降格の対処法

会社から降格処分を根拠に給料を減額された場合,

労働者としてはどのように対処すればいいのでしょうか。

 

 

 

 

降格については,種類が分かれており,

降格の類型に応じて争い方が異なってくるので,

降格の種類ごとの争い方について説明します。

 

 

まず,降格には,懲戒処分として行われる降格と,

会社の人事権の行使としてなされる降格の2つがあります。

 

 

懲戒処分として行われる降格については,

懲戒処分の有効要件を満たす必要があります。

 

 

具体的には,①降格処分の根拠となる就業規則の条項があり,

かつその条項に合理性があって周知されていること(労働契約法7条),

②降格処分の根拠となる就業規則の条項に該当する事実があること,

③懲戒権の濫用でないこと(労働契約法15条)

の要件を満たさなければ,降格処分は無効となり,

降格処分に伴う賃金切り下げも無効となります。

 

 

 

 

懲戒処分として行われる降格については,

③懲戒権の濫用となるか否かにおいて,

労働者の違反行為に対して,降格処分が重すぎないか,

他の事案と比較して不平等になっていないか,

降格処分をするにあたり,労働者の言い分を聞くなどの

適正な手続がなされているかが検討されることになるので,

労働者としては,比較的争いやすくなります。

 

 

会社の人事権の行使としてなされる降格は,

①職位・役職を引き下げる場合,

②職能資格等級を引き下げる場合,

③職務等級を引き下げる場合

の3つに分かれます。

 

 

①職位・役職を引き下げる場合とは,

営業所長を営業所の成績不振を理由に営業社員に降格する場合や,

勤務成績不良を理由として部長を一般職へ降格する場合のことをいいます。

 

 

職位・役職を引き下げる降格の場合,会社は,

労働契約条当然に,組織内における労働者の具体的配置を

決定・変更する広範な人事権を有していることから,

就業規則などの具体的な根拠規定がなくても,

人事権の行使として職位・役職を変更することができ,

それが違法になるのは,権利の濫用となる場合です(労働契約法3条5項)。

 

 

職位・役職を引き下げる降格が権利の濫用となる場合とは,

労働者の人格権を侵害するなどの

違法・不当な目的・態様をもってなされた場合,または,

会社における人事権行使の業務上・組織上の必要性の有無・程度,

労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか,

労働者の受ける不利益の性質・程度などから,

会社に委ねられた裁量権に逸脱がある場合です。

 

 

 

 

もっとも,労働契約上,職位・役職が特定されている場合には,

労働者の同意なくして降格させることはできません。

 

 

人事上の措置として職位・役職が引き下げられ,

それに連動して役職や職位に基づいて

支給される手当(役職手当・職務手当)が減額または不支給となった場合,

賃金の減額については,職位・役職の引き下げの効力を判断する際に,

労働者の受ける不利益の性質・程度として考慮されます。

 

 

職位・役職の引き下げと賃金の減額が連動しない制度と

なっていた場合には,賃金減額が独立して行われたことになるので,

職位・役職の引き下げの効力とは別に,

賃金減額の効力を判断する必要があります。

 

 

賃金減額が,職位・役職の引き下げと独立して行われている場合,

賃金減額が有効になるには,

賃金減額だけの独立した契約上の根拠が必要になります。

 

 

具体的には,賃金減額について,

労働者の同意を得るなどです。

 

 

しかし,職位・役職の引き下げと賃金の減額が連動していない場合に,

会社が降格を賃金減額の理由として主張していれば,

上記の賃金減額だけの独立した契約上の根拠がないことがほとんどです。

 

 

長くなりましたので,続きは明日以降に記載します。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

一般先取特権を活用した未払残業代のスピード回収方法

労働者が会社に対して,未払残業代を請求する場合,

まずは,会社にタイムカード等の資料の開示を求めて,

未払残業代を計算し,会社に未払残業代を

請求する旨の文書を送付します。

 

 

会社が素直に残業代を支払ってくれればいいのですが,

会社は,なんだかんだとケチを付けてきて,

そんなに簡単には残業代を支払ってくれないことが多いです。

 

 

そこで,労働者は,会社に対して,

労働審判か裁判を起こして,未払残業代を請求します。

 

 

 

 

裁判で会社が敗けても,会社が残業代を支払わないのであれば,

会社の財産を差押えて回収する強制執行手続にすすみます。

 

 

労働審判の場合は,決着するまでに,申立てから2~4ヶ月,

裁判の場合は,決着するまでに,提訴から約1年以上の時間がかかります。

 

 

このように,裁判は時間がかかるのが難点です。

 

 

ところが,未払残業代を早期に回収する方法があることを

知りましたので,本日は,その方法を紹介します。

 

