副業禁止に違反したら懲戒処分になるのか?

近年,政府は,副業を推進する方向に動いています。

 

 

副業は,新たな技術の開発,起業の手段,

第2の人生の準備として有効であるとして,

政府は,副業をすすめています。

 

 

おそらく,今後AIが進化して,人間の仕事が減少した時に,

企業が労働者を雇用し続けることが困難になることをみすえて,

今のうちから,副業を解禁して,

来るべきときに備えさせようとしているのかもしれません。

 

 

 

 

また,労働者としても,副業をすることで,

複数の収入源を確保することができ,

人間関係が悪化して本業の会社に居づらくなったときに,

本業をやめて,副業で生活できれば,

本業に縛られることなく,自由になり,

解雇や退職のリスクを回避することができます。

 

 

複数の収入源をもつことで,会社に依存せず,

自分が本当にやりたいことを実現できるかもしれないのです。

 

 

これから副業が推進されていくということは,

これまでは,企業で副業が禁止されていたわけですし,

現在においても,約85%の企業は,副業を禁止しています。

 

 

企業が副業を禁止する理由は,

本業がおろそかになる,情報漏えいのリスク,

人材流出のリスクなどがあり,多くの企業が就業規則において,

副業を禁止しており,労働者が会社に無断で副業をした場合,

労働者が懲戒処分を受けるリスクがあります。

 

 

それでは,就業規則の副業禁止に違反して,

懲戒処分を課された場合,労働者は,

その懲戒処分が無効であるとして,争うことができるのでしょうか。

 

 

結論としては,形式的に,副業禁止規定に違反しても,

企業秩序に影響がなく,本業の仕事に支障がないのであれば,

懲戒処分が無効になる可能性があります。

 

 

副業が深夜におよび,日中眠くて,本業の仕事に支障が出ていたり,

ライバル会社に二重就職しており,労働者の背信性が強く,

企業情報の漏洩のリスクなどがある場合に限って,

懲戒処分は有効になります。

 

 

また,会社が副業を知りながら何も注意してこなかった場合には,

会社による黙示の承認があったと判断されて,

副業禁止違反を理由とする懲戒処分は認められません。

 

 

このように,仮に現行の副業禁止規定に違反しても,

本業に支障がなかったり,副業先が競合他社でないのであれば,

懲戒処分が無効になる可能性があります。

 

 

とはいえ,会社とは,もめないほうがいいので,

会社に副業の届出をして,副業による長時間労働で

本業に支障がないように,自分で労働時間と健康管理をしっかりとして,

副業をするようにしてください。

 

 

 

 

今後,副業を認めるように,就業規則を改訂していく

企業が増えていくことが予想されますので,

本業の会社との信頼関係を維持しながら,

副業によって自分の才能を開花させていく

労働者が増えていくことを期待したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労働者の留学費用の返還

会社が労働者に海外留学をさせたり,

外国で研修を受けさせる際に,

帰国後一定期間以内に退職した場合には,

労働者に留学費用を会社に返還させるという

合意がされる場合があります。

 

 

会社が留学費用を負担してくれて,

留学後一定期間勤務すれば,労働者は留学費用の返還を

免除されるのですが,留学後一定期間がたたないうちに

退職した場合には,労働者が留学費用を返還しなければならない

という誓約書を提出している場合です。

 

 

 

 

このような誓約書は,労働者を一定期間拘束する足止めとなり,

労働者の退職の自由を奪うことになる

可能性があることから問題となるのです。

 

 

労働基準法16条には,「使用者は,労働契約の不履行について

違約金を定め,又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」

と規定されていることから,留学費用の返還の誓約書が,

違約金の定めに該当して,労働基準法16条に違反して

無効となるかが争われることがあります。

 

 

この問題については,留学費用の返還の誓約書が,

実質的に労働者の退職の自由を拘束することになると

評価できるかという観点から判断されます。

 

 

具体的には,次の要素が考慮されます。

 

 

