不活動時間が労働時間といえるには?(24時間シフトのガス配管修理工の残業代請求事件)

ビルの監視業務における深夜労働に関する

裁判例を調査していたところ,

気になる裁判例を見つけましたので,紹介します。

 

 

ガスの配管の修理工事の下請けの会社において,

事業所内に設置された社員寮に寄宿して

24時間シフトを含む勤務スケジュールのもとで

働いていた労働者の未払残業代請求事件です

(大道工業事件・東京地裁平成20年3月27日判決・

労働判例964号25頁)。

 

 

 

この会社では,午前9時から翌日午前9時までの24時間シフトがあり,

労働者は,何もなければ社員寮で過ごしていればよく,

ガスの配管の修理の要請があったときに,

現場へ行き,修理工事をします。

 

 

修理依頼の回数や頻度はまちまちで,

まったく修理依頼のない日も毎月2~6回ほどあり,

修理工事の実作業がない場合,労働者は,

社員寮の自室で過ごしていました。

 

 

このように24時間シフトであるものの,

実際の作業時間はそれほど多くなく,

不活動時間が長いことから,24時間のうち,

実際に働いた時間以外の不活動時間

労働時間といえるのかが争われたのです。

 

 

不活動時間が労働時間に該当すれば,

実労働時間が8時間を超えた時間について,

未払残業代が請求できるのです。

 

 

これまでに何回かブログで解説してきましたが,

労働時間とは,会社の指揮命令下に置かれている時間をいい,

労働からの解放が保障されていなければなりません。

 

 

 

 

本件事件では,①修理工事の依頼があり出動する回数や頻度は

1日に1回程度であり,深夜・早朝の時間帯には少ないこと,

②実労働時間が5時間以内となる日が相当数あり,

24時間シフトのうち,実労働時間が占める割合は小さく,

不活動時間が占める割合が大きいこと,

③不活動時間において,労働者は,自室において私服で,

テレビをみたり,パソコンをしたり,飲酒やマージャンをしたり,

パチンコ店や飲食店に外出するなど自由に過ごしていたことから,

不活動時間は労働時間とは認定されませんでした。

 

 

 

その結果,労働者の残業代請求は認められませんでした。

 

 

私個人としては,平均して1日に1回の呼び出しがあるのであれば,

労働からの解放が保障されていたとはいえず,

不活動時間も労働時間と認めるべきだと考えます。

 

 

裁判所は,不活動時間について,呼び出しの頻度や回数,

呼び出されて働く時間帯,実際に働く時間の長さ,

呼び出しがない時間帯に自由に過ごせていたのか,拘束されていたのか,

といった事情をもとに,労働からの解放が保障されていたのか

をチェックします。

 

 

不活動時間が労働時間であると主張する場合は,

上記の事情を検討していくことが必要になります。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

宿直における断続的な業務と残業代請求

ビルの監視業務の深夜労働が,労働基準法41条3号の

「監視又は断続的労働」に該当するかについて,

文献を調査していたところ,宿直または日直の勤務について

記載されていたので,アウトプットします。

 

 

労働基準法施行規則23条には,

「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」について,

労働基準監督署の許可を受ければ,

労働基準法32条の規定にかかわらず,

労働者を使用することができると規定されています。

 

 

労働基準法32条には,1日8時間,1週間40時間

を超えて労働させてはならないと規定されているので,

「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」に該当して,

労働基準監督署の許可を受ければ,

1日8時間,1週間40時間を超えて労働させても,

全く問題ないことになるというわけです。

 

 

 

 

それでは,「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」とは

どのようなものをいうのかといいますと,

所定労働時間外または休日における勤務の一態様であって

当該労働者の本来の業務は処理せず,

構内巡視,文書・電話の収受,非常事態に備えて待機するもので,

常態としてほとんど労働する必要のない勤務です。

 

 

そのため,所定労働時間外または休日の勤務であっても,

このような勤務の態様のほかに,

本来の業務の延長と考えられるような業務を処理するものは,

たとえ宿直または日直の勤務と表現されていても,

「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」にはあたりません。

 

 

突発的に発生する本来の業務を処理させるために

宿日直勤務により待機させる場合でも,

その突発的事故の発生率が低く,

一般的にみて睡眠が十分とりえるものであれば,

その本来の業務処理時間を時間外労働及び休日労働として処理する限り,

待機時間は「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」にあたります。

 

