配転における手続の妥当性

1 配転とは

 

 

現在,私は,金沢から福岡への配転命令を争う裁判を担当しています。

 

 

配転とは,同一の会社での職務内容や勤務場所の変更のことをいい,

このうち,転居を伴うものを転勤,

同一事業所内での部署の変更を配置転換といいます。

 

 

 

日本の会社では,多数の職場や仕事を経験させることによって

幅広い技能・熟練を形成し,技術や市場が多様に変化していく中でも

雇用を維持できるように柔軟性を確保するために,

配転が頻繁に行われています。

 

 

もっとも,転居を伴う配転の場合,

家族と離れて生活しなければならないなど,

労働者の私生活に大きな影響を与えることになるので,

この側面をいかに調整するかが重要な課題となります。

 

 

2 配転の要件

 

 

まず,会社が有効に労働者に対して,配転を命じるためには,

配転命令権が,就業規則の定めや労働契約の合意などによって,

根拠づけられていることが必要です。

 

 

そのため,配転命令に労働契約上の根拠がない場合には,

配転命令は無効になります。

 

 

また,労働契約において,

職種や勤務地が限定されている場合,

その限定された職種を変更したり,

限定された勤務地を変更することは,

労働者の合意がない限り,認められず,

職種や勤務地の限定を無視するような配転命令は無効になります。

 

 

次に,配転命令に労働契約上の根拠がある場合でも,

配転命令が権利の濫用に当たる場合には,無効になります。

 

 

配転命令が権利の濫用に該当するかについては,

次の3つの要件を検討します。

 

 

①配転命令に業務上の必要性が存在するか

 

 

 ②他の不当な動機・目的をもってなされたものであるか

 

 

 ③労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものか

 

 

配転命令を争う裁判では,

これら①~③の要件に該当する事実があるかについて,

主張と立証が繰り広げられます。

 

 

3 手続の妥当性

 

 

そして,近年の裁判例では,これら①~③の要件と並んで,

労働者に内示や意向聴取を行い家庭の事情等を考慮に入れたか,

配転の理由や内容等について労働者に具体的に説明したか,

労働組合等と真摯な態度で誠実に協議・交渉したかなど,

配転に至る手続の妥当性を考慮に入れて,

配転命令の権利濫用を判断する傾向がみられます。

 

 

例えば,日本レストランシステム事件の

大阪高裁平成17年1月25日判決(労働判例890号27頁)は,

会社は,あらかじめ,労働者に対して,

配転が必要とされる理由,

配転先における勤務形態や処遇内容,

配転前の勤務場所への復帰の予定などについて,

可能な限り,具体的にかつ詳細な説明を

尽くすべきであったと判示しました。

 

 

また,高野酒造事件の東京地裁平成17年9月2日判決

(労働経済判例速報1921号54頁)は,

これまで生活歴のない場所への異動という

生活上の不利益を伴うものであることから,

会社は異動の趣旨及び必要性について労働者に十分説明すべきであるし,

配置転換しなければならないかどうかという

回避のための努力がなされてしかるべきであると判示しました。

 

 

現在は,仕事と家庭の両立という

ワークライフバランスが重視されていますので,

遠隔地への転居を伴う配転については,

労働者に対して,意向を聞き取り,

十分な説明をするという手続を経ていないと,

配転命令が無効になる可能性があるのです。

 

 

 

配転命令を争う場合には,手続の妥当性も検討するのが重要です。

 

 

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越後丘陵公園の水遊び広場とアスレチックが素晴らしい

三連休を利用して,新潟県を旅行してきました。

 

 

今回の旅行では,新潟県長岡市にある国営越後丘陵公園が,

子供の遊び場として,素晴らしかったので,レポートします。

 

 

http://echigo-park.jp/

 

 

長岡市の丘陵地帯のニュータウンにある巨大な公園です。

 

 

広大な敷地内に子供の遊び場がたくさんあります。

 

 

とくに素晴らしかったのが,おそらく夏限定でしょうが,

水遊び広場です。

 