 

大分共同法律事務所の弁護士の玉木正明先生が担当された,

健康ランドの店長の未払残業代請求事件で,

一般先取特権を活用して,未払残業代をスピード回収したものです。

 

 

先取特権とは,法律で定められた債権を有する者が,

他の債権者に優先して弁済を受ける権利のことです。

 

 

 

 

民法306条2号と民法308条により,

労働者には,会社の財産について,優先的に弁済を受ける

一般先取特権を有しているのです。

 

 

この一般先取特権を利用すれば,

労働審判や裁判という時間がかかる手続をすっ飛ばして,

会社の財産に対する差押えができるのです。

 

 

さらに,会社の言い分を聞かずに,書面による審理で足り,

保証金を積む必要もありませんので,

1ヶ月くらいのスピード回収が見込めるのです。

 

 

もっとも,一般先取特権は,労働者の手持ち証拠だけで,

会社の反論を聞くまでもないと判断できるくらいに,

高度な証明を書面のみで行う必要があるので,

裁判所が認めるのはかなり稀であります。

 

 

そのため,一般先取特権は,あまり利用されていません。

 

 

玉木先生の未払残業代請求事件では,タイムカードがあり,

毎日の始業・終業時刻を,月末に月報でまとめて

会社に提出していたので,残業して働いていたことの

証明があったと認定されたようです。

 

 

タイムカードに漏れなく始業・終業時刻が打刻されていて,

会社がタイムカードをチェックして承認を与えており,

あわせて,給料明細や労働契約書といった証拠がそろっている場合には,

一般先取特権による未払残業代の回収が認められそうです。

 

 

そして,会社のどの財産を差し押さえるかですが,

大きく分けて,不動産,債権,動産の3つがあります。

 

 

不動産の差押えについては,費用が多くかかりますので,

費用対効果の観点で,使い勝手が悪いです。

 

 

会社の預金債権や売掛債権の差押えについては,

これが認められると,会社の銀行や取引先に対する信用がなくなり,

会社の資金繰りがショートして倒産する危険がありますので,

裁判所は,なかなか認めてくれないと考えられます。

 

 

そこで,未払残業代を回収する際に,

差し押さえるのは,現金などの動産が効果的なようです。

 

 

 

玉木先生の未払残業代請求事件では,

健康ランドが閉店する午前9時に,

裁判所の執行官と共に店舗へ乗り込み,

券売機,両替機,レジ,金庫,翌営業日用の釣り銭

全て提出するように促して,現金を回収したようです。

 

 

裁判所の許可があるので,会社は抵抗できません。

 

 

このように,店舗に一定金額の現金がある場合には,

動産執行が効果的なようです。

 

 

一般先取特権を活用すれば,未払残業代を早急に

回収できる可能性があることを知ったので,

証拠が確実にそろっていて,店舗に一定金額の現金が存在するような,

未払残業代請求事件を担当することになった場合,

一般先取特権を利用してみようと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

明石市市長のパワハラ発言~録音の威力~

兵庫県明石市の泉房穂市長が,国道の拡幅事業をめぐり,

建物の立ち退き交渉の担当職員に対して,

暴言をはくパワハラをしたとして,

謝罪したことがニュースになりました。

 

 

 

この事件が発覚したのは,暴言をはかれた担当職員が,

市長の暴言を録音していたからです。

 

 

録音データによると,市長は,

次のような暴言をはいたようです。

 

 

「7年間,何しとってん。ふざけんな。

何もしてないやろ。お金の提示もせんと。あほちゃうかほんまに。」

 

 

「立ち退きさせてこい,お前らで。今日,火つけてこい。

今日,火つけて捕まってこい,お前。燃やしてしまえ。

損害賠償,個人で負え。当たり前じゃ。」

 

 

市長の発言が,新聞に文章として記載されており,

これを読めば,誰が見ても,これはパワハラだと理解できますが,

少し法的に分析してみます。

 

 

パワハラの定義については,これから法律で定められる予定ですが,

労働政策審議会では,次の3つの要素を満たすものを

パワハラと定義しています。

 

 

 

 

①優越的な関係に基づく

 ②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により

 ③労働者の就業環境を害すること

(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)

 

 

①市長は,部下である担当職員に対して,

業務命令を指示しますので,

明らかに優越的な地位にあります。

 

 

②国道の拡幅事業に関するやりとりの中の発言であるものの,

「あほちゃうかほんまに」という発言は,

担当職員の人格を否定するものであり,

「火つけてこい」と犯罪行為を命令し,

「損害賠償,個人で負え」と担当職員が個人では

負担できない責任を負わせようとしていることから,

市長の言動は,業務上必要かつ相当な範囲を超えています。

 

 