 

医師や看護師などの宿直勤務が,

「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」にあたるのは,

病室の定時巡回,異常患者の医師への報告,

少数の要注意患者の定時検脈・検温などの

特殊の措置を必要としない軽度のまたは短時間の業務に限られます。

 

 

宿直中に突発的な応急患者の処置があり,

昼間と同じ労働をすることが稀にあっても,

一般的にみて睡眠を充分にとれるのであれば,

実際に働いた時間について割増賃金を支払うのであれば,

「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」といえるようです。

 

 

大きい病院における二交代制や三交代制による夜間勤務者は,

少人数で,昼間と同じ内容の労働を全て受け持つので,

「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」にはあたりません。

 

 

 

 

社会福祉施設における宿直業務については,

少数の入所者に対して行う夜尿起こし,おむつ取替え,検温などの

介助作業であって,軽度かつ短時間の作業に限られていないと,

「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」にはあたりません。

 

 

労働基準法施行規則23条の

「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」も,

労働基準法41条3号と同じように,

厳格に判断されることになりますので,

昼間と同じような労働を夜間にもしているのであれば,

「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」

にはあたらないことになります。

 

 

そして,宿直手当が支給されていても,その金額が,

労働基準法に定められた計算方法で算出される

残業代や深夜割増賃金よりも少ない場合には,

差額を請求することができます。

 

 

 

宿直の場合,昼間の労働よりも労働密度は低いのですが,

呼び出しがあった場合にはすぐに対応しなければならず,

呼び出しの頻度も一定数ある場合には,

労働から解放されているとはいえず,

宿直の時間は労働時間といえ,

宿直の時間に応じた残業代や深夜割増賃金を請求できます。

 

 

宿直などで夜間に働いている場合,

宿直手当の金額が適正に支払われえいるのかを

一度チェックするといいと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

残業代が請求できない監視又は断続的労働に従事する者とは?

先日,ビルの防災センターにつめて,

監視モニターでビルを管理し,ビルを巡回警備する仕事をしている

労働者の残業代請求の相談を受けた際に,

労働基準法41条3号の「監視又は断続的労働に従事する者」

に該当するかが気になったので,調べてみました。

 

 

 

 

当該労働者が労働基準法41条3号の

「監視又は断続的労働に従事する者」に該当すれば,

労働基準監督署の許可を受ければ,

労働基準法で定められている労働時間規制の適用が受けられなくなり,

どれだけ残業しても,残業代を請求できなくなります。

 

 

名ばかり管理職と同じように,

どんなに長時間労働をしても,

残業代はゼロになってしまうのです。

 

 

なぜ,このような適用除外が認められているのかといいますと,

「監視又は断続的労働に従事する者」は,

通常の労働者と比較して労働密度が低く,

労働基準法に定められている労働時間,休憩,休日の規定を

適用しなくても必ずしも労働者保護に

欠けるところがないからということのようです。

 

 

それでは,「監視又は断続的労働に従事する者」とは,

どのような労働者なのでしょうか。

 

 

まず,「監視に従事する者」とは,原則として

一定部署にあって監視をするのを本来の業務とし,

常態として身体の疲労又は精神的緊張の少ない者をいいます。

 

 

 

 

次の労働者は,「監視に従事する者」ではないと解されています。

 

 

①交通関係の監視,車両誘導を行う駐車場等

の監視等精神的緊張の高い業務

②プラント等における計器類を常態として監視する業務

③危険又は有害な場所における業務

 

 

監視の業務であっても,ある程度ぼーっとしていても

つとまるような場合が,これにあたると考えられます。

 

 

次に,「断続的労働」とは,作業自体が本来一定の間隔をおいて

行われるもので,作業時間が長く継続することなく中断し,

しばらくして再び同じような態様の作業が行われ,

また中断するというように繰り返されるものをいいます。

 

 

具体的には,次のような仕事があてはまります。

 

 

①修繕係等通常は業務閑散であるが,事故発生に備えて待機するもの

②寄宿舎の賄人等については,その者の勤務時間を基礎にして

作業時間と手待ち時間折半程度まで。

ただし,実労働時間の合計が8時間を超えるときはこの限りではない。

③鉄道踏切番等については,一日の交通量10往復まで。

 

 