①留学をすることが労働者の自由な意思に委ねられているか

②留学が業務の一環と評価できるか

(留学によって取得する資格,技能が会社の仕事にとって有用か)

③留学終了後の拘束期間

 

 

アメリカの大学院へ留学し,学位を取得した労働者が

帰国後2年で退職したため,会社が労働者に対して,

留学費用466万円の返還を求めた長谷工コーポレーション事件

(東京地裁平成9年5月26日判決・労働判例717号14頁)

では,留学費用の返還が労働基準法16条に違反しないと判断されました。

 

 

 

 

この事件では,留学制度への応募は

労働者の自由意思に委ねられており,

留学先の大学院や学部は,労働者が自由に選択でき,

留学先での学位は,会社の仕事に直接役に立つわけではないものの,

労働者にとっては有益な資格でした。

 

 

そのため,海外留学は業務ではないため,

その留学費用を労働者と会社のどちらが負担するかは,

当事者の契約によって定められることになり,

この事件では,留学後に一定期間会社に勤務した場合には,

留学費用の返還を免除するという

お金の貸し借りの契約が有効に成立しているとして,

会社の留学費用の返還請求が認められました。

 

 

労働者が会社の費用で留学する場合,

留学後に会社を退職する時に,会社から留学費用の返還

を求められることがありますので,留学する前に,

留学費用の返還があるのか,何年間働けば返還を免除されるのか

をよく確認してから,留学をするようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労働者は自分にとって不利益な情報を会社に告知しなければならないのか?

転職活動をしている労働者が,採用面接の際,

自分の病歴や前科前歴などの自分にとって不利益な情報を

会社に対して,告知しなければならないのでしょうか。

 

 

 

 

転職活動をしている労働者としては,

自分にとって不利益な情報を開示すれば,

その不利益な情報を理由に採用を

拒否されるのではないかと思い,不安になります。

 

 

他方,持病があるのに,健康ですと答えると嘘になり,

後から嘘がバレたときにどのような処分が

されるのかと考えると,不安になります。

 

 

このように,労働者にとって不利益な情報を

会社に告知するか否かは,とても迷いますよね。

 

 

まず,採用面接の際に,質問に対して

真実を回答する義務があるのかについて検討します。

 

 

この点,面接で学歴を問われたことに対して,

大学中退の事実を隠していたことを理由とする

懲戒解雇が有効となった裁判例があります

(炭研精工事件・東京高裁平成3年2月20日判決・

労働判例592号77頁)。

 

 

この裁判では,会社が「企業秩序維持に関係する事項について

必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合」には,

労働者は真実を告知すべき義務を負っていると判断されました。

 

 

労働者は,面接の質問には誠実に回答しなければならず,

虚偽回答をして,それが会社との信頼関係を破壊するものであれば,

そのことを根拠とする解雇は有効となる可能性があります。

 

 

面接のときに,病歴などをあからさまに質問されることは

ほとんどないと思いますが,もし仮に質問された場合には,

正直に病気のことを話した方がいいと考えます。

 

 

そして,病歴があるけれでも,今は回復していて

十分に働けることをアピールした方がよく,

嘘をつくのはよくないと考えます。

 

 

嘘がバレて,会社の信頼を失う方が,後から大変です。

 

 

 

 

それでも,採用されなかったのであれば,

縁がなかったと気持ちを切り替えて,

別の会社に応募すればいいのです。

 

 

次に,面接で質問がなかったことについて,

自分から自発的に告知する義務があるのかについて検討します。

 

 

これについては,面接で質問されていないことについて,

自分から不利益な情報を告知する必要は全くありません。

 

 

この点について,前の職場でセクハラやパワハラを

問題にされたことを告知しなかったケースや,

数ヶ月間風俗店に勤務していた職歴を申告しなかったケースにおいて,

解雇は無効と判断された裁判例があります。

 

 

会社としては,労働者の能力と適性の判断や

企業秩序の維持に必要なことであれば,

積極的に質問すればいいので,労働者には,

不利益な情報を自発的に申告しなければならない義務はないのです。

 

