パワハラの分水嶺

今年の通常国会において,労働施策総合推進法が改正されて,

パワハラの定義が,次のように,法律に明記されました。

 

 

職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,

業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより

その雇用する労働者の就業環境が害されること

 

 

もっとも,「業務上必要かつ相当な範囲」という定義が

抽象的であるため,上司による部下の指導が

違法なパワハラに該当するかについては,

具体的な諸事情を考慮して,ケースバイケースで

判断していくしかないのです。

 

 

 

本日は,違法なパワハラか否かについて,

興味深い判断がされた公益財団法人後藤報恩会ほか事件の

名古屋高裁平成30年9月13日判決

(労働判例1202号138頁)を紹介します。

 

 

この事件は,美術館の学芸員が恩師のお通夜と葬儀に

参列しようとして,美術館に有給休暇の申請をしたものの,

無断欠勤とされて,上司から,次のような言動をされたことが

違法なパワハラに該当するかが争われました。

 

 

すなわち,上司は,原告の学芸員に対して,

「非常識」,「信頼関係ゼロ」,「ここの職員としてふさわしくない」

などと非難し,原告の性格では美術館で任せられる仕事はなく,

性格を変えられないのであれば,

辞表を書いて退職することを求めることを伝えました。

 

 

この際,上司には,声を荒げたり,

高圧的な態度はなかったようです。

 

 

一審の名古屋地裁は,上司の言動は,

部下に対する仕事上の注意や指導として,

社会通念上許容しうる限度を超えた違法なものとはいえないとして,

原告の損害賠償請求を否定しました。

 

 

言葉はきつくても,指導の範囲内と判断されたのです。

 

 

他方,控訴審の名古屋高裁は,採用間もない原告に対して,

一方的に非があると決めつけ,原告の性格や感覚を非難して,

職場から排除しようとするものであり,

社会的相当性を逸脱する違法な退職勧奨であるとして,

慰謝料60万円の損害賠償請求が認められました。

 

 

 

このように,一審と控訴審とで判断が分かれました。

 

 

一審は,上司の言動を個々にとらえて,

違法なパワハラではないとしましたが,

控訴審は,半月ほどの期間に集中して,

パワハラな言動が複数回行われた一連の経過を重視して,

違法な退職勧奨があったとしました。

 

 

微妙な判断ではありますが,パワハラの期間や,

連続性,一連のものといえるかといった事情も,

違法なパワハラといえるかの考慮要素になります。

 

 

やはり,違法なパワハラといえるか否かは,

様々な事情を総合考慮して判断されるため,

どのような結論になるのか見通しが立てにくく,

難しい事件類型の一つであると思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

妻語を学ぶ

先月のお盆の時期に高校の同窓会が開催されました。

 

 

私は,現在35歳ですので,同級生で集まると,

夫婦のことや子育てのことで盛り上がります。

 

 

私が,妻が私の実家で私の両親と同居していることを話すと,

同級生の女性からは,口を揃えて,

「あんた,奥さんを大切にせんなんよ。」と言われました。

 

 

それくらい,私達の世代で,妻が夫の親と同居することは

ありえないことなので,改めて,

妻に対する感謝の思いを強くしました。

 

 

とはいえ,仕事場とは異なり,家庭内においては,

夫婦は,感情的になることが多く,どうしても衝突してしまいます。

 

 

そこで,衝突を回避するための方法を探るべく,

黒川伊保子先生の「妻語を学ぶ」という本を読みました。

 

 

 

ベストセラーとなった「妻のトリセツ」の実践編で,

妻からこのようなシチュエーションでこう言われたら,

このように答えましょうという,

具体的な対応策が豊富に記載されています。

 

 

例えば,妻から「これするの,大変なんだからね」と言われたとします。

 

 

このセリフの意味は,「私がどんなに大変なことをしているのか,

あなたわかっていないでしょう」ということのようです。

 

 

このセリフに対して,「大変だったら,やらなくていいんじゃない」

と答えるのはNGです。

 

 

妻がしていることを,しなくたって済むくらいのことだ

と言ってしまったことになるからです。

 