工場労働のように継続的に作業するものであるにもかかわらず,

労働の途中に休憩時間を何回も入れるなど人為的に

断続的な労働形態を採用しても,「断続的労働」にはあたりません。

 

 

 

 

また,ある一日は断続的労働であっても,

他の日に通常の勤務に就くというようなかたちを繰り返す勤務については,

休日に関する規定を排除しても労働者保護上差し支えなし

ということにはならないので,シフト制を導入している仕事の場合,

「断続的労働」には該当しないことになります。

 

 

そして,「監視又は断続的労働に従事する者」であるとして,

労働基準法41条3号の適用除外を認めてもらうためには,

労働基準監督署から許可を受ける必要があり,

この許可がない場合には,無効となります。

 

 

こちらのサイトに労働基準監督署への許可の書式があります。

 

 

http://shinsei.e-gov.go.jp/search/servlet/Procedure?CLASSNAME=GTAMSTDETAIL&id=4950000009674&fromGTAMSTLIST=true&dspcnt=10&keyword=%8A%C4%8E%8B%81%45%92%66%91%B1&keywordOr=0&renmeiKahi=&ininKahi=&SYORIMODE=&displayHusho=0&frompos=1

 

「監視又は断続的労働に従事する者」に該当すれば,

どれだけ長時間労働をしても残業代は0円となり,

働き過ぎによる過労死・過労自殺を助長する危険がありますので,

「監視又は断続的労働に従事する者」に該当するか否かについては,

厳格に判断される必要があります。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

深夜労働の割増賃金が支払われていない場合の対処法

昨日,次のような労働相談を受けました。

 

 

相談者は,ビル設備保守管理,運転監視業務をしていたのですが,

深夜の時間帯の割増賃金が適切に支払われていないので,

夜勤をしたときの深夜労働の割増賃金を含む

未払残業代を請求したいという相談でした。

 

 

 

 

夜勤の仕事内容は,ビルの防災センターにつめて,

監視モニターでビルを管理し,ビルを巡回警備したり,

配管の水漏れの警報が鳴れば現場にかけつけて対応し,

雷による停電があればその対応をする必要がありました。

 

 

会社の説明では,2万円ほどの特別勤務手当が残業代に相当するので,

残業代は適切に支払われているとのことです。

 

 

このように深夜労働をしていた場合,

2万円ほどの特別勤務手当を支払われているだけで,

適法な残業代の支払いがあったといえるのでしょうか。

 

 

深夜の時間帯に働く警備員,ホテルのフロント業務を担当する労働者,

マンションの住込み管理員などの労働者が,

深夜労働の割増賃金を請求する場合,

深夜に働く時間が労働時間か否かが争点となります。

 

 

深夜労働の場合,仮眠時間があったり,手待ち時間が多いなど,

日勤の仕事に比べて労働密度が薄いことから,

会社は,労働時間か否かを争ってきます。

 

 

このような労働時間か否かが争われる場合に

参考になる裁判例を紹介します。

 

 

大林ファシリティーズ事件の最高裁平成19年10月19日判決です

(労働判例946号31頁)。

 

 

この事件では,午前9時から午後6時までが(休憩1時間),

マンションの住込み管理員の所定労働時間とされていたのですが,

実際には,午前7時から午後10時までの時間帯に,

所定労働時間前後も働いていたとして,

マンションの住込み管理員が未払残業代を請求したものです。

 

 

 

マンションの住込み管理員の業務は,

実作業をしていない不活動時間が多かったことから,

不活動時間が労働時間か否かが争われました。

 

 

まず,不活動時間が労働時間といえるためには,

会社の指揮命令下に置かれていたと評価できるかで決まり,

不活動時間において労働契約上の仕事の提供が義務付けられている

と評価できれば,労働からの解放が保障されていないとして,

会社の指揮命令下にあると判断されます。

 

 

そして,被告会社は,原告らに対し,所定労働時間外にも,

管理員室の照明の点消灯,ゴミ置き場の扉の開閉,

テナント部分の冷暖房装置の運転の開始及び停止等

の断続的な仕事を指示し,マニュアルにも,

所定労働時間外においても,住民や外来者から宅配便の受け渡し等

の要望が出される都度,これに随時対応すべきことが記載されており,

原告らは,午前7時から午後10時までの時間帯に

事実上待機せざるを得ない状態に置かれていました。

 

