長時間労働をしても心身の不調が発症しない場合に会社に対する損害賠償請求が認められるのか

1 1ヶ月30~50の残業時間でも損害賠償請求が認めれたアクサ生命保険事件

 

 

2020年6月10日,東京地裁において,

アクサ生命保険の労働者が長時間労働を強いられたとして,

損害賠償請求をした事件において,労働者には,

心身の不調が医学的には認められていないにもかかわらず,

1ヶ月の残業時間が30~50時間という水準で,

損害賠償請求が認められました。

 

 

https://www.sankei.com/affairs/news/200610/afr2006100031-n1.html

 

 

通常,長時間労働による損害賠償請求の事件では,

過労死ラインを超える1ヶ月80時間以上の残業などの長時間労働により,

精神障害や脳・心臓疾患を発症したとして,

損害賠償請求をすることが多いです。

 

 

 

アクサ生命保険の事件では,1ヶ月の残業時間が

過労死ライン以下であったこと,労働者には,

心身の病気の発症が立証できなかったこと,

という2つのハードルがあったにもかかわらず,

損害賠償請求が認められた点が画期的です。

 

 

アクサ生命保険の事件を契機に,労働者に,

心身の病気が発症していないにもかかわらず,

長時間労働を強いられたことによる損害賠償請求が認められた

裁判例を調べたところ,2つの裁判例が見つかりました。

 

 

2 過労死ラインを超えているものの心身の不調がない場合に損害賠償請求が認めれた無州事件

 

 

その一つが無州事件の東京地裁平成28年5月30日判決

(労働判例1149号72頁)です。

 

 

この事件では,調理師の原告労働者が,一年間ほど,継続して,

1ヶ月の残業時間が80時間またはそれ以上となっていたものの,

長時間労働により心身の不調をきたしたことの

医学的な証拠がありませんでした。

 

 

まず,労働者が長時間労働を継続すると,

疲労や心理的負荷が過度に蓄積して,

労働者の心身の健康を損なう危険があります。

 

 

ひどい場合には,過労死や過労自殺に至ります。

 

 

そのため,会社は,労働者に対して,

業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して

労働者の心身の健康を損なうことがないように

注意すべき義務を負っているのです。

 

 

これを,安全配慮義務といいます。

 

 

次に,無州事件の被告会社は,36協定を締結することなく,

原告労働者に残業させていたうえ,

タイムカードの打刻時刻からうかがわれる

原告労働者の労働状況について注意を払い,

事実関係を調査して,改善指導を行う等の措置を講じていないとして,

安全配慮義務違反が認められました。

 

 

 

そして,被告会社は,安全配慮義務を怠り,1年余にわたり,

原告労働者を心身の不調をきたす危険があるような

長時間労働に従事させたとして,原告労働者には,

慰謝料30万円の損害賠償請求が認められました。

 

 

たとえ労働者に心身の不調が生じていなかったとしても,

心身の不調をきたす危険があるような長時間労働をさせた場合には,

会社は,安全配慮義務違反として,

損害賠償請求されるリスクがあるのです。

 

 

無州事件では,1ヶ月の残業時間が80時間以上なので,

過労死ラインを超えていたのですが,アクサ生命保険の事件では,

残業時間が1ヶ月30~50時間と過労死ライン未満でも,

損害賠償請求が認められたので,画期的です。

 

 

長時間労働を抑止すべきという社会の動きに

裁判所が対応したのかもしれません。

 

 

今後の裁判例の動向に注目したいです。

 

 

なお,無州事件では,7万円の手当の固定残業代も争われましたが,

36協定が存在しないので,1日8時間以上の労働時間を定めた

契約部分は無効であること,固定残業代の内訳(単価,時間等)

が明示されていないことから,無効となりました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

令和元年度の過労死等の労災補償状況の解説

1 令和元年度の過労死等の労災補償状況が公表されました

 

 

6月の下旬に,厚生労働省から,

働き過ぎなどが原因で,脳や心臓の疾患を発症したり,

精神障害を発症した場合の労災補償の状況が公表されました。

 

 

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11975.html

 

 

毎年公表される統計データでして,これを見ると,

脳・心臓疾患や精神障害の労災認定の件数の推移や,

どのような業種や年代で多いのかがわかる貴重な資料です。

 

 

それでは,令和元年度の統計データについて

私が気づいた点を解説します。

 

 

2 脳・心臓疾患の労災補償状況

 

 

まずは,脳・心臓疾患の労災補償状況についてです。

 

 

長時間労働や過酷な業務に従事したり,

業務上の強い過重負荷にさらされることによって,

脳や心臓にある血管へダメージが積み重なって,

脳梗塞や心筋梗塞といった脳・心臓疾患を発症することがあります。

 

 

 

仕事による過重負荷が原因で脳・心臓疾患を発症して

死亡することを過労死といいます。

 

 

そのため,脳・心臓疾患の労災補償状況から,

過労死のことが分かるのです。

 

 

脳・心臓疾患についての労災請求件数は

平成27年度から右肩上がりに増加し,

令和元年度も増加しています。

 

