賃金から銀行の振込手数料を相殺することは違法です
求人票には,日当1万円と記載されており,
派遣元会社からも,日当1万円という説明を受けて,
日雇派遣や日々職業紹介で働くことになりました。
派遣労働者は,お金がなく,給料支給日まで待っていては,
生活が困難になるので,給料支給日よりも前に
給料を受けとりたいというニーズがあります。
すると,派遣元会社からは,給料支給日よりも前に
給料を受け取るには,105円から315円の振込手数料を
給料から天引きする即給サービスというシステムの紹介を受けて,
派遣労働者は,給料支給日よりも前に,
振込手数料を天引きされて給料を受け取っていました。
このように,給料から銀行の振込手数料を天引きすることは,
違法ではないのでしょうか。
本日は,給料から銀行の振込手数料を天引きすることの是非
について争われた東京高裁平成30年2月7日判決を紹介します
(判例時報2388号104頁)。
この問題は,労働者の同意がある場合に,
給料と銀行の振込手数料を相殺することは,
労働基準法24条1項の賃金全額払の原則
に違反するかというものです。
賃金は,労働者の生活の糧となるものなので,
労働者の生活の安定のために,
賃金全額が確実に労働者の手元に渡るように,
会社は,賃金全額を労働者に支払う義務を負っています。
他方,相殺というのは,会社が労働者に対して
金銭を請求する権利を有しているときに,
労働者が会社に対して,金銭を支払い,
その後に,会社が労働者に対して,給料を支払うのでは,
手間がかかるので,会社の労働者に対する債権と
労働者の会社に対する賃金債権を対当額で消滅させることです。
会社の労働者に対する債権と,労働者の会社に対する賃金債権とを
相殺すれば,労働者の手取り賃金が減少し,
日々の生活が苦しくなるので,
原則として賃金からの相殺は禁止されています。
例外的に,労働者が相殺に同意しており,
その同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると
認めるに足る合理的理由が客観的に存在している場合に限り,
賃金からの相殺が認められるのです
(最高裁平成2年11月26日判決・日新製鋼事件)。
本件事件では,原告の労働者は,会社から,
即給サービスを利用するには,
振込手数料105円若しくは315円が利用者負担となる
という文書を渡されて,同意していました。
しかし,被告会社は,即給サービスによって
現金による賃金支払の事務の負担を免れることができ,
原告の労働者は,不安定な雇用に置かれている者であり,
不本意ながら即給サービスを利用せざるをえない立場にあり,
被告会社から即給サービスの利用を誘導されて,
利用したという事情がありました。
そのため,原告の労働者の即給サービスを利用したときに,
給料から銀行の振込手数料が相殺されることの同意について,
労働者の自由な意思に基づいてされたものであると
認めるに足る合理的理由が客観的に存在する場合ではないと判断され,
給料から銀行の振込手数料を相殺することは違法と判断されました。
さらに,労働基準法24条1項の賃金全額払の原則に違反することは,
労働者の経済的利益だけでなく,人格的利益を侵害するものとして,
民法の不法行為における違法性を構成し,
被告会社は賃金全額を支払っていないことを認識していたので,
過失があるとして,不法行為に当たると判断されました。
原告の労働者の時給が800円であり,
即給サービスの1回の利用により315円を違法に
賃金から控除されていたことから,控除の額が
原告の労働者にとって小さくないことから,
原告に精神的苦痛があったとして,
慰謝料1万円が認められました。
賃金が相殺される際の労働者の同意を厳格に判断した上で,
賃金全額払の原則の違反が,労働者の人格的利益を侵害して
不法行為にあたり,慰謝料の支払いを命じたのが画期的です。
賃金からよくわからない控除がされていたときに,
労働者にとって参考になる判例です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
労働基準監督署に問い合わせたら、これはあくまで民法の判例であって、労働法での違法性を問う裁判ではないから判例としては使えず、同意書がある以上、労働法上の問題はないとの見解でした。
東京高裁平成30年2月7日判決では,賃金から即給サービスの手数料を控除することは,労働基準法24条1項に違反すると判断されていますので,労働法上の問題であると考えます。