 

労働者が自分にとって不利益な情報を積極的に

告知しなかったこを理由に,経歴詐称や病歴詐称で

解雇することは困難だといえます。

 

 

さらに,労働者が申告しなかった病歴が,

仕事を進めていくうえで何も影響がない場合には,

病歴の不申告が病歴詐称になることはありません。

 

 

まとめますと,労働者は,会社から質問された場合には,

誠実に回答すればよく,会社から質問されないことについては,

自分にとって不利益な情報を告知する義務はないので,

何も回答しなくても大丈夫なのです。

 

 

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未払残業代請求と一緒に請求する付加金とは?

未払残業代を請求する際に,付加金というものを一緒に請求します。

 

 

労働基準法114条により,裁判所は,

会社が残業代を支払っていないなど,

労働基準法で支払義務が課せられている一定の金員について,

その未払いがあるときに,労働者の請求により,

未払金と同一額の付加金の支払いを命じることができます。

 

 

すなわち,付加金とは,労働基準法で支払いが命じられている

金銭を支払わなかった会社に対して,

労働者の請求により裁判所が命じる

未払金と同一額の金銭のことをいいます。

 

 

なぜ,付加金の制度が設けられたのかといいますと,

労働者を保護するために,残業代の支払いをしない会社に対し

一種の制裁として経済的不利益を課すこととし,

その支払いを促すことで労働基準法の各規定の実効性を高めて,

会社による残業代の未払いによって

労働者に生じる損害の填補を図るためなのです。

 

 

このような制度趣旨のため,労働者が請求すれば,

裁判所が会社に対して,必ず付加金の支払いを命令するのではなく,

諸般の事情を考慮して,裁判所の裁量によって,

付加金の支払いを命じるか否かが判断されます。

 

 

 

 

それでは,どのような場合に付加金の支払いが命じられるのでしょうか。

 

 

それは,端的に言うと,会社の対応が悪質な場合です。

 

 

会社の対応が悪質であった具体例を紹介します。

 

 

以前,ブログで紹介した東京港運送事件

で付加金の支払いが認められたので,

どのような事情が付加金の支払いにおいて

考慮されるのかをみてみます。

(東京地裁平成29年5月19日判決・労働判例1184号37頁)

 

 

東京港運送事件では,次の事情が考慮されました。

 

 

①被告会社は,原告の労働条件をことさらに不明確な状態において,

最低賃金を下回る賃金を適用していたこと。

 

 

②原告の時間外労働が1ヶ月100時間を超える月があり,

残業代の支払いがないまま長時間労働が行われていたこと。

 

 

 

 

③原告は長時間労働による疲労の蓄積や睡眠不足により,

物損事故を起こしたところ,被告会社は,

原告から未払残業代の請求を受けると,

物損事故による168万円の損害賠償請求を原告に示唆して,

威嚇的といえる対応をしたこと。

 

 

このように,会社の労働基準法を守らない態度が明らかになったり,

労働者に対してひどい対応をした会社には,

付加金という制裁がなされるリスクがあります。

 

 

会社が未払残業代の事実を認めて,労働者に対して,

未払残業代を支払えば,付加金の支払いを命じられることはありません。

 

 

労働者としては,会社の対応の悪質性を主張して,

未払残業代請求と一緒に付加金の請求をしていきます。

 

 

付加金の請求で注意が必要な点は,

付加金は2年で自動的に消滅してしまうことです。

 

 

未払残業代請求は,会社に請求書を内容証明郵便で送付して,

6ヶ月以内に裁判手続を行えば,消滅時効を中断できるのですが,

付加金の場合,消滅時効のように中断をすることができないのです。

 

 

 

 

未払残業代請求をするときには,

忘れずに付加金の請求を一緒にしましょう。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労働者のプライバシー

労働者が会社から貸与されていたパソコンで

私用メールをしていたところ,会社が労働者の承諾なく,

労働者の私用メールを閲覧することは認められるのでしょうか。

 

