建築設計事務所における過酷な長時間労働

5月27日の朝日新聞に「裁量労働制 定額働かせ放題の闇

という大変興味深い記事がありましたので紹介します。

 

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S14031264.html

 

 

この記事によると,大学と大学院で建築を学んだ20代女性が

東京都内の建築設計事務所に入社したところ,

過酷な長時間労働を強いられて,

適応障害を発症して労災と認定されたようです。

 

 

 

 

過酷な長時間労働とは,記事によると次のようなものでした。

 

 

①26日間連続勤務

 ②1日22時間30分勤務(休憩2時間)

 ③9ヶ月連続で1ヶ月の残業が100時間超

 ④1ヶ月の残業が180時間

 ⑤帰宅なしで2日間で30時間勤務

 

 

精神障害の労災認定基準である「心理的負荷による精神障害の認定基準」

の別表1の「業務による心理的負荷評価表」には,

具体的な出来事ごとに労働者が受けるであろう

心理的負荷の強度が記載されており,

上記①~⑤をあてはめると次のようになります。

 

 

①26日間連続勤務→

2週間以上にわたって連続勤務を行ったに該当し,

心理的負荷の強度は「中」となります。

 

 

連続勤務が1ヶ月以上になると心理的負荷の強度は「強」となります。

 

 

そもそも,労働基準法35条において,会社は,労働者に対して,

1週間に1回休日を与えなければならないので,

①26日間連続勤務は,明らかに労働基準法違反となります。

 

 

②1日22時間30分勤務(休憩2時間),

⑤帰宅なしで2日間で30時間勤務→

労災認定基準は,1ヶ月の労働時間で評価するので,

これだけで心理的負荷の強度は判断されませんが,

1日8時間労働が原則であり,それを大幅に超えるものであり,

過酷な長時間労働を物語っています。

 

 

 

 

③9ヶ月連続で1ヶ月の残業が100時間超→

発症直前の連続した3ヶ月間に,

1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い,

その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであれば,

心理的負荷の強度は「強」となります。

 

 

④1ヶ月の残業が180時間→

発症直前の1ヶ月におおむね160時間を超えるような

時間外労働を行った場合,「極度の長時間労働」

として心理的負荷の強度は「強」となります。

 

 

このように,①~⑤の労働実態であれば,労災と認定されるのです。

 

 

では,なぜ,このような過酷な長時間労働が

許されてしまったのでしょうか。

 

 

それは,この女性労働者に

専門業務型裁量労働制が適用されていたからです。

 

 

 

 

長くなりますので,専門業務型裁量労働制

についての解説は,明日以降に記載します。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

会社から労働者に対する損害賠償請求が否定される場合とは?

労働者が仕事でミスをして会社から損害賠償請求された場合,

損害賠償請求を免れることはできるのでしょうか。

 

 

本日は,会社の労働者に対する損害賠償請求が否定された

エーディーディー事件を紹介します

(京都地裁平成23年10月31日判決・労働判例1041号49頁)。

 

 

この事件では,被告労働者のミスなどによって,

カスタマイズ業務に不具合が生じることが多くなり,

その不具合を通知することを被告労働者が失念したりしました。

 

 

 

 

その結果,原告会社の発注量が減少し,売上が低下しました。

 

 

被告労働者は,売上の低下やノルマ未達成について,

上司から叱責されて,自責の念に駆られて,

うつ病に罹患し,労災と認められました。

 

 

原告会社は,被告労働者に対して,

業務の不適切実施,業務未達などを根拠に,

約2034万円の損害賠償請求をしました。

 

 

さて,会社から労働者に対する損害賠償請求ですが,

そう簡単に全額の損害賠償請求が認められるわけではなく,

請求が否定されたり,減額されることがあります。

 

 

その理由の1つとして,労働者のミスはもともと

会社経営の運営自体に付随,内在化するものである

という報償責任が挙げられます。

 

 

もう1つの理由として,労働者に対する業務命令内容は

会社が決定するものであり,その業務命令の履行に際し

発生するであろうミスは,業務命令内容自体に内在するものとして

会社がリスクを負うべきという危険責任が挙げられます。

 

 

 