 

このセリフに対する正しい答え方は,

「大変だよね。いつもありがとう」と感謝の言葉をかけて,

ねぎらってあげることです。

 

 

私は,妻から子育て大変なんだよと言われたとき,

俺だって仕事で大変なんだよと答えてしまうので,

妻へのねぎらいが足りていなかったと反省しました。

 

 

次に,「何もわかってない」と責められるケースです。

 

 

 

これに対する正しい対処は,

「気づいてあげられなくて,ごめん」と謝ることです。

 

 

私は,よく言ってくれればやったのにと答えてしまいますが,

これはNGです。

 

 

女性は,察してほしい生き物なので,

察することを放棄するこのセリフは,

女性を絶望させてしまうのです。

 

 

女性は,やってくれないことが悲しいのではなく,

察してくれないことが悲しいのであり,

察しなかったことを謝る必要があります。

 

 

ただ,感情的になっているときに,

「気づいてあげられなくて,ごめん」というセリフは

なかなか出てこないのがネックですね。

 

 

妻にアドバイスしたら逆ギレされたというケースでは,

女性は,話しを聞いてくれて共感さえしてくれればOKで,

男性に問題解決を期待していないので,

ただただ共感すればいいわけです。

 

 

アドバイスして逆ギレされたのは,

共感とねぎらいをあげ損ねた証拠であり,

これを挽回するには,「そりゃあ,ひどいね」,

「きみは,正しい」,「よくわかる,その気持ち」

と共感のあいづちを打ちながら,

話しを聞けばいいのです。

 

 

とはいえ,私は,妻の話に共感できないのに,

共感しているようなセリフを話していると,

妻から,「ぜんぜん気持ち入ってないよね」と鋭く指摘されます。

 

 

妻から共感できないことを言われたときにも,

上辺だけ共感してもだめなので,

ここの対処法に悩んでいます。

 

 

共感できないことに,どう共感すればいいのか?

 

 

悩みは続きます。

 

 

この本の最後に,「いい女の定義は,簡単である。

その人の機嫌が安定していること。そのことに尽きる。」

と記載されています。

 

 

 

結婚して,妻と一緒に生活していると,

この言葉のとおりだと,強く共感できます。

 

 

仕事で疲れて家に帰ったときに,

妻の機嫌が悪いと,かなりしんどくなります。

 

 

仕事のストレスの上に,家庭のストレスが重なると,

体と心を休める場所がなくなり,疲弊してしまいます。

 

 

そのため,男性は,女性の機嫌を直す術を学ぶ必要がありますし,

女性は,自分の機嫌を自分自身でなんとかする術を

学ぶ必要があると思います。

 

 

夫にも妻にも読んでもらいたい1冊ですので,

紹介させていただきました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

入社時期繰り下げへの対処法

会社から内定をもらったものの,

今いる従業員が退職しないので,

入社を待つように言われ,待っていたものの,

いつまでたっても,会社から連絡がなく,

しびれを切らして,会社に連絡したところ,

会社から採用内定取消の通知がきました。

 

 

このように,入社時期を当初の入社時期から繰り下げられた場合,

労働者としては,どのように対処すればいいのでしょうか。

 

 

本日は,入社時期繰り下げへの対処法について解説します。

 

 

まず,会社が労働者に対して,採用内定通知を出した時点で,

会社と労働者との間に労働契約が成立します。

 

 

 

この労働契約は,入社予定日を就労の始まりとするものであり,

入社予定日までに採用内定取消事由が生じた場合には,

労働契約を解約することができるという解約留保権が付いています。

 

 

採用内定取消事由は,通常内容内定通知書などに記載されており,

内定通知の時点から,入社予定日までの間に,

労働者に採用内定取消事由が認められれば,会社は,

留保されている解約権を行使して,

採用内定を取り消すことができます。

 

 

もっとも,採用内定の取消は,会社が一方的に行うものであり,

採用内定通知を受けた労働者に対して

大きな不利益を与えることになることから,制約があります。

 

 

