長時間の私的なチャットは労働時間か?

原告は,約7ヶ月間,業務中に,合計5万0158回,概算で1日当たり300回以上,2時間程度,私的なチャットをしていたことが,職務専念義務違反に該当するとして,懲戒解雇された事件で,東京地裁平成28年12月28日判決(ドリームエクスチェンジ事件・労働判例1161号・66頁)は,懲戒解雇は有効としましたが,チャットをしていた時間を労働時間と認めて,未払残業代の請求が認められました。

 

本件判決は,職場における私語や喫煙所での喫煙など他の私的行為については,社会通念上相当な範囲においては許容され,職務専念義務に違反しないという判断基準を設けました。そして,本件チャットは,その内容が顧客情報の流出につながりかねない内容であったり,会社の信用を毀損する内容であったり,会社内の人物に対する誹謗中傷やセクハラにあたる内容であったりしたため,本件チャットは職務専念義務に違反し,懲戒解雇は有効となりました。

 

一方,本件チャットの時間が労働時間に該当するかについては,明らかに業務と関係のないチャットだけを長時間していた時間を特定することが困難であり,本件チャットは,会社から貸与された自席のパソコンで離席せずに行われたものであり,労働からの解放が保障されているとはいえないと判断されました。また,原告が残業することについて,会社は何ら異議を述べていないことから,居残り残業について,黙示の指揮命令があったと判断されました。その結果,本件チャットの時間は,会社の指揮命令下でなされたものであり,労働時間と認定され,未払残業代が認容されました。

 

業務とは関係ない私的なことをしていた時間であっても,労働からの解放が保障されていない場合には,労働時間にあたると判断された点が労働者にとって有利です。残業代請求の事件では,会社から,その時間はさぼっていたはずなので,労働時間ではないという主張がされることがありますが,会社が残業することに異議を述べなければ,黙示の指揮命令が認められ,労働時間と認定される可能性があります。もっとも,明らかに業務と関係のないことをしていた時間を明確に特定できた場合にも,労働時間と認められるかは争いがありそうです。労働時間の認定について労働者にとって有利な判断がされた事例として紹介します。

懲戒解雇のタイミング

病院で医療事務に従事していた原告が,病院を自己都合退職した後に退職金を請求したところ,被告病院は,原告が診療情報を改ざんしたとして,原告が自己都合退職した後に懲戒解雇して,退職金の全額を支払いませんでした。そこで,原告は,被告病院に対して,退職金請求の裁判を提起しました。

 

大阪地裁平成28年12月9日判決(医療法人貴医会事件・労働判例1162号・84頁)は,まず,懲戒解雇の効力について,原告の退職届が被告病院に提出された日の1ヶ月後に,原告と被告の労働契約が終了しており,労働契約終了後になされた懲戒解雇は効力を有しないと判示しました。

 

もっとも,懲戒解雇をすることができない場合であっても,退職金に功労報償的性格がある場合には,労働者がそれまでの勤続の功労を抹消又は減殺する程度にまで著しく信義に反する行為をしたとき,労働者の会社に対する退職金請求の全部又は一部が権利の濫用に当たり,会社は,労働者からの退職金請求の全部又は一部を拒むことができると判示しました。

 

そして,本件において,原告の診療情報の改ざん行為は,懲戒解雇事由に該当する悪質な行為であり,原告が19年間積み上げてきた功労を減殺するものであるが,原告の功労を全部抹消するほどに重大な事由とはいえず,原告の退職金請求の2分の1が認容されました。

 

労働者が,懲戒解雇事由に該当する行為をしてしまった場合,早々に自己都合退職をすれば,場合によっては,本件判例のように,懲戒解雇を避けられることができるかもしれません。また,懲戒解雇事由がある場合でも,労働者の情状によっては,退職金請求の一部が認められる場合があります。懲戒解雇のタイミングを考える上で,興味深い判断がされたことから,紹介させていただきます。

航空自衛隊自衛官セクハラ事件

航空自衛隊の非常勤隊員として採用された原告が,庶務係長をしていた被告からセクハラ行為を継続的に受けたことによりPTSDを発症したとして,被告に対し,1100万円の損害賠償を請求した事件で,東京高裁平成29年4月12日判決において,慰謝料800万円が認容された事件を紹介します(労働判例1162号・9頁)。
 