 

労働者としては,パソコンにパスワードをかけていたのに,

会社から私用メールをのぞき見されるのは気持ち悪く,

プライバシーが侵害されていると思います。

 

 

 

 

本日は,労働者の私用メールとプライバシー侵害について解説します。

 

 

パソコンへのアクセスが個人設定のパスワードによるなど,

パソコンが個人使用を前提として貸与されていたり,

私用メールが黙認,許容されている場合には,

私用メールの内容にもプライバシーの保護が及ぶと考えられます。

 

 

労働者にプライバシーの保護が及ぶ場合であっても,

会社が労働者の不正を調査するために,

労働者のプライバシーが制限されることがあります。

 

 

例えば,電子メールの利用状況について調査する旨の就業規則

の規定があり,それが周知徹底されているような場合,

就業規則の定めに従って調査が行われる限り,

会社が労働者の私用メールを閲覧しても

プライバシー侵害には該当しにくいです。

 

 

もっとも,私用メールの調査は労働者の個人情報の取得につながるので,

会社は個人情報保護法を守らなければなりません。

 

 

 

 

会社は,調査により取得する情報の利用目的を就業規則において特定し,

これを公表,通知しなければなりません。

 

 

情報の利用目的の特定とは,営業秘密の漏洩防止や

私用メールの濫用防止など,何の目的で個人情報を利用するのかを

明確にしなければならないことです。

 

 

また,会社は,労働者の同意を得ないで,

取得した個人情報を目的外に利用したり,

第三者に提供してはいけません。

 

 

このように,個人情報保護法に基づいた,

私用メールの調査に関する就業規則にしたがって

調査が行われるのであれば,会社が私用メールを閲覧しても,

労働者のプライバシー侵害にはならないと考えられます。

 

 

他方,私用メールの調査に関する就業規則がない場合,

電子メールを通じて信用毀損や営業秘密の流出などの

会社の利益を損なう行為が行われている蓋然性が高く,

他の手段では事実確認ができないような場合に限ってのみ,

会社は,メールを閲覧できると考えられます。

 

 

 

 

それ以外の場合には,労働者のプライバシーを侵害することになり,

会社によるメールの閲覧は認められないと考えられます。

 

 

また,特定労働者を処分する口実を見つけるために,

特定労働者のメールを洗いざらい閲覧し,

そのなかから処分理由になりそうなものを見つけ出し,

これを理由として処分することは,許されないと考えられます。

 

 

まとめますと,メールを調査する就業規則があり,

それにしたがって調査がされたのであれば,

プライバシー侵害はありませんが,

そのような就業規則がなく,特別の理由もないのに,

会社が労働者のメールを閲覧することはプライバシー侵害になります。

 

 

最近は,個人情報の保護が強化される傾向にありますので,

労働者としては,根拠のない会社のメールの調査には

異議を述べるべきだと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

タクシー運転手の未払残業代請求

タクシー運転手は,長時間運転しなければならないので,

腰やお尻を痛めやすく,交通事故に巻き込まれる危険もあります。

 

 

 

 

大変な労働であるにもかかわらず,賃金が低いことが多いです。

 

 

中には,適切な残業代が支払われておらずに,

最低賃金以下で働かされているタクシー運転手もいます。

 

 

このように厳しい労働環境でがんばっているタクシー運転手が,

未払残業代請求をした東京エムケイ事件を紹介します

(東京地裁平成29年5月15日判決。・労働判例1184号50頁)。

 

 

タクシー運転手12名が会社に対して,未払残業代を請求しました。

 

 

被告会社では,固定給のタクシー運転手と

売上連動型の給与のタクシー運転手がいました。

 

 

このうち,固定給のタクシー運転手の未払残業代について,

被告会社は,固定残業代を支払っているので,

未払残業代はないと主張しましたが,

裁判所は,未払残業代請求を認めました。

 

 