すなわち,会社が採用内定当時知ることができず,

また知ることが期待できない事実が後から判明し,しかも,

その事実によって採用内定を取り消すことが,

客観的に合理的と認められ,社会通念上相当といえる場合に限って,

採用内定取消が有効となるのです。

 

 

たんに,採用内定通知書に記載されている

採用内定取消事由に該当するだけではなく,

上記の要件を満たさないと,

採用内定取消はできないのです。

 

 

さて,採用内定通知によって,労働契約が成立するので,

入社予定日に労働者は出社して働かなければならないのですが,

会社の都合で,入社時期を繰り下げられた場合,会社は,

労働者からの労務の提供を受け取ることを予め拒否したことになります。

 

 

 

そのため,労働者は,会社の「責めに帰すべき事由」によって,

働くことができなくなったので,民法536条2項によって,

働くことができなかった期間の賃金全額を請求することができます。

 

 

会社が入社時期を繰り下げてきた場合,会社は,

労働基準法26条を根拠に,入社時期を繰り下げていた期間中の

60%の賃金補償しかしない場合があります。

 

 

しかし,労働基準法26条は,会社の責めに帰すべき事由

による休業の場合,平均賃金の60%以上の手当を支払わないと,

会社に30万円の罰金が科されるという刑事罰に関する規定であり,

民事においても60%だけ支払えばいいということにはなりません。

 

 

よって,会社の都合で入社時期を繰り下げられたのであれば,

労働者は,入社時期を繰り下げられた期間中の

賃金全額を会社に対して請求できます。

 

 

また,以前から勤務している従業員が退職しないことを根拠に

採用内定を取り消すことは,会社が採用内定時において

知ることが期待できない事実ではなく,また,

客観的合理的な理由とはいえず,

社会通念上も相当といえないので,無効となると考えます。

 

 

会社の都合で入社時期を繰り下げられた労働者は,遠慮なく,

会社に対して,賃金全額の支払を請求すればいいのです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

仕事中に犯罪に巻き込まれたら労災の認定が受けられるのか

報道によりますと,京都アニメーションの放火事件において,

京都労働局が労災の認定に前向きであることが伝えられています。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASM7Z4F1SM7ZPTIL00W.html

 

 

仕事中に犯罪に巻き込まれてしまった場合,

通常,犯罪行為の加害者は,財産を持っていないことが多く,

加害者から損害賠償を回収することは困難なので,被害者は,

労災保険から補償を受けられないのかを検討することになります。

 

 

とはいえ,仕事中に犯罪に巻き込まれたからといって,

必ずしも,労災と認定されるとは限らないのです。

 

 

本日は,仕事中に犯罪に巻き込まれた場合の労災について解説します。

 

 

まず,労災保険の給付を受けるためには,

仕事が原因で労働者が負傷したことが要件となります。

 

 

 

この仕事が原因で労働者が負傷したといえるためには,

仕事と負傷との間に相当因果関係があることであり,

もう少し具体的には,労働災害の発生が業務に内在する危険が

現実化したことによるものと認められることが必要になります。

 

 

これを業務起因性といいます。

 

 

そこで,仕事中に犯罪に巻き込まれて負傷したことが,

業務に内在する危険が現実化したことによるものと

認められるかが問題となるのです。

 

 

この問題で,注目すべき裁判例として,

国・尼崎労基署長(園田競馬場)事件の

大阪高裁平成24年12月25日判決

(労働判例1079号98頁)があります。

 

 

この事件では,競馬場で馬券を購入する客にマークシートの

記入方法などを案内する女性担当員(通称マークレディといいます)が,

ストーカーと化した同じ競馬場に勤務する男性警備員に

勤務中に刺殺されたことについて,

業務起因性があるのかが問題となりました。

 

 

 

裁判所は,労働者が仕事中に同僚などからの暴行

という災害によって負傷した場合には,原則として,

業務に内在する危険が現実化したと評価でき,

同僚などからの暴行が個人的恨みや,

仕事上の限度を超えた挑発的・侮辱的行為によって生じたなど,

仕事と関連しない事由によって発生したのではない限り,

業務起因性が認められると判断しました。

 

 