この報償責任と危険責任を根拠に,最高裁は,

その事業の性格,規模,施設の状況,

労働者の業務の内容,労働条件,勤務態度,

加害行為の態様,加害行為の予防若しくは

損害の分散についての使用者の配慮の程度

その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担

という見地から信義則上相当と認められる限度において」,

会社の労働者に対する損害賠償請求を制限できるとしました。

 

 

本件事件において,被告労働者にミスがあり売上は減少したものの,

被告労働者に故意や重過失は認められませんでした。

 

 

また,会社としては,売上減少やノルマ未達などは,

ある程度予想できることであり,これらは,

本来的には会社が負担するべきリスクであるとされました。

 

 

そして,原告会社が主張する損害額は2000万円を超えるものであり,

被告労働者が受領してきた賃金額に比較してあまりに高額であり,

労働者が負担すべきものとは考えられないと判断されました。

 

 

その結果,原告会社が主張する損害は,

取引関係にある企業同士で通常あり得るトラブルであり,

それを労働者個人に負担させることは相当でないとして,

原告会社の損害賠償請求は認められませんでした。

 

 

この判決の背景には,被告労働者が過酷な状況下で働かされた上に,

うつ病に罹患し,さらに,多額の損害賠償請求をされたことについて,

あまりにも被告労働者が不憫であり,

このような損害賠償請求は認められるべきではないという

裁判官の価値判断がはたらいたと考えられます。

 

 

 

 

この判決からは,労働者のミスについて,

故意や重過失がない,単なる過失の場合には,

会社の損害が売上減少などであり,

労働者が過酷な労働条件で働かされていたなどの事情があれば,

会社からの損害賠償請求が否定される可能性があることがわかります。

 

 

会社から損害賠償請求された場合,損害賠償請求が否定されたり,

減額されることがありえますので,

早目に弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

 

労働安全衛生法等から安全配慮義務違反の内容を特定する

本日は,昨日紹介した化学メーカーC社事件の

安全配慮義務違反について説明します。

(東京地裁平成30年7月2日判決・労働判例1195号64頁)。

 

 

労災の損害賠償請求において,

会社には安全配慮義務違反が認められるのかが

大きな争点となります。

 

 

安全配慮義務違反とは,会社は,

自己が使用する労働者の生命・健康を危険から

保護するように配慮する義務を負っているところ,

その義務に違反することです(労働契約法5条)。

 

 

 

この安全配慮義務は,抽象的な概念であり,

当該事件において,会社は,どのような安全配慮義務を

負っていたのかについて,労働者は,

安全配慮義務の内容を具体的に特定して,

その義務違反に該当する事実を,

主張立証していかなければなりません。

 

 

安全配慮義務の内容を具体的に特定する際に

役立つのが労働安全衛生法という法律です。

 

 

労働安全衛生法には,労働者が安全と健康を確保して,

快適な職場環境で働けるために,国が会社に対して,

様々な遵守事項を定めています。

 

 

そのため,会社が労働安全衛生法で示された基準を遵守せず,

あるいは違反している事実がある場合には,

規制の趣旨や具体的な状況下において,

安全配慮義務違反が認められる傾向にあります。

 

 

 

 

化学メーカーC社事件においては,

次の3つの安全配慮義務違反が認められました。

 

 

1つ目は,局所排気装置等設置義務違反です。

 

 

労働安全衛生法22条及び有機溶剤中毒予防規則5条により,

会社には,原告労働者が検査分析業務を行っていた研究室に,

局所排気装置を設置する義務を負っていたのですが,

局所排気装置は設置されず,会社はその状態を放置していました。

 

 

この法令の趣旨は,労働者の健康被害を防止する点にあること,

有機溶剤の毒性が人体に致命的に作用することがあることから,

会社には,安全配慮義務として,

局所排気装置等設置義務違反を負い,

その違反が認められました。

 

 

 

2つ目は,保護具支給義務違反です。

 

 

有機溶剤中毒予防規則32条2号,33条1項1号において,

会社は,労働者に対して,送気マスク又は

有機ガス用防毒マスクを使用させる義務を負っています。

 

 

この趣旨は,労働者の健康被害を防止すること,

有機溶剤の毒性が人体に致命的に作用することがあることから,

送気マスク又は有機ガス用防毒マスクを使用させるという

保護具支給義務は,安全配慮義務の内容となり,

その義務違反が認められました。

 

 

3つ目は,作業環境測定義務です。

 

 

