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労働者が新型コロナウイルスに感染した場合に会社から損害賠償請求されるのか

1 会社から損害賠償請求されるのかという相談

 

 

昨日に引き続き,新型コロナウイルス関連の

労働問題について,解説します。

 

 

昨日の懲戒処分に関連して,

本日は労働者の損害賠償責任について取り上げます。

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない現状において,

誰もが新型コロナウイルスに感染するリスクを負っています。

 

 

マスクを着用して,消毒液で手を洗っていても,

新型コロナウイルスの感染を防ぎきれるものではなさそうです。

 

 

 

労働者が自身で新型コロナウイルスの感染対策を

実施していたにもかかわらず,不幸にも新型コロナウイルスに

感染してしまい,会社が2週間ほど休業せざるを得なくなった場合に,

労働者は,会社に対して,損害賠償義務を負うのでしょうか。

 

 

連日,新型コロナウイルスの感染によって

会社が休業に追い込まれるニュースが流れてきます。

 

 

おおむね2週間の休業を余儀なくされるため,会社としては,

売上がなくなる一方,賃料や人件費などの固定費を支払わなければならず,

利益がなくなるので,かなりの痛手です。

 

 

さらに,マスコミで報道されることで,風評被害も発生します。

 

 

考えただけでもゾッとします。

 

 

そのため,4月18日に実施した電話相談でも,

自分が新型コロナウイルスに感染して,会社が休業した場合に,

会社から損害賠償請求されるのかという相談がありました。

 

 

2 会社の労働者に対する損害賠償請求は安易に認められない

 

 

しかし,労働者が新型コロナウイルスに感染したことで,

会社が休業して損害を被っても,会社は,労働者に対して,

損害賠償請求をできないと考えます。

 

 

まず,労働者が職務を遂行するにあたり,

必要な注意を怠って労働義務など労働契約上の義務に違反して

会社に損害を与えた場合,債務不履行に基づく

損害賠償責任を負うことがあります(民法415条)。

 

 

また,労働者の行為が民法709条の不法行為に該当すれば,

労働者が損害賠償責任を負うことがあります。

 

 

もっとも,労働者は,会社の指揮命令の下で働いており,

その分,会社も危険の発生について責任を負っていると言えます

危険責任の原理)。

 

 

そして,労働者が会社の指揮命令の下で働いている中で

生じる危険は,事業活動から利益を得ている会社が負うべきと言えます

報償責任の原理)。

 

 

そのため,会社は,労働者に故意または重過失がある場合にのみ

損害賠償を請求しうるとされています。

 

 

すなわち,労働者の職務遂行における軽過失または通常の過失によって

生じた損害については,労働者ではなく会社が負担すべきなのです。

 

 

上記のように,普段からマスクを着用していて,

入念に消毒液で手を洗うなど,労働者が新型コロナウイルスの感染対策

をしていたのにもかかわらず,労働者が不幸にも

新型コロナウイルスに感染してしまった場合,

労働者には,少なくとも重過失がないので,会社に対して,

損害賠償責任を負わないことになると考えます。

 

 

 

もし,労働者が新型コロナウイルスに感染してしまって,

会社が休業して,会社から損害賠償請求をされた場合には,

会社の損害賠償請求が認められない可能性が十分ありますので,

早目に弁護士に相談するようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

証券会社の外務員に対する損害賠償請求が否定された事例

会社を退職したにもかかわらず,

在職中の仕事のミスを理由に,

会社から損害賠償請求をされたという法律相談を受けました。

 

 

くら寿司,セブンイレブン,大戸屋などで

アルバイトが不適切動画を投稿したバイトテロなどを契機に,

会社が労働者に対して,損害賠償請求をする風潮があるのかもしれません。

 

 

 

労働者側の弁護士としては,労働者が会社から

損害賠償請求をされた場合に,

どのような対応ができるかを検討する必要がありますので,

裁判例を調べていたところ,

労働者にとって有利な裁判例を見つけましたので紹介します。

 

 

つばさ証券事件の東京高裁平成14年5月23日判決です

(労働判例834号56頁)。

 

 

この事件は,証券会社の外務員が,顧客に対して,

ワラント(新株引受権の授権証券)取引について,

説明義務,補足説明義務を怠ったとして,

顧客が証券会社に損害賠償請求訴訟を起こし,

裁判で顧客の損害賠償請求が認められたので,

証券会社が,説明義務,補足説明義務を怠った外務員に対して,

損害賠償請求をしたというものです。

 