そのうえで,男性警備員が,来場者や警備員を含めて

圧倒的に男性が多い園田競馬場において,

近隣で1対1の関係にもなり得る数少ない魅力的な女性である

マークレディに対して,恋愛感情を抱くことも決してないとはいえず,

その結果,男性警備員が良識を失い,

ストーカー的行動を引き起こすことも,

全く予想できないわけではなく,

単なる同僚労働者間の恋愛のもつれとは質的に異なっており,

マークレディとしての仕事に内在する危険性に基づくものであるとして,

業務起因性が認められました。

 

 

競馬場において男性警備員が良識を失って,

ストーカー行為をすることが,

マークレディの仕事に内在する危険が現実化したというのは,

やや強引な気がしますが,被害者救済のために,

裁判所は,業務起因性について,

柔軟に捉えているのだと考えられます。

 

 

京都アニメーションの放火事件では,加害者が,

京都アニメーションへの恨みを語っていることから,

会社と加害者とのトラブルに労働者が

仕事中に巻き込まれてしまったといえ,

業務起因性が認められる可能性があります。

 

 

 

他方,加害者が京都アニメーションへの恨みがなく,

通り魔的に放火して,それに労働者が巻き込まれてしまった場合には,

業務起因性が認められるかは微妙になってきます。

 

 

もっとも,京都アニメーションの放火事件は,

あまりにも悲惨であり,被害者をなんとか救済しないといけない

という世論が強く,京都労働局は,世論に動かされて,

労災認定に前向きになったと考えられます。

 

 

京都アニメーションの放火事件において,労災の認定がされて,

被害者が救済されることを祈念しております。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

解雇期間中の未払賃金と中間利益の控除

昨日は,解雇された後に,他の会社に就職しても,

就労の意思を失ったことにはならず,

労働者の未払賃金請求が認められることについて記載しました。

 

 

もっとも,他の会社で働いて得た収入については,

中間利益として未払賃金から控除されるという問題があります。

 

 

本日は,解雇期間中の賃金と中間利益について解説します。

 

 

昨日のおさらいになりますが,無効な解雇によって,

労働者が働くことができなくなった場合,労働者は,

働く意思があることを表示しておけば,

民法536条2項1文に基づいて,未払賃金を請求できます。

 

 

他方,民法536条2項2文には,

労働者が解雇された会社に労務提供をしないことによって,

利益を得たときは,解雇された会社に

償還しなければならないと記載されています。

 

 

この条文を素直に読めば,

別の会社に就職して収入を得たら(中間利益といいます),

その収入を解雇された会社に返還しなければならず,

結果として,未払賃金と相殺されてしまうことになりそうです。

 

 

 

他方,労働基準法26条という条文があり,

使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合,

使用者は,休業期間中,労働者に対して,

平均賃金の100分の60以上の手当を

支払わなければならないと規定されています。

 

 

そのため,会社は,解雇期間中の未払賃金を支払うときに,

未払賃金から中間利益を控除することができるのですが,

平均賃金の6割に達するまでの部分については,

中間利益を控除することができないのです。

 

 

ようするに,会社は,労働者に対して,

解雇期間中の未払賃金を支払うにあたり,

平均賃金の6割の部分については中間利益を控除できませんが,

平均賃金の4割の部分については中間利益を控除できる

ということになります。

 

 

労働者としては,おおざっぱには,

解雇されて他の会社で働いて中間利益を得ていた場合,

未払賃金の6割くらいは請求できると考えればわかりやすいと思います。

 

 

 

ちなみに,平均賃金とは,3ヶ月間の賃金の総額を,

その期間の総日数で割って計算される金額をいいます。

 

 

なお,解雇期間中の賃金のうち,賞与については,

労働基準法26条の休業手当の保障の対象外であるため,

賞与の全額が中間利益の控除の対象になります。

 

 

以上をまとめると,解雇された労働者は,

解雇後に他の会社で働いて収入を得ても,

未払賃金の6割くらいは確保できますので,

解雇後の生活を安定させるためにも,

他の会社に就職して,解雇を争えばいいのです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

解雇された後に別の会社で働いても問題はないのか?

