医師の年俸と残業代

 平成29年7月7日,医師の高額年俸に残業代が含まれているかが争われた事件について,最高裁判決がくだされたので紹介します。

 

 http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=86897

 

 原告は,40代の医師で,年俸1700万円の雇用契約で神奈川県内の私立病院で勤務していたところ,病院から解雇されたため,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と未払残業代を請求しました。

 

 年俸1700万円には,本給,諸手当,賞与が含まれており,年俸とは別に医師時間外勤務給与規程に基づき,時間外勤務に対する給与が支払われていました。この時間外規程には,時間外手当の対象となる業務は,原則として,病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限ること,通常業務の延長とみなされる時間外業務は,時間外手当の対象とならないことが定められています。

 

 本件雇用契約では,時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働に対する割増賃金について,年俸1700万円に含まれることが合意されていたのですが,年俸1700万円のうち時間外労働に対する割増賃金に当たる部分は明らかになっていませんでした。原告に対して,時間外規程に基づき時間外手当が支払われたのですが,この時間外手当には時間外労働を理由とする割増はされていませんでした。

 

 このような事実関係のもと,最高裁は,「労働契約における基本給等の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり,上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負う」という規範を定立した上で,時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働に対する割増賃金を年俸1700万円に含める合意がされても,このうち時間外労働に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされておらず,原告の年俸について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできないとしました。

 

 職業や賃金の額にかかわらず,年棒制であっても,時間外労働に対する割増賃金が明確にされていなければならないという原則が提示されたことに意義がありそうです。医師の仕事は特殊で,給料は高額ですが,これまでの固定残業代の判例と同じように,基本給と割増賃金を判別できるようにしなければなりません。

 

 なお,働き方改革では,労働時間の上限規制について,医師は今後の議論に委ねられました。医師は,過酷な業務に従事していることから,早急に上限規制を検討すべきと考えます。

 

 

 

固定残業代が否定されて未払残業代請求が認められた事例

 京都第一法律事務所の弁護士渡辺輝人先生がご担当された未払残業代請求事件の大阪高裁平成29年3月3日判決・鳥伸事件(労働判例1155号・5頁)を紹介します。渡辺輝人先生は,おそらく日本の弁護士の中で最も残業代請求に精通している弁護士だと思います。

 

 被告会社は,鶏肉の加工・販売及び飲食店の経営をおこなっており,原告は,被告が京都のデパートの店内に出店していた店舗において鶏肉の加工・販売業務に従事していました。原告は,被告を退職後,被告に対して,未払残業代元金241万5168円,遅延損害金,付加金の支払を求めて提訴しました。

 

 被告会社の賃金規程には,「時間外労働割増賃金及び休日労働割増賃金として毎月一定額を支給する」と規定されており,雇用契約書には,賃金として「月給250,000ー円残業含む」と記載されていました。被告会社から原告に対して,基本給18万8000円,残業手当として6万2000円が支給されていました。被告会社は,残業手当は定額の時間外労・休日労働手当として支給されたものであるから,割増賃金の算定基礎には含まれないと主張して争いました。

 

 判決では,「定額の手当が労働基準法37条所定の時間外等割増賃金の代替として認められるためには,少なくとも,その旨が労働契約の内容になっており,かつ,定額の手当が通常の労働時間の賃金と明確に判別できることが必要である」として,被告会社の賃金規定のみでは,基本給及び残業手当の各金額が明らかではないこと,求人広告では給与25万円とのみ記載されており,雇用契約書でも「月給250,000ー円残業含む」と総額が記載されているのみであって,そのうち幾らが基本給であり,幾らが時間外・休日労働手当の代替なのかは明らかにされてないことから,基本給の額と残業手当の額が明確に区別されていないと判示されました。そして,本件の残業手当の支払をもって,時間外労働割増賃金の代替としての支払とは認められず,時間外割増賃金の算定基礎は,基本給と残業手当の合計25万円と認められるとしました。

 

 被告会社は,残業手当として残業代を支払っているので,基本給18万8000円をもとに残業代を計算すべきと主張したのですが,原告の給料総額25万円をもとに残業代を計算することとなったため,被告会社が支払うべき残業代が多くなったのです。

 

 未払残業代を請求する事件では,固定残業代が争点になることが多いので,労働者側が勝訴した事案として紹介させていただきます。

 

専門業務型裁量労働制についての判例紹介

京都の弁護士塩見卓也先生が勝ち取った専門業務型裁量労働制についての判例を紹介します。京都地裁平生29年月27日判決でK工房事件です。労働法律旬報1889号に掲載されている判例です。

 

神社仏閣の壁画、天井画、襖絵などの修復、制作などを業としている個人事業主のもとで勤務していた原告らが、未払残業代を請求した事件です。被告は、「デザイン業」の裁量労働制を根拠に残業代の支払いを拒みました。

 

専門業務型裁量労働制とは、労働時間の算定にあたって,裁量性の高い労働に従事している者については,実労働時間ではなく予め定められた一定時間(みなし時間)働いたものとみなす制度です。専門業務型裁量労働制が適用された場合,みなし時間が8時間の場合,実際には10時間働いたとしても,8時間だけ働いたものとみなされ,残業代支払の対象となりません。

 

判決は、労使協定に著名している労働者代表が選挙で選ばれていないとの陳述書が提出され、専門業務型裁量労働制導入の労使協定締結のための労働者代表が適正に選任されておらず、また、就業規則が労働者に周知されていないとして、「原告らが行っていた業務が専門業務型裁量労働制の対象業務に該当するか否かを判断するまでもなく、専門業務型裁量労働制を採用したことにより勤務時間の定めが原告らに適用されないとの被告の主張は認めることができない。」と判示し、残業代・付加金等で合計2610万円と高額の支払いを命じました。

 

専門業務型裁量労働制の適用要件は厳格であり、労使協定締結の手続きが杜撰なこともあり、専門業務型裁量労働制の適用が否定されることがあります。会社から専門業務型裁量労働制だから残業代を支払わないと主張された際、労使協定締結の手続きに問題がないかチェックする必要があります。