 

ここで,ワラントとは,その価格が

株価変動率を超えて上下する特徴があり,

また新株引受の権利行使期間満了前に価格が下落し,

期間経過後は無価値になることから,

ハイリスクハイリターンな商品とされています。

 

 

この証券会社の就業規則には,

「職員は,故意または重大な過失によって会社に損害を与えたときは,

会社はこれを弁償させる」と規定されており,

証券会社は,この就業規則の規定に基づいて,

外務員に損害賠償請求をしているので,

外務員に「重大な過失」があったかが争点となりました。

 

 

まず,外務員の説明義務違反について,

別件の顧客と証券会社の訴訟において,

これが認められていることもあり,

外務員には,顧客に対して,

リスクを説明すべき義務を怠ったことが認められました。

 

 

 

もっとも,証券会社は,外務員に対して,

ワラント取引を行うに当たり,

顧客に対して行うべき説明について

研修や指導を格別していませんでした。

 

 

また,顧客に損害が発生したのは,

株価の暴落とその後の下落傾向によるものであり,

外務員には予測し得なかったものでした。

 

 

これらの事情から,外務員には説明義務違反が認められるものの,

会社に対する重大な過失はないと判断されました。

 

 

次に,補足説明義務違反について,外務員には,

顧客に対して,ワラントの商品特性について説明して,

ワラントの処理をどうするかについての

判断材料を提供すべき補足説明義務違反が認められました。

 

 

もっとも,当時は株式相場を予測することは困難な状況にあり,

ワラントの売付時期の判断が難しく,実際,証券会社は,

外務員に対して,相場の回復が見込めないことから,

ワラントの売付をするように指示や示唆をしていませんでした。

 

 

 

 

これらの事情から,外務員には,

補足説明義務違反が認められるものの,

会社に対する重大な過失はないと判断されました。

 

 

歩合給が大きく独立性が高い証券会社の外務員であっても,

会社に労働力を提供しても,全収益を取得できるわけでもない以上,

損害賠償責任の負担においては,その義務を軽減すべきです。

 

 

加えて,株式市場の予測は困難なことから,

証券会社に発生した損害の全てを外務員に被らせるのも酷なことです。

 

 

そのため,重大な過失という要件に該当するかについて,

外務員に有利な事情を考慮した東京高裁の裁判例は妥当だと思います。

 

 

労働者は,会社から損害賠償請求されても,

場合によっては請求を免れたり,

減額できる余地がありますので,

早急に弁護士に相談するようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

会社から労働者に対する損害賠償請求が否定される場合とは?

労働者が仕事でミスをして会社から損害賠償請求された場合,

損害賠償請求を免れることはできるのでしょうか。

 

 

本日は,会社の労働者に対する損害賠償請求が否定された

エーディーディー事件を紹介します

(京都地裁平成23年10月31日判決・労働判例1041号49頁)。

 

 

この事件では,被告労働者のミスなどによって,

カスタマイズ業務に不具合が生じることが多くなり,

その不具合を通知することを被告労働者が失念したりしました。

 

 

 

 

その結果,原告会社の発注量が減少し,売上が低下しました。

 

 

被告労働者は,売上の低下やノルマ未達成について,

上司から叱責されて,自責の念に駆られて,

うつ病に罹患し,労災と認められました。

 

 

原告会社は,被告労働者に対して,

業務の不適切実施,業務未達などを根拠に,

約2034万円の損害賠償請求をしました。

 

 

さて,会社から労働者に対する損害賠償請求ですが,

そう簡単に全額の損害賠償請求が認められるわけではなく,

請求が否定されたり,減額されることがあります。

 

 

その理由の1つとして,労働者のミスはもともと

会社経営の運営自体に付随,内在化するものである

という報償責任が挙げられます。

 

 

もう1つの理由として,労働者に対する業務命令内容は

会社が決定するものであり,その業務命令の履行に際し

発生するであろうミスは,業務命令内容自体に内在するものとして

会社がリスクを負うべきという危険責任が挙げられます。

 

 

 

この報償責任と危険責任を根拠に,最高裁は,

その事業の性格,規模,施設の状況,

労働者の業務の内容,労働条件,勤務態度,

加害行為の態様,加害行為の予防若しくは

損害の分散についての使用者の配慮の程度

その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担

という見地から信義則上相当と認められる限度において」,

会社の労働者に対する損害賠償請求を制限できるとしました。

 

 

