上司の叱責はどのような場合に違法なパワハラとなるのか?
パワハラに関する法律相談を受けますと,
次のことに頭を悩まされます。
どのような言動が違法なパワハラと認定されるのか。
先日,閣議決定された,パワハラを禁止する法案では,
パワハラの定義を,「職場において行われる優越的な関係を背景とした
言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
その雇用する労働者の就業環境が害されること」としています。
法律である以上,文言がある程度抽象的にならざるをえず,
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」とは,
具体的にどのような言動が,これにあたるのかについて,
ケースバイケースで判断していくしかないのです。
「給料泥棒」など人格を否定する暴言は,
違法なパワハラにあたることで問題ないのですが,
部下のミスに対して上司が厳しく叱責した場合に,
違法なパワハラにあたるかは,判断に悩むことが多いです。
本日は,上司の部下に対する叱責が違法なパワハラにあたるかが
争われたゆうちょ銀行パワハラ自殺事件を紹介します
(徳島地裁平成30年7月9日判決・労働判例1194号49頁)。
この事件では,労働者が上司からパワハラを受けて自殺したとして,
遺族が会社に対して,損害賠償請求をしました。
裁判所は,自殺した労働者は,上司から日常的に強い口調で
叱責を繰り返し受けており,名前を呼び捨てで呼ばれるなど
されていたことから,部下に対する指導として
相当性には疑問があるとしました。
しかし,部下の書類作成のミスを指摘して改善を求めることは
会社のルールとされており,上司としての業務であり,
実際,自殺した労働者は頻繁に書類作成のミスをしていたことから,
日常的に叱責が継続したのであり,上司が何ら理由なく,
自殺した労働者を叱責したことはないと判断されました。
また,上司の叱責の具体的な発言内容は,
自殺した労働者の人格的非難に及ぶものではなかったと判断されました。
そのため,本件事件では,上司の叱責が
違法なパワハラとは認定されませんでした。
何の理由もないのに部下を叱責したり,
「バカ」,「アホ」,「まぬけ」などの人格を否定する発言があった場合には,
違法なパワハラと認定されやすいのですが,
労働者にミスがあり,それが原因で叱責され,
人格を否定する発言がないのであれば,
上司の叱責は,必要かつ相当な範囲内と評価されて,
違法なパワハラとはならないと考えられます。
もっとも,会社には,労働者が生命や身体の安全を確保しつつ,
働くことができるように配慮する義務を負っています。
これを安全配慮義務違反といいます。
もう少し具体的にすると,会社は,
労働者の業務を管理するに際し,
業務遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して
その心身の健康を損なうことがないように
注意すべき義務があるということです。
本件事件では,自殺した労働者は,
わずか数ヶ月で異動の希望をして,
その後も継続して異動を希望しており,
2年間で体重が15キロも減少するほど,
体調不良の状態が明らかであり,
体調不良や自殺願望の原因が上司との
人間関係に原因があることは容易に
想定できたと判断されました。
そして,会社は,自殺した労働者の執務状態を改善し,
心身に過度の負担が生じないように異動を含めて
検討すべきであったにもかかわらず,
担当業務を軽減させただけで,
他に何の対応もしなかったとして,
安全配慮義務違反が認められました。
ここでのポイントは,自殺した労働者は,
外部通報や内部告発をしていなかったのですが,
会社には,自殺した労働者が何らかの
人間関係のトラブルを抱えていたことを
容易にわかったはずであるとして,
安全配慮義務違反を認めたことです。
労働者が会社内部の相談担当部署に相談にいっていなくても,
異動の希望を出していたり,客観的に体調不良がわかれば,
会社には,労働者が人間関係でトラブルを抱えていたと
予見が可能であったと判断される余地があるということです。
どのような場合に,違法なパワハラと評価されるのか,
違法なパワハラがなかったとしても,
会社に安全配慮義務違反が認められるかについて,
検討するにあたり参考になる裁判例ですので,紹介しました。
本日もお読みいただきありがとうございます。