労働安全衛生法65条,労働安全衛生法施行令21条10号,有

機溶剤中毒予防規則28条により,会社は,

有機溶剤業務を行う屋内作業場において,

6ヶ月以内ごとに1回,定期に,

有機溶剤の濃度を測定し,

測定結果を3年間保存する義務を負っています。

 

 

この作業環境測定は,作業環境の現状を認識し,

作業環境を改善する端緒になるとともに,

作業環境の改善のためにとられた措置の効果を

確認する機能を有するので,

作業環境測定義務も安全配慮義務の内容となり,

その義務違反が認められました。

 

 

以上の3つの安全配慮義務違反が認められて,

合計1995万円の損害賠償請求が認められました。

 

 

このように,労災の損害賠償請求においては,

会社の安全配慮義務違反を検討する際に,

労働安全衛生法や会社が遵守すべき労働法の規制を調査して,

安全配慮義務の内容を具体的に特定することが重要になります。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

化学メーカーにおける検査分析業務と化学物質過敏症の因果関係

化学メーカーに勤務する労働者が,仕事上,

大量の化学物質に曝露して,体調を悪化させてしまった場合,

労働者は,会社に対して,どのような請求ができるのでしょうか。

 

 

本日は,有機溶剤や有害化学物質が発散する劣悪な労働環境で

検査分析業務を強いられたことで,

有機溶剤中毒及び化学物質過敏症に罹患したとして,

会社に対して,安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求をした

化学メーカーC社事件を紹介します

(東京地裁平成30年7月2日判決・労働判例1195号64頁)。

 

 

この事件の原告労働者は,石けん,シャンプー,化粧品,洗剤

などの油脂加工製品の製造販売をする化学メーカーに勤務していたときに,

工場の研究棟において,検査分析業務を行う際に,

試料の前処理や機材の洗浄のために,

クロロホルムやメタノールなどの有機溶剤や化学物質を使用していました。

 

 

 

 

原告労働者が働いていた研究室には,

局所排気装置が設置されていなかったり,

有機ガス用防毒マスクが支給されていませんでした。

 

 

そのような状況において,原告労働者は,

有機溶剤や化学物質を使用する検査分析業務に

約8年間従事していたところ,

頭痛,微熱,嘔吐,咳,蕁麻疹,下痢,全身の倦怠

などの症状が発症しました。

 

 

医師からは,有機溶剤中毒及び化学物質過敏症

に罹患しているという診断が出されました。

 

 

化学物質過敏症とは,過去に大量の化学物質を一度に曝露された後,

または長期間慢性的に化学物質に再接触した際にみられる

不快な臨床症状のことのようで,

発症メカニズムの解明には至っておらず,

決め手となる診断手法も決まっていないようです。

 

 

有機溶剤中毒とは,有機溶剤が人体の特定の器官に蓄積して,

中枢神経障害,末梢神経障害,自律神経障害が発症することのようです。

 

 

この事件では,原告労働者が,検査分析業務に従事していたことで,

化学物質過敏症及び有機溶剤中毒に罹患したといえるのかという

因果関係が争点になりました。

 

 

この争点について,判決では,原告労働者の検査分析業務において,

クロロホルムやノルマルヘキサンなどの有機溶剤が大量に使用されており,

再現実験の結果から,有機溶剤の管理濃度が

許容限度を超えていたことから,原告労働者は,長期間にわたって,

相当多量の有機溶剤に曝露されていたと認定されました。

 

 

 

そして,化学物質過敏症の病態が未だに完全に解明されていないものの,

原告労働者の症状が化学物質過敏症の症状と合致しており,

複数の医師の診断があることから,原告労働者は,

検査分析業務に従事する過程で大量の化学物質の曝露を受けて,

有機溶剤中毒及び化学物質過敏症に罹患したと判断されました。

 

 

この事件では,原告労働者の作業環境における

有機溶剤の濃度を測定するために,再現実験が実施され,

そこでの結果が,因果関係の判断に大きな影響を与えたと考えられます。

 

 

このような化学物質に関する再現実験は,専門性も高く,

費用も高額になりそうなので,どのようにして実施したのかが

大変興味深いです。

 

 

長くなってしまったので,安全配慮義務違反については,

明日以降に記載します。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

パワハラを規制する法改正が実現しました!