本件事件において,被告労働者にミスがあり売上は減少したものの,

被告労働者に故意や重過失は認められませんでした。

 

 

また,会社としては,売上減少やノルマ未達などは,

ある程度予想できることであり,これらは,

本来的には会社が負担するべきリスクであるとされました。

 

 

そして,原告会社が主張する損害額は2000万円を超えるものであり,

被告労働者が受領してきた賃金額に比較してあまりに高額であり,

労働者が負担すべきものとは考えられないと判断されました。

 

 

その結果,原告会社が主張する損害は,

取引関係にある企業同士で通常あり得るトラブルであり,

それを労働者個人に負担させることは相当でないとして,

原告会社の損害賠償請求は認められませんでした。

 

 

この判決の背景には,被告労働者が過酷な状況下で働かされた上に,

うつ病に罹患し,さらに,多額の損害賠償請求をされたことについて,

あまりにも被告労働者が不憫であり,

このような損害賠償請求は認められるべきではないという

裁判官の価値判断がはたらいたと考えられます。

 

 

 

 

この判決からは,労働者のミスについて,

故意や重過失がない,単なる過失の場合には,

会社の損害が売上減少などであり,

労働者が過酷な労働条件で働かされていたなどの事情があれば,

会社からの損害賠償請求が否定される可能性があることがわかります。

 

 

会社から損害賠償請求された場合,損害賠償請求が否定されたり,

減額されることがありえますので,

早目に弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

 

請求書を出し忘れたことで会社から損害賠償請求されたときの対処法

先日,次のような労働相談を受けました。

 

 

顧客に請求書を送らないといけなかったものの,

仕事が忙しくて,請求書を送り忘れてしまい,

売上を回収するのが困難となってしまいました。

 

 

上司に相談したところ,自分が対応すると言ってくれたので,

上司に対応を任せていたところ,上司が放置してしまい,

結局,売上の回収が困難なままとなりました。

 

 

 

そして,相談者が会社を自己都合退職したところ,

売上の回収が未了の分について,会社から損害賠償請求されました。

 

 

このような場合,労働者は,会社からの損害賠償請求に

応じなければならないのでしょうか。

 

 

この相談と似たケースについての裁判例として,

N興業事件を紹介します

(東京地裁平成15年10月29日判決・労働判例867号46頁)。

 

 

この事件では,原告労働者が顧客へ請求書を提出していなかったことで,

813万円の債権が回収不能となったとして,

会社から損害賠償請求されたのです。

 

 

もっとも,原告労働者には,次のような事情がありました。

 

 

仕事量が多く,午後11時ころまで残業や休日出勤をし,

上司に仕事量が多いことを相談しても,何も対応してくれず,

そのような状況の中で,顧客に対する請求書提出のタイミングを逸したり,

失念したりしました。

 

 

 

 

その後,原告労働者は,仕事上のストレスで狭心症を発症して入院し,

退院したところ,上司から過重な業務命令があったり,

退職金で債権回収不能額を相殺することを迫られて,

自己都合退職しました。

 

 

以上の事情をもとに,裁判所は,

①請求書が未提出になったのは過重な労働環境にも一因があったこと,

②債権回収不能については,会社が値引きした事情があること,

③被告会社では以前にも同じような事件が起きているのに,

再発防止策がとられていないこと,

④原告労働者だけが原因ではなく,上司の監督責任もあること,

⑤上司は請求書の未提出を知ってから

すぐに調査をせずに損害が拡大したこと

を根拠として,会社に発生した損害の4分の1の限度で,

原告労働者に対して,賠償を認めました。

 

 

茨城石炭商事事件の最高裁昭和51年7月8日判決では

使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,

被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,

加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度

その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から

信義則上相当と認められる限度において,

被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる」

と判断されており,N興業事件では,この規範にあてはめて,

会社の労働者に対する損害賠償請求を4分の1に制限したのです。

 

 

すなわち,会社は,労働者から労務の提供を受けることで

利益を得ているので,労働者のミスによる損害も負担すべきであり,

会社からの莫大な損害賠償請求が認められては,

資力に乏しい労働者にとって酷な結果となることから,

会社の労働者に対する損害賠償請求は制限されることが多いです。

 

 

 

さらには,労働者の些細な不注意で損害が発生した場合には,

会社の労働者に対する損害賠償請求が否定されることもあります。

 

 

