長時間労働をしても心身の不調が発症しない場合に会社に対する損害賠償請求が認められるのか
1 1ヶ月30~50の残業時間でも損害賠償請求が認めれたアクサ生命保険事件
2020年6月10日,東京地裁において,
アクサ生命保険の労働者が長時間労働を強いられたとして,
損害賠償請求をした事件において,労働者には,
心身の不調が医学的には認められていないにもかかわらず,
1ヶ月の残業時間が30~50時間という水準で,
損害賠償請求が認められました。
https://www.sankei.com/affairs/news/200610/afr2006100031-n1.html
通常,長時間労働による損害賠償請求の事件では,
過労死ラインを超える1ヶ月80時間以上の残業などの長時間労働により,
精神障害や脳・心臓疾患を発症したとして,
損害賠償請求をすることが多いです。
アクサ生命保険の事件では,1ヶ月の残業時間が
過労死ライン以下であったこと,労働者には,
心身の病気の発症が立証できなかったこと,
という2つのハードルがあったにもかかわらず,
損害賠償請求が認められた点が画期的です。
アクサ生命保険の事件を契機に,労働者に,
心身の病気が発症していないにもかかわらず,
長時間労働を強いられたことによる損害賠償請求が認められた
裁判例を調べたところ,2つの裁判例が見つかりました。
2 過労死ラインを超えているものの心身の不調がない場合に損害賠償請求が認めれた無州事件
その一つが無州事件の東京地裁平成28年5月30日判決
(労働判例1149号72頁)です。
この事件では,調理師の原告労働者が,一年間ほど,継続して,
1ヶ月の残業時間が80時間またはそれ以上となっていたものの,
長時間労働により心身の不調をきたしたことの
医学的な証拠がありませんでした。
まず,労働者が長時間労働を継続すると,
疲労や心理的負荷が過度に蓄積して,
労働者の心身の健康を損なう危険があります。
ひどい場合には,過労死や過労自殺に至ります。
そのため,会社は,労働者に対して,
業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して
労働者の心身の健康を損なうことがないように
注意すべき義務を負っているのです。
これを,安全配慮義務といいます。
次に,無州事件の被告会社は,36協定を締結することなく,
原告労働者に残業させていたうえ,
タイムカードの打刻時刻からうかがわれる
原告労働者の労働状況について注意を払い,
事実関係を調査して,改善指導を行う等の措置を講じていないとして,
安全配慮義務違反が認められました。
そして,被告会社は,安全配慮義務を怠り,1年余にわたり,
原告労働者を心身の不調をきたす危険があるような
長時間労働に従事させたとして,原告労働者には,
慰謝料30万円の損害賠償請求が認められました。
たとえ労働者に心身の不調が生じていなかったとしても,
心身の不調をきたす危険があるような長時間労働をさせた場合には,
会社は,安全配慮義務違反として,
損害賠償請求されるリスクがあるのです。
無州事件では,1ヶ月の残業時間が80時間以上なので,
過労死ラインを超えていたのですが,アクサ生命保険の事件では,
残業時間が1ヶ月30~50時間と過労死ライン未満でも,
損害賠償請求が認められたので,画期的です。
長時間労働を抑止すべきという社会の動きに
裁判所が対応したのかもしれません。
今後の裁判例の動向に注目したいです。
なお,無州事件では,7万円の手当の固定残業代も争われましたが,
36協定が存在しないので,1日8時間以上の労働時間を定めた
契約部分は無効であること,固定残業代の内訳(単価,時間等)
が明示されていないことから,無効となりました。
本日もお読みいただきありがとうございます。