被告は,原告に対して,非常勤隊員採用試験への人事上の影響力を示唆して,性的関係を強要しました。原告は,母子家庭であり,自らの収入だけを頼りとする生活を送っており,雇用と収入の確保が重要であったため,人事に関する影響力を誇示する被告の求めに応じざるをえませんでした。

 

判決では,被告のセクハラ行為によって,原告は,精神状態を悪化させ,生活保護を受けざるをえない状態に追い込まれ,被告に関係解消を訴えても無視されたことが悪質であると判断され,慰謝料としては高額な800万円が認められました。

 

職場の上司が部下の女性に対して,人事上の影響力を示唆することで性的関係を求めたという悪質なセクハラ行為で,高額な慰謝料が認められた点に特徴があります。セクハラは密室で行われるので,立証が難しいのですが,本件では,詳細にセクハラ行為が認定されているので,事実認定の参考になります。

ブラック研修

ゼリア新薬工業の新入社員が,新人研修において,研修の講師から意に沿わない告白を強要されたことが原因で精神疾患を発症し,強い心理的負荷があったとして,研修中に自殺したことについて,労災が認定されました。

 

http://www.asahi.com/articles/ASKBB544MKBBULFA02M.html

 

研修の講師から,弱みをさらけ出せと迫られ,新入社員は,同期の社員の前で,吃音であることや,昔いじめを受けていたことを告白させられたようです。

 

新入社員の人格を否定し,それまでの価値観を破壊するブラック研修は,ひどい労働環境でも新入社員が簡単に辞めないように,最初の段階で洗脳させる目的で行われることがあるようです。

 

私も以前,道路で大声で叫ぶ研修等,こんな研修が何の意味があるのかと疑問に思う研修を実施する企業に就職すべきか悩んでいるという相談を受けたことがあります。ユーチューブで研修の動画を見たのですが,たしかにこのような研修をするような企業に就職するべきか悩むのはもっともな気がしました。

 

研修中の自殺で労災が認定されたので,今後は,このようなブラック研修がおかしいと主張する労働者が増えて,社会問題化すれば,ブラック研修が減少していくのではないかと思います。ブラック研修は早急になくすべきです。

トラック運転手の過酷な労働実態

私は,日本弁護士連合会の貧困問題対策本部のワーキングプア部会に所属しています。そこで,「現在の物流業界の状況とトラック労働者の過酷な労働実態」という勉強会がありましたので報告します。講師は,建交労全国トラック部会の事務局長の鈴木正明さんでした。

 

まず,総務省の労働調査結果によれば,全産業就業者のうち,トラック運転手は,1.25%しかいないにもかかわらず,国内物流の91.3%はトラックが占めています。日本の物流は,トラック運転手がそのほとんどを担っているにもかかわらず,全労働者に占めるトラック運転手の割合はとても少ないです。

 

トラック運転手が不足している理由として,賃金水準が全産業に比べて1~2割低く,労働時間が全産業に比べて2割以上長いという過酷な労働実態があるからと考えられます。長距離トラック運転手は,長距離を移動し,かつ,荷物の積み降ろしがあるので,どうしても長時間労働になります。長時間労働にもかかわらず,賃金は低水準なため,なり手が少なくなります。

 

加えて,他の産業に比べて脳心臓疾患の過労死で,労災支給決定になる件数がダントツに多く,全産業の3割近くを道路貨物運送業が占めています。トラック運転手は,深夜に長距離移動するので,質のよい睡眠がとれず,長時間労働による疲労が蓄積して,脳心臓疾患に罹患しやすくなるのだと考えられます。

 

また,運送会社の労働基準関係法令の違反件数も多く,運送会社の現場では,労働基準法が遵守されていないようです。

 

アマゾン等のネット通販によって,私達の生活は便利になりましたが,その一方で,日本の物流を担うトラック運転手の労働実態はより悪化しているといえます。日本の物流を維持するためにも,トラック運転手の労働環境の改善が早急に求められます。トラック運転手にこそ,勤務間インターバルや残業の罰則付き上限規制が早急に実施されるべきだと思います。

ソーシャルメディア文章術

 樺沢紫苑先生の「ソーシャルメディア文章術」を読みました。SNSに文章を書く上で重要な原則,技術等が凝縮された名著です。

 