 

他方,労災認定件数は,徐々に減少傾向にあります。

 

 

請求件数は増えているのに,認定件数が減っており,

認定率は31.6%なので,労災と認定されるのは狭き門といえそうです。

 

 

脳・心臓疾患の労災請求の多い業種は,

道路貨物運送業,その他の事業サービス業,総合工事業,

社会保険・社会福祉・介護事業,飲食店がトップ5となっています。

 

 

道路貨物運送業については,長距離トラック運転手の拘束時間が長く,

不規則な勤務で,長時間運転することのストレスなどの影響で,

脳・心臓疾患が発症しやすいのかもしれません。

 

 

脳・心臓疾患の労災請求を年齢別にみると,

30歳代以下は少ないのですが,40歳代以降で多くなります。

 

 

40歳を超えると体力の衰えが顕著になるのかもしれません。

 

 

1ヶ月に概ね80時間以上の時間外労働が認められると,

脳・心臓疾患の労災認定がされやすいところ,

統計データでも80時間以上100時間未満の時間外労働の区分で

最も多く労災認定されています。

 

 

3 精神障害の労災補償状況

 

 

次に,精神障害の労災補償状況についてです。

 

 

長時間労働や厳しいノルマ,いじめやパワハラなどの

業務上の心理的負荷によって,

うつ病などの精神障害を発症することがあります。

 

 

 

業務上の心理的負荷によって,精神障害を発症して,

自殺した場合,過労自殺といいます。

 

 

精神障害の労災請求件数も,平成27年度から右肩上がりに増加し,

令和元年度には2060件と過去最大を更新しました。

 

 

長時間労働やハラスメントといった,

業務上のストレスが職場に蔓延しているということなのでしょう。

 

 

他方,労災認定件数は横ばい傾向にあり,

認定率は32.1%なので,

精神障害の労災認定も狭き門といえそうです。

 

 

精神障害の労災請求件数が多い業種は,

社会保険・社会福祉・介護事業,医療業,

道路貨物運送業,情報サービス業,飲食店がトップ5となっています。

 

 

介護や医療の分野で精神障害の労災請求件数が増加しているのは,

人手不足による長時間労働,

専門職としてのストレスの高さに原因がありそうです。

 

 

この統計は令和元年度なので,コロナ禍の影響は反映されていません。

 

 

コロナ禍によって,介護や医療の分野で働く方々は,

新型コロナウイルスの感染リスクや,

賞与の削減などの待遇悪化などで,

さらに高度なストレスにさらされていますので,

精神障害の件数が増加することが懸念されます。

 

 

精神障害の労災請求を年齢別にみると,

脳・心臓疾患とは異なり,

20歳代と30歳代などの若い世代に多いことがわかります。

 

 

会社に余裕がなく,若手の社員教育に手が回らず,

若手社員に過度なストレスがかかっているのかもしれません。

 

 

精神障害については,労災認定基準の表にある

具体的な出来事にあてはめて,その心理的負荷が強となれば,

労災と認定されます。

 

 

労災と認定された具体的な出来事で多かったのは,

嫌がらせやいじめを受けたや,

上司とのトラブルがあったという

パワーハラスメントが最も多かったです。

 

 

パワーハラスメントの被害の深刻さが浮き彫りになりました。

 

 

脳・心臓疾患も精神障害も,労災請求件数が増加していることから,

今後とも長時間労働やパワーハラスメントの対策を

強化していくことが求められます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

日本一の旅館加賀屋に宿泊してみました

1 憧れの加賀屋へ

 

 

先日の4連休に,石川県七尾市の和倉温泉にある旅館

加賀屋に宿泊してきましたので,レポートします。

 

 

https://www.kagaya.co.jp/

(加賀屋ホームページ)

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で,

石川県内の観光業が打撃を受けました。

 

 

石川県は,県内の観光業を支援するために,

石川県民が石川県内の宿泊施設に宿泊した場合に,

費用の半額を補助する政策を実施しました。

 

 

宿泊費の半額も補助されるのはお得だということで,これを機に,

普段なかなか宿泊できない旅館にいってみようと妻と協議して,

運良く4連休に加賀屋を予約することができました。

 

 

加賀屋は,プロが選ぶ日本の旅館で毎年1位を獲得している

全国的にも有名な旅館で,石川県民にとって憧れの旅館です。

 

 

http://www.ryoko-net.co.jp/?page_id=149

 

 

育児で疲れている妻をねぎらうために,満を持して,

子供2人と夫婦の家族4人で加賀屋へいってきました。

 

 

 

2 素晴らしいおもてなしの数々

 

 

加賀屋に到着すると,まず大勢の従業員の方々に

お出迎えしてもらえます。

 

 

歓迎してくれているのが伝わり,嬉しい気持ちになりました。

 

 

車を玄関前に停めると,従業員の方が荷物を旅館の中に運んでくれます。

 

 

重い荷物をもっているお客さんにとっては,嬉しいサービスです。

 

 

