配転命令でキャリア形成が阻害される場合の対処法
昨日は,労働者の著しい生活上の不利益を理由に,
配転命令が権利の濫用として無効になる
場合があることを説明しました。
本日は,労働者の著しい職業上の不利益を理由に,
配転命令が権利の濫用として無効になる
場合があることについて解説します。
専門的な知識を身に着けた労働者を,
その専門的な知識を全く活かせない部署に配転した場合に,
労働者のキャリア形成上の不利益が,
労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益
に該当するかが問題となるのです。
労働者が専門職としてキャリアを形成していくことが,
配転によって阻害されると,労働者は,専門知識を磨いて
キャリアをアップすることができないという
不利益を被ってしまいますので,問題となります。
この点について判断がされたエルメスジャポン事件を紹介します
(東京地裁平成22年2月8日判決・労働判例1003号84頁)。
この事件では,被告会社の本社の情報システム部で働いていた労働者が,
銀座店の倉庫係に配転されたことが問題となりました。
この事件の原告労働者は,8年間,ITプロジェクトに
システムエンジニアまたはプロジェクトリーダーとして
携わってきたという経歴を有し,被告会社には,
情報技術に関する経歴と能力が見込まれて,
情報システム専門職に就くべき者として中途採用され,
実際に,約5年半の間,情報システム部に所属し,
情報システム関連の仕事をしていました。
これらの事実から,原告労働者が,被告会社において
情報システム専門職としてのキャリアを
形成していくことができるという期待は,合理的で,
法的保護に値するものであり,原告労働者の
このような期待に対して相応の配慮が求められると判断されました。
他方,原告労働者が配転された先の銀座店の倉庫係の仕事は,
在庫管理がメインであり,原告労働者が有している
情報技術や経験を活かすことができるものではなく,
むしろ労務的な側面をかなり有するものでした。
そのため,裁判所は,本件配転命令は,
業務上の必要性が高くないにもかかわらず,
情報システム専門職としてのキャリアを形成していくという
原告労働者の期待に配慮せず,原告労働者の理解を求めるなどの
実質的な手続を行わないまま,漫然と,
原告労働者の技術と経験をおよそ活かすことのできない
倉庫係に配転したものであり,権利の濫用として,
無効であると判断されました。
専門的な仕事の場合,労働契約に,
職種を限定する合意があることがあれば,
限定された職種以外に配転されることはありません。
もっとも,職種を限定する合意があったとは
認定されない場合があり,そのようなときには,
ある程度職種を特定して採用されたなど,
労働者のキャリアに相応の配慮をする必要があれば,
キャリア形成上の不利益が,
労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益
と認められて,配転命令が無効になる可能性があります。
そのため,専門的な仕事をしている労働者が,
別の仕事に配転する命令を受けたものの,
今の専門的な仕事を継続したい場合,
労働契約に職種を限定する合意があるか,または,
会社が労働者のキャリアに相応の配慮をする必要があるかを検討するべきです。
本日もお読みいただきありがとうございます。