睡眠不足による乗務禁止

国土交通省が,バス・タクシー・トラック事業者に対し,乗車前に必ず運転手の睡眠状態のチェックし,運転手が睡眠不足の場合には乗車させないように義務付ける内容に,旅客自動車運送事業運輸規則及び貨物自動車運送事業輸送安全規則を改正し,今年の6月1日から施行されることになりました。

 

http://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha02_hh_000341.html

 

https://www.asahi.com/articles/ASL4W5FTML4WUTIL02J.html

 

近年,インターネット通販で商品を購入する消費者が増加した関係で,宅配が急増し,配送の運転手の人手不足が深刻化しています。運転手の人手を増やそうにも,長距離運転という労働内容の過酷さと賃金がそれほど高くないことから,運転手を確保することが困難で,時間外労働で対応せざるをえない状況のようです。

 

また,トラック運転手だけでなく,訪日外国人観光客の増加で,バスの運転手も不足しているようです。

 

運転手の人手不足が原因で,現場の運転手が長時間労働を強いられているようです。長時間労働が続けば,睡眠時間を確保することができず,疲労が蓄積し,居眠り運転による交通事故や過労死が発生するリスクが高まります。

 

国土交通省が昨年6月30日に実施たバス運転手の労働時間のアンケート調査の結果によれば,約25%の運転手が1日の睡眠時間が5時間未満であると回答しました。

 

http://www.mlit.go.jp/common/001197085.pdf#search=%27%E5%9B%BD%E5%9C%9F%E4%BA%A4%E9%80%9A%E7%9C%81+%E9%81%8B%E8%BB%A2%E6%89%8B+%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E6%99%82%E9%96%93+%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%88%27

 

1日の睡眠時間が5時間未満の場合,1日の残業時間が4.5時間くらいとなり,1ヶ月の残業時間に換算すると,1ヶ月100時間の残業時間になります。1ヶ月100時間の残業時間とは,いわゆる過労死ラインです。

 

そのため,1日の睡眠時間が5時間未満ですと,過労死するリスクが高くなるのです。

 

睡眠には個人差がありますので,日中活動していて眠気により支障がないようであれば,睡眠時間に問題はないと言われています。何時間眠ればいいのかとは一概にいえませんが,健康的な睡眠時間は7~8時間くらいと言われています。

 

なぜ,これほどまでに睡眠が重要なのかといいますと,睡眠をとらなければ,人間は,疲労を回復することができず,また,精神的ストレスを解消できないからなのです。睡眠をしっかりとらなければ,最悪,人間は死んでしまうのです。

 

なお,睡眠についての分かりやすい本として,精神科医の樺沢紫苑先生の「精神科医が教えるぐっすり眠れる12の法則~日本で一番わかりやすい睡眠マニュアル~」がおすすめです。

 

睡眠が重要であるからこそ,運転手が睡眠不足で運転することを禁止する必要があります。今回の改正によって,バス・タクシー・トラック事業者は,乗車前の点呼の際に,運転手に報告を求めて,運転手が睡眠不足かどうかを確認して,記録を残します。

 

今回の改正によって,バス・タクシー・トラックの運転手がしっかりと睡眠時間を確保して,睡眠不足のまま運転を強いられてきた運転手がいなくなり,バス・タクシー・トラックによる悲惨な事故がなくなることを願います。

弁護士が労働災害の初期段階から関与する必要性

作業中にはしごから足を踏み外して床に転落してしまい,重大なけがを負ってしまった。倉庫で荷物を探していたら,荷物が倒れてきて,重い荷物の下敷きになってしまって骨折してしまった。機械を操作していたら,機械に指が挟まれて指を切断してしまった。

 

このように,仕事中の事故が原因でけがを負うことを労働災害といいます。労働災害にあった場合,労働基準監督署に労災保険の請求をして,労災と認定されれば,国から,治療費,休業補償が支給されます。後遺障害が残れば,後遺障害によって失われた労働能力に応じた補償が受けられます。

 

労働災害にあった労働者が労働基準監督署に労災の申請をする際に,厚生労働省の「労災保険給付関係請求書」に必要事項を記載する必要があります。

 

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/03.html

 