解雇された労働者は,以前の勤務先から

給料がもらえなくなるので,生活が苦しくなります。

 

 

雇用保険の基本手当を受給できれば,

しばらくの間はしのげますが,

ずっと無職のままでいるのは辛いですし,

勤務していた期間が短いと雇用保険の基本手当を

受給できない場合もあります。

 

 

 

 

そのため,解雇された労働者は,次の仕事をみつけて,

新しい職場で給料をもらいながら,

以前の勤務先に対して,解雇を争うことになります。

 

 

この場合,以前の勤務先から,別会社に就職したということは,

解雇を承認したことになるなどという主張がされることがあります。

 

 

本日は,解雇されて別会社へ就職した場合にも,

解雇された以前の勤務先に対して,

未払賃金を請求できるのかについて解説します。

 

 

そもそも,労働者は,働くことによって,

会社に対して,賃金を請求することができます。

 

 

これをノーワーク・ノーペイの原則といいます。

 

 

そのため,労働者が働いていない場合には,

原則として,会社に対して,賃金を請求できません。

 

 

労働者が解雇された場合,解雇後に労働者は,

働いていないので,賃金を請求できるのかが問題となります。

 

 

解雇が有効の場合には,ノーワーク・ノーペイの原則に従い,

労働者は,賃金を請求できませんが,

解雇が無効の場合,労働者は,無効な解雇によって

会社から働くことを拒否されたこととなり,

会社の「責めに帰すべき事由」によって,

労働者が働けなかったわけなので,

民法536条2項本文を根拠に,労働者は,

会社に対して,賃金を請求できるのです。

 

 

 

民法536条2項本文を根拠に,労働者が会社に対して,

未払賃金を請求する場合,労働者には,

働く意思と能力が必要となります。

 

 

解雇された労働者には,働く能力があることがほとんどですので,

働く意思があることを表示することが重要になります。

 

 

そこで,解雇を争う場合,労働者は,会社に対して,

「解雇は無効なので,働かせてください。」

という内容の通知書を作成して,

配達証明付内容証明郵便で会社に送付します。

 

 

これで,会社に対して働く意思があることを

表示したことになりますので,

民法536条2項本文に基づいて,

未払賃金を請求できます。

 

 

会社に対して働く意思があることを表示しておけば,

他の会社で働いて給料をもらったとしても,

解雇した以前の勤務先に対して未払賃金を請求できるのです。

 

 

この点について,聖パウロ学園事件の

大阪高裁平成12年1月25日判決(労働判例794号7号)

が参考になります。

 

 

この事件では,解雇されていた期間中に喫茶店を営業していた

労働者の賃金請求権が認められました。

 

 

その理由としては,「使用者の責めに帰すべき事由により

解雇された労働者は,収入を得る途が閉ざされることになり,

不当であることは明らか」だからなのです。

 

 

このように,単に労働者が解雇後に

他の会社で働いていたというだけでは,

労働者が働く意思を失ったとは認められず,

解雇した会社に対して,未払賃金を請求できるのです。

 

 

そのため,解雇された労働者は,働く意思を表示しておけば,

収入を得るために,解雇後に他の会社で働いても問題ないことになります。

 

 

もっとも,他の会社で働いて得た収入については,

中間収入として未払賃金から控除されるという別の問題がありますが,

この問題については,明日以降に記載します。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

学部廃止を理由とする整理解雇の有効性

少子高齢化がすすんでいるからか,

大学教授の解雇に関する事件が発生しているように感じます。

 

 

本日は,大学教授に対する整理解雇が問題となった

学校法人大乗淑徳学園事件の東京地裁令和元年5月23日判決

(労働判例1202号21頁)を紹介します。

 

 

整理解雇とは,使用者側の経営事情などにより生じた

従業員数削減の必要性に基づき労働者を解雇することです。

 

 

いわゆるリストラというやつです。

 

 

 

会社が整理解雇を行う場合,会社側の経営事情で

解雇をするのであり,労働者には落ち度がないわけですので,

次の4つの事情を総合考慮して,解雇が無効となるかが判断されます。

 