 

さらに,被告会社は,原告らから管理日報等の提出を受けるなどして

定期的に業務報告を受けて,適宜業務指示をしており,

所定労働時間外の住民からの要望へ対応することについて

黙示の指示があったとされました。

 

 

 

 

その結果,平日の午前7時から午後10時までの時間について,

管理員室の隣の居室における不活動時間を含めて,

被告会社の指揮命令下に置かれていたとして,

労働時間と認められ,未払残業代請求が認められました。

 

 

このように,不活動時間については,会社が労働者に対して,

どのような業務指示をしていたのか,

マニュアルや管理日報から勤務実態や業務量はどうなっていたのか

を考慮して,労働時間か否かが判断されます。

 

 

そのため,深夜労働の割増賃金を請求する場合,

日報,報告書,マニュアルなどの証拠を集めた上で,

不活動時間における指示内容,勤務実態,業務量

を検討することが重要になります。

 

 

検討した結果,不活動時間が労働時間と判断できそうであれば,

会社に対して,未払残業代を請求していきます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

トラック運転手の運行時間外手当は固定残業代として有効か?

未払い残業代請求の事件において,会社から,

よく固定残業代の主張がされることが多いです。

 

 

固定残業代とは,一定時間分の時間外労働,

休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のことです。

 

 

 

 

固定残業代は,基本給に残業代を組み込んでいる場合と,

残業代を~手当という形式で支払う場合の2つがあります。

 

 

会社の固定残業代の主張が認められれば,

会社は,残業代を既に支払っていることになり,

労働者の残業代請求が認められなくなることが多いので,

固定残業代が争点になることが多いのです。

 

 

本日は,この固定残業代について争われたシンワ運輸東京事件

を紹介します(東京高裁平成30年5月9日判決・

労働判例1191号52頁)。

 

 

この事件では,トラック運転手の運行時間外手当が,

労働基準法37条に定める割増賃金の支払に

あたるかが争点となりました。

 

 

運行時間外手当は,トラック運転手が車両を運行することによって

会社が取引先から得る運賃収入の70%に

一定の率を乗じて得られる金額を割増賃金として

支給すると定められていました。

 

 

 

 

そして,基本給等をもとに労働基準法37条で定められた

計算方法で算出した残業代が,運行時間外手当よりも多かった場合,

その差額が支給されており,逆に,運行時間外手当が,

基本給等をもとに労働基準法37条で定められた計算方法で

算出した残業代よりも多かった場合であっても,

その差額をトラック運転手に取得させていました。

 

 

さて,固定残業代が有効となる要件は,最高裁の判例によれば,

①通常の労働時間の賃金に当たる部分と

割増賃金に当たる部分とに判別することができること(判別可能性),

②固定残業代である手当が時間外労働に対する

対価として支払われていること(対価性)です。

 

 

本件事件では,運行時間外手当は,基本給等の

通常の労働時間の賃金に当たる部分と

判別できるようになっていたため,

対価性の要件を満たすかが問題となったのです。

 

 

すなわち,固定残業代が時間外労働の対価であれば,

時間外労働が増えれば,それに比例して割増賃金も増加するという,

労働時間との比例という要素が考えられるのですが,

運行時間外手当は,労働時間と比例しない形で決定されており,

時間外労働の対価で支払われていることに疑問はあります。

 

 

しかし,被告会社では,就業規則や賃金規定において,

運行時間外手当を残業代として支給し,

労働基準法所定の計算方法により算定した残業代と差額が生じれば,

その差額支給すると規定されていて,実際に,給料明細書には,

運行時間外手当の金額と残業時間数をもとに算定した

時間外手当の金額が記載されており,

差額が生じれば差額が支給されていました。

 

 

 

 

さらに,原告らが加入する労働組合との間で,

運行時間外手当が割増賃金として支給されることを

確認する労働協約が締結されており,被告会社が,

基本給などを当初から意図的に低く設定したり,

基本給を減額して運行時間外手当に

振り替えたりしたこともありませんでした。

 

 

以上の事情を考慮して,運行時間外手当は,

時間外労働の対価として支払われていると判断されて,

固定残業代として有効であり,

労働者の未払い残業代請求は認められませんでした。

 

 