労災保険給付関係請求書には,「災害の原因及び発生状況」という欄があり,ここに,どのような場所で,どのような作業をしているときに,どのような災害にあったのかを具体的に記載します。

 

もっとも,「災害の原因及び発生状況」の欄は,数行しかなく,必要な事実を詳細に分かりやすく記載するには狭すぎます。

 

そこで,別紙として,労働災害が発生した状況を詳細に分かりやすく説明する文書を作成して提出することをおすすめします。労働基準監督署の担当官が,どの点をポイントに労働災害の調査をすればいいのか明確になりますし,労働災害にあった労働者の主張を,予め担当官に刷り込ませることで,労働者に有利に労災認定がされることがあるからです。

 

そして,「災害の原因及び発生状況」の欄の記載は,後々の会社に対する損害賠償請求訴訟において重要な証拠となりますので,証拠に基いて正確に記載する必要があります。

 

弁護士が,労働災害が発生した初期の段階から関与すれば,労働災害にあった労働者から労災事故の状況を的確に聴取して,労災保険給付関係請求書の「災害の原因及び発生状況」を補足する文書を作成し,労働基準監督署の監督官と面談して,労災事故の事実を正確に説明して,どの点をポイントに調査してほしいのかを伝えることができます。

 

また,労災保険で後遺障害についての補償を受けるには,「労働者災害補償保険診断書」に,障害の内容と状態を正確に記載してもらうことが重要になります。

 

弁護士が,労働災害が発生した初期の段階から関与すれば,主治医と面談して,医学的なアドバイスを聞き,「労働者災害補償保険診断書」に障害の内容と状態を正確に記載してもらうように伝えることができます。

 

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/dl/yoshiki10-shindansyo.pdf

 

このように,弁護士が労働災害が発生した初期の段階から関与することで,労働者が適切な補償を受けられることができるのです。

リフレーミング

自分の目標達成のため,コミュニケーション能力を高めるため,自分自身を知るために,先月から月に1回,米国NLP協会認定トレーナーの金花しのぶさんからNLPを学んでいます。

 

http://kinkanlp.com/

 

NLPとは,神経言語プログラミングのことです。私の理解では,NLPとは,成功した人は,どのように考え,どのように言葉を使い,どのように行動しているかというパターンを分析し,それをまねて,自分も成功していくための脳の使い方をマスターしていくという学問のことです。

 

先日は,NLPのスキルのうち,リフレーミングを学んだので,アウトプットするために,ブログを記載します。

 

人は,自分の価値観に基いて,物事を見ています。この物事を見る視点をフレームといい,物事を見る視点を変えることをリフレーミングといいます。

 

リフレーミングは,出来事の枠組みを変えることで,ある物事に対する受け止め方や感じ方を変えることができるようになります。

 

このリフレーミングをすることで,人の短所を長所に変換することができます。

 

例えば,私は,自分の短所をめんどくさがりだと考えていました。具体的には,仕事をしているときに,別の仕事が舞い込んでいると心の中で,その別の仕事について,めんどくさいなと思ってしまうことがあります。

 

しかし,このめんどくさいというマイナスの捉え方ですが,別の見方をすると,集中して仕事に取り組んでいるので責任感がある,自分のペースを大事にしている,などのプラスの捉え方に変えることができます(内容のリフレーミング)。

 

また,仕事をしていて,別の仕事が舞い込んできた時にめんどくさいと感じるということは,その人は任せた仕事に責任をもっているので,その人に仕事を任せたら大丈夫だ,優先順位を考えて仕事をしているので信頼がおける,などプラスに変換することができます(状況のリフレーミング)。

 

リフレーミングを使うことで,物事には肯定的な意図があるはずだと脳が反応し,自分の短所を長所に変換して自分を理解し,また,苦手な人の良い点に目を向けることで,相手に興味をもてるので,他人を理解できるようになります。苦手な人は,自分の内側を投影する鏡だったのです。

 

日頃から,リフレーミングをするくせをつければ,多角的に物事を捉えられるようになり,自分の短所を長所に変換してモチベーションを向上でき,苦手な人の良い点をみつけて,フラットな人間関係を築けるようになり,自分を自由にできそうです。

 

意識して,リフレーミングをする訓練を続けていこうと思います。

勤務間インターバル規制導入の必要性

昨日に引続き,立憲民主党の「人間らしい質の高い働き方を実現するための法律案」について言及していきます。

 