③市長からこのような暴言を浴びせられれば,

担当職員は,多大な精神的苦痛を感じ,市長に恐怖を覚え,

過大なストレスによって仕事がすすまなくなります。

 

 

というわけで,市長の発言は,

上記3つの要素を全て満たすので,

パワハラと認定できます。

 

 

今回の市長のパワハラ発言を聞いて,私が感じたのは,

やはりパワハラの立証には録音が重要であるということです。

 

 

市長は,NHKディレクター,弁護士,

旧民主党の衆議院議員を経て,明石市の市長に就任し,

子育て支援に関する政策で市民から好評価を得ていたので,

そのような経歴の方が,上記のような暴言をはくとは,

通常考えがたいことです。

 

 

録音がなければ,「え~,あの市長がそんな暴言をはくはずがない」

と捉えられたかもしれません。

 

 

しかし,市長のパワハラ発言がバッチリ録音されていたので,

市長は,言い逃れができませんでした。

 

 

パワハラ発言の録音がなければ,

「そのような発言をした記憶はございません」や

「厳しく叱責したかもしれませんが,

そのようなひどい発言はしていません」

と言い逃れをされた可能性があります。

 

 

さらに,録音データの場合,発言者の口調や声の大きさ,

声のトーンの全てが記録されて再現できるので,

パワハラの実態がリアルに伝わります。

 

 

 

 

NHKのニュースを視聴したかぎりでは,

市長のパワハラ発言は,ヤクザが脅すように,

語気鋭く,まくしたてるように,激しい口調でなされていたので,

市長の発言を誰が聞いてもパワハラであると判断できるものでした。

 

 

パワハラ発言をメモして,それを証拠にする方法もあるのですが,

パワハラの実態をリアルに証明するためには,

やはり録音するしかないと実感しました。

 

 

言葉の暴力によるパワハラを受けた場合は,

スマホやボイスレコーダーでパワハラ発言を

録音するようにしましょう。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

産婦人科医の未払残業代請求

本日,ありがたいことに,私の2人目の子供が誕生しました。

 

 

元気な男の子です。

 

 

 

 

生まれたばかりの長男の産声を聞いたら,

生きることへの力強さを感じ,感動しました。

 

 

がんばった妻へ感謝しかありません。

 

 

さて,本日の手術(帝王切開)は午前8時30分からだったので,

産婦人科医は,おそらく手術の準備のために,

もっと前から出勤して仕事をしているのだと考えられます。

 

 

産婦人科医の労働時間はどうなっているのだろうかと

気になったものでして,本日は,産婦人科医の労働時間が

争点となった奈良県医師割増賃金事件を紹介します

(大阪高裁平成22年11月16日判決・労働判例1026号144頁)。

 

 

 

 

この事件では,奈良県が設置運営する病院の

産婦人科に勤務する医師が残業代請求をしたものです。

 

 

この病院では,産婦人科医は,所定労働時間以外に

交代で宿日直勤務をしており,宿直が平日休日を問わず

午後5時15分から翌朝8時30分まで,

日直が土日祝日の午前8時30分から午後5時15分までで,

1回につき2万円の宿日直手当が支給されていました。

 

 

この事件では,産婦人科医の宿日直業務が,

労働基準法41条3号の「断続的労働」

に該当するかが争われました。

 

 

労働基準法41条3号には「監視又は断続的労働に従事する者で,

使用者が行政官庁の許可を受けたもの」については,

労働基準法の労働時間規制が適用されないと規定されており,

残業代が請求できなくなります。

 

 

断続的労働とは,休憩時間は少ないものの

手待ち時間が多いものをいいます。

 

 

断続的労働の場合に,残業代が請求できないのは,

労働密度が薄く,精神的肉体的負担も小さいことから,

当該労働時間は,全て会社の指揮命令下にある

労働時間であることを前提に,労働基準監督署の許可

を受けることを条件として,労働時間規制の適用を免れるからです。

 

 

そして,労働基準監督署では,医療機関の宿日直について,

労働基準法41条3号の「断続的労働」として許可をするのは,

当該労働者の本来業務は処理せず,

構内巡視,文書・電話の収受又は

非常事態に備えて待機するものであり,

常態としてほとんど労働する必要のない勤務としていました。

 

 

病室の定時巡回,少数の要注意患者の定時検脈など,

軽度又は短時間の業務のみが行われる場合に,

宿日直は「断続的労働」として許可されるのです。

 

 

被告病院では,産婦人科医の不足から近隣病院で

夜間の救急受け入れが困難になり,

1日平均3.95人の救急外来患者を受け入れ,

1日平均1.1件の分娩処理をすることが予定されていたので,

原告の産婦人科医は,宿日直においても本来業務をしていました。

 