固定残業代とは,実際の残業時間とは関係なしに,

一定の残業を行ったとみなして,定額の残業代を支払うことをいいます。

 

 

ブラック企業は,基本給を最低賃金ギリギリに設定して,

その代りに固定残業代を多くして,長時間働いても,

固定残業代の範囲内で残業代はまかなわれているとして,

労働者に長時間労働を強いるように悪用していることがあります。

 

 

 

 

固定残業代が有効になれば,固定残業代の金額分が

残業代としてすでに支払済みとなり,

固定残業代が残業代の時間単価算定の基礎となる賃金から

外れる結果,時間単価が低くなり,残業代の金額が少なくなります。

 

 

逆に,固定残業代が無効になれば,会社は,

残業代を1円も支払っていないことになり,

固定残業代が残業代の時間単価算定の基礎となる賃金に

含まれることになり,時間単価が高くなり,残業代の金額が多くなります。

 

 

そのため,未払残業代請求事件では,

固定残業代が有効か無効かという論点が激しく争われます。

 

 

固定残業代が有効となるためには,

固定残業代部分と通常の賃金部分が明確に区別されていること

が必要となります。

 

 

東京エムケイ事件では,固定給の労働者の給料の内訳は,

基本給,精勤手当,無事故手当,業務手当,基準外手当に分かれており,

このうち,基準外手当が固定残業代として有効かが争いとなりました。

 

 

被告会社は,基準外手当は,時間外手当,深夜手当,休日出勤手当

を含むものと主張しましたが,給与明細からそのことは明らかではなく,

固定残業代として予定されている時間数または

計算方法が明らかではないとして,

固定残業代部分と通常の賃金部分が明確に区別されておらず,

基準外手当は固定残業代として無効と判断されました。

 

 

固定残業代が争われる事件では,

就業規則,賃金規定,給与明細などを分析して,

固定残業代部分と通常の賃金部分とが明確に区別されているかを

入念にチェックしていくことが重要になります。

 

 

なお,売上連動型給与のタクシー運転手については,

利益配分等の計算方法について,労使の合意に基づいており,

有効であり,固定残業代部分と通常の賃金部分が明確に

区別されていることから,固定残業代は有効と判断されました。

 

 

タクシー運転手の給与体系は,売上連動型の場合,

複雑になっていますので,長時間労働のわりに給与が低いと感じる

タクシー運転手は,一度弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

セクハラ被害者の言い分が信用されるポイント

セクハラ事件では,加害者が被害者に対してセクハラ行為を

したのか否かが激しく争われることがあり,

被害者と加害者のどちらの言い分が

信用できるかが争点になることが多いです。

 

 

セクハラ行為は,密室で行われることが多く,

被害者の言い分以外に,セクハラ行為を証明するための

客観的な証拠が残っていないことがほとんどです。

 

 

 

それでは,被害者と加害者の言い分のどちらが

信用できるかについて,どうやって判断していくのでしょうか。

 

 

この論点について,セクハラの被害者の言い分が信用できる

と判断された秋田県立農業短期大学事件を紹介します

(仙台高裁秋田支部平成10年12月10日判決・労働判例756号33頁)。

 

 

この事件の被害者は,短期大学の研究補助員で,

加害者は,被害者が所属する研究室の教授でした。

 

 

被害者は,加害者とともに学会出席のために出張した際に,

宿泊先のホテルの室内において,加害者からベッドに押し倒されて,

胸を触られるなどのわいせつ行為を受けたとして,

加害者に対して,損害賠償請求をしました。

 

 

 

 

これに対して,加害者は,被害者の部屋を訪れて,

室内で2人きりになり,被害者の体に触れたことは認めましたが,

これは,被害者の日頃の仕事に対する協力への感謝と励ましの気持ちを

伝えるつもりで,被害者の肩に軽く両手をかけたものであると主張しました。

 

 

このように両者の言い分は,真っ向から対立していました。

 

 

