滞納していたとしても,労働者には,

労災保険が適用されるので,労災事故に巻き込まれてしまったら,

会社に気兼ねすることなく,労災申請をするようにしてください。

 

 

その後,会社が労災保険給付について徴収されたとしても,

それは自業自得ということになるのです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止

9月21日に,ある労働組合から,

同一労働同一賃金についての勉強会の講師の依頼を受けましたので,

同一労働同一賃金について勉強をしています。

 

 

同一労働同一賃金に関連して,働き方改革において,

パートタイム労働法が,パートタイム有期雇用労働法に改正され,

その9条において,通常の労働者と同視すべき

短時間・有期雇用労働者に対する

差別的取扱いの禁止が規定されております。

 

 

 

本日は,この差別的取扱いの禁止について解説します。

 

 

まず,①業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度,

②職務の内容及び配置の変更の範囲が,

通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間で同一である場合,

会社は,短時間・有期雇用労働者であることを理由として,

基本給,賞与,その他の待遇のそれぞれについて,

差別的取扱いをしてはなりません。

 

 

①業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度については,

まず,業務の種類が同一であるかを確認し,

同一である場合には,次に,

通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の中核的業務を抽出し,

中核的業務が同一であれば,両者の責任の程度が

著しく異なっていないかを確認します。

 

 

責任の程度とは,具体的には,授権されている権限の範囲

(単独で契約締結可能な金額の範囲,管理する部下の数,

決裁権限の範囲等),業務の成果について求められる役割,

トラブル発生時や臨時・緊急時に求められる対応の程度,

ノルマなどの成果への期待の程度などをいいます。

 

 

②職務の内容及び配置の変更の範囲とは,

人事異動(転勤,昇進を含むいわゆる人事異動や本人の役割の変化等)

の有無や範囲のことです。

 

 

まずは,転勤の有無が同じかを確認し,

通常の労働者にも,短時間・有期雇用労働者にも転勤がある場合には,

転勤により異動が予定されている範囲

(全国転勤か,エリア限定かなど)を比較します。

 

 

通常の労働者にも,短時間・有期雇用労働者にも転勤がないか,

あってもその範囲が実質的に同じであれば,

事業所内における職務の内容の変更の態様を比較することになります。

 

 

以上について,ニヤクコーポレーション事件の

大分地裁平成25年12月10日判決(労働判例1090号44頁)は,

差別的取扱いを認めました。

 

 

この事件では,原告の短時間労働者の職務内容が

タンクローリーのドライバーということで正社員と同一であり,

転勤や出向について,短時間労働者にはなく,正社員でも,

年間数名と少なく,九州管内では2002年以降

実施されていませんでした。

 

 

また,チーフ等の重要な役職への任命について,

短時間労働者であってもチーフ等の役職に就くことがありました。

 

 

そのため,上記①と②について,

原告の短時間労働者と正社員とでは同一であると判断されました。

 

 

 

そして,原告の短時間労働者と正社員との間で,

賞与について年間40万円の差があること,

週休日の日数が,正社員は年間39日であるのに対して,

短時間労働者は年間6日であること,

正社員には退職金が支給されるのに,

短時間労働者には退職金が支給されないことが,

差別的取扱いに該当しました。

 

 

差別的取扱いに該当すれば,パートタイム有期雇用労働法9条に

違反することになり,不法行為を構成することになるので,

会社は,損害賠償責任を負うことになるのです。

 

 

正社員と同じ仕事をしているのに,

短時間・有期雇用労働者であるという理由だけで,

労働条件に格差を設けられている場合には,

パートタイム有期雇用労働法9条の差別的取扱いに

該当する可能性がありますので,是正を求めていくべきです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

育休取得を理由に昇給させないことは違法です

化学メーカー大手のカネカに勤務していた男性労働者が

育休復帰後に転勤を命じられたり,

アシックスの男性労働者が育休復帰後に

倉庫勤務を命じられたりしたことなどで

パタハラが問題となっています。

 

 

https://biz-journal.jp/2019/06/post_28469.html

 

 

https://www.bengo4.com/c_23/n_9816/

 

 

育休を取得しても,その後に,不利益な取扱を受けるのであれば,

男性労働者は,育休をとれなくなってしまうため,

上記の企業の対応に批判が生じています。

 

 

 

これらの問題に呼応するように,

男性の育休取得の義務化の動きもでてきました。

 

 

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5cf713f8e4b0dc70f44ea4d0

 

 

そこで,本日は,育休取得と不利益取扱について解説します。

 

 

育児介護休業法5条で,1歳未満の子供を養育する労働者は,

会社への申出により,子供が1歳に達するまでの一定期間,

育休を取得できます。

 

 

育休中の賃金は,育児介護休業法で特に定めがないので,

会社の就業規則などに定めがない場合は,無給となります。

 

 

もっとも,育休開始前2年間に賃金支払基礎日数が

11日以上ある月が12ヶ月以上ある場合,

会社を通じてハローワークに申請することで,

育児休業給付金が支給されます。

 

 

育児休業給付金の支給額は,概ね給料の67%,

育休開始から6ヶ月経過後は50%です。

 

 

さて,育児介護休業法10条は,

労働者が育休を取得したことを理由に

不利益な取扱をすることを禁止しています。

 

 

この育児介護休業法10条の不利益な取扱に該当するかが争われた

最近の裁判例として,学校法人近畿大学(講師・昇給等)事件の

大阪地裁平成31年4月24日判決

(労働判例1202号39頁)があります。

 

 

この事件は,男性労働者が育休を取得したところ,

昇給されなかったことについて,

昇給があれば支給されるべき賃金と現実の支給額との差額を

損害賠償請求したものです。

 

 

 

被告の旧育休規程は,1年間のうち一部でも育休を取得した職員に対し,

残りの期間の就労状況にかかわらず,

当該年度における昇給の機会を一切与えないことになっていました。

 

 

そして,昇給不実施による不利益は,

年功序列の昇給制度においては,

将来的にも昇給の遅れとして継続し,

その程度が増大する性質がありました。

 

 

そのため,定期昇給日の前年度のうち一部の期間のみ

育休を取得した労働者に対し,定期昇給させないこととする取扱は,

育休を取得したことを理由に,育休期間中に働かなったことによる

効果以上の不利益を与えることになるので,

育児介護休業法10条の不利益取扱に該当すると判断されました。

 

 

その結果,原告に対して昇給を実施しなかったことは

育児介護休業法10条違反であるとして,

差額賃金の損害賠償請求が認められました。

 

 

昇給を実施しなかったことが,育休以外の理由が別にあれば,

育休取得を理由とする不利益取扱と言いにくくなりますが,

育休しか理由がないのであれば,やはり,

育児介護休業法10条の不利益取扱に該当します。

 

 

男性労働者が育休を取得しようとすると,会社から,

不当な圧力がかけられるかもしれませんが,そのときは,

育児介護休業法10条に違反していないかを検討するようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。