 

 

 

また,助産師や看護師からの患者の容態についての

頻繁な連絡や応答,患者や家族に対する説明などもありますので,

軽度又は短時間の業務のみが行われることにはなりません。

 

 

そのため,産婦人科医の宿日直について,

労働基準法41条3号の「断続的労働」とは認められず,

宿日直についての未払残業代が認められました。

 

 

他にも,本件事件では,通常の勤務時間外に必ず自宅にいて,

呼び出しがあればすぐに病院に急行して診察に当たるという

宅直という制度について,労働時間かが争われました。

 

 

この宅直で病院に呼び出される回数は年間6~7回であること,

産婦人科医がプロフェッショナル意識に基づいて始めた

自主的な取り組みであることから,宅直については,

病院の黙示の指揮命令があったとはいえず,

宅直の時間について,労働時間とは認められませんでした。

 

 

宅直の場合,医師は,自宅を離れられず,

飲酒を控えるなどの負担が生じるのですが,

呼び出される回数が少なく,呼び出された場合に

残業代が支払われていれば問題がないといえます。

 

 

宅直の際に頻繁な呼び出しがあれば,

労働から解放されていないとして,

労働時間と判断される可能性はあります。

 

 

産婦人科医の宿日直の仕事は,労働時間なので,

適正な残業代が支払われるようになってもらいたいです。

 

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

転籍の対処法

人事異動の一つに転籍というものがあります。

 

 

転籍とは,会社と労働者との間の現在の労働契約関係を終了させて,

新たに他の会社との労働契約関係を成立させ,

労働者がその他の会社の業務に従事する人事異動のことです。

 

 

 

 

関連小会社が複数ある企業や,外郭団体が複数ある

中央官庁や地方公共団体で,転籍が行われることがあります。

 

 

それでは,労働者は,転籍に応じたくない場合には,

どのように対処すればいいのでしょうか。

 

 

本日は,転籍が争われた大阪地裁平成30年3月7日判決

を紹介します(判例時報2384号112頁)。

 

 

この事件は,もともとは厚生労働省の一部局であった

国立研究開発法人に勤務していた労働者が,

別の独立行政法人への人事異動を命じられたのですが,

この労働者は,妻が重篤な精神疾患にかかっていることから,

人事異動に応じなかったところ,懲戒解雇されたというものです。

 

 

 

 

まずは,本件事件の人事異動が,

転籍にあたるか否かが争われました。

 

 

転籍になれば,労働者の個別の同意が必要になり

(民法625条1項参照),就業規則の転籍条項を根拠に

転籍を命令することができないため,そもそも,

当該人事異動が転籍なのかが争点となったのです。

 

 

本件事件では,異動元の退職手続と

異動先の採用手続がとられており,

人事異動後においては異動先の就業規則が適用され,

懲戒権も異動先が持ち,異動した職員が異動元に対し,

何らかの権利を有することは認められておらず,

異動元に復帰できるかはその時々の人事異動の結果に

よらざるをえないことから,本件の人事異動は,

実質的にみて転籍であると判断されました。

 

 

さらに,原告労働者の妻は,本件人事異動を聞いて

パニック状態となり,自殺未遂を起こすまでの状況となっており,

原告労働者は,不当な目的で人事異動を

拒否しているわけではないこと,本件人事異動は,

ジョブローテーションの一環として定期的に行われるものであり,

原告労働者を異動させることに高度な必要性はなかったことから,

本件転籍は,権利の濫用にあたると判断されました。

 

 

その結果,原告労働者に対する懲戒解雇は無効となりました。

 

 

転籍になっとくできない場合,

転籍には労働者の個別同意が必要なので,

同意しなければいいのです。

 

 

 

 

転籍に同意しないことを理由に解雇されたとしても,

その解雇は無効になることがほとんどです。

 

 

また,仮に転籍に同意してしまったとしても,

家族が病気であり,それに対応できなくなるといった事情があれば,

転籍命令が権利の濫用として無効になる可能性もあります。

 

 

転籍になっとくできない場合には,

これらの対処法がありますので,

早めに弁護士へ相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

厚生労働省の統計不正問題から長期間経過後の懲戒処分を考える

昨日,通常国会が招集され,厚生労働省の

「毎月勤労統計」の不正統計問題が追及されています。

 

 

 

 

毎月勤労統計では,500人以上の事業所については

全ての事業所を対象にして調査しなければならないにもかかわらず,

東京都の500人以上の事業所約1400全てを調べることなく,

約500の事業所だけを選んで調べていた結果,

データが誤ったものとなりました。

 

 

データが誤ったものとなった結果,

雇用保険の失業給付金や労災の給付金が

本来支払われる金額よりも少なくなっており,

その総額は数百億円にのぼるといわれています。

 