政府の働き方改革関連法案には,勤務と勤務の間にまとまった休息時間を確保しなければならないという勤務間インターバル規制はありませんが,立憲民主党の法案には,「休息時間規制」がもりこまれています。

 

具体的には,「各日において十分な生活時間が確保できるよう11時間を下回らない範囲内において厚生労働省令で定める時間以上の継続した休憩時間を,始業後24時間を経過するまでに確保して与えなければならないものとする。」というものです。

 

https://cdp-japan.jp/news/20180508_0436

 

ようするに,1日の仕事が終わった時間と次の日の仕事が始まる時間との間に連続11時間以上の休息時間を労働者にとらせなければ,労働者を働かせてはならないということです。

 

今の労働基準法には,勤務終了から勤務開始までの時間について規制はありません。それでは,なぜ,勤務間インターバル規制の導入が議論されているのでしょうか。

 

それは,勤務と勤務の間の休息時間が短いために,十分な疲労回復ができず,労働者の健康が害される場合があるからなのです。

 

勤務間インターバル規制の導入が必要な業種の一つに運送業界があげられます。

 

私は,長距離トラック運転手の残業代請求を担当した際に,タコグラフ(トラックの走行時間や停車していた時間を記録する装置)をもとに,労働時間と休憩時間を算出しましたが,こまぎれの休憩時間が何回かありましたが,まとまった11時間以上の休息時間はほとんどありませんでした。

 

長距離トラック運転手は,夜に長距離移動して,朝から日中にかけて睡眠をとりますが,日中は体温が上昇して,もともと眠りにくいうえに,ほとんどのトラック運転手は,ホテルや旅館ではなく,トラックの狭いスペースで寝るため,質の良い睡眠が確保できていません。

 

もともと,長距離トラック運転手の睡眠の質が悪い上に,こまぎれの休憩時間では,まとまった十分な睡眠時間が確保できず,疲労を回復することができません(精神科医の樺沢紫苑先生は,毎日7時間以上の睡眠時間を確保することを提唱しています)。

 

そのため,長距離トラック運転手は,勤務と勤務の間にまとまった休息時間がとれない結果,睡眠に必要なまとまった時間が確保できなくて,疲労回復ができず,過労状態が続いて,最悪,過労死にいたるリスクがあります(厚生労働省が発表している過労死の認定結果によれば,運送業界が過労死が発生している件数が最も多いです)。

 

また,長距離トラック運転手は,十分な睡眠時間が確保できなければ,居眠り運転をしてしまい,交通事故が発生するリスクも高くなります。

 

そのため,労働者の疲労回復,健康確保,仕事以外の生活時間を確保してワークライフバランスを充実させるためにも,勤務間インターバル規制が必要なのです。

 

それでは,なぜ休息時間が11時間以上必要なのかといいますと,睡眠時間以外に,通勤時間,食事をする時間,家族と団らんする時間などある程度自由に過ごせる時間が必要であることから,11時間以上という休息時間が導かれたのだと思います。

 

ヨーロッパでは,EU労働時間指令により,24時間以内に最低連続11時間の休息時間を与えることが義務付けられていることも参考になります。

 

労働者の疲労回復,健康確保,ワークライフバランスの充実のために,勤務間インターバル規制を導入することに賛成します。

 

なお,日弁連が2016年11月24日に発表した「あるべき労働時間法制」に関する意見書も参考になります。

 

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2016/opinion_161124_2.pdf

人間らしい質の高い働き方を実現するための法律案

5月8日,立憲民主党が「人間らしい質の高い働き方を実現するための法律案」を衆議院に提出しました。政府の働き方改革関連法案の対案になります。

 

https://cdp-japan.jp/news/20180508_0436

 

労働者を守る観点からすれば,政府が今国会で成立を目指している働き方改革関連法案よりも,立憲民主党の法律案の方が断然優れています。

 

まずは,時間外労働の罰則付き上限規制です。今の労働基準法では,36協定を締結すれば,どれだけ残業をさせても合法です。

 

しかし,どれだけ残業させても合法のままでは,長時間労働が蔓延し,過労死や過労自殺に歯止めがかからず,労働生産性も向上しません。

 