5月29日,職場でのパワハラを防止するために,

企業に相談窓口の設置などの防止策を義務づける

改正労働施策総合推進法が成立しました。

 

 

https://www.mhlw.go.jp/content/000486035.pdf

(改正法の条文はこちらのURLにアップロードされています)

 

 

ようやく,パワハラを規制する法律が成立し,

今後,パワハラを抑制していく機運が高まっていきそうです。

 

 

本日は,5月29日に成立したパワハラを規制する

法改正について説明します。

 

 

改正労働施策総合推進法の30条の2第1項において,

パワハラの定義が「職場において行われる優越的な関係を背景とした

言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより

その雇用する労働者の就業環境が害されること」と定められました。

 

 

 

 

これまでは,仕事上の指導との線引が難しいとして,

パワハラの定義が定められていなかったのですが,ようやく,

パワハラの定義が法律で定められたのです。

 

 

今後は,職場におけるある言動が,

①優越的な関係を背景とするもの,

②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの,

③就業環境を害すること,

の3つの要件を満たすかについて,

ケースバイケースで判断していくことになります。

 

 

企業は,パワハラについて,労働者からの相談に応じ,

適切に対応するために必要な体制の整備

その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならなくなります。

 

 

また,企業は,パワハラの相談をした労働者に対して,

解雇その他不利益な取扱をしてはならず,

パワハラについての研修をするように努めなければなりません。

 

 

もっとも,企業が講じなければならない措置の具体的な内容については,

法律に詳細は記載されておらず,今後は,労働政策審議会において,

必要な指針がまとめられていく予定です。

 

 

おそらく,相談窓口の設置,

パワハラ加害者に対する懲戒規定の策定,

パワハラ被害が発生した場合の社内調査体制の整備,

当事者のプライバシーの保護対策など

が指針に記載されることが予想されます。

 

 

 

今回の法改正では,企業に対して,

パワハラを防止するための措置義務を定めているものの,

パワハラ行為そのものを罰則などで直接禁止することはされていません。

 

 

この点について,参議院の附帯決議において,

ハラスメントの根絶に向けて,損害賠償請求の根拠となり得る

ハラスメント行為そのものを禁止する規定の法制化の必要性を含め

検討すること」と記載されたので,今後は,

パワハラを直接規制する法改正が実現することを期待したいです。

 

 

その他にも,参議院の附帯決議では,

取引先や顧客からのカスタマーハラスメントや,

就職活動中の学生に対するセクハラなど,

あらゆるハラスメントに対応することが必要であることが

記載されており,参考になります。

 

 

https://www.rengo-news-agency.com/2019/05/17/%E4%BB%98%E5%B8%AF%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AE%E5%86%85%E5%AE%B9%E3%81%A7%E4%BF%AE%E6%AD%A3%E3%82%92-%E9%9B%87%E7%94%A8%E5%85%B1%E5%90%8C%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E9%96%A2%E9%80%A3%E6%B3%95%E6%A1%88%E3%81%AB%E6%B3%A8%E6%96%87/

 

 

今回法改正で実現した企業に対するパワハラの防止措置義務は,

大企業は2020年4月から,

中小企業は2022年4月から課されますので,

今後は,パワハラ予防のために研修を実施していく企業が増えていきます。

 

 

私も,パワハラ防止に向けて,

パワハラ予防の研修を実施していきたいと思います。

 

 

 

パワハラを規制する法律がようやく成立しましたので,

これを機にパワハラ予防に取り組む企業が

増えていくことを期待したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

ホストの飲酒死は労災と認められるか?

朝日新聞の報道によりますと,

大阪ミナミのホストクラブで働いていた当時21歳の男性が

急性アルコール中毒で死亡したことについて,

この飲酒死は業務が原因であったとして,

労災と認めらた判決が大阪地裁でくだされたようです。

 

https://www.asahi.com/articles/ASM5Y51FRM5YPTIL017.html

 

 

過労死などの労災の分野では第一人者である,

原告の訴訟代理人である大阪の弁護士松丸正先生のコメントによれば,

「飲酒を伴うサービス業務中の事故を

労災と認めた初めての判断ではないか」とのことです。

 

 

 

本日は,仕事で飲酒することと労災について説明します。

 

 

まず,労働者が労災事故に巻き込まれて負傷した場合,

労災保険が適用されれば,治療費や休業補償が国から支給されます。

 

 

この労災保険の給付を受けるためには,

当該負傷が「業務上の負傷」に該当する必要があります。

 