フロントでチェックインをした後は,ラウンジへ案内されて,

抹茶とお茶菓子をいただき,客室へ案内されるまで,すこし待ちます。

 

(加賀屋のラウンジ)

 

 

チェックインで混み合っていた時間帯だったので,

新型コロナウイルス対策で,お客さんが館内で3密にならないために,

お客さんが客室へ向かう動線を安全にする配慮なのだと思います。

 

 

ラウンジからは,穏やかな七尾湾の風景をみながらくつろげます。

 

 

その後,荷物を運んでくれる従業員の方と一緒に客室へ向かいました。

 

 

荷物を運んでくれる従業員の方が,館内の説明をしてくれました。

 

 

加賀屋には,いたるところに美術品が展示されていて,

美術品の説明を聞くたびに加賀屋の魅力を味わうことができました。

 

 

客室に着くと,従業員の方が私の子供の名前を聞いてきました。

 

 

従業員の方が私の子供の名前を覚えてくれて,

子供に対して,愛着をもって接してくれました。

 

 

子供の名前は,従業員の間で共有され,どの従業員も,

子供達に下の名前で声掛けをしてくれて,子供達も,

従業員の方々になついていました。

 

 

お客さんに対するおもてなしのスキルの高さに感動しました。

 

(わくたまくんの塗り絵を楽しむ)

 

 

さらに,子供用の浴衣,草履,塗り絵などを準備してくれたので,

子供は,浴衣に着替えてテンションがあがり,

楽しく塗り絵をしていました。

 

(浴衣に着替えた子供と客室からの眺望)

 

 

また,食事に行く前に長男が寝てしまって,

食事会場でどうやって寝させようか迷ったところ,

ベビーカーを貸してくれました。

 

 

 

おかげで,長男はベビーカーで寝たままで,

ゆっくりと夫婦で食事ができました。

 

 

食事は,あわび,のどぐろ,口子といった

石川県の食事をふんだんに使用した贅沢なものばかりで,

どの料理も素晴らしく美味しかったです。

 

 

子供用にホールケーキのサービスをオプションで付けたところ,

辻口博啓氏が経営するルミュゼドゥアッシュのケーキがでてきました。

 

 

https://le-musee-de-h.jp/

(ルミュゼドゥアッシュのホームページ)

 

 

甘さがあっさりとしていたので,ぺろりと食べれてしまいました。

 

 

次に,温泉ですが,ぬるめに温度が設定されているため,

ゆったりと温泉に浸ることができ,子供も安心してはいれます。

 

 

温泉からも,七尾湾を眺めることができて,とてもリラックスできます。

 

 

加賀屋の寝具には,エアーウィーヴが採用されているので,

快適に睡眠をとることができました。

 

 

旅館の寝具は,自宅の馴染みのものと違って,

寝にくいこともあるのですが,やはり,

エアーウィーヴは寝やすかったですね。

 

 

朝食も美味しいものばかりでした。

 

 

 

能登ミルクの美味しい飲むヨーグルトが飲み放題だったので,

子供達は,たくさん飲んでいました。

 

 

https://notomilk.stores.jp/

(能登ミルクホームページ)

 

 

旅館を出発するときのお見送りも,

大勢の従業員の方々が心を込めて,見送ってくれたので,

最後まで心地よい気持ちのまま,加賀屋を後にしました。

 

 

大勢の従業員の方々が,真心込めておもてなしをしてくれるので,

終始心地よく,感動を与えてくれました。

 

 

1回の宿泊で加賀屋の大ファンになったので,

また泊まりに行きたいです。

 

 

一生に一度は泊まるべき旅館だと思いましたので,

ぜひ一度加賀屋に宿泊してみてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

新型コロナウイルスの感染拡大で増加してくる退職勧奨の対処法

1 退職勧奨が増加してくることが予想されます

 

 

昨日のブログで紹介したとおり,

希望退職の募集をする会社が増えてきており,

人減らしの波が押し寄せてきています。

 

 

会社は,従業員を削減するために,希望退職の募集をする以外にも,

個別の従業員に対して,退職勧奨をしてくることがあり,

新型コロナウイルスの感染拡大が再び始まったことから,

今後,退職勧奨が増えてくることが予想されます。

 

 

 

本日は,退職勧奨への対処法について説明します。

 

 

2 労働契約を終了するには

 

 

会社と労働者との労働契約を終了させるためには,

解雇,合意退職,辞職の3つの方法があります。

 

 

解雇は,会社の一方的な意思に基づくもの,

合意退職は,会社と労働者の合意に基づくもの,

辞職は,労働者の一方的な意思に基づくもの,

というように分けられています。

 

 

解雇や合意退職に至る前段階で,

退職勧奨が行われることが多いのですが,

退職勧奨は,合意退職の会社からの申入れや,

その申込みの誘引にすぎず,退職勧奨によって,

労働契約が終了することはありません。

 

 

3 退職勧奨の対処法

 

 

労働者には,退職勧奨に応じる義務はありませんので,

会社を辞める意思がないのであれば,会社から退職勧奨を受けても,

きっぱりと断ればいいのです。

 