 

 

大人の足首くらいまでの水深の浅い,巨大な人工の池で,

子供たちが水遊びを思う存分に楽しめます。

 

 

 

いたるところに噴水から水がでていて,涼しくて気持ちがいいです。

 

 

 

池の上には,丸い台が配置されていて,子供たちは,

その丸い台を飛び跳ねながら移動していきます。

 

 

水深が浅いので,1歳半の長男でも安心して遊べます。

 

 

 

手動で操作することで水が飛び出すウォーターマシンガンがあり,

的に水を当てる遊びができます。

 

 

 

オムツを履いている子供は,水着用のオムツを準備する必要があります。

 

 

水着や濡れてもいい格好で遊べばよく,私は普段着のまま,

ズボンの裾を曲げて水に入りました。

 

 

多少濡れますが,暑いのですぐに乾きました。

 

 

この水遊び広場以外にも,越後丘陵公園には

素敵なアスレチック広場があります。

 

 

 

細い丸太の上を渡ったり,ネットで飛び跳ねたり,

ロープでよじ登ったりと,全身を使った遊びが楽しめます。

 

 

 

自然の中で子供と一緒にアスレチックに挑戦していると

童心に戻れて,心が清々しい気持ちになれます。

 

 

 

アスレチックで様々な遊具に挑戦する子供の姿を見て,

子供の成長を実感できました。

 

 

子供と一緒に一日中遊べる素晴らしい公園でして,

わざわざ石川県から足を運ぶ価値があります。

 

 

夏休みのおでかけスポットとしておすすめします。

 

 

駐車料金320円,大人の入園料450円,

15歳未満の子供の入園料無料という,

リーズナブルな値段設定も嬉しいですね。

 

 

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就業時間中に私用メールをしたら解雇されてしまうのか

1 私用メールを原因とする解雇

 

 

昨日に引き続き,労働者が勤務時間中に私用メールや

パソコンの私的利用をしたことが問題となった裁判例を紹介します。

 

 

グレイワールドワイド事件の東京地裁平成15年9月22日判決

(労働判例870号83頁)です。

 

 

この事件では,原告労働者が,就業時間中の私用メール,

上司への批判や誹謗中傷などを理由に解雇されました。

 

 

 

まず,就業時間中の私用メールについて,

労働者は会社の指揮命令に服しつつ

職務を誠実に遂行すべき義務を負い,

就業時間中は職務に専念し

他の私的活動を差し控えるべき義務を負っています。

 

 

そのため,就業時間中の私用メールは,

この職務専念義務に違反するリスクがあるのです。

 

 

もっとも,労働者といえども個人として社会生活を送っている以上,

就業時間中に外部と連絡をとることが一切許されないわけではなく,

就業規則に特段の定めがない限り,職務遂行の支障とならず,

会社に過度の経済的負担をかけないなど,

社会通念上相当と認められる限度で

会社のパソコンを利用して私用メールを送受信しても,

職務専念義務に違反することにはなりません。

 

 

この事件では,被告会社は,就業時間中の私用メールを

明確には禁止しておらず,就業時間中に原告労働者が

送受信したメールは1日あたり2通程度であり,

それによって原告労働者が職務遂行に支障をきたしたとか

被告会社に過度の経済的負担をかけたとは認められず,

社会通念上相当な範囲内にとどまるので,

職務専念義務違反は認められませんでした。

 

 

メールの回数頻度や,どのような内容のメールであったか,

会社に私用メールを禁止する就業規則があるか,

といった事情を検討することになります。

 

 

2 解雇を争うポイント

 

 

次に,解雇については,最後手段の原則や将来予測の原則を検討します。

 

 

 

最後手段の原則とは,労働者に落ち度があったとしても,

警告・指導,教育訓練,職種や配置の転換,休職など,

解雇を回避するための措置を講じても,

なお労働者の落ち度が改善されない場合に,

初めて解雇が有効になるということです。

 

 