 

①人員削減の必要性があること

 

 

 ②解雇回避努力が尽くされたこと

 

 

 ③人選基準とその適用が合理的であること

 

 

 ④解雇手続の相当性

 

 

本件事件は,国際コミュニケーション学部が廃止され,

人文学部が新設された際に,

国際コミュニケーション学部に所属していた

大学教授が整理解雇されたというものです。

 

 

東京地裁は,上記の4つ要素について,次のように検討しました。

 

 

①人員削減の必要性について,

国際コミュニケーション学部において

定員割れが継続していたことから,

学部を廃止する必要性はあったものの,

被告の学校法人の資産,収支,キャッシュフローは

いずれも良好であり,整理解雇をしなければ

経営危機に陥ることは想定されていませんでした。

 

 

加えて,原告の大学教授は,新設された人文学部における

一般教養科目や専門科目の相当な部分を

担当することができたこともあり,

人員削減の必要性が高度にあったとは

いえなかったと判断されました。

 

 

 

②解雇回避努力について,被告の学校法人は,

希望退職に応じた場合には退職金に

退職時の本棒月額12ヶ月分の加算金を支給すること

を提案していましたが,それでは足りないと判断しました。

 

 

また,被告の学校法人の附属機関や他学部に配置転換させて

教授を継続させることも可能であったことから,被告は,

解雇回避努力を尽くしていないと判断されました。

 

 

④解雇手続の相当性について,被告は,原告に対して,

解雇の必要性や配置転換できない理由を十分に説明したとは言えず,

労働組合からの団体交渉の申し入れを拒否していることから,

解雇手続としては不相当であったと判断しました。

 

 

以上を総合考慮して,本件整理解雇は無効と判断されました。

 

 

大学教授という特殊な労働者に対する整理解雇について,

労働者に有利な判断をした裁判例ですので,

紹介させていただきました。

 

 

大学教授の整理解雇の事例で活用できる裁判例だと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

ひげをはやす自由と人事考課

最近,ひげをはやすタレントやスポーツ選手がいます。

 

 

おしゃれだなと思うこともあれば,

ちょっと似合っていないなと思うこともあり,

正直おしゃれにひげをはやすのは難しいように思います。

 

 

私は,毎朝,めんどくさいなぁと思いながら,ひげをそっています。

 

 

さて,ひげについて興味深い裁判例がありますので,

紹介したいと思います。

 

 

 

大阪市(ひげ禁止)事件の大阪地裁平成31年1月16日判決

(労働法律旬報1941号53頁)です。

 

 

この事件では,大阪市交通局の地下鉄の運転手(原告)が

ひげをはやしていたところ,ひげをそって仕事をするように

という上司の指導や職務命令に従わなかったところ,

人事考課において低評価の査定を受けました。

 

 

このことについて,原告は,人格権としての

ひげをはやす自由を侵害されたとして,

大阪市に対して,損害賠償請求をしました。

 

 

大阪市や交通局の規程には,職員の身だしなみについて,

「常に清潔な身だしなみを心がけること」,

「頭髪及びひげ等の手入れを怠らないこと」,

「髭は伸ばさず綺麗に剃ること。(整えられた髭も不可)」

などの記載がありました。

 

 

 

そして,身だしなみの基準を守らない職員に対しては,

上司が指導をし,その指導に従わない場合には,

人事考課に反映され,人事考課の結果によっては,

昇給や勤勉手当の支給額,賞与の支給額に

影響がある仕組みとなっています。

 

 

そのため,ひげをそるという業務命令に従わなかった場合,

人事考課で低い評価となり,

昇給や勤勉手当に悪影響が生じるのであり,

個人の信条としてひげをはやしたい人にとっては,

ひげをそるべきかどうか葛藤が生じるようになっていました。

 

 

まず,大阪地裁は,ひげをはやすか否か,

ひげをはやすとしてどのような形状にするかは,

服装や髪型と同様に,個人が自分の外観をいかに表現するかという

個人的自由であると判断しました。

 

 

そして,ひげは,服装と違って着脱が不可能なので,

仕事におけるひげに関する規律は,私生活にも及ぶことになります。

 