このような場合,被害者の言い分が,

具体的かつ詳細であり,また,一貫性がある場合に

信用できると判断されやすくなります。

 

 

本件では,被害者の「加害者の手をつかんで,

止めさせようと思ったけれども,

加害者の手が汚らわしく感じられて,

手を引っ込めた」という言い分が,

体験した者としての臨場感を感じさせるとして,

信用できると評価されました。

 

 

また,加害者は,事件直後に,被害者が加害者と一緒に朝食をとり,

学会に参加して,学会の最中に加害者とともに

写真におさまっていることから,

セクハラ被害者の行為として不自然であると主張しました。

 

 

しかし,加害者が職場の上司の場合,

職場の友好関係を保つための抑圧が働くため,

被害者が仕事を続ける限り,

今後も日常的に加害者と付き合っていかなければならないので,

性的被害を受けても,ことを荒立てずに

その場を取り繕う方向で行動することがあるので,

被害者の行動は不自然ではないと判断されました。

 

 

 

 

ようするに,性的被害者は,被害の後に加害者を避ける

行動をとるはずだ,という発想は間違いなのです。

 

 

セクハラ事件では客観的な証拠は少ないのですが,

被害者の言い分が信用できると判断されることがありますので,

セクハラの被害にあわれたのであれば,

専門家へ早目にご相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

パワハラの3つのハードル

平成29年度に全国の総合労働相談コーナーに寄せられた

労働相談の中で,もっとも多かった労働相談は,

「いじめ・嫌がらせ」で,全体の相談のうち23・6%を占めています。

 

 

約4分の1が「いじめ・嫌がらせ」に関する相談であり,

職場におけるパワハラが深刻な問題となっていることを物語っています。

 

 

 

 

深刻なパワハラ問題ですが,パワハラを理由に会社に

損害賠償請求をするには,3つのハードルがあります。

 

 

1つ目は,立証のハードルです。

 

 

「バカ」,「アホ」,「給料泥棒」といった言葉の暴力の場合,

ボイスレコーダーなどで録音しておかないと,

言った言わないの問題となり,

パワハラの事実を証明することが困難となります。

 

 

労働者は,パワハラの事実を証明するために,言葉の暴力を受けた場合,

ボイスレコーダーなどで録音するようにしてください。

 

 

 

 

2つ目は,どのような言動が違法なパワハラと

認定されるのかというハードルです。

 

 

上司が部下のミスを注意・指導することは必要なことであり,

どこまで厳しく叱責すれば,

違法なパワハラになるのかという線引が難しいのです。

 

 

そこで,どのような言動が違法なパワハラと認定されるのかについて,

パワハラの裁判例を分析することが重要になります。

 

 

最近の裁判例ですと,A住宅福祉協会理事らほか事件において,

パワハラによる損害賠償請求が認められました

(東京地裁平成30年3月29日判決・労働判例1184号5頁)。

 

 

この事件では,次のような理事の言動が,

侮辱的かつ威圧的に,繰り返し退職を強要するものであり,

原告の名誉感情を侵害し,社会通念上許される範囲を超えて,

違法なパワハラに該当するとされました。

 

 

「自分の身の振り方を考えてください」

「ほら,返事がないの。業務命令違反になっちゃうよ,ほら」

「働けないという前提で,どうしますか」

「これやらないと,今度,懲戒解雇になるよ。退職金出ないよ」

「著しい障害だろう。おかしくなってるんだろう,

そういう行動をとるということは」

 

 

3つ目は,慰謝料の金額のハードルです。

 

 

労働者がパワハラの事実を立証して,

違法なパワハラだと認められたとしても,

労働者にとって満足できる慰謝料が認められない可能性があります。

 

 

慰謝料の金額は,ケース・バイ・ケースで判断されますが,

おおむね10万~150万円の範囲でしか認められていません。

 

 

上記の事件では,慰謝料の合計が50万円であり,

パワハラの被害者が納得できる金額に届いていないです。

 

 