 

とはいえ,退職勧奨を断れば,会社が解雇をしてくる場合があります。

 

 

労働者側に落ち度があり,解雇されたら,

解雇が有効になる場合には,労働者に少しでも有利な条件を獲得して,

退職勧奨を受け入れて辞職するのも一つの道です。

 

 

会社としても,労働者から解雇を争う裁判手続をとられて,

紛争解決に時間と労力をかけることを嫌がり,

退職勧奨に応じるのであれば,

労働者に有利な条件をのんでくれることもあります。

 

 

また,退職勧奨を断って解雇されても,

解雇が無効になる場合には,退職勧奨を拒否して,

そのまま働き続けるのもいいですが,退職勧奨をされたことで,

このままこの会社で働き続ける意欲を失うこともあります。

 

 

そのような場合にも,一定の金銭的な補償をしてくれるのであれば,

退職を検討しても良いというスタンスで,会社と交渉して,

労働者に有利な条件で退職するのも一つの道です。

 

 

ポイントとしては,労働者には退職勧奨に応じる義務はない

ことを理解した上で,このままこの会社で働き続けるのか,

良い条件であれば退職に応じてもよいのかを,ご自身で決断すべきです。

 

 

4 違法な退職強要に対して損害賠償請求できる

 

 

この退職勧奨ですが,社会通念上の相当性を逸脱し,

労働者が退職勧奨に応じる意思がないことを明確にしているのに,

執拗に退職勧奨を繰り返したり,大人数で取り囲んだり,

威圧的な言動を繰り返すなどした場合には,

違法な退職強要となり,労働者は,会社に対して,

損害賠償請求をすることができます。

 

 

会社を辞めないあなたは頭がおかしいなどと,

労働者の人格を否定したり,退職に追い込むために,

嫌がらせや監視をさせたりした場合には,

違法な退職強要になる可能性があります。

 

 

退職強要は,密室で行われることがほとんどですので,

退職強要の実態をリアルに描き出すためには,

録音することが最も効果的です。

 

 

そのため,会社から退職勧奨を受けた場合には,

録音するようにすることが自身の身を守る方法として効果的です。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

新型コロナウイルスの感染拡大で増加している希望退職の募集への対処の仕方

1 希望退職の募集が急増しています

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で,

上場企業で希望退職を募集するケースが増えているようです。

 

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/5e964800d79363a8e833695246fc8b7bb148bad4

 

 

希望退職の募集人数は7,000人を超えているようで,

人減らしの波は,非正規雇用労働者だけでなく,

正社員に対しても広がってきています。

 

 

 

希望退職を募集している企業は,

外食,小売,アパレルといった業種の企業でして,

新型コロナウイルス感染拡大の影響が大きかった業種で,

人減らしの動きが加速しているといえます。

 

 

自分が勤務している会社が希望退職を募集した場合,

これに応じるべきか否かは悩ましい問題です。

 

 

本日は,希望退職について解説します。

 

 

2 希望退職の募集は整理解雇の前段階で実施されることが多い

 

 

希望退職の募集は,整理解雇の前段階として実施されることが多いです。

 

 

整理解雇は,会社の業績悪化を理由とする解雇のことで,

解雇される労働者に落ち度がないことがほとんどなので,

整理解雇が有効になるためには,

以下の整理解雇の4要件(4要素)を満たさなければなりません。

 

 

①人員削減の必要性

 

 

 ②解雇回避努力を尽くすこと

 

 

 ③人選の合理性

 

 

 ④労働者に対する説明を尽くすこと

 

 

このうち,②解雇回避努力として,会社は,

希望退職の募集をすることが多いです。

 

 

希望退職の募集は,労働者の意思を尊重しつつ,

人員削減を図るものなので,合理性の高い方法といえます。

 

 

そのため,希望退職の募集をせずに,いきなり,

特定の個人を指名して解雇した場合には,

②解雇回避努力をしていないとして,

解雇が無効になる可能性があるのです。

 

 

また,希望退職に応じなければ,

対象者全員を解雇するとして行われた希望退職の募集について,

希望退職の募集は,労働者の自主的な決定を尊重しうる点に

意味があるところ,このような希望退職の募集では,

労働者に退職しない自由がないとして,

希望退職の募集の趣旨に沿わないとして,

解雇回避努力義務を怠ったと判断された裁判例があります

(株式会社よしとよ事件・京都地裁平成8年2月27日判決・

労働判例713号86頁)。

 

 

あくまで,希望退職に応じるか否かの判断を,

労働者の自由な意思決定に委ねなければならないのです。

 

 

そして,希望退職の募集に際しては,

労働者の任意の退職を促進するような条件をつけていないと,

解雇回避努力として評価されないことが多いです。

 

 

そのため,希望退職に応じた場合には,

退職金を上乗せすることが多く行われています。

 

 

3 希望退職の募集に応じるべきか

 

 

以上をまとめますと,希望退職の募集は,

整理解雇の前段階として行われるもので,

会社が真摯な態度で実施しないと,

②解雇回避努力として不十分と評価されることになります。

 

