労災民事訴訟では安易に素因減額が認められるべきではない
1 素因減額とは
先日ブログで,パチンコ店において,
上司からパワハラを受けて,うつ病を発症したことについて,
損害賠償請求をした松原興産事件の
大阪高裁平成31年1月31日判決
(労働審判1210号32頁)を紹介しました。
https://www.kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/201912258870.html
この事件では,上司の部下に対するパワハラの存在以外にも,
もう一つ大きな争点がありました。
それが素因減額です。
素因とは,損害の発生や拡大に寄与する
被害者の肉体的・精神的要因のことです。
被害者の心因的要因や既往症が損害の発生や拡大に
寄与している場合には,損害の公平な分担という考え方から,
この素因を斟酌して,損害額を減額できるというものです。
労災事故における損害賠償請求の訴訟では,
既往症,被災労働者の性格,通院歴や投薬歴といった事情が素因として,
損害賠償請求の減額事由になるかが,争われることがあります。
松原興産事件では,原告の労働者は,
パワハラを受けてからうつ病を発症し,5年6ヶ月経過しても,
うつ病による就労不能状態が続いていました。
被告会社としては,ここまで治療が長引くのは
原告労働者の脆弱性や生活態度が寄与しているとして,
素因減額を主張しました。
2 素因減額が認められるのはどのような場合か
このように,労働者の個性や性格を理由に
素因減額ができるのかについては,
電通事件の最高裁平成12年3月24日判決が
判断基準を示しています。
すなわち,人間の性格や個性はそもそも多種多様であり,会社は,
そういった個人のそれぞれの多様性を前提に労働者を雇用し,
配置先や仕事内容を決めます。
そのため,労働者の性格が同じ仕事に従事する労働者の
個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではない場合には,
労働者の性格や業務遂行の態様を,
心因的要因として考慮することはできないとしました。
ようするに,よほど変わった性格でない限り,
性格を理由に素因減額はされないというわけです。
とくに,労働者がパワハラなどの強いストレスが生じる以前には,
特に支障なく仕事をしていたのであれば,
このことがよりいっそう,あてはまるわけです。
松原興産事件でも,労働者が5年6ヶ月治療しても
うつ病が治らないことについて,労働者の個性の多様さとして
通常想定される範囲を外れるものではないとして,
素因減額は認められませんでした。
そして,被告会社がパワハラを放置して
原告労働者を退職に追い込んだこと,
裁判で事実に反することを主張して反省していないことから,
慰謝料として500万円という高額が認められました。
労災民事訴訟では,労働者の性格を理由に,
安易に損害賠償額が減額されるべきではないのです。
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