このように,パワハラ事件は,頻繁に発生しているのですが,

上記の3つのハードルがあることから,

労働者が泣寝入りしてしまうことも多いのが現実です。

 

 

 

 

そこで,労働者が泣寝入りしないように,

せめて,2つ目のハードルである,

どのような言動が違法なパワハラになるのかについて,

法律で明確にするべきなのです。

 

 

法律で明確に禁止されるべきパワハラの類型が定められれば,

人は禁止される行為を控えるようになって,

パワハラが減少していく可能性があります。

 

 

現在,労働政策審議会において,

パワハラを禁止する法律を制定するかが議論されています。

 

 

パワハラで苦しむ労働者を少なくするためにも,

パワハラを禁止する法律の制定を実現させたいので,

下記のサイトにおいて電子署名にご協力いただければ幸いです。

 

 

http://ur0.work/Mu9I

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労働契約書や労働条件通知書がなくても残業代請求をあきらめない!

労働契約書や労働条件通知書がない場合,

残業代の基礎となる賃金をいくらにして

計算すればいいのでしょうか。

 

 

 

労働者としては,何時から何時までが勤務時間で,

会社から支払われる賃金がいくらなのかが分からなければ,

安心して働くことができないので,労働基準法では,

労働者に労働条件通知書を交付することを会社に義務付けています。

 

 

しかし,地方の中小企業では,労働基準法を守らずに,

労働契約書を締結していなかったり,

労働条件通知書を交付していないところもあります。

 

 

このような場合に,労働者は,残業代を請求するために,

どうやって残業代を計算すればいいのか困ります。

 

 

本日は,この点について,労働者に有利な判断をした

東京港運送事件を紹介します。

(東京地裁平成29年5月19日判決・労働判例1184号37頁)

 

 

トラック運転手が,会社に対して未払残業代を請求した事件です。

 

 

 

 

この事件では,原告のトラック運転手と被告会社との間に

労働契約が成立していますが,賃金の金額や計算方法を証明する

労働契約書や労働条件通知書は作成されていませんでした。

 

 

被告会社は,「月給28万円以上可!」という求人広告を出しており,

原告のトラック運転手は,求人広告を見て,被告会社に応募しました。

 

 

採用面接の際に,被告会社からは求人広告とは異なる

労働条件の説明はありませんでした。

 

 

原告のトラック運転手の給料は,

基本給,皆勤手当,愛車手当,稼働手当,

臨時手当,第二稼働手当,職務手当で構成されており,

賃金規定には,臨時手当,第二稼働手当,職務手当は

割増賃金の支給であると定められていました。

 

 

トラック運転手の給料は,基本給を少なくして,

その他の手当を多くして,残業代を支払わないように

していることが多いです。

 

 

まず,労働契約書や労働条件通知書が存在しない場合,

次のことを考慮して,賃金や労働条件を確定するべきと判断されました。

 

 

①求人広告の内容

②労働者が採用される経緯

③労働者と使用者との間の会話内容

④予定されていた就労内容

⑤職種

⑥就労及び賃金支払の実績

⑦労働者の属性

⑧社会一般の健全な労使慣行

 

 

本件では,①求人広告について,

会社が求人広告とは異なる労働条件を説明せずに,

労働者を採用した場合,求人広告の内容で

労働契約が成立すると判断されました。

 

 

また,⑥就労及び賃金支払の実績について,

被告会社は,臨時手当,第二稼働手当,稼働手当は

割増賃金であると賃金規定で定めていますが,

この3つの手当を除いて,時給を計算すると最低賃金を下回ります。

 

 

さらに,3つの手当に対応する時間外労働の

時間数が示されていないこと,

第二稼働手当や職務手当は定額で算定さており,

時間外労働の有無や程度で増減していないことから,

3つの手当は,割増賃金とはいえず,

残業代を計算するための基礎賃金に含まれることになりました。

 

 