 

この「業務上」という要件は,

業務遂行性が認められることを前提に業務起因性が認められること

を意味します。

 

 

「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの要件を満たせば,

「業務上」と認められるのです。

 

 

業務遂行性」とは,労働者が労働契約に基づき

事業主の支配下にある状態をいいます。

 

 

業務起因性」とは,業務が原因となって当該傷病が発生したこと,

言い換えれば,業務に内在する危険が現実化したものによると

認められることをいいます。

 

 

専門的に解説してしまいましたが,

ものすごく大ざっぱに言えば,

仕事が原因で,ケガをしたり,病気が発症したといえればいいのです。

 

 

ホストがホストクラブにおいて,

客や先輩ホストから言われて酒を飲めば,

ホストクラブの経営者の支配下において,

上司の指示に従い酒を飲み,

それが原因で急性アルコール中毒となったので,

業務遂行性と業務起因性が認められそうです。

 

 

 

 

しかし,酒を飲む行為が私的行為と評価されてしまえば,

業務遂行性が否定されることがあります。

 

 

適度な量の飲酒であれば,業務遂行性は否定されにくいのですが,

飲酒量が多くなると,自分の意思で酒を大量に飲んだとして,

私的行為と評価されることがあります。

 

 

この事件では,労災申請をしても,

労働基準監督署において,

自分の意思で大量に飲酒したとして,

労災と認定されなかったようです。

 

 

しかし,5月30日の大阪地裁の判決では,

客の証言やホスト仲間のラインという証拠から,

死亡した男性は,先輩ホストから,

濃い焼酎やテキーラを飲むように強要されて,

大量の飲酒を拒否するのが困難な状況に追いやられていたとして,

この事件では,飲酒は私的行為ではなく,

業務として飲酒したのであり,業務遂行性と業務起因性が認められて,

労災と認められたようです。

 

 

大量の飲酒は私的行為と評価されて,

労災と認められない可能性があったものの,

客の証言やホスト仲間とのラインを証拠として,

飲酒が「業務上」と判断されたことは画期的なことだと思います。

 

 

ホストクラブの実態はまったくわかりませんが,

漫画「夜王」を読む限りにおいて,ホストは,仕事として

毎回大量の飲酒をしていることが予想され,

飲酒が原因で体を壊したのであれば,

労災と判断されるケースがたくさんあるのだと思います。

 

 

 

キャバクラやラウンジで働くホステスにも,

同じように労災と認められる可能性があると思います。

 

 

判決文が入手できたら,もう少し細かく解説したいと思います。

 

 

飲酒が原因で若者が死亡するという痛ましい事件

がなくなることを祈念しています。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

請求書を出し忘れたことで会社から損害賠償請求されたときの対処法

先日,次のような労働相談を受けました。

 

 

顧客に請求書を送らないといけなかったものの,

仕事が忙しくて,請求書を送り忘れてしまい,

売上を回収するのが困難となってしまいました。

 

 

上司に相談したところ,自分が対応すると言ってくれたので,

上司に対応を任せていたところ,上司が放置してしまい,

結局,売上の回収が困難なままとなりました。

 

 

 

そして,相談者が会社を自己都合退職したところ,

売上の回収が未了の分について,会社から損害賠償請求されました。

 

 

このような場合,労働者は,会社からの損害賠償請求に

応じなければならないのでしょうか。

 

 

この相談と似たケースについての裁判例として,

N興業事件を紹介します

(東京地裁平成15年10月29日判決・労働判例867号46頁)。

 

 

この事件では,原告労働者が顧客へ請求書を提出していなかったことで,

813万円の債権が回収不能となったとして,

会社から損害賠償請求されたのです。

 

 

もっとも,原告労働者には,次のような事情がありました。

 

 

仕事量が多く,午後11時ころまで残業や休日出勤をし,

上司に仕事量が多いことを相談しても,何も対応してくれず,

そのような状況の中で,顧客に対する請求書提出のタイミングを逸したり,

失念したりしました。

 

 

 

 

その後,原告労働者は,仕事上のストレスで狭心症を発症して入院し,

退院したところ,上司から過重な業務命令があったり,

退職金で債権回収不能額を相殺することを迫られて,

自己都合退職しました。

 

 