 

そのため,労働者のひげに関する服務規律は,

仕事の遂行のために必要が認められ,かつ,

その具体的な制限の内容が,労働者の利益や自由を過度に侵害しない

合理的な内容の限度でしか認められないとしました。

 

 

そのうえで,地下鉄の運転手がひげをはやしていも,

地下鉄の安全な運行に支障はなく,

市民や乗客がひげを嫌悪するのは人それぞれであることから,

職務上の命令として一切のひげを禁止したり,

ひげをはやしていることを人事上不利益に扱うことは,

合理的な限度を超えていると判断されました。

 

 

ひげをはやしていることを理由として,

人事考課で低い評価をすることは,

人事考課における使用者の裁量を逸脱・濫用したものであり,

原告の人格的な利益を侵害するものとして違法であり,

慰謝料20万円が認められました。

 

 

地下鉄の運転手がひげをはやしていても,

あまりきにならないと思いますので,

ひげをはやしていることを理由に

人事考課で不利益な扱いをすることは,

行き過ぎの感がします。

 

 

 

ひげが自分のおしゃれだと思っている人にとっては,

業務命令でひげをそるように言われるのは,苦痛だと思います。

 

 

#Kutooの問題と同じように,

服装や身なりを一律に統制することは,

多様性が求められる社会では,

軋轢を生むような気がしますので,

もう少し労働者個人の自由を認めてもいいのではないかと考えます。

 

 

ひげをはやすことが個人の自由であると正面から認められた

珍しい裁判例なので,紹介させていただきました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

支店長やマネージャーになると残業代を請求できないのか?

支店長やマネージャーという役職がつくと,

残業代が支払われないという労働相談を受けることがあります。

 

 

会社は,支店長やマネージャーは,労働基準法41条2号の

「監督若しくは管理の地位にある者」に該当することを理由に,

残業代を支払わなくても合法であると主張します。

 

 

しかし,往々にして,裁判では,このような会社の主張は

認められにくく,労働者の未払残業代請求が認められることが多いです。

 

 

その理由について,コナミスポーツクラブ事件の

東京高裁平成30年11月22日判決と

東京地裁平成29年10月6日判決(労働判例1202号70頁)

を紹介しながら解説します。

 

 

まず,労働基準法41条2号の管理監督者に該当すれば,労働者は,

労働基準法に定められている労働時間の保護規定が適用されなくなり,

どれだけ残業しても,残業代を請求できなくなってしまいます。

 

 

 

なぜこのようなことになるのかについて,裁判所は,

次のように判断しています(少し長いですが引用します)。

 

 

「管理監督者については,その職務の性質や経営上の必要から,

経営者と一体的な立場において,労働時間,休憩及び休日など

に関する規制の枠を超えて活動することが要請されるような

重要な職務と責任,権限を付与され,

実際の勤務態様も労働時間などの規制になじまない立場にある一方,

他の一般の従業員に比して賃金その他の待遇面で

その地位にふさわしい優遇措置が講じられていることや,

自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていることなどから,

労基法の労働時間などに関する規制を及ぼさなくても

その保護に欠けるところがないと考えられることによるものである。」

 

 

そのため,管理監督者に該当するかについては,

次の3つの要件に該当するかによって判断されます。

 

 

①当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの

重要な職務と責任,権限を付与されているか

 

 

 ②自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか

 

 

 ③給与などに照らし管理監督者としての

地位や職責にふさわしい待遇がなされているか

 

 

 

本件事件では,①について,支店長には,

支店で提供するサービスの内容の決定や営業時間の変更について

決定権がなく,アルバイトの採用や販売促進活動の実施などについて

本社の決裁を経る必要があることから,

経営者と一体的な立場にはないと判断されました。

 

 

②について,支店長についてもタイムカードや週報などで

労働時間が管理されており,人員不足のために,

管理業務以外のフロント業務やインストラクター業務といった

一般従業員と同じ業務をしなければならないほど多忙で,

労働時間について裁量がなかったと判断されました。

 

 