そこで,時間外労働に上限を決めて,会社に対して,これ以上の時間働かせたら,労働基準法違反として刑罰を科すことによって,残業を抑止しようとするものです。

 

長時間労働を撲滅させるために,時間外労働の罰則付き上限規制を導入することは適切なことなのですが,問題は,刑事罰が科せられるのは,何時間まで働かせたらなのかということです。

 

今の政府の法案では,臨時的な特別な事情があれば,時間外労働が1ヶ月100時間未満なら刑事罰が科せられません。

 

この100時間未満という残業時間が問題なのです。人間は働きすぎると,疲労回復することができず,脳や心臓にダメージが生じて,脳や心臓の病気を発症して,死亡することがあります。これが過労死というものです。

 

厚生労働省が,過労死の認定基準である「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」によれば,脳や心臓の病気が発症する前1ヶ月間におおむね100時間または発症する前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって,1ヶ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には,業務と発症との関連性が強いと評価されます。

 

http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11.pdf#search=%27%E8%84%B3%E8%A1%80%E7%AE%A1%E7%96%BE%E6%82%A3%E5%8F%8A%E3%81%B3%E8%99%9A%E8%A1%80%E6%80%A7%E5%BF%83%E7%96%BE%E6%82%A3%E7%AD%89%E3%81%AE%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E5%9F%BA%E6%BA%96%27

 

ようするに,1ヶ月100時間を超える残業をすると,過労死するリスクが高くなるのです。そのため,1ヶ月100時間というのが過労死ラインと呼ばれています。

 

今の政府の法案では,時間外労働が1ヶ月100時間未満となっていますが,99.9時間という限りなく過労死ラインに近い時間まで働かせても,刑事罰が科せられず,合法になってしまいます。

 

他方,立憲民主党の法案では,時間外労働が1ヶ月80時間未満となっているため,上記の過労死ラインを超えて残業をさせた会社に対しては刑事罰が科せられることになります。

 

さらに,立憲民主党の法案では,1ヶ月80時間未満の時間外労働には休日労働も含まれるとして,休日労働も労働時間規制の対象になっていることを明確にしている点で分かりやすくなっています。

 

このように,長時間労働の是正と過労死・過労自殺の根絶を目指し,働く人の命と健康を守る観点から,立憲民主党の法案が優れていると考えます。

採用内定取消の対処法

昨日のブログ記事「内定を取り消されてしまったら・・・」の続きとして,違法な採用内定取消に対して,どのように対処するべきかについて説明していきます。

 

「内定を取り消されてしまったら・・・」のブログ記事に記載しましたが,よほどの理由が無い限り,会社は,採用内定を取り消すことができません。

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/2018/05/08/naitei20180508/

 

不況を理由とする採用内定の取消も認められないことが多いです。なぜなら,会社は,経営・人事計画に基いて一度は積極的に人材の募集・勧誘を行っておきながら,これを数ヶ月で覆すことになるわけですが,短期間に採用が難しくなるほど経営が悪化するとは考えにくく,また,仮に,経営が悪化したとしても,それを予見できなかった責任は会社にあるからです。

 

よほどの理由が無い限り,会社は,採用内定を取り消すことができないことについて,厚生労働省は,「新規学校卒業者の採用に関する指針」において,次のように,会社が考慮すべきことを定めています。

 

http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/jakunensha05/pdf/pamphlet.pdf

 

①事業主は,採用内定を取り消さないものとする。

 

②事業主は,採用内定取消しを防止するため,最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるものとする。

 

③事業主は,やむを得ない事情により,どうしても採用内定取消し又は入社時期繰下げを検討しなければならない場合には,あらかじめ公共職業安定所に通知するとともに,公共職業安定所の指導を尊重するものとする。

なお,事業主は,採用内定取消しの対象となった学生・生徒の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに,採用内定取消し又は入社時期繰下げを受けた学生・生徒から補償等の要求には誠意を持って対応するものとする。

 

そこで,採用内定を取り消されてしまった場合,まずはハローワークへ採用内定取消の相談へ行き,ハローワークから,会社に対して,上記の指針に基づいた指導をしてもらうといいでしょう。

 