このように,固定残業代としての手当が,

時間外労働の対価といえるかについては,

就業規則や賃金規定の定め方,

労働基準法所定の計算方法により算出された残業代との差額の支払,

労働組合との協議の経過,固定残業代と基本給との比較

などの事情を考慮して判断されます。

 

 

専門的に分析する必要がありますので,

固定残業代を争う場合には,弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

変形労働時間制を争う方法3

昨日に引き続き,変形労働時間制を争う方法について解説します。

 

 

 

昨日紹介した岩手第一事件の

仙台高裁平成13年8月29日判決では(労働判例810号11頁),

変形期間中の労働日とその所定労働時間の特定という争点に関連して,

変形労働時間制において,会社が任意で労働時間を

変更することができるか,という争点についても判断されています。

 

 

どういうことかといいますと,岩手第一事件で

問題となった就業規則の変形労働時間制の条項の中に,

次のことが記載されていました。

 

 

「第20条(勤務時間等の変更) 前条の始業・終業の時刻

および休憩の時間は,季節,または業務の都合により変更し,

一定期間内の特定の日あるいは特定の週について労働時間を延長し,

もしくは短縮することがある。」

 

 

すなわち,変形労働時間制において,会社が,

季節または業務の都合で一方的に労働時間を

変更することができるようになっていたのです。

 

 

 

 

裁判所は,このように会社が恣意的に労働時間を変更できることを

認める規定では,変形労働時間制は違法無効となると判断しました。

 

 

変形労働時間制は,過密な労働により,

労働者の生活に与える影響が大きいことから,

就業規則などにおいて,変形期間内におけるどの日又は週が

法定労働時間を超えるのかについて,

できる限り具体的に特定する必要があるので,

会社が恣意的に労働時間を変更できるようでは,

特定としては不十分となるのです。

 

 

そのため,就業規則の中の変形労働時間制の条項の中に,

会社が業務の都合で任意に労働時間を変更できるような規定があれば,

その変形労働時間制は無効となるので,労働者は,

就業規則の内容をよくチェックしてください。

 

 

また,就業規則に変形労働時間制についてのシフト表の

勤務パターンが記載されていても,実際に運用されているシフト表が

就業規則に記載されている勤務パターンとずれている場合にも,

変形労働時間制は無効となります。

 

 

日本総業事件の東京地裁平成28年9月16日判決は

(労働判例1168号99頁),就業規則で定められた始業終業時刻は,

シフト表の24時間勤務のみであって,

他にシフト表に規定されている日勤や夜勤の始業終業時刻が

就業規則で定められていないケースにおいて,

被告会社のシフト表で定める勤務割は,

就業規則に定められた各勤務の始業終業時刻,

各勤務の組合せの考え方,勤務割表の作成手続及び周知方法等に

従って作成された各日の勤務割には当たらないから,

変形労働時間制の要件を満たさず,無効と判断しました。

 

 

 

 

ようするに,就業規則に定められた各勤務の始業終業時刻や

各勤務の組合せの考え方に従って,実際のシフト表が

作成されていないのであれば,変形労働時間制は無効になるのです。

 

 

そのため,労働者は,就業規則をチェックして,就業規則の定めと

実際のシフト表が一致しているのかを確認するようにしてください。

 

 

このように,変形労働時間制は,法律で定められている要件が

厳しいので,労働者は,会社から,変形労働時間制の主張をされても,

臆することなく,残業代を請求するべきと考えます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

変形労働時間制を争う方法2

最近,私が担当している未払い残業代請求事件において,

相手方から,変形労働時間制についての反論がされることが多いので,

労働者側に有利な裁判例を調査しています。

 

 

就業規則に変形労働時間制の記載が少しでもあったり,

シフト表で勤務割が決っている場合には,会社側から,

変形労働時間制の主張をしてくることが多いです。

 

 

 

 

変形労働時間制とは,一定の期間につき,

1週間当たりの平均所定労働時間が法定労働時間を超えない範囲で,

1週または1日の法定労働時間を超えて労働させることができる制度です。

 

 

例えば,1ヶ月単位の変形労働時間制の場合,

1ヶ月の期間を平均して,1週間あたりの所定労働時間が

40時間以内に定められていれば,予め所定労働として

特定された日や週の特定された時間の範囲で1日8時間,

1週40時間を超えて労働しても,残業代が支払われなくなります。

 

 

1週間のうち,ある日は9時間働いたけれども,

別の日は7時間働き,その他の日は8時間働き,

2日休日だったとします。

 