③について,支店長には,役職手当として,

月額5~6万円が支給されていましたが,

本給の幅が16~23万円であり,管理監督者として

ふさわしい待遇があったとはいえないと判断されました。

 

 

以上より,コナミスポーツの支店長は,

管理監督者ではないとして,

未払残業代請求が認められました。

 

 

上記3つの要件のうち,特に③の要件については,

給料明細を見れば,判断することが容易であり,

低い給料で働かされていたのであれば,

管理監督者ではないと判断される可能性が高いです。

 

 

そのため,支店長やマネージャーという役職についても,

給料が低かったり,以前と働き方が変わっていないような場合には,

労働基準法の管理監督者には該当せず,

未払残業代を請求できる可能性があるのです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労働審判で無期転換が認められたKLMオランダ航空の客室乗務員雇止め事件

KLMオランダ航空に勤務していた客室乗務員が,

無期転換逃れの雇止めにあったとして,

東京地裁に申し立てた労働審判において,

8月19日に,雇止めは無効で,

無期転換を認める審判がなされました。

 

 

https://www.bengo4.com/c_5/n_10035/

 

 

報道によると,申立人らは,契約社員として5年勤務後に,

会社に対して無期転換の申し込みをしたものの,

拒否されて雇止めにあったようです。

 

 

 

本日は,この雇止め事件をもとに無期転換ルールについて解説します。

 

 

まず,契約社員や嘱託職員のように,

労働契約の契約期間が1年間などのように定められている

労働契約を有期労働契約といいます。

 

 

有期労働契約は,契約期間が満了すれば,

労働者は退職しなければならないのですが,

会社と労働者との間で,有期労働契約を更新すれば,

労働者は,継続して働くことができます。

 

 

ここでのポイントは,会社との間で

有期労働契約の更新ができなければ,

労働者は,職を失うということです。

 

 

もっとも,有期労働契約では,労働者の雇用の安定を図れないことから,

有期労働契約から,いわゆる正社員である無期労働契約へ

転換するためのルールが労働契約法18条で定められました。

 

 

具体的には,有期労働契約が1回以上更新されており,

有期労働契約のトータルの契約期間が5年を超えた場合,

有期労働契約の契約期間が満了するまでの間に

労働者が会社に対して,無期労働契約の締結の申込みをすれば,

有期労働契約から無期労働契約へ転換されます。

 

 

有期労働契約から無期労働契約へ転換された場合,

契約期間以外の労働条件は,従前の有期労働契約と同じになるのが

原則なので,正社員と同じ労働条件になるわけではない

ことに注意が必要です。

 

 

さて,有期労働契約を締結している労働者が

無期転換の権利を行使してきたときに,会社としては,

無期転換されることを嫌い,有期労働契約の契約期間の満了で

雇止めをしてくることがあります。

 

 

 

会社が,無期転換権行使を免れるために雇止めをしてきたときには,

労働者は,労働契約法19条に基づき,雇止めが無効であり,

無期転換されたことを主張していきます。

 

 

会社としては,本音は,無期転換を免れるための

雇止めであったとしても,会社の業績が悪化しているや,

労働者の勤務成績が悪いという建前の主張

をしてくることがありますので,労働者としては,

建前としての雇止めの理由の虚構性を暴き,

本音の雇止めの理由が無期転換逃れにあることを

主張立証していくことが重要となります。

 

 

おそらく,KLMオランダ航空の雇止め事件では,

本音の雇止めの理由が無期転換逃れにあることが認められて,

無期転換が労働審判で認められたのだと思います。

 

 

労働審判では,会社と労働者との間で,

会社が労働者に金銭を支払って,

労働契約が終了するという話し合いがまとまることが多いのですが,

無期転換が認められたのが画期的です。

 

 

もっとも,労働審判に対して,会社が異議を出せば,

通常の裁判に移行することになります。

 

 

そのため,KLMオランダ航空が労働審判に対して異議を出せば,

通常の裁判で引き続き争っていくことになりますが,

労働審判で労働者に有利な判断がでているので,

通常の裁判においても,労働者に有利な判断が

維持される可能性が高いと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。