健康被害がなくても長時間労働が不法行為になる場合と固定残業代制度の有効性
1 健康被害がなくても長時間労働が不法行為とされた裁判例
昨日のブログで,長時間労働によって
心身の不調をきたしていないものの
慰謝料の損害賠償請求が認められた無州事件を紹介しました。
無州事件と同じように長時間労働によって
心身の不調をきたしていないものの
慰謝料の損害賠償請求が認められた裁判例として,
狩野ジャパン事件の長崎地裁大村支部令和元年9月26日判決
(労働判例1217号56頁)があります。
この事件の原告労働者は,2年間のうち,
ほとんどの月で1ヶ月の残業時間が100時間を超えており,
そのうち5ヶ月は1ヶ月の残業時間が150時間を超え,
一番ひどい月ですと,1ヶ月の残業時間が160時間を超えていました。
通常,1ヶ月の残業時間が100時間を超えると,
疲労が蓄積してストレス耐性が弱くなり,
強い心理的負荷によって,精神障害を発症することがあります。
もっとも,この事件の原告労働者は,
これだけの長時間労働をしていたにもかかわらず,
心身の不調をきたしたことの医学的証拠はなく,
具体的な疾患を発症していませんでした。
長時間労働を強いられたことによる損害賠償請求の事件では,
長時間労働によって労働者に脳・心臓疾患や精神障害が
発症していることが多いのですが,狩野ジャパン事件では,
労働者に健康被害が発生していませんでした。
裁判所は,被告会社が36協定を締結することなく,
長時間労働をさせていた上,
タイムカードの打刻時刻からうかがわれる
原告労働者の労働状況について注意を払い,
原告労働者の作業を確認し,
改善指導を行うなどの措置を講じなかったとして,
安全配慮義務違反を認めました。
そして,被告会社は,安全配慮義務を怠り,
2年にわたって,原告労働者を心身の不調をきたす
危険のあるような長時間労働に従事させたので,
原告労働者の人格的利益を侵害したものとして,
慰謝料30万円の支払を認めました。
慰謝料の金額は少ないのですが,
健康被害が発生していない長時間労働を強いられた場合にも,
損害賠償請求が認められましたので,今後,残業代請求事件で,
あまりにもひどい働き方をさせられていたのであれば,
慰謝料請求をすることも検討したいです。
2 固定残業代の有効性
もう一つ,狩野ジャパン事件では,重要な判断が示されました。
それは,被告会社の賃金規定において,
「職務手当は,固定残業の一部として支給する」と規定されていた,
固定残業代の問題です。
固定残業代が有効になるためには,
通常の労働時間に当たる部分と
時間外労働の割増賃金に当たる部分とを
判別できなければなりません。
この事件では,基本給と職務手当は区別されて支給されていましたので,
一見すると,通常の労働時間に当たる部分(基本給)と
時間外労働の割増賃金に当たる部分(職務手当)と
が判別できているようにみえます。
しかし,職務手当の中には,固定残業代の他に,
能力に対する対価も混在しており,職務手当のうち,
固定残業代部分が何時間分の割増賃金に相当するのかが
明示されていませんでした。
その結果,職務手当について,固定残業代部分と
能力に対する対価部分とが明確に区分されていないとして,
職務手当は固定残業代として無効と判断されました。
一見すると,基本給と固定残業代が区別されている場合でも,
固定残業代の中に,能力に対する部分が混在している場合には,
固定残業代部分が何時間分の割増賃金に該当するのかがわからない限り,
通常の労働時間に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分とを
判別できないとして,固定残業代が無効になるのです。
固定残業代を争う場合に参考になる裁判例です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
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