 

労働者としては,希望退職の募集については,

自主的な決定が尊重されていますので,これに応じるか否かは,

ご自身の損得勘定をもとに合理的に判断してください。

 

 

希望退職が募集されたということは,整理解雇の予兆なので,

会社の業種が悪化している指標とも言えますので,

この会社に勤務し続けても未来はないとして,

上乗せされた退職金をもらって退職するのも一つの道です。

 

 

 

他方,今退職したら,次の就職先が見つからないと

考える方もいますので,そのときには,希望退職に応じずに,

そのまま勤務し続ければいいのです。

 

 

ご自身の損得勘定をはたらかせて,合理的に決断してください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

復職時の労働条件の引下げを拒否しても不就労期間の未払賃金が認められることがあります

1 方便的解雇の撤回の問題

 

 

労働者が解雇を争う場合,解雇が無効であるとして,

労働者としての地位があることの確認の請求と,

解雇期間中の未払賃金の請求をすることがほとんどです。

 

 

労働者のこの請求が認められるためには,労働者に,

解雇された会社で就労する意思が認められる必要があります。

 

 

そこで,解雇された労働者は,解雇した会社に対して,

解雇は無効なので,働かせるように求めていきます。

 

 

本音では解雇された会社で働きたいと考える労働者は少ないのですが,

建前として,働かせるように求めるのです。

 

 

 

通常の会社であれば,解雇は有効なので,

戻ってくるなと主張してきます。

 

 

こういう会社であれば,労働者側弁護士としては争いやすいです。

 

 

ただ,中には嫌らしい会社もあり,解雇を撤回するので,

戻ってくるように主張してくる会社もあります。

 

 

解雇が無効になるかもしれないので,

とりあえず解雇を撤回して,

解雇した労働者を会社に戻して,

戦略的にパワハラをして自己都合退職に追い込もうとするのです。

 

 

これを方便的解雇撤回といいます。

 

 

方便的解雇撤回については,労働者側弁護士は争いにくくなので,

どのように対処すべきかについて頭を悩ませます。

 

 

本日は,方便的解雇に対処するにあたり,

参考になる裁判例を見つけたので,紹介します。

 

 

2 休職から復職するときの労働条件引下げを拒否して未払賃金請求が認めれた事例

 

 

一心屋事件の東京地裁平成30年7月27日判決

(労働判例1213号72頁)です。

 

 

この事件は,解雇ではないのですが,

労災事故にあい,休職していた原告の労働者が,

職場復帰する際に,会社から,従前の労働条件から

不利益に変更する内容の労働条件の提示を受けて,

それを拒んだ際に,従前の労働条件をもとに

未払賃金の請求ができるかが争われました。

 

 

被告の会社は,休職から復職するにあたり,

原告の労働者に対して,管理職から平社員とするので,

これまで支給していた様々な手当を支給しないようになるので,

概ね9万円の賃金を減額することを復職の条件として提示しました。

 

 

 

これに対して,原告の労働者は,

被告の会社の復職条件には応じず,

休職前の労働条件での復職を希望しました。

 

 

裁判所は,被告の会社の提案は,

人事権行使の裁量の範囲に留まらない賃金減額を含むもので,

原告の労働者の同意なく一方的に決定できないとしました。

 

 

そして,被告の会社は,

労働条件の不利益変更に関する同意書に署名しない限り,

原告の労働者の就労を受け入れない

との態度を示していたものと評価できるので,

被告の会社には,原告の不就労について,

責めに帰すべき事由があるとして,

原告の労働者の休職前の賃金の金額での

未払賃金の請求が認められました。

 

 

方便的解雇の撤回の場合,会社は,復職の条件として,

労働条件を引下げてくることがありますので,そのような場合には,

会社に責めに帰すべき事由があるとして,復職を拒否しても,

解雇前の賃金の金額での未払賃金の請求が認められることがあるのです。

 

 

実務で問題となる方便的解雇の撤回について,

対応方法を考えるに際して参考になる裁判例でするので,紹介しました。

 

 

新型コロナウイルスの感染が拡大してきたので,今後,

解雇の相談が増えるかもしれないので,参考になると思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

海外出張中に新型コロナウイルスに感染して死亡した労働者について労災認定されました

1 海外出張中に新型コロナウイルスに感染した場合の労災認定

 

 

2020年7月17日,厚生労働省は,

海外出張中に新型コロナウイルスに感染した

卸売・小売業の企業の労働者が死亡したことについて,

労災と認定したようです。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASN7K62X5N7KULFA03B.html

 

 

新型コロナウイルスに感染して死亡した労働者が

労災認定されるのは初めてのようです。

 

 

まずは,海外出張中に新型コロナウイルスに感染した場合の

労災認定について解説します。

 

 

これについては,2020年2月3日に

厚生労働省から通達がでています。

 

 

この時期は,中国武漢で新型コロナウイルスが

猛威を振るっていた時期であり,武漢に海外出張して,

新型コロナウイルスに感染した場合を想定して

通達がだされたと考えられます。

 