また,採用内定取消に納得がいかない場合には,会社に対して,もともとの入社予定日から働くことを求め,あわせて,賃金の支払いを請求します。

 

それでも,会社が採用内定取消を撤回しない場合,その会社で働くことを希望するのであれば,裁判手続で,従業員の地位にあることの確認や賃金の請求をします。

 

その会社で働くことはやめて,別の会社に就職する場合,裁判手続で慰謝料などの損害賠償請求をします。新規学校卒業者の場合,採用内定が取り消されると,翌年の新規採用に応募するしかなく,就職が1年間遅れることが多いので,1年分の給料・賞与について,損害賠償請求するかを検討するべきです。

 

採用内定が取り消されてしまったが,どうしても納得がいかない場合,採用内定取消は,よほどの理由がない限りできないことを思い出してもらい,会社に対して,一矢報いたい場合には,弁護士にご相談ください。

内定を取り消されてしまったら・・・

大学生が過酷な就活戦線を闘い抜き,ようやくつかんだ内定。就活生も親御さんも,内定が本当に嬉しくて,春から社会人としての第一歩を踏み出すことを心待ちにしているはずです。

 

しかし,もし,ようやくつかんだ内定が後から取り消されてしまったら・・・。新規に学校を卒業する予定の学生はどうすればいいのでしょうか。

 

まずは,会社から採用内定が出された時点で,労働契約が成立していたのかを検討します。労働契約が成立していれば,会社は,一方的に労働契約を解約することができないのです。

 

通常,採用の手続は,①会社による募集→②労働者の応募→③会社から労働者に対する採用内定の通知→④就労開始日になって,労働者が就労を開始するという流れで進みます。

 

この採用の手続の中で,③採用内定の通知の時点で,労働契約が成立したと考えられます。すなわち,採用内定の時点で,入社予定日を就労の開始日とし,入社予定日までに採用内定取消事由が生じた場合には,会社は採用内定を取り消すことができるという労働契約が成立したことになります。

 

次に,会社は,どのような場合に,採用内定を取り消すことができるのでしょうか。

 

会社の一方的な都合による新規学校卒業者に対する採用内定の取消は,対象となった学生と家族に計り知れない打撃と失望を与えます。また,採用内定を受け取った学生は,他の企業の内定を辞退していることが多く,採用内定の取消後に次の就職先を探すのが困難であり,翌年の新規採用に応募するしかなく,1年間を棒に振ることになりかねません。

 

そのため,会社が採用内定を取り消すことができるのは,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できない事実が後に判明し,それによって採用内定を取り消すことが「客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる場合」に限られます。

 

ようするに,採用内定当時に会社が分からなかったことが後日分かり,そのような理由だったら,常識的に考えて採用内定を取り消されてもしかたがないよね,といった理由がないと採用内定を取り消すことができないのです。

 

もう少し具体的に説明すると,学生が学校を卒業できなかった場合,学生がはれんち罪を犯した場合,健康診断で異常が発見されて,業務に耐えられないほど重要な場合などといった理由でない限り,採用内定を取り消すことができません。

 

そのため,もし採用内定を取り消されてしまったのであれば,自分には本当に採用内定を取り消されてしまうほどの落ち度があったのかを冷静に振り返り,納得がいかないのであれば,弁護士に相談してみてください。

研修医は労働基準法の労働者か

医師になるためには,医師国家試験に合格して医師免許を取得した後,2年以上病院などにおいて臨床研修を行う必要があります。この臨床研修をしている医師を研修医といいます。

 

関西医科大学附属病院において,臨床研修を受けていた研修医が急性心筋梗塞で急死し,遺族が,関西医科大学に対し,研修医は,労働基準法の「労働者」であるとして,本件研修医は,最低賃金を下回る賃金しか受け取っていないことから,最低賃金との差額の支払いを請求しました。

 

最低賃金制度とは,国が賃金の最低限度額を定め,使用者は,最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない制度です。最低賃金法4条2項により,最低賃金額に達しない賃金は無効となり,無効となった部分については,最低賃金との差額を請求できます。そして,労働基準法の「労働者」であれば,最低賃金を請求できます。

 

関西医科大学は,研修医は,教育課程にあり,病院や指導医の指揮命令によって就業していないので,労働基準法の「労働者」ではないと争いました。

 