相談者のケースの場合,毎日夜遅くまで残業していて

仕事が忙しくて請求書を出し忘れたこと,上司に相談したものの,

上司が放置したことという事情がありますので,

会社からの損害賠償請求は制限されるべきですし,場合によっては,

損害賠償請求が否定されるべきと考えます。

 

 

そのため,会社から損害賠償請求されても,

そのまますぐに応じるのではなく,弁護士に相談して,

支払わなくてもいい方法はないか,

損害賠償請求を減額できないかについて

アドバイスをもらうようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

バイトテロに対する損害賠償請求

くら寿司のアルバイト店員が,魚をゴミ箱に捨てた後,

まな板に戻して調理しようとする動画や,

セブンイレブンのアルバイト店員がおでんのしらたきを口に入れて,

その後に出す動画がSNSへ投稿され,大きな問題となりました。

 

 

ウィキペディアによりますと,このように,

主にアルバイトなどの非正規雇用で雇われている

飲食店小売店の従業員が、勤務先の商品(特に食品)や

什器を使用して悪ふざけを行う様子をスマートフォンなどで撮影し、

SNSに投稿して炎上する現象をバイトテロと呼ぶようです。

 

 

 

 

このような動画が拡散されますと,会社のイメージは悪化し,

消費者は,他の店員も同じような不適切な行為を

しているのではないかと疑い,その会社から物を買うことをためらい,

会社の売上が減少するリスクが生じます。

 

 

そこで,くら寿司やセブンイレブンは,再発防止のために,

不適切な動画を投稿した元アルバイト店員に対して,

損害賠償請求をする検討を始めたようです。

 

 

本日は,会社のバイトテロに対する損害賠償請求が

認められるのかという問題について解説します。

 

 

この問題は,会社の労働者に対する

損害賠償請求が認められるかという論点です。

 

 

 

労働者が労働契約に基づく義務に違反して会社に損害を与えた場合,

会社は,労働者に対して,債務不履行に基づく損害賠償請求ができ,

労働者が違法に会社に損害を与えた場合,会社は,労働に対して,

不法行為に基づく損害賠償請求ができます。

 

 

もっとも,会社から労働者に対する損害賠償請求は,

資力に乏しい労働者にとって酷な結果となることから,

会社と労働者の経済力の差や,労働者の活動から利益をえる会社は

そこから生じるリスクも負担すべきという考え方(報償責任といいます)

を考慮し,損害の公平な分担を図るために,

裁判例の多くは,一定の範囲で労働者が負う責任を限定しています。

 

 

まず,労働者に業務遂行上の注意義務違反があっても,

それほど重大なミスとはいえない場合には,

労働者に対する損害賠償請求は発生しないと考えられます。

 

 

次に,労働者に重大なミスがあったとしても,

労働者側の宥恕すべき事情や会社側の責任を考慮して,

労働者が負担すべき損害賠償額が軽減されることがあります。

 

 

茨城石炭商事事件の最高裁昭和51年7月8日判決では,

事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,

労働条件,勤務態度,加害行為の態様,

加害行為の予防若しくは損失の分散についての会社の配慮の程度

その他諸般の事情に照らして」,

労働者の損害賠償額が4分の1に減額されました。

 

 

他方,ミスといえないような,

故意による悪質な行為については,

労働者は,基本的に全額の損害賠償義務

を免れることはできないと考えられます。

 

 

くら寿司やセブンイレブンのバイトテロの場合,

業務妨害罪や器物損壊罪などの犯罪に該当する可能性があり,

故意による悪質な行為であるため,

会社が被った損害の全額を賠償しなければならないと考えられます。

 

 

 

もっとも,アルバイトが非常に劣悪な労働条件のもとで酷使されており,

その腹いせにやってしまったという,労働者側に同情すべき点があったり,

会社のアルバイトに対する教育指導が杜撰であったなどという

事情があれば,場合によっては損害賠償額が

減額される余地があるかもしれません。

 

 

また,バイトテロによって,会社にどれだけの損害が

発生したのかという点も争点になると予想されます。

 

 

仮に,会社が,会社の売上が減少したことを損害だと主張したとしても,

競合他社が自社よりも優れたサービスを提供しだしたので

売上が減少したなどという他の要因があれば,

バイトテロの行為と売上の減少との間に因果関係があるのかが

不明になってくるため,因果関係の証明ができるのか

という問題が生じます。

 

 

バイトテロの裁判が始まれば,損害額が減額されるか,

会社が主張する損害とバイトテロの行為との間に

因果関係が認められるのかに注目したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。