 

 

この通達によりますと,新型コロナウイルス感染症が流行している

武漢などの地域に出張し,商談などの業務で

新型コロナウイルス感染者と接触し,

仕事以外では感染源や感染機会がなかった場合には,

労災と認定されます。

 

 

他方,新型コロナウイルス感染症が流行している

武漢などの地域に出張しても,

仕事以外のプライベートな旅行の最中に

新型コロナウイルス感染者と接触するなどして

感染したことが明らかであれば,

労災とは認定されません。

 

 

そのため,今回,新型コロナウイルスに感染後に死亡した被災労働者は,

海外渡航が禁止される前に,武漢などに出張して,

商談中に新型コロナウイルスに感染したのだと想像されます。

 

 

2 遺族補償年金

 

 

次に,新型コロナウイルスに感染後に死亡して労災と認定されれば,

労災保険から遺族に対して,遺族補償給付が支給されます。

 

 

遺族補償給付には,労災保険法で定める

一定の遺族に支給される遺族補償年金と,

遺族補償年金の対象となる遺族がいない場合などに

その他の遺族に支給される遺族補償一時金があります。

 

 

遺族補償年金の受給資格者は,被災労働者の死亡の当時

その収入によって生計を維持していた

配偶者,子,父母,孫,祖父母,兄弟姉妹で,

妻を除いて,年齢や障害の要件を満たした者となります。

 

 

そして,実際に遺族補償年金を受給できるのは,

受給資格者のうちの最先順位者です。

 

 

死亡した男性労働者に妻と18歳未満の子供が2人いれば,

妻が最先順位者となり,受給権者となります。

 

 

遺族補償年金の金額は,遺族の人数で決定され,

遺族の人数は,遺族補償年金の受給権者と

受給権者と生計を同じくしている受給資格者の人数で決まります。

 

 

先ほどの例ですと,妻と18歳未満の子供2人なので,

遺族の人数は3人になります。

 

 

遺族の人数が3人の場合,遺族補償年金の金額は,

給付基礎日額(被災労働者の労災事故発生前3ヶ月の賃金を

日割り計算したもの)の223日分となります。

 

 

遺族補償年金の他に,遺族特別支給金として300万円,

被災労働者が賞与の支給を受けていれば,

遺族特別年金が支給されます。

 

 

3 遺族補償一時金

 

 

遺族補償一時金は,被災労働者の死亡の当時に

遺族補償年金を受けることができる遺族がいないときに支給されます。

 

 

遺族補償一時金の金額は,給付基礎日額の1000日分です。

 

 

被災労働者が賞与の支給を受けていれば,

遺族特別一時金も支給されます。

 

 

このように,仕事中に新型コロナウイルスに感染した後死亡して,

労災と認定されれば,残された遺族には,

労災保険から遺族補償給付が支給されて,

今後の生活の支えになりますので,

労災申請をすることをおすすめします。

 

 

 

なお,厚生労働省は,医療従事者等の労働者が

新型コロナウイルスに感染して労災申請した件数が633件で,

支給決定された件数が125件と公表しました。

 

 

 https://www.mhlw.go.jp/content/000627234.pdf

 

 

まだまだ,労災申請の件数は少ないので,

仕事中に新型コロナウイルスに感染した労働者が

労災保険を利用できることを,

多くの方に知ってもらいたいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

男性社員に対する育児休業の取得の義務付け

1 江崎グリコと積水ハウスの取組

 

 

2020年7月18日の朝日新聞に

男性の育児休業について興味深い記事が掲載されていました。

 

 

なんと,男性社員に育児休業を取得させることを

義務付ける企業が現れているようです。

 

 

 

江崎グリコでは,男性社員に1ヶ月以上の育児休業を

取得することを義務付け,1ヶ月分の給与が保障され,

それ以上は有給休暇を消化してまかなうようです。

 

 

積水ハウスでも,男性社員に1ヶ月以上の

育児休業を取得することを義務付け,

事前に育児休業中の家事・育児の分担を夫婦で決めて,

妻が署名した文書を提出させているようです。

 

 

男性の育児休業の取得率は6%ほどで,

取得率が低い理由が社内の雰囲気や

所得保障がないことのようで,企業が,

育児休業を取得しない理由を除外しようと動き出しているようです。

 

 

育児休業を義務付ければ,制度として,

育児休業を取得しなければならないので,

育児休業をとりにくい雰囲気はなくなりますし,

育児休業期間中の給与が保障されれば,

無理なく育児休業を取得しやすくなります。

 

 

2 育児休業の法律の解説

 

 

それではここで,育児休業の制度について解説します。

 

 

まず,1歳未満の子供を養育する労働者は,男女を問わず,

子供が1歳に達するまでの期間,事業主に対して,

育児休業を申し出ることができます(育児介護休業法5条1項)。

 

 

事業主は,法律の要件を満たした労働者の育児休業の申出を

拒むことができません(育児介護休業法6条1項)。

 

 