賃金規定で「~手当」は割増賃金であるという規定があったとしても,

最低賃金を下回っていたり,時間外労働との関係が不明な場合には,

「~手当」が割増賃金としては認められず,

残業代が1円も支払われていなかったこととなり,

さらに,「~手当」が残業代計算の基礎賃金となるので,

残業代の単価が高くなるのです。

 

 

その結果,労働者の未払残業代が高額になります。

 

 

労働契約書や労働条件通知書がなくても,

求人広告などをもとに残業代を計算することができますので,

あきらめずに,なにか資料がないか検討することが重要になります。

 

 

求人広告が後々重要な証拠になる可能性がありますので,

労働者は,求人広告を大切に保管しておくといいでしょう。

 

 

他方,会社は,労働基準法を守らずに,

ずさんな労務管理をしていると,

多額の未払残業代を支払わなければならなくなり,

痛い思いをすることになることをよく理解しておくべきです。

 

 

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パワハラの定義とは?

現在,労働政策審議会において,

パワハラの定義をどのように定めるかが議論されています。

 

 

職場のパワハラ防止対策に関する検討会報告書では,

次の3つの要素のいずれも満たすものが

職場のパワハラとして整理されています。

 

 

①優越的な関係に基づいて行われること

 ②業務の適正な範囲を超えて行われること

 ③身体的若しくは精神的な苦痛を与えること,

または就業環境を害すること

 

 

 

 

労働政策審議会では,労働者側は,上司だけではなく,

同僚や部下からのパワハラもあるので,

①の「優越的な関係に基づき」という言葉は,

パワハラの定義を狭めるので,パワハラの定義を

もっと拡大するべきだと主張しています。

 

 

他方,経営者側は,パワハラの定義を狭くしないと,

上司が部下を指導することが困難になり,

人材が育たなくなると主張しています。

 

 

労働者側の言い分も,経営者側の言い分もよくわかります。

 

 

それだけ,パワハラの定義を決めるのは難しいということなのです。

 

 

パワハラの法律相談を受けていると,

なぐるけるといった暴力の場合や,

「バカ」,「役立たず」,「給料泥棒」などの暴言の場合は,

わりと簡単にパワハラだと判断できるのですが,

それ以外の場合は,パワハラといえるのか判断に迷うことがほとんどです。

 

 

例えば,次のようなケースで考えてみます。

 

 

男性の正社員が,新人の女性派遣社員と休憩時間に

仲良くしていたところ,男性の正社員は,上司から,

女性派遣社員を休憩時間中にあまり誘わないようにと指導されたとします。

 

 

 

 

男性正社員としては,たんに女性派遣社員と

コミュニケーションをしているだけだったのに,上司から,

職場の人間関係についてとやかく言われて不快に感じると思います。

 

 

他方,上司としては,男性正社員が,

女性派遣社員からセクハラと言われないように気をつけなさい

というアドバイスをしただけだったかもしれません。

 

 

また,指導の回数も1回だけであり,

しつこく女性派遣社員との関係を詮索されたのでないのであれば,

上記の②の「業務の適正な範囲」を超えていない指導と判断されて,

パワハラとはいえないと考えられます。

 

 

ただ,女性派遣社員が何も苦情を言っていないのに,

上司から何度も女性派遣社員との関係を詮索されたりすれば,

男性正社員のプライバシーに過度に踏み込むことになりますので,

上記の②の「業務の適正な範囲を超えて行われる」指導として,

パワハラと判断される可能性があります。

 

 

このように,会社内における上司の言動が

パワハラに該当するかは,非常に微妙で判断が難しいものです。

 

 

そのため,パワハラの定義をある程度法律で明確にした方が,

どこまでがだめで,どこまでなら大丈夫という

線引がしやすくなるのではないかと考えます。

 

 

なお,職場内のコミュニケーションが十分とられていて,

信頼関係が構築されているのであれば,

パワハラと言われることはないのだと思います。

 

 

今後,上司は,部下との信頼関係を構築するために,

コーチングなどのコミュニケーションのスキル

を学ぶ必要があると考えます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。