以上の事情をもとに,裁判所は,

①請求書が未提出になったのは過重な労働環境にも一因があったこと,

②債権回収不能については,会社が値引きした事情があること,

③被告会社では以前にも同じような事件が起きているのに,

再発防止策がとられていないこと,

④原告労働者だけが原因ではなく,上司の監督責任もあること,

⑤上司は請求書の未提出を知ってから

すぐに調査をせずに損害が拡大したこと

を根拠として,会社に発生した損害の4分の1の限度で,

原告労働者に対して,賠償を認めました。

 

 

茨城石炭商事事件の最高裁昭和51年7月8日判決では

使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,

被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,

加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度

その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から

信義則上相当と認められる限度において,

被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる」

と判断されており,N興業事件では,この規範にあてはめて,

会社の労働者に対する損害賠償請求を4分の1に制限したのです。

 

 

すなわち,会社は,労働者から労務の提供を受けることで

利益を得ているので,労働者のミスによる損害も負担すべきであり,

会社からの莫大な損害賠償請求が認められては,

資力に乏しい労働者にとって酷な結果となることから,

会社の労働者に対する損害賠償請求は制限されることが多いです。

 

 

 

さらには,労働者の些細な不注意で損害が発生した場合には,

会社の労働者に対する損害賠償請求が否定されることもあります。

 

 

相談者のケースの場合,毎日夜遅くまで残業していて

仕事が忙しくて請求書を出し忘れたこと,上司に相談したものの,

上司が放置したことという事情がありますので,

会社からの損害賠償請求は制限されるべきですし,場合によっては,

損害賠償請求が否定されるべきと考えます。

 

 

そのため,会社から損害賠償請求されても,

そのまますぐに応じるのではなく,弁護士に相談して,

支払わなくてもいい方法はないか,

損害賠償請求を減額できないかについて

アドバイスをもらうようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

我が師菅野昭夫弁護士3~試練に立つ権利~

昨日に引き続き,新人弁護士学習会における

菅野昭夫弁護士の講演のアウトプットを行います。

 

 

菅野弁護士は,アメリカで著名な憲法訴訟弁護士で

ラトガーズ・ロースクールの教授である

アーサー・キノイ弁護士の「Rights on Trial」

という本を翻訳出版しました。

 

 

アーサー・キノイ弁護士は,ナショナル・ロイヤーズ・ギルド

というアメリカの進歩的弁護士の集団に所属し,

労働運動,公民権運動,反戦平和の戦い,冤罪事件などを闘い抜き,

民衆のための弁護士」として,確固たる評価を勝ち得ていました。

 

 

菅野弁護士は,アーサー・キノイ弁護士の了解をえて,

試練に立つ権利~ある民衆の弁護士の物語~」という本を,

日本評論社から出版しました。

 

 

これを契機として,菅野弁護士は,自由法曹団という

日本の弁護士集団のメンバーと一緒に,

アメリカのナショナル・ロイヤーズ・ギルドの弁護士と交流し,

国際的な活動をしてきました。

 

 

この「試練に立つ権利」という本の中に,

次のような一節があります。

 

 

弁護士として悔いの残らない人生をおくりたいのであれば,

その時代の苦悩の中に自分の身を置きなさない

 

 

 

その時代の苦悩とは,社会的な問題や矛盾のことであり,

弁護士は,時代の苦悩に背を向けてはならず,

解決のために尽力するべきということなのだと思います。

 

 

私は,金沢大学のロースクールの法曹倫理という授業で,

菅野弁護士から講義を受けていたとき,菅野弁護士が,

学生に対して,この名言を紹介しました。

 

 

私は,この名言を聞いて,菅野弁護士のもとで働きたいと思い,

菅野弁護士がいる金沢合同法律事務所へ入所しました。

 

 

自分がどのような弁護士になろうかと考えていた時に,

進むべき道筋を照らしてくれた言葉を思い出して,

初心に戻ることができました。

 

 

菅野弁護士は,最後に,新人の後輩弁護士たちに

以下の4つのアドバイスをしました。

 

 

①初めて経験することにたじろいではいけない。実践に勝るものはない。

 

 

 ②万物は生成発展し流転する。道理に適っていればとおることがある。

 

 

 ③己を信じる。信じた道を貫く。動じてはいけない。

 

 

 ④人生至るところ青山あり。活躍できる場所はどこにでもある。

 

 

 