年次有給休暇であれば,「事業の正常な運営を妨げる場合」には,

事業主は,労働者が希望した年次有給休暇の時季を

変更することができますが,育児休業の場合には,

事業主には,年次有給休暇における時季変更権は認められていません。

 

 

次に,育児休業の申出は,原則として,

それぞれの子供につき1回のみ認められ,

連続した1つの期間のものでなければなりません。

 

 

育児休業の申出は,原則として,休業開始の1ヶ月前までに,

休業開始予定日・終了予定日など所定の事項を記載して,

書面・FAX・メールで行います。

 

 

そして,育児休業期間中は,ハローワークに申請すれば,

育児休業給付を受給できます。

 

 

育児休業給付の受給資格は,育児休業を開始した日前2年間に

雇用保険の被保険者期間が12ヶ月以上あったことです。

 

 

育児休業給付の金額ですが,休業開始時賃金日額の67%で,

育児休業の開始から6ヶ月が経過した後は,50%になります。

 

 

例えば,1ヶ月の給料が30万円の場合,

育児休業開始から6ヶ月間の支給額は20.1万円程度,

6ヶ月経過後の支給額は15万円程度となります。

 

 

3 育児休業期間中の給料が保障されれば育児休業の取得率が増加するかもしれません

 

 

おそらく,男性の育児休業の取得が伸びない一つの理由に,

育児休業期間中は,給料が減少することがあげられると考えられます。

 

 

妻は時速100キロで母親になるのに対して,

夫は時速10キロで父親になると言われているように,

男性は,育児で何をすればいいのかわからず,

子供が産まれたからといって,

すぐに育児の戦力になるわけではありません。

 

 

あまり戦力にならないのに給料も減るのであれば,

いっそそのまま働いてもらって給料満額もらえたほうがいい

と考える妻もいたかもしれません。

 

 

冒頭で紹介した江崎グリコの取組は,1ヶ月ではありますが,

育児休業中の給料が保障されるので,

育児の戦力にならないからという理由を排除し,

男性に育児に向き合わせるものとなりそうです。

 

 

 

妻も,夫の給料が保障されるのであれば,

猫の手もかりたいので,

夫に育児休業をとってもらいたいと考えるはずです。

 

 

男性が育児休業を取得しやすくなれば,

少子化を改善させる方向になるかもしれません。

 

 

また,育児をすることで親自身も成長しますし,

ライフワークバランスを保つために業務効率化をすすめて,

労働生産性も向上しますので,

会社にも労働者にもメリットがありそうです。

 

 

男性に対する育児休業取得の義務付けが

広まっていくのか注目したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

新型コロナウイルスの感染拡大と内定取消

1 イッセイ・ミヤケによる内定取消

 

 

アパレル大手のイッセイ・ミヤケが

2021年入社予定の学生の内定を取り消したようです。

 

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/8e81f270f1fdadac9bf9121ccf36544d1dbea4de

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大による

大幅な売上減少を理由とするものです。

 

 

新型コロナウイルスに関連して,内定取消の企業名が

大きく報道されたのは初めてなのかもしれません。

 

 

本日は,内定取消について解説します。

 

 

 

2 内定によって労働契約が成立する

 

 

まず,企業が就職希望者に対して,

内定を出すことで,労働契約が成立します。

 

 

この労働契約には,就労開始予定日までに

内定取消事由が生じた場合には,

労働契約を解約できるという留保権が付されています。

 

 

そのため,学生が卒業できなかったり,

犯罪をしたなどの場合には,企業は,

内定を取り消すことができます。

 

 

もっとも,新型コロナウイルス感染拡大による業績悪化の場合,

内定者には何も落ち度がありません。

 

 

3 業績悪化を理由とする内定取消の有効要件

 

 

このような場合には,整理解雇と同じように,

整理解雇の4要件(4要素)を総合判断して,

内定取消が有効になるのかが検討されます。

 

 

具体的には,①現在の企業の経営上,

内定取消をしなければならない必要性があること,

②企業が内定取消を回避する努力を行ったこと,

③内定取消対象者の人選が適正であること,

④企業が内定取消対象者と誠意をもって協議したこと,

の4要件(4要素)を総合判断します。

 

 

そのため,単に経営悪化だけを理由にした内定取消は,

②~④の要件を満たさない限り,無効となります。

 

 

特に,②行政や金融機関が提供している

雇用維持のための支援策を利用したか

といった内定取消回避のために尽くすべき努力をしたかが

厳格に判断されることになります。

 

 

加えて,政府は,今年3月13日に,

「新型コロナウイルス感染症への対応を踏まえた

2020年度卒業・修了予定者等の就職・採用活動及び

2019年度卒業・修了予定者等の内定者への

特段の配慮に関する要請について」

と題する文書を発出して,より一層,

内定取消をしないように求めています。

 

 

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shushoku_katsudou_yousei/2020nendosotu/20200313_hairyo_yousei.pdf

 

 