将来予測の原則とは,労働者の落ち度が将来にわたって

反復継続すると予測されることが必要であるということです。

 

 

要するに,労働者の落ち度が労働契約関係を終了させても

やむを得ない程度に達していることが必要なのです。

 

 

そして,労働者の反省の有無,その他の情状,

他の労働者に対する処分との均衡などの事情を総合考慮して,

解雇という手段を選択することが

社会通念上相当といえるかを判断します。

 

 

この事件では,原告労働者の上司に対する批判は,

会社の対外的信用を害するものとして,

誠実義務の観点から不適切であるものの,

原告労働者は,約22年にわたり被告会社で勤務して,

その間,なにも問題行動をしておらず,

良好な勤務実績をあげて被告会社に貢献してきたことから,

本件解雇は,客観的合理性と社会的相当性がないとして,

無効となりました。

 

 

解雇が有効になるか無効になるかについては,

判断に迷うことが多いのですが,

最後手段の原則,将来予測の原則,社会的相当性を主張して,

解雇が無効になることもあります。

 

 

解雇された場合には,一度,弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

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勤務時間中のパソコンの私的利用と懲戒処分

1 パソコンの私的利用による懲戒処分が争われた裁判例

 

 

昨日のブログでは,労働者が仕事中に

私用メールやパソコンを私的利用したことを原因として

懲戒処分される場合について,記載しました。

 

 

 

本日は,具体的に,私用メールやパソコンを私的利用したことの

懲戒処分が争われた裁判例を検討したいと思います。

 

 

本日検討するのは,K工業技術専門学校(私用メール)事件の

福岡高裁平成17年9月14日判決(労働判例903号68頁)です。

 

 

この事件は,専門学校の教員が勤務先から貸与された

業務用パソコンを使用してインターネット上の出会い系サイトに

投稿して多数回メールを送受信したことを理由に

行われた懲戒解雇の効力が争われました。

 

 

原告労働者は,貸与されていたパソコンと

学校のメールアドレスを使って,

5年間で合計約2900通のメールの送受信を行い,

そのうちの6割が交際相手や出会い系サイトで知り合った女性との

私用メールであり,昼休みを除く勤務時間内に送受信されていました。

 

 

出会い系サイトに登録した原告労働者のメールアドレスが

閲覧可能になっいたようで,この件が発覚したようです。

 

 

被告の学校は,原告労働者を,職務専念義務違反や

信用失墜行為の禁止違反の懲戒事由に該当するとして,

懲戒解雇したのでした。

 

 

2 一審判決

 

 

この事件では,一審と控訴審で結論がわかれました。

 

 

一審判決では,メールの内容が卑猥なものではない,

授業や学生の就職関係の事務を特におろそかにしたことはない,

メールの送受信自体によって業務自体に著しい支障を生じさせていない

として,職務専念義務違反は重大なものではないと判断されました。

 

 

また,一審判決では,原告労働者の投稿が

被告学校の名誉や信用を毀損して社会的評価を低下させたとはいいがたく,

パソコンの使用について被告学校が適宜対処しなかった

落ち度があるとして,懲戒解雇は無効としました。

 

 

3 控訴審判決

 

 

これに対して,控訴審判決では,結論が逆転しました。

 

 

控訴審判決は,連日のように複数回メールを送受信して,

その多くが勤務時間内に行われており,

その分の時間と労力を本来の職務に充てれば,

より一層の成果が得られたはずであり,

職務専念義務違反の程度は相当に重いと判断されました。

 

 

また,SM相手を募集するなど露骨に性的関係を求める内容の投稿で

メールアドレスを第三者に閲覧可能にした行為は,

著しく不謹慎かつ軽率で,被告学校の名誉や信用を

傷つけるものであるとして,懲戒解雇は有効と判断されました。

 

 

 

勤務先が教育機関であったこと,

メールの内容がSM相手の募集で出会い系サイトが利用されていたこと,

第三者に閲覧可能なメールアドレスが

被告学校のものであるとわかることが,

情状を重くしたと考えられます。

 