 

1日の労働時間が8時間を超えると残業代が発生するので,

9時間働ければ,1時間分の残業代を請求できるのですが,

変形労働時間制が適用されると,1週間の労働時間が

40時間を超えていないので,9時間働いた日の

1時間分の残業代を請求できなくなります。

 

 

このように,変形労働時間制が適法に運用されれば,

残業代は少なくなるので,会社側は,

変形労働時間制の主張をしてくるのです。

 

 

しかし,変形労働時間制は,導入手続,

日々の労務管理が煩雑であり,厳しい要件を満たす必要があるので,

地方の中小企業では,適法な変形労働時間制を導入しているところは,

少ないという印象です。

 

 

本日は,変形労働時間制について,

労働者に有利な判断をした岩手第一事件を紹介します

(仙台高裁平成13年8月29日判決・労働判例810号11頁)。

 

 

変形労働時間制では,各週,各日の所定労働時間を就業規則などで

特定する必要があります。

 

 

 

 

また,シフト表を作成している場合,就業規則において,

各勤務の始業・終業時刻及び各勤務の組合せの考え方,

シフト表の作成手続や周知方法を定め,

各日のシフト表は,それに従って,変形期間開始前までに

具体的に特定しておく必要があります。

 

 

岩手第一事件では,就業規則に職種ごと,

先番,後番ごとの始業・終業時刻及び休憩の時間を定めた上で,

具体的な労働日,労働時間については

勤務割表で事前に特定されていました。

 

 

しかし,裁判所は,変形労働時間制は,過密な労働により,

労働者の生活に与える影響が大きいため,就業規則などにおいて,

単位期間内におけるどの日又は週が法定労働時間を超えるのか

について,できる限り具体的に特定させ,それが困難であっても,

労働者がその日又は週における労働時間をある程度

予測できるような規定を設けておくことが要求されているので,

会社が就業規則の各規定に従って勤務割表を作成し,

これを事前に労働者に周知させただけでは,

労働基準法32条の2の「特定された週」又は「特定された日」

の要件を満たさないと判断しました。

 

 

このように,裁判所は,変形期間中の労働日と所定労働時間の特定を

かなり厳格に要求しており,単にシフト表を作成して労働者に対して,

提示しているだけでは,変形労働時間制は無効となるのです。

 

 

長くなりましたので,続きはまた明日以降に記載します。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

1ヶ月80時間の時間外労働の固定残業代は無効です

未払残業代請求事件では,固定残業代が争点になることが多いです。

 

 

固定残業代は,大きく分けて,

残業代の支払いに代えて一定額の手当を支給する場合(手当型)や,

基本給の中に残業代を組み込んで支給する場合(組込型)があります。

 

 

 

 

おそらく,会社が,毎月,労働者の残業代を

計算するのが大変なので,定額で残業代を支払うほうが楽である

ということで,固定残業代が広がっていったのではないかと思います。

 

 

なぜ固定残業代が争点になるかといいますと,

会社の固定残業代の主張が認められるか否かで,

請求できる残業代の金額が大きく変わるからです。

 

 

すなわち,会社の固定残業代の主張が認められれば,

固定残業代は残業代の基礎賃金から外れて,

残業代は支払い済みとなり,残業代は少なくなるのに対し,

会社の固定残業代の主張が認められないと,

固定残業代が残業代の基礎賃金に組み込まれて,

基礎賃金の単価がはねあがり,残業代は未払いとなり,

残業代は多くなるのです。

 

 

さて,この固定残業代について,

労働者に有利な判決がなされたので紹介します。

 

 

イクヌーザ事件の東京高裁平成30年10月4日判決です

(労働判例1190号5頁)。

 

 

この事件では,雇用契約書には,基本給23万円のうち,

8万80000円は月間80時間の時間外労働に対する残業代

と記載されており,通常賃金部分と残業代部分とが判別されていました。

 

 

そして,原告の実際の労働時間は,

1ヶ月の時間外労働が80時間を超えることが多く,

80時間を超える時間外労働に対しては,

基本給以外に別途残業代が支払われていました。

 

 

 

 

この1ヶ月の時間外労働80時間分に相当に対する残業代を,

固定残業代として基本給に組み込んで支払うことが,

民法90条の公序良俗に違反するかが争われたのです。

 