 

失業中や仕事中にけがして休んでいる大変な時に

支給される給付金が,本来支払われる金額よりも

少なかったのですから,給付金を支給されていた人達は憤ります。

 

 

この統計不正ですが,2003年7月のマニュアルから

始まったらしく,2017年冬ころに,

違法調査の報告があったようですが,放置されて,

2019年に大問題となったようです。

 

 

 

その結果,厚生労働省の歴代幹部や職員22人が

訓告や減給の懲戒処分を受けました。

 

 

これほど大問題になったわけですので,

懲戒処分はやむをえないのですが,

今回の懲戒処分を検討する際に気になるポイントがあります。

 

 

それは,統計不正が始まったのが2003年ころとすると

約15年経過しているわけですが,

長期間経過後の懲戒処分は認められるのかという問題です。

 

 

懲戒処分該当行為から長期間経過

することによって企業秩序が回復したり,

懲戒処分はされないだろうという

労働者の期待が生じることから,

長期間経過後に懲戒処分が許されるのかが

問題になることがあるのです。

 

 

この点が争点となった東京地裁平成30年1月16日判決

を紹介します(判例時報2384号99頁)。

 

 

この事件は,私立大学の准教授が他人の論文を

2回盗用したとして,懲戒解雇されたのですが,

原告の准教授は,懲戒解雇に不服があり,裁判を起こしました。

 

 

裁判では,原告の准教授が故意に他人の論文を盗用したと認定され,

本件論文盗用行為は,他人の研究成果を踏みにじり,

自らの研究業績をねつ造するもので,

研究者としての基本的姿勢にもとる行為にあたり,

研究者としての資質に疑問を抱かせるもので

悪質性は顕著であると判断されました。

 

 

 

 

さらに,大学に対する信頼を毀損させたとして,

懲戒事由に該当すると判断されました。

 

 

そして,この論文の盗用は,懲戒解雇から13年前の出来事なので,

准教授の防御を図る観点から慎重を期す場合があるものの,

論文盗用という研究の本質に鑑みた場合の行為の悪質性,

その問題に正対せずに不自然不合理な

弁明を繰り返した准教授の姿勢から,

懲戒処分の該当行為から長期間経過したことで,

行為の悪質性を減殺することはできないと判断されました。

 

 

ようするに,懲戒処分の該当行為の悪質性が重い場合には,

長期間経過していることは,あまり考慮されない

可能性があるということです。

 

 

また,論文盗用という懲戒処分該当行為については,

長期間経過しても防御にそれほど支障がなかった

という点も考慮されています。

 

 

懲戒処分該当行為から長期間経過していることは,

一般的には労働者に有利に考慮されるのですが,

懲戒処分該当行為の内容によっては,

考慮されないことがありますので,

気をつける必要があります。

 

 

さて,話を厚生労働省の統計不正問題に戻しますと,

雇用保険の失業給付金や労災の給付金が

本来支払われる金額よりも少なくなっていたのであれば,

その間に給付金を受給していた人達が納得できるはずもなく,

国民の行政や統計に対する信頼を大きく失墜させました。

 

 

そのため,統計不正が始まって約15年以上が経過していても,

厚生労働省の幹部や職員に対する懲戒処分は

避けられなかったのだと考えます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

休職後のリハビリ勤務中の解雇の有効性

 

昨日に引き続き,近年,精神疾患による休職と復職に関して

重要な裁判例が出されていますので,本日は,

リハビリ出勤中の解雇が争われた綜企画設計事件を紹介します

(東京地裁平成28年9月28日判決・労働判例1189号84頁)。

 

 

この事件では,原告の労働者がうつ病で休職し,

その後リハビリ勤務をしていたのですが,

リハビリ勤務中に休職期間満了を理由とする解雇をされたことから,

原告の労働者は,解雇が無効であるとして裁判を起こしました。

 

 

リハビリ勤務とは,休職から復職を果たすために,

復職した当初から本来の所定労働時間における労働を行う

フルタイム勤務を課すのではなく,1日2,3時間ほど,

あるいは1日5,6時間ほどの短時間勤務を経て,

フルタイムの勤務を目指して徐々に

労働者に負荷をかけていくものです。

 

 

 

 

このリハビリ勤務ですが,以前は,休職から復職を果たした後に

実施されるケースが多かったのですが,最近は,

休職期間中に実施するケースが増えてきているようです。

 

 

リハビリ勤務の開始によって復職したといえれば,

復職後の解雇が権利の濫用といえるのかが争点となり,

リハビリ勤務の開始によって復職していないとなれば,

休職期間満了時において休職原因が消滅していたのかが争点となり,

争い方が変わってきます。

 