 

事実は同じであっても,事実の評価のしかたで,

結論が全く異なったので,懲戒処分や解雇の事件は,

結論がどっちに転ぶのか見立てが難しいです。

 

 

私用メールやパソコンを私的利用したことの懲戒処分を検討する際に,

参考になる裁判例なので,紹介しました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労働者は仕事中に私用メールやパソコンの私的利用をしてはいけないのか

1 私用メールやパソコンの私的利用の問題

 

 

私が現在担当している労働事件の裁判で,

労働者が仕事中に会社のメールを私的に利用したことが争点となりました。

 

 

実務では,労働者が仕事中に私用メールや

パソコンの私的利用をしたことを理由に,

懲戒処分をされたり,解雇されたりして,

問題になることがあるのです。

 

 

 

この争点について,私用メールや会社のパソコンの私的利用について

争われた過去の裁判例や文献を調べましたので,アウトプットします。

 

 

2 職務専念義務

 

 

まず,労働者は,会社の指揮命令に服しつつ,

職務を誠実に遂行すべき義務を負い,

労働時間中は職務に専念し,

他の私的活動を差し控える義務を負っています。

 

 

これを職務専念義務といいます。

 

 

私用メールや会社のパソコンの私的利用は,

業務時間内に行えば,職務専念義務違反に問われるリスクがあります。

 

 

もっとも,労働者も社会人である以上,

日常の社会生活を営む上で必要な範囲内で行う

私用メールやパソコンの私的利用まで

職務専念義務違反と考えるべきではありません。

 

 

職場における私語や喫煙コーナーでの喫煙など,

他の私的な行為についても社会通念上相当な範囲で

黙認されていることが多いこととの均衡を図る必要があるからです。

 

 

私用メールは,会社における私語と変わらない面があり,

私語を禁止する職場では,息苦しくて働きにくいからです。

 

 

そのため,私用メールやパソコンの私的利用について,

社会通念上相当な範囲内の軽微な頻度・回数にとどまり,

業務に支障を及ぼさず,会社の経済的負担も軽微なものにとどまる場合は,

職務専念義務は否定されるべきです。

 

 

具体的には,私用メールやパソコンの私的利用について,

その閲覧の対象,時間,頻度,

私的利用を禁止する規程の有無や周知の状況,

上司や同僚の私的利用の有無,

被処分者に対する事前の注意・指導や処分歴の有無などに照らして,

社会通念上相当な範囲にとどまる限り,

職務専念義務に違反しないか,

反するとしてもあまり重くみることはできません。

 

 

3 企業秩序遵守義務

 

 

次に,会社は,企業の存立・運営に不可欠な企業秩序を定立して

維持する当然の権限を有し,労働者は,企業秩序遵守義務を負っています。

 

 

要するに,労働者は,会社のルールを守り,

企業秩序が維持されるように協力しなければならないのです。

 

 

私用メールやパソコンの私的利用については,

会社の設備であるパソコン端末や通信回線を目的以外の用途で使用し,

会社に通信料金や電気料金などの負担を生じさせるので,

企業設備の私的利用の禁止という

企業秩序遵守義務に違反するリスクがあります。

 

 

 

もっとも,企業秩序遵守義務違反を問う場合には,

あらかじめ,就業規則などで,

会社のパソコンについて私的利用を禁止することを明示し,

普段から禁止措置を周知徹底しておく必要があります。

 

 

また,会社の経済的負担が軽微で,

パソコンの私的利用によるウイルス感染などの

実害が生じていない場合には,

企業秩序遵守義務違反に問えるかが微妙になります。

 

 

私用メールやパソコンの私的利用について,

その閲覧対象,時間,頻度などに照らし,

会社の経済的負担の程度や企業秩序に

どのような悪影響を及ぼしたのかなどが検討されることになります。

 

 

このように,私用メールやパソコンの私的利用については,

ケースバイケースで事実を確認して,

懲戒処分や解雇にふさわしいものかを厳密に検討していきます。

 