新人向けの講演でしたが,弁護士9年目の自分にとって,

初心に戻ることができた貴重な講演でした。

 

 

弁護士として大切なことを再確認できましたので,

今後とも,仕事に精進していきます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

我が師菅野昭夫弁護士2~北陸スモン訴訟~

昨日に引き続き,新人弁護士学習会における

菅野昭夫弁護士の講演のアウトプットを行います。

 

 

菅野弁護士は,弁護士5年目ころから,

北陸スモン訴訟の事務局長として活躍されました。

 

 

スモンとは,亜急性脊髄視神経症という病気で,

この病気の患者は,両下肢にしびれや痛み等の異常知覚をおぼえ,

両下肢の麻痺などの運動障害で歩くことができなくなり,

一部の患者は,視力を奪われ,

重篤な患者は,死に至ることさえありました。

 

 

スモンの原因は,キノホルムという整腸剤でした。

 

 

 

 

キノホルムは,スイスのチバガイギーや

日本の武田薬品,田辺製薬などの大手製薬会社によって販売され,

日本では,1960年代から大量に発売され,

1970年まで全国で約2万人の患者が

スモンの薬害に侵されたようです。

 

 

1970年に,厚生省がキノホルムの製造販売を禁止したところ,

スモンの発症がなくなり,厚生省は,スモンがキノホルムを原因とする

薬害であることを正式に発表しました。

 

 

厚生省がスモンは薬害であることを正式発表しても,

キノホルムの安全性についてのデータがあったりして,

製造販売を行った製薬会社や,

製造販売を許可した国の責任を問うことは困難でした。

 

 

しかし,被害が深刻で悲惨な状態であることは間違いなく,

患者と家族が裁判に立ち上がったのです。

 

 

これがスモン訴訟です。

 

 

全国33地裁で,原告約7000人が,

合計約2800億円の損害賠償請求をした

一大薬害訴訟となりました。

 

 

東京地裁などには,スモン訴訟を専門に審理する

スモン専門部が設立され,そこの可部裁判長は,

まことに空前の規模の事件というべく,

通常の司法裁判所がこれだけのスケールの事件を担当した前例は,

世界にも無いものと思われる」と表明したようです。

 

 

スモン訴訟の弁護団は,第1にスモンの治療法を確立させるなどの

恒久対策を含む被害者の救済を目的とし,

第2に,全国民的課題として薬害被害者救済制度と

薬事法の抜本的改正を目的として,

連続した勝訴判決により国と製薬会社の法的責任を明らかにさせ,

全国的超党派的な世論と運動を巻き起こして,

これらの目的を達成するという全国的な戦略を樹立しました。

 

 

そして,菅野弁護士は,全国の弁護団とともに,

地元北陸での被害者や支援団体の組織化,

金沢地裁での訴訟活動,

国会や各政党への要請活動,

製薬会社や厚生省との交渉などを行いました。

 

 

菅野弁護士は,キノホルムの危険性を立証するために,

英語を勉強して海外の文献を調査したり,

東北大学に裁判に役立つ文献があるという情報を入手して,

夜行電車に乗って東北大学へ行って文献を入手したりなど,

様々な苦労をして,全国の裁判をリードしていったようです。

 

 

そして,1978年3月に全国で初めて金沢地裁で勝訴し,

続けて,東京,福岡で連続的に勝訴判決が続き,

1979年に厚生大臣と製薬会社社長との全面解決確認書の調印,

国会での薬事法改正及び薬害被害者救済制度が成立されて,

約15年もの歳月をかけてスモン訴訟は全面解決となりました。

 

 

 

菅野弁護士は,金沢地裁での判決のとき,

全国から200人近い記者が金沢地裁前に集まり,

実況用のテント村ができ,裁判所構内で大集会が開かれるなど,

空前絶後の経験をしたと語っていました。

 

 

この物語から言えることは,弁護士は,

困難な事件に正面から向き合うことで,

事件を解決するために,智恵をしぼり,証拠を集め,

依頼者と信頼関係を築いていく過程で,

弁護士としての必要なスキルを身につけて,

成長していくのだと思います。

 

 

裁判を通じて社会を変えるダイナミックな事件を担当することは,

弁護士として大変名誉なことです。

 

 