 

 ソーシャルメディアで求められる文章とは,上手な文章ではなく,「共感」を呼ぶ文章です。「共感」を呼ぶためには,「共通性」が必要になります。自分と読者の多くが興味を持っている「共通話題」に,自分の持っている「専門話題」を組み合わせることで,読者の共感を得られるようになります。

 

 そして,ソーシャルメディアでは,上手な文章よりも「伝わる」文章が重要になります。まずは,タイトルで読者の心を「つかみ」,最初の1行で興味をひくキャッチコピー的な一文や結論を盛り込み,読者を引きつけて読んでもらうようにします。スマホですと,フリックしている間に自分の記事が流されてしまうリスクがあるので,タイトルと最初の一文で読者の興味をひくのは必須となります。

 

 また,ソーシャルメディアでは,短く,シンプルで,わかりやすく,短時間で読めて,内容がしっかりしている文章が好まれます。一文を長くしない,結論から述べることを文章の最初で提示し方向性を示す,冗長な表現や不必要な形容詞ははぶくといったことを意識することで,読者に読んでもらえる文章になります。

 

 私は,ついつい長い文章を作成してしまいがちですし,これまでは結論を最後に書いていました。今後は,結論を最初に持ってきて,一文を短くし,多くの人に読んでもらえる文章を作成するように努力していきます。

 

 ソーシャルメディアにどのような文章を書けば読んでもらえるのかについて,分かりやすく書かれていますので,SNSを利用している方々にお勧めしたい一冊です。

 

高校教師のくも膜下出血死が公務災害と認められた判例

 愛知県内の商業高校の教師が深夜校内で倒れ,病院に搬送されたものの,脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血が原因で死亡したことについて,当該教師の遺族が公務災害認定請求をしたものの,公務災害とは認定されなかったため,公務災害とは認定しなかった処分の取消を求めて提訴し,判決で公務災害と認定されました(名古屋地裁平成29年3月1日判決・地方公務員災害補償基金愛知県支部長事件・労働判例1159号・67頁)。

 

 本件事件では,長時間労働の観点からは,当該教師がくも膜下出血発症の1ヶ月間において,通常の日常の職務に比較して特に過重な業務に従事したと評価することを直ちに肯定することも否定することもできないとされたものの,職務の質的過重性を検討した結果,公務災害が認定されました。

 

 具体的には,当該教師は,情報処理科の主任として,学校内のパソコンの保守管理,全国大会で優勝する情報処理部の顧問,情報処理検定に向けた指導や一日体験入学の準備作業等の業務を行っていました。①担当授業については,多くの科目で複数の指導担当者の取りまとめ役をし,生徒の資格取得に直結し,学校の実績や生徒の就職に影響する授業を担当していました。②部活については,顧問をしていた情報処理部が全国的に優秀な成績を収めており,同様の成績を収めることが期待されていました。③校務分掌について,教職員や生徒のパソコンの故障に対応していました。④その他にも,一日体験入学が次年度の入学者数に直結していました。

 

 以上の当該教師の業務は,精神的負荷がかかるものであったと認定され,当該教師のくも膜下出血の発症と公務との間に相当因果関係が認められて,公務災害が認定されました。

 

 労災では,時間外労働が何時間だったかが,まず重視されますが,時間外労働が労災の基準に満たなかったとしても,労働者の仕事内容が精神的負荷の強いものであった場合には,仕事の量的過重と質的過重のあわせ技一本で労災と認められることがありますので,この両方を説得的に主張していくことが重要となります。

 

 労働問題の法律相談は,労働問題を専門に扱う弁護士法人金沢合同法律事務所へ,お気軽にお問い合わせください。

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電通の刑事裁判

 平成29年9月22日,電通が社員に対して,違法残業をさせたとして労働基準法違反の罪に問われている刑事裁判の初公判が開かれました。

 

https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG21H8W_S7A920C1CC0000/

 

 検察官の冒頭陳述によれば,36協定の残業時間の上限を超えて残業した社員が,2014年度は毎月1400人以上,2015年度以降も毎月100人以上いたようです。

 

 また,労働基準監督署から違法残業について是正勧告を受けた後,36協定の残業の上限を25時間から50時間に引き上げて,形式的に労働基準法違反の解消を図りましたが,労働環境の改善とはむしろ逆行する小手先だけの対応に終始したようです。