最高裁平成17年6月3日判決(関西医科大学研修医事件・労働判例893号14頁)は,本件研修医は,労働基準法の「労働者」にあたるとして,遺族の最低賃金との差額請求を認めました。

 

本件研修医は,指導医が診察する時に診察の補助をしており,指導医の指示に基づき検査の予約をしているので,指導医の指揮命令下にあり,指導医の指示に反対する諾否の自由はありませんでした。

 

また,平日午前7時30分から午後7時までの研修時間中,時間的にも場所的にも拘束され,勤務状況が管理されていました。

 

さらに,本件研修医は,奨学金として月額6万円と副直手当1回1万円が支給されていましたが,給与として源泉徴収されていました。

 

「労働者とはどのような人のことか」というブログ記事に記載した,労働者の判断基準のうち,①業務諾否の自由の有無,②業務遂行における使用者の指示の程度,③時間的・場所的拘束性,⑧その他の事情にあてはめれると,本件研修医は,労働基準法の「労働者」にあたります。

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/2018/05/05/roudousha20180505/

 

労働裁判の現場では,「労働者」かどうかが争われることがありますが,個別の事案ごとに労働者性が肯定さたり,否定されたりしていますので,会社から,労働者ではないと主張された場合には,弁護士に相談して,自分の勤務状況を詳細に説明して,アドバイスをもらうようにしてください。

取締役なのか労働者なのか

労働基準法の「労働者」とはどのような人なのかという問題に関連して,社内の形式的な取締役が労働基準法の「労働者」かが争われた事件を紹介します。

 

ある学習塾を経営する会社では,正社員は,株式を譲り受けて株主となり,取締役に就任する旨の文書を差し入れることになっていました。原告である労働者は,取締役就任承諾書を差し入れて,形式上は取締役にされたのですが,肩書は教育コンサルタントであって,仕事内容は営業でした。

 

原告労働者の仕事の具体的な内容は,入退塾手続の受付業務,電話対応,配布物の管理,生徒対応,電話での入塾の勧誘などでした。

 

会社法329条1項により,取締役として選任されるためには,株主総会の決議が必要になるのですが,被告会社では,原告労働者を取締役に選任するための株主総会決議はなく,原告労働者が取締役に就任したという登記もされていませんでした。

 

原告労働者は,自分は労働者であるとして,被告会社に対して,未払残業代請求の裁判を起こしました。被告会社は,原告労働者は,労働基準法の「労働者」ではないので,労働基準法の労働時間の規制が適用されないとして,未払残業代の支払義務はないとして争いました。

 

京都地裁平成27年7月31日判決(類設計室事件・労働判例1128号・52頁)は,原告労働者は,労働基準法の「労働者」であり,未払残業代約671万円を認めました。

 

被告会社では,勤務時間が明確に決められており,活動記録に日々の出退勤時間とその日の仕事の時間を入力することになっていました。また,欠勤する場合には,会社へ電話連絡をした上で,欠勤報告書を提出しなければならず,欠勤理由について,私用などのあいまいな表現は認められていませんでした。このように,労務管理が厳格に行われていました。

 

また,原告労働者の給与は,源泉所得税と社会保険料が控除されて,月額23万円程度であり,労働を提供したことの対価である賃金であると判断されました。

 

「労働者とはどのような人のことか」というブログ記事で記載した,労働者の判断基準である,②業務遂行における使用者の指示の程度(被告会社から指示された営業内容が具体的である),③時間的・場所的拘束性(勤務時間と欠勤が厳重に管理されている),⑤報酬の労務対償性(月額23万円は取締役の報酬としては安く,賃金である),⑧その他の事情(源泉徴収されて,社会保険料が控除されている)にあてはめれば,労働基準法の「労働者」といえます。

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/2018/05/05/roudousha20180505/

 

会社の中では,形式的に取締役となっていたとしても,実質的には労働者であり,労働基準法が適用されて,未払残業代を請求できることがあります。自分が本当に取締役なのかと疑問に思った時には,自分の労働状況を振り返り,労働者の判断基準にどれだけあてはまるのか検討することをおすすめします。