 

公序良俗とは,公の秩序と善良な風俗のことで,

ものすごくおおざっぱに説明すると,

それをやったらだめでしょうというレベルの

社会ルールに違反することです。

 

 

公序良俗に違反すれば,無効となります。

 

 

本件事件で問題となった公序良俗とは,

1ヶ月80時間の時間外労働という過労死ラインです。

 

 

過労死の認定基準では,脳心臓疾患が発症する前2~6ヶ月間

にわたって,1ヶ月あたりおおむね80時間を超える

時間外労働が認められる場合,過労死と認定される可能性が高くなります。

 

 

 

 

そうなりますと,基本給のうちの一定額を

月間80時間分相当の時間外労働に対する

残業代とする固定残業代は,労働者に対して,

少なくとも月間80時間に近い時間外労働を

恒常的に行わせることを予定したものであり,

労働者の健康を損なう危険のあるものとして,

公序良俗に違反して無効と判断されました。

 

 

このように,固定残業代が過労死ラインの時間外労働に

対応するように設定されていた場合,

公序良俗に違反して無効になる可能性があるのです。

 

 

そのため,労働者は,会社から残業代が定額で支払われていた場合,

何時間分の時間外労働に対応するのかをチェックして,

固定残業代が1月80時間の時間外労働に対する

残業代に設定されていれば,固定残業代は無効となる可能性があり,

残業代を請求できることがあるのです。

 

 

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未払残業代請求の消滅時効を中断するには

未払残業代請求の相談を受けた場合,

弁護士がまず検討すべきは,

消滅時効を中断することです。

 

 

2019年2月13日時点では,労働基準法115条により,

未払残業代請求権の消滅時効は2年となっております

(将来,労働基準法の改正によって

未払残業代請求権の消滅時効が5年になる可能性があります)。

 

 

 

 

未払残業代は,何もしないで放って置くと2年で消えてしまうのです。

 

 

例えば,給料が20日締めの当月末日払いの場合,

本日2019年2月13日時点であれば,

2017年2月分から2019年2月分までの

2年間分の未払残業代を請求できます。

 

 

しかし,2019年2月28日の給料支払日を経過して,

2019年3月1日以降になってしまえば,

2017年2月分の未払残業代請求権は消滅時効にかかり,

請求できなくなり,2017年3月分以降の

未払残業代しか請求できないのです。

 

 

そこで,消滅時効を止める必要があるのです。

 

 

消滅時効を止めることを,時効を中断するといいます

(民法改正により,時効の完成の猶予となります)。

 

 

未払残業代請求で,時効を中断するには,

労働者は,会社に対して,未払残業代を請求するように催告をして,

6ヶ月以内に労働審判の申立てや訴訟の提起をすればいいのです。

 

 

消滅時効を中断するための催告については,

未払残業代を請求する意思表示を明確に会社に知らせるために,

配達証明付内容証明郵便で通知するのが一般的です。

 

 

 

もっとも,内容証明郵便では,相手方が受け取らなかったり,

時間的な猶予がない場合には,特定記録郵便か,

送信リポート付きでファックス送信することもあります。

 

 

では,消滅時効を中断するための催告には,

どのようなことを書く必要があるのでしょうか。

 

 

昨日のブログで紹介したPMKメディカルラボ事件においては,

会社が,原告の通知には,請求金額やその内訳,

未払賃金の期間などが記載されていないとして,

消滅時効を中断するための催告にはあたらないと主張していました。

 

 

PMKメディカルラボ事件の東京地裁平成30年4月18日判決では,

催告とは,「債務者に対し履行を求める,債権者の意思の通知であり,

当該債権を特定して行うことが必要である」と定義し,

「債権の内容を詳細に述べて請求する必要はなく,

債務者においてどの債権を請求する趣旨か分かる程度に

特定されていれば足りる」と判断されました。

 

 

そして,原告の通知には,「賃金の未払いについて

(1)早出,休憩未取得,残業,休日出勤等に対して,

未払いである賃金を支払うこと。」という記載があり,

「資料提出について (2)過去2年間分の労働時間記録,

給料明細書のコピーを書面にて提出すること」と記載されていることから,

原告が会社に対して,原告の在籍期間のうち,

通知からさかのぼって2年間の時間外労働に対する

未払残業代の請求をしていると認められるとして,

催告にあたり,消滅時効の中断が認められました。

 