具体的には,①採用内定の取消しを防止するため,

最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講じること,

②やむを得ない事情により採用内定の取消し又は

採用・入職時期の延期を行う場合には,

対象者の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに,

対象者からの補償等の要求には誠意を持って対応すること,

が記載されています。

 

 

報道によりますと,イッセイ・ミヤケでは,

6月から社内でリストラを検討したようで,

内定取消回避の努力をしているようですが,

3月4月に内定を出して,7月で内定を取消しているので,

これだけ短期間で内定者を採用できなくなるほどに

経営が悪化したのか疑問です。

 

 

 

仮に,それほどまでに経営が悪化したとしても,

それを予見できなかった責任は企業側にあるので,

内定取消回避のためのあらゆる手段を講じたのか疑問であり,

イッセイ・ミヤケの内定取消は無効になる可能性はあります。

 

 

とはいえ,イッセイ・ミヤケから内定取消をされた学生が,

内定取消は無効であるとして,

労働契約上の地位にあることの確認を求めて,認められても,

内定取消をした企業に就職したところで明るい未来はないと考えます。

 

 

そこで悔しいですが,内定取消された学生は,

すぐに就職活動を再開して,新しい企業に内定をもらい,

その後に,就職活動にかかった経費や

内定取消された慰謝料などを請求していくのが,

自分の身を守る策として最善だと考えます。

 

 

イッセイ・ミヤケには,内定取消をした責任をよく理解してもらい,

内定取消対象者に対して,誠意ある対応をしてもらいたいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

夏の賞与を全く支給しないことは認められるのか

1 東京女子医科大学病院では今年夏の賞与が支給されないようです

 

 

東京女子医科大学病院において,今年度は,

夏の賞与を支給しないことになったようです。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASN7G6H2ZN7FULFA02W.html

 

 

新型コロナウイルスの影響で病院の収入が

大幅に減ったことが原因のようです。

 

 

 

これを受けて,東京女子医科大学病院の看護師らが

数百人規模で退職する可能性があるとのことです。

 

 

昨年度の東京女子医科大学病院の看護師夏の賞与が

平均で約55万円だったのに,今年度は

新型コロナウイルスの対応があって大変だったにもかかわらず,

賞与がゼロになるので,モチベーションが下がり,

退職してしまうのもやむを得ないことです。

 

 

新型コロナウイルスの対応で尽力されている医療従事者に対して,

適正な待遇がされることを期待したいです。

 

 

さて,東京女子医科大学病院のように,

これまで支給されていた賞与を,

経営悪化を理由に支給しないことは認めらるのでしょうか。

 

 

2 賞与請求権

 

 

本日は,労働者の賞与請求権について解説します。

 

 

まず,会社が労働者に対して,賞与を支給するかどうか,

賞与をいくらの金額にするかについて,法律には何も規定はなく,

会社と労働者の任意の合意に委ねられています。

 

 

労働者の会社に対する賞与請求権は,

就業規則や労働契約などの契約上の根拠に基づいて発生するものです。

 

 

そのため,就業規則や労働契約に賞与について何も記載がなかったなら,

労働者は,会社に対して,賞与を請求できないことになります。

 

 

地方の中小企業では,就業規則や労働契約で,

賞与の規定を定めていないところもありますが,

大企業では,就業規則に賞与の規定を定めていることが多いです。

 

 

とはいえ,就業規則の賞与の規定は,

「毎年6月及び12月に会社の業績,

従業員の勤務成績等を考慮して賞与を支給する」

などと抽象的に定められていることがほとんどです。

 

 

そのため,賞与の支給の前提となる具体的な支給率・額について

会社の決定や当事者間の合意がない場合に,

賞与請求権が発生するのかが問題となります。

 

 

この問題について,裁判例の多くは,

賞与の具体的な金額の決定がない以上,

賞与請求権は具体的には発生していないとしています。

 

 

例えば,最高裁平成19年12月18日判決

(労働判例951号5頁)は,賞与の支給について,

具体的な算定方法の定めや労使慣行などが存在しない以上,

従前の支給基準に基づいて具体的な請求権が発生するわけではなく,

会社が支給額を定めることによって賞与請求権が発生すると判断しました。

 

 

ようするに,賞与の請求権は,労働者に必ずしも

保障されているわけではなく,原則として

会社による査定や支給の決定がない限り,労働者は,

会社に対して,賞与の請求ができないのです。

 

 

 

もっとも,それまでの賞与の支給実績や

他の労働者に対する支給の有無や額に照らして,

当然に賞与の支給が見込まれるにもかかわらず,

会社が客観的かつ合理的な理由なく,

賞与を支給しない場合には,

賞与不支給が不法行為となって,

損害賠償が認められることがあります。

 

 

東京女子医科大学病院の場合,全労働者に対して一律に賞与なしで,

その理由が病院の経営悪化にあるのであれば,違法とまではいえず,

病院が賞与の支給を決定しない以上,労働者は,病院に対して,

賞与の請求ができなくなるのです。

 

 

もっとも,この賞与の不支給によって,

看護師が大量に退職すると,医療崩壊に拍車がかかるので,

病院の経営を支援する政策が求められます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。