 

一般論としては,休職期間満了時において

休職原因が消滅していたことを,

労働者が証明しなければならないとされていることから,

リハビリ勤務によって復職していた方が,

解雇は簡単にできないということで,

労働者にとって有利といえそうです。

 

 

本件事件では,リハビリ勤務は,休職期間を延長し,

労働者が復職可能か否かを見極めるための期間

という趣旨で行われていたとされて,

リハビリ勤務の開始によって,

原告の労働者が復職したことにはならないと判断されました。

 

 

リハビリ勤務の開始では,復職したことにはならないので,

原告の労働者としては,休職期間満了時に,

原告の労働者に休職原因が消滅して,

復職ができていたことを証明しなければなりません。

 

 

それでは,どのような場合に,

休職原因が消滅したといえるのでしょうか。

 

 

それは,基本的には従前の職務を通常程度に

行うことができる状態にある場合をいいます。

 

 

また,それに至らない場合であっても,

当該労働者の能力,経験,地位,

その精神的不調の回復の程度などに照らして,

相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を

遂行できる程度に回復すると見込める場合も含まれます。

 

 

 

 

そして,これらの判断をする際には,

休職原因となった精神的不調の内容,

現状における回復程度ないし回復可能性,

職務に与える影響などについて,

医学的な見地から検討することが重要になります。

 

 

本件事件では,原告労働者は,リハビリ勤務中,

遅刻,早退などなく,リハビリ勤務の予定通りに

出社と退社をしており,多少の能力の低下はあったものの,

本人の努力次第で能力が戻ることが予想されていたことから,

従前の業務を通常程度行うことができる状態になっていたか,

少なくとも相当の期間内に通常の業務を遂行できる程度に

回復すると見込まれる状況にあったと判断されました。

 

 

その結果,休職期間満了時において,

休職原因が消滅していたので,復職が認められて,

解雇は無効となりました。

 

 

休職からの復職を求めるケースでは,

主治医の意見などを参考に,

リハビリ勤務中にどのような作業をどこまでできていたかを検討し,

相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に

回復すると見込めることを主張立証していくことが重要になります。

 

 

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

休職している労働者のリワークプログラム利用後の復職可能性

ここ数年,うつ病などのメンタル疾患に罹患した

労働者の休職と復職をめぐる裁判が増加しています。

 

 

メンタル疾患で長期間休職していた労働者が,

会社に復職を申し入れたものの,

会社からは復職を認められず,

休職期間満了で退職か解雇となり,

トラブルとなるのです。

 

 

 

精神障害に関する労災申請が年々増加していることから,

メンタル疾患に罹患する労働者が増加しており,

それに伴いトラブルが増加していることが予想されます。

 

 

それにあわせて,休職や復職に関して重要な裁判例が

出されていることから,順次紹介していこうと思います。

 

 

本日は,リワークプログラム利用後の復職可能性と

退職扱いの有効性が争われた東京電力パワーグリッド事件を紹介します

(東京地裁平成29年11月30日判決・労働判例1189号67頁)。

 

 

リワークプログラムとは,主としてうつ病などの

気分障害にかかって働けなくなって休業した労働者向けに,

病状の回復,安定と復帰準備性の向上及び

再発防止のためのセルフケア能力の向上を目的として,

医療機関などが提供するリハビリプログラムのことです。

 

 

 

 

この事件では,リワークプログラム実施後に,

原告の労働者が会社に復職を申し入れたのですが,

会社は復職を不可として,休職期間満了により

退職となったと主張してきたので,原告の労働者は,

復職申入時において復職が可能であったと主張して,

裁判を起こしました。

 

 

裁判所は,復職の判断枠組みについて,次のように提示しました。

 

 

まず,復職が認められるためには,原則として,

従前の職務を通常の程度に行える健康状態になること,

または,当初軽作業に就かせればほどなく

従前の職務を通常の程度に行える健康状態になることが必要です

(健康状態の回復の判断枠組み)。

 

 

次に,労働者が職種や業務内容を特定せずに

労働契約を締結した場合,現に就業を命じられた

特定の業務についての労務の提供が十分にできないとしても,

その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,

当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易などに照らして

当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる

他の業務について労務を提供することができ,かつ,

その提供を申し出ているなら,復職が認められます

(他部署への配置の判断枠組み)。

 

 

本件事件では,原告の労働者は,

リワークプログラムへの出席率が低く,

復職した場合に,規則正しく定時に

出勤できる状態にまで回復しておらず,

また,自分に対する精神疾患の病識が欠如しており,

自分のストレス対処についての十分な考察が

できていないと判断されました。

 

 