 

また,日本セキュリティシステム事件の

長野地裁佐久支部平成11年7月14日判決では

(労働判例770号98頁),

未払残業代を計算するのに必要な賃金台帳やタイムカードは

会社が所持しており,労働者が容易に計算できないことから,

消滅時効の中断の催告としては,

具体的な金額及びその内訳について明示することまで

要求するのは酷に過ぎ,請求者を明示し,

債権の種類と支払期を特定して請求すれば,

時効中断のための催告としては十分である」と判断されました。

 

 

よって,消滅時効を中断するための催告としては,

「~年~月から~年~月までの残業代を含む全ての

未払い賃金を請求します。」と記載して,

会社に通知すればいいのです。

 

 

 

 

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残業代計算の基礎賃金に含まれる賃金とは?

労働者が未払残業代を請求する場合,

残業代を計算しなければなりません。

 

 

残業代の計算方法は,次のとおりです。

 

 

 

 

残業代=時間単価×残業した時間×割増率

 

 

このうち,時間単価は次のようにして計算します。

 

 

時間単価=月によって定められた賃金÷月平均所定労働時間

 

 

賃金にはどこまでが含まれるのか,

月平均所定労働時間をどうやって計算するのか,

残業した時間をどうやって特定するか,

割増率が時間外労働,深夜労働,休日労働で異なっていることから,

はっきり言って,残業代の計算は面倒です。

 

 

残業代の計算は面倒なのですが,

会社に対して残業代を請求するには,

これらのことに対応していかなければなりません。

 

 

本日は,残業代請求における時間単価を計算するための

基礎となる賃金にはどこまでが含まれるのかについて解説します。

 

 

これは,給料明細に記載されている賃金の各項目のうち,

どこまでが基礎賃金に含まれて,

どれが除外されるのかという問題です。

 

 

 

まず,労働基準法37条5項,労働基準法施行規則21条において,

基礎賃金から除外されるものが記載されています。

 

 

①家族手当

 ②通勤手当

 ③別居手当

 ④子女教育手当

 ⑤住宅手当

 ⑥臨時に支払われた賃金(結婚手当など)

 ⑦一ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)

 

 

個人的事情に応じて支払われ,

労働の内容や量との関連性が弱い賃金,

または,計算技術上算定が困難である賃金について,

基礎賃金から除外することにしているのです。

 

 

この7つの除外賃金に該当するか否かは,

その名称によらずに,実質的に判断されます。

 

 

例えば,⑤住宅手当ですが,基礎賃金から除外されるのは,

住宅に要する費用に応じて算定される手当のことです。

 

 

 

 

名称は住宅手当であっても,実際には,

住宅の形態ごとに一律に定額で支給することとされているもの,

住宅以外の要素に応じて定率または定額で支給するとされているもの,

全員に一律に定額で支給されているものは除外されません。

 

 

昨日のブログで紹介したPMKメディカルラボ事件では,

住宅手当が除外賃金にあたるかも争われたのですが,

この事件の住宅手当は,労働者が親族から家賃補助を受けておらず,

自分名義で契約したアパートに居住している場合に,

労働者の住宅が存在する地域や最寄り駅からの距離に応じて

支給されていることから,住宅手当は除外賃金にあたるとされました。

 

 

また,PMKメディカルラボ事件では,業績給が

⑥臨時に支払われた賃金にあたるかについても争われました。

 

 

⑥臨時に支払われた賃金とは,

支給条件が確定されているのですが,

支給事由の発生が労働と直接関係のない個人的な事情により

まれに生ずる賃金をいいます。

 

 

PMKメディカルラボ事件の業績給は,

店舗ごとの売上目標を達成するという条件が成就した場合に

支給されていたので,支給事由の発生が不確実なものといえ,

⑥臨時に支払われた賃金といえ,除外賃金にあたるとされました。

 

 

PMKメディカルラボ事件では,住宅手当と業績給は

除外賃金にあたるとされましたが,手当の名称にとらわれずに,

手当の支給実績などを検討すると,実質的には除外賃金にあたらず,

基礎賃金にふくめられるときもあります。

 

 

そのため,労働者は,未払残業代を計算するときには,

給料明細に記載されている各手当がどのような支給基準に基づいて,

実際に支給されているのかをチェックするべきです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。