労働者とはどのような人なのか

自分は労働者だと思って働いていたけど,会社と結んだ契約書には,請負契約,委任契約などと記載されていて,一方的に契約を解除されてしまい,仕事を失ったという労働相談がよくあります。

 

労働基準法の「労働者」であれば,会社は,労働者を簡単に解雇できず,労働者は手厚く保護されていますが,請負契約や委任契約の場合,会社は,仕事がなくなれば,契約書に何も制約がなければ基本的には契約を打ち切ることができ,仕事を請け負った人や委任を受けた人は仕事を失ってしまうリスクがあります。

 

そして,会社は,実質は労働者であるにもかかわらず,形式的に請負契約や委任契約とすることがあります。それはなぜかといいますと,会社は,労働者を簡単に解雇してはいけないという規制や労働時間の規制を免れたいという事情や社会保険料の会社負担を免れたいという事情があるからです。会社は,契約相手が労働者でないなら,簡単に契約を打ち切ることができますし,社会保険料の負担をしなくてよいので,会社にとって都合がいいのです。

 

そこで,労働基準法の「労働者」かどうかが裁判の争点になることがあります。生命保険勧誘員,電気の検針集金員,バイク便の配達員,デザイナー,カメラマン,雑誌の記者や編集者などで問題になりました。

 

それでは,労働基準法の「労働者」とはどのような人をいうのでしょうか。労働基準法9条には,「この法律で,『労働者』とは,職業の種類を問わず,事業又は事務所に使用される者で,賃金を支払われる者をいう。」と記載されています。

 

しかし,この条文を読んだだけでは,「労働者」かどうかは分かりにくいため,昭和60年12月19日,労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」という文書において,労働者かどうかを判断するための基準が詳細に記載されています。

 

https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/library/osaka-roudoukyoku/H23/23kantoku/roudousyasei.pdf#search=%27%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%9F%BA%E6%BA%96%E6%B3%95+%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85+%E5%88%A4%E6%96%AD%E5%9F%BA%E6%BA%96%27

 

その基準は,①業務諾否の自由の有無,②業務遂行における使用者の指示の程度,③時間的・場所的拘束性,④労務提供の代替性,⑤報酬の労務対償性,⑥事業者性の有無,⑦専属性,⑧その他の事情というものです。

 

①会社からの仕事の依頼や指示に対して,応じることも断ることも自由にできれば,労働者ではない方向に傾き,そのような自由がないのであれば,労働者である方向に傾きます。

 

②会社からの具体的な指示があれば,労働者である方向に傾き,具体的な指示がなければ,労働者ではない方向に傾きます。

 

③勤務場所や勤務時間が指定されて管理されていれば,労働者である方向に傾き,勤務場所や勤務時間の指定がなく,自分で自由に決めていたのであれば,労働者ではない方向に傾きます。

 

④自分に代わって他の人が働くことが認められていたり,自分の判断で補助者を使うことが認められていれば,労働者ではない方向に傾き,そのような代替性が認められていなければ,労働者である方向に傾きます。

 

⑤会社からの報酬の性格が指揮監督下に一定時間労働していることに対する対価とされているのであれば,労働者である方向に傾き,労働とは関係なく報酬が支払われるのであれば,労働者ではない方向に傾きます。

 

⑥高価な機械や器具を自分で用意し,報酬が高額であれば,労働者ではない方向に傾き,機械や器具は会社が準備し,報酬が平均的なものであれば,労働者である方向に傾きます。

 

⑦他の会社の仕事をすることが制約されており,報酬に固定給部分があれば,労働者である方向に傾き,他の会社の仕事ができて,報酬が歩合給であれば,労働者ではない方向に傾きます。

 

⑧報酬について給与所得としての源泉徴収がされていたり,労働保険の適用があれば,労働者である方向に傾き,源泉徴収がなく,労働保険の適用がないのであれば,労働者ではない方向に傾きます。

 

①~⑤が主要な要素となり,⑥~⑧が補強要素となり,①~⑧を総合考慮して労働基準法の「労働者」かどうかが判断されます。最終的には総合考慮なので,ケースバイケースで判断されるので,会社から労働者かどうかを争われた場合,労働者は,弁護士に相談して,自分がどのように働いてきたのかを具体的に説明し,①~⑧の基準にあてはめてもらい,アドバイスをもらうといいでしょう。