その結果,健康状態の回復について,

仮に休職前の部門に復職しても,

他の社員との仕事上の対人関係に負担を感じ,

精神疾患を悪化させるおそが大きく,

原告労働者の負担を軽易なものにしても,

原告労働者の精神状態の負担が直ちに

軽減されるわけではないことから,

当初軽易作業に就かせればほどなく

当該職務を通常の程度に行える健康状態

であったとはいえないと判断されました。

 

 

 

 

そして,他部署への配置について,原告労働者にとって,

新たに配属された部署で業務を覚えたり,

一から人間関係を構築することが大きな精神的負担となり,

精神状態の悪化や精神疾患の再燃を招くおそれがあることから,

他部署で原告労働者が配置される現実的可能性は

なかったと判断されました。

 

 

以上より,原告労働者の復職は認められませんでした。

 

 

休職している労働者が復職を求めていくには,

主治医や産業医の意見をきちんと確認して,

復職できる健康状態なのかを見極めつつ,

他の部署で労働者が働くことができないか

についても検討していくことが必要になります。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

妻のトリセツ5~ポジティブトリガーを作る~

私のブログ仲間である,福井のハシヅメ商事株式会社の

営業部長でリスクアドバイザーである

橋爪洋介さん(ハッシーさん)が,

私の「妻のトリセツ」のブログを読んでいただき,

そのことをブログに記載してくれました。

 

https://ameblo.jp/yosuke-hashizume-shoji/entry-12434254480.html

 

 

ハッシーさんは,私と同世代で,

小さいお子様がいらっしゃるので,きっと,

普段,奥様からいろいろ言われていて,

この本の内容に共感されたのだと思います。

 

 

ハッシーさんのすごいところは,

奥様と一緒にこの本を読み,

ハッシーさんが奥様の全てを察するのは無理なので,

お互いしてほしいことはちゃんと口に出そうと

夫婦で決められたことです。

 

 

私は,「妻のトリセツ」を読んだものの,

妻からは,この本に書いてあることができていないと

ダメ出しをくらうことが多いので,

ハッシーさんを見習わなければと思いました。

 

 

ということで,本日は,黒川伊保子先生の「妻のトリセツ」のうち,

ポジティブトリガーについてアウトプットします。

 

 

 

 

ポジティブトリガーとは,幸せな感情に伴う

体験記憶の引き金のことです。

 

 

黒川先生は,家庭というプロジェクトを

夫からコントロールしていくためには,

ふだんから妻のポジティブトリガーを

増やしておくことが肝要であると説いています。

 

 

そのためのテクニックとして,結婚記念日があります。

 

 

結婚記念日は大切にしろと,

人生の先輩方からアドバイスを受けて,これまで,

結婚記念日に花束を準備したり,

美味しいレストランへ食事にいったりしていましたが,

さらなるアレンジをこの本から学びました。

 

 

 

 

それは,「来月の結婚記念日には,

ふたりの思い出のあのイタリアンにいこう」

1ヶ月前から妻に予告するのです。

 

 

すると,妻は,言われた日から結婚記念日までの

1ヶ月を楽しみにしながら待ってくれて,

機嫌よく過ごしてくれるのです。

 

 

そして,結婚記念日には,これまでの来し方を振り返り,

「ああいうこともあったね,こういうこともあったね。

ずっと一緒にいてくれてありがとう。これからもずっと一緒にいようね」

と伝えると妻は満ち足りるようです。

 

 

次に,結果よりもプロセスを重視する女性脳は,

家族のために毎日繰り返し行う家事を大切にしているので,

夫は妻が継続してやってくれていることに対して,

「君がすっとしてくれたことをちゃんとわかっている」

と伝えることが重要なのです。

 

 

そして,女性脳は,決まりきった言葉を欲しがる癖があるようです。

 

 

「私のこと好き?」,「私がいないと寂しい?」

と同じ質問をしてきたら,

「もちろん好きだよ」,「寂しいに決っている」と

定型の肯定を繰り返せばいいのです。

 

 

妻から「私のことなんてどうでもいいんでしょ」と変化球がきても,

求められている答えは,

「どうでもいいなんて思っていないよ。君のことが好きだよ」

というものなのです。

 

 

黒川先生が説く,本当にいい夫とは,

時に妻の雷に打たれてくれる夫のようです。

 

 

 

 

周産期や子育て中の女性は,ホルモンバランスが激変して,

生体ストレスがすごいので,

たまったストレスを放電する先を探していて,

まんまと夫が気に障ることをすると,

気持ちよく夫に放電できるようです。

 

 

女性脳のストレスは,家族のためにたまったものなので,

その放電のお手伝いをするのは,理にかなったことのようで,

妻の怒りが理不尽であっても,夫は,

妻の放電に耐えなければならないわけです。

 

 

この放電に耐えるためには,

自分の精神状態をニュートラルに保ち,

自分が逆上しないように,

自分の感情をコントロールしておく必要があると考えます。

 

 

妻の理不尽な怒りも愛だと感じながら,

これからも妻に感謝していきたいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

住宅設備機器の修理補修をする個人事業者は労働組合法の労働者か?