 

 検察官の求刑は罰金50万円でした。罰金50万円を支払うだけのペナルティでは,今後の労務管理の改善にどこまで効果があるのか疑問に思われる方がいるかもしれませんが,検察官が,公開の法廷で,電通の杜撰な労務管理を明らかにしたことに十分な意義があると思います。労働基準法違反の刑罰は軽いのですが,杜撰な労務管理を続ければ,社会からバッシングを受けて,企業イメージを大きく失墜させることになりますので,労働基準法違反で企業が失うものが大きくなったと思います。

 

 この電通の刑事裁判を契機に,多くの企業が労働基準法を遵守するように変わってもらいたいです。

 

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ヤマト運輸の違法残業

 福岡労働局は,ヤマト運輸がセールスドライバーに違法な長時間労働をさせたとして,労働基準法違反の疑いで福岡地検に書類送検しました。

 

https://mainichi.jp/articles/20170921/k00/00m/040/100000c

 

 ヤマト運輸は,労使協定で定めた1ヶ月あたりの残業時間の上限95時間を超える102時間の違法な残業をさせた疑いがあるようです。36協定では,残業時間の上限が規制されていないので,残業時間の上限は青天井になっています。ヤマト運輸の残業時間の上限95時間は,精神疾患の労災基準の100時間よりは短いですが,脳心臓疾患の労災基準の80時間よりは長いため,このような36協定は是正されるべきだと考えます。やはり,残業時間の上限規制が早急に導入されるべきです。

 

 さらに,脳心臓疾患の労災基準よりも長い残業時間の上限95時間に違反しているのですから,36協定が機能していないのが現状なのかもしれません。労使が残業時間について,しっかりと議論して36協定を定めるのであれば,労働者も残業時間について意識して,会社に是正を求めていけるのではないかと思います。労働者は,しっかりと自分の会社の36協定をチェックすべきです。

 

 日々,労働紛争に身を置いている者として感じるのは,しっかりと残業時間を把握して,残業代を支払っている企業は少なく,特に運送関係の現場では,長時間労働が常態化しているにもかかわらず,残業代の支払が不十分なことです。労働局のチェックが厳しくなれば,企業も残業代を支払うようになり,長時間労働が是正されていくと思いますので,労働局の担当職員を増加させて,労働基準法違反の取締を強化していってもらいたいです。

 

 電通事件では,公開の法廷で刑事裁判が行われるようになり,労働基準法違反の事件が注目されています。大企業の労働基準法違反は,大々的に報道され,企業イメージにマイナスになりますので,この流れの中で労働基準法を遵守する企業が増えることが期待されます。

 

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残業100時間超で過労自殺した病院勤務の男性の労災認定

 岐阜県内の病院に勤務する男性が自殺したことについて,多治見労基署が労災と認定しました。

 

 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170920-00000042-mai-soci

 

 男性は,岐阜県内の病院で駐車券処理やOA機器修理等の日常業務の他に,月に3回ほど夜間の当直勤務をし,急患や来院者への対応をしていたようです。男性が使用していた業務用のパソコンや当直勤務の記録を検討したところ,死亡前3ヶ月の残業が月107~148時間にも及び連続39時間の拘束の勤務もあったようです。

 

 夜の時間帯に働くことで,睡眠のリズムが狂い,昼間は寝にくいこともあり,疲労が回復しにくくなります。長時間労働や長い拘束時間が続くと疲労を回復する機会が奪われて,うつ病を発症するリスクが高まります。残業が100時間を超えると多くの場合労災と認定されやすくなります。

 

 本件では,おそらく証拠保全をして,病院にある男性のパソコンや当直の記録を確保して,客観的な証拠が揃っていたから労災と認定されたのだと思います。労災事件では,早期に証拠を確保することが重要になります。

 

 男性は,ライフル競技の選手で,国体の選手強化に向けて岐阜県教委の紹介で就職した経緯があり,今後の労災民事訴訟では,選手としての将来への不安等が自殺にどのように影響したのかが争点になるかもしれません。企業に働きつつ,スポーツを続ける労働者の健康をどうやって守るべきかが問われる裁判になっていきそうなので,注目していきたいです。

 

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