私も,労働事件において,社会を変えるような判決を勝ち取るために,

今後とも精進していきたいと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

我が師菅野昭夫弁護士~不二越指名解雇事件~

今週の土日は,私が所属している自由法曹団という

弁護士の団体の全国の集まりが石川県和倉温泉であり,

私は,地元の弁護士としてお手伝いをしていました。

 

 

この集まりの企画の中で,新人弁護士の学習会というものがあり,

その学習会で,私が所属している弁護士法人金沢合同法律事務所の

所長である菅野昭夫弁護士が,新人弁護士に向けて講義をしました。

 

 

(菅野昭夫弁護士)

 

 

私は,もともと,菅野弁護士に憧れて,

弁護士法人金沢合同法律事務所に就職したのですが,

普段,菅野弁護士とは同じ事務所で仕事をしているものの,

菅野弁護士の過去のことや弁護士としてのあるべき姿などを,

忙しさにかまけて,あまり尋ねていなかったところがあったので,

既に弁護士9年目に突入していて,新人ではないのですが,

今回の学習会は,大変勉強になりました。

 

 

そこで,この学習会の内容をアウトプットします。

 

 

菅野弁護士は,労働弁護士としての

不屈の闘いについて熱く語りました。

 

 

1960年初めころ,富山にある株式会社不二越という

東証一部上場のベアリングメーカーが,

受注減によって累積赤字に苦しんでいるとして,

希望退職募集後に146名の労働者を,

成績不良を根拠に指名解雇したという事件がありました。

 

 

指名解雇された労働者のうち,労働組合に所属していた組合員は,

不況を口実として,労働組合を弱体化させることを狙った

指名解雇であると主張して,32人の組合員が,

労働者の地位にあることの確認を求める仮処分の申立を

富山地裁に起こしました。

 

 

 

 

菅野弁護士は,富山の弁護士と2人で,この事件を担当しました。

 

 

裁判闘争に打って出た組合員達は,

職場の民主化のために闘ってきたが,

自分達は成績不良では断じてない,そのため,

指名解雇は不当労働行為であり,

闘っていけば必ず勝訴すると固く信じていたため,

菅野弁護士は,依頼者の熱い想いに共感して,

この困難な事件に果敢に立ち向かっていきました。

 

 

この事件では,合計64人に対する尋問が行われたようです。

 

 

通常の解雇事件ですと,尋問はせいぜい原告を含めて

2~3人くらい実施されるというものですが,

64人もの尋問が行われたことからも,

この事件がいかに困難なものだったかわかります。

 

 

6年の審理を経てくだされた第一審の判決では,

32名の申立人のうち14名は成績不良ではなかったとして,

解雇は無効になりましたが,

残り18名の申立人に対する解雇は有効と判断されました。

 

 

裁判を闘ってきた組合員達は,

18名に対する解雇を有効とする判決に納得できず,

全員の勝訴を目指して,すぐに控訴が提起されました。

 

 

組合員達は,裁判を闘うための生活資金を賄うために,

不二越の社宅の廃品回収の仕事をしていたところ,

廃品回収の過程で会社の不当労働行為を

裏付ける内部文書がみつかりました。

 

 

また,会社側から,人事考課に関する証拠が提出されないことを

不信に思った菅野弁護士は,控訴審の前に,

証拠保全の申立をして,会社の人事考課の資料を入手しました。

 

 

すると,会社の人事考課の資料によれば,

組合員達の勤務成績が優秀であるものの

共産党員などであることを根拠として,

評価を低くしていたという証拠がみつかりました。

 

 

さらには,会社が一部の組合員を買収して,

ストライキを断念させたという爆弾証言まででてきました。

 

 

そのような経緯もあり,裁判所は,解雇を撤回するように,

和解勧告をし,裁判を闘ってきた組合員全員の解雇が撤回され,

何億もの未払賃金の支払いが実現したのでした。

 

 

菅野弁護士は,この事件から,労働事件での勝訴の展望は,

法廷闘争の時間と空間を利用して,

証拠の収集,支援体制,生活の確保などを,

労働者自らが切り開き,団結と職場内外の支持の組織化が

カギとなることを学んだようです。

 

 

 

困難を極める解雇事件を無事解決に導いた

菅野弁護士の手腕に感銘を受けました。

 

 

困難な事件を経験することで,

弁護士は成長していくことを教わりました。

 

 

長くなりましたので,続きは明日以降に記載します。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。