昨日のヤマハ英語教室の英語講師は,

労働組合法3条の「労働者」にあたるのか

というブログ記事に関連して,本日は,

労働組合法3条の「労働者」にあたるのかが争われた

INAXメンテナンス事件を紹介します

(最高裁平成23年4月12日判決・労働判例1026号27頁)。

 

 

INAXの子会社であるINAXメンテナンスは,

住宅設備機器の修理補修などの会社であり,

INAX製品の消費者からの依頼で

修理業務に応じる個人事業者である

カスタマーエンジニア(CEといいます)

との間で業務委託契約を締結していました。

 

 

 

 

CEは,受付センターから顧客からの修理依頼の連絡を受け,

直接,修理依頼をしてきた顧客と連絡,打ち合わせをして

修理業務を行い,その報酬は,顧客の代金に,

ランクごとに異なる比率で定められた基準に従って支払われており,

源泉徴収や社会保険料の控除は行われずに,

個人事業の収入として扱われていました。

 

 

CEらが加入する労働組合が,会社に対して,

組合員の契約内容の変更や解除を一方的に行わないこと,

組合員の年収を保障すること(最低年収550万円),

CE全員を労災保険に加入させることを要望し,

団体交渉を申し入れました。

 

 

しかし,会社は,CEは独立した個人事業者であることから,

労働組合法の労働者に当たらないので,

団体交渉に応じる義務はないとして,

団体交渉に応じませんでした。

 

 

そこで,労働組合は,労働委員会に対して,

会社が正当な理由なく団体交渉を拒否しているとして,

不当労働行為の救済を求めたところ,

労働委員会は,会社が団体交渉に応じなかったことは

不当労働行為に該当し,団体交渉に応じることと

謝罪文の交付を会社に対して命令しました。

 

 

 

 

これに対して,会社が,労働委員会の救済命令の

取消を求めて裁判を起こしました。

 

 

このように,労働組合に対する不当労働行為の事件は,

地方労働委員会→中央労働委員会→

地方裁判所→高等裁判所→最高裁判所という,

事実上5審制になっており,

解決までに長い年月がかかってしまいます。

 

 

さて,最高裁は,昨日ブログで紹介した,

労働組合法上の労働者性の判断基準である

基本的判断要素,補充的判断要素,消極的判断要素

について,次のようにあてはめて判断しました。

 

 

①事業組織への組み入れについて,

INAXメンテナンスは,約590人いるCEを

ライセンス制度などの下で管理し,

全国の担当地域に配置を割り振って

日常的な修理補修の業務に対応させていたので,

CEは,会社の業務遂行に不可欠な労働力として,

その恒常的な確保のため,組織に組み込まれていたと判断されました。

 

 

②契約内容の一方的・定型的決定について,

本件業務委託契約は,「業務委託に関する覚書」によって規律されており,

個別の修理補修の依頼内容をCEが変更する余地がなかったため,

会社が業務委託契約の内容を一方的に決定していたと判断されました。

 

 

③報酬の労務対価性について,

CEの報酬は,商品や修理内容にしたがって

予め決定した顧客に対する請求金額に,

会社が決定した級ごとに定められた一定率をかけて,

これに時間外手当に相当する金額

が加算される方法で支払われていたので,

労務提供の対価としての性質を有すると判断されました。

 

 

④業務の依頼に応ずべき関係について,

CEが仕事の依頼を拒否する割合は1%弱であり,

業務委託契約の契約期間は1年であり,

会社が異議を出せば更新されないことになっていたため,

CEは,会社からの個別の修理補修の依頼に

応ずべき関係にあったと判断されました。

 

 

⑤広い意味での指揮監督下の労務提供,

一定の時間的場所的拘束について,

CEは,原則として午前8時30分から午後7時まで

発注連絡を受けること,会社の制服を着用して作業をし,

会社に報告書を提出していたことから,これも認められました。

 

 

以上より,CEは,労働組合法3条の労働者と判断され,

会社の団体交渉の拒否は不当労働行為に該当するとされました。

 

 

形式的に業務委託契約を締結して個人事業者と扱われていても,

上記の判断要素にあてはめていけば,

実質的に労働組合法上の労働者といえるケースはたくさんあると思います。

 

 

 

 

そのような場合,労働組合を結成して,

会社と交渉することで,組合員の労働条件を

向上させることができるかもしれません。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。