 

もし,私用メールやパソコンの私的利用を理由に,

懲戒や解雇された場合には,争うことができないか,

弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

健康被害がなくても長時間労働が不法行為になる場合と固定残業代制度の有効性

1 健康被害がなくても長時間労働が不法行為とされた裁判例

 

 

昨日のブログで,長時間労働によって

心身の不調をきたしていないものの

慰謝料の損害賠償請求が認められた無州事件を紹介しました。

 

 

無州事件と同じように長時間労働によって

心身の不調をきたしていないものの

慰謝料の損害賠償請求が認められた裁判例として,

狩野ジャパン事件の長崎地裁大村支部令和元年9月26日判決

(労働判例1217号56頁)があります。

 

 

この事件の原告労働者は,2年間のうち,

ほとんどの月で1ヶ月の残業時間が100時間を超えており,

そのうち5ヶ月は1ヶ月の残業時間が150時間を超え,

一番ひどい月ですと,1ヶ月の残業時間が160時間を超えていました。

 

 

 

通常,1ヶ月の残業時間が100時間を超えると,

疲労が蓄積してストレス耐性が弱くなり,

強い心理的負荷によって,精神障害を発症することがあります。

 

 

もっとも,この事件の原告労働者は,

これだけの長時間労働をしていたにもかかわらず,

心身の不調をきたしたことの医学的証拠はなく,

具体的な疾患を発症していませんでした。

 

 

長時間労働を強いられたことによる損害賠償請求の事件では,

長時間労働によって労働者に脳・心臓疾患や精神障害が

発症していることが多いのですが,狩野ジャパン事件では,

労働者に健康被害が発生していませんでした。

 

 

裁判所は,被告会社が36協定を締結することなく,

長時間労働をさせていた上,

タイムカードの打刻時刻からうかがわれる

原告労働者の労働状況について注意を払い,

原告労働者の作業を確認し,

改善指導を行うなどの措置を講じなかったとして,

安全配慮義務違反を認めました。

 

 

そして,被告会社は,安全配慮義務を怠り,

2年にわたって,原告労働者を心身の不調をきたす

危険のあるような長時間労働に従事させたので,

原告労働者の人格的利益を侵害したものとして,

慰謝料30万円の支払を認めました。

 

 

慰謝料の金額は少ないのですが,

健康被害が発生していない長時間労働を強いられた場合にも,

損害賠償請求が認められましたので,今後,残業代請求事件で,

あまりにもひどい働き方をさせられていたのであれば,

慰謝料請求をすることも検討したいです。

 

 

2 固定残業代の有効性

 

 

もう一つ,狩野ジャパン事件では,重要な判断が示されました。

 

 

それは,被告会社の賃金規定において,

「職務手当は,固定残業の一部として支給する」と規定されていた,

固定残業代の問題です。

 

 

固定残業代が有効になるためには,

通常の労働時間に当たる部分と

時間外労働の割増賃金に当たる部分とを

判別できなければなりません。

 

 

この事件では,基本給と職務手当は区別されて支給されていましたので,

一見すると,通常の労働時間に当たる部分(基本給)と

時間外労働の割増賃金に当たる部分(職務手当)と

が判別できているようにみえます。

 

 

しかし,職務手当の中には,固定残業代の他に,

能力に対する対価も混在しており,職務手当のうち,

固定残業代部分が何時間分の割増賃金に相当するのかが

明示されていませんでした。

 

 

 

その結果,職務手当について,固定残業代部分と

能力に対する対価部分とが明確に区分されていないとして,

職務手当は固定残業代として無効と判断されました。

 

 

一見すると,基本給と固定残業代が区別されている場合でも,

固定残業代の中に,能力に対する部分が混在している場合には,

固定残業代部分が何時間分の割増賃金に該当するのかがわからない限り,

通常の労働時間に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分とを

判別できないとして,固定残業代が無効になるのです。

 

 

固定残業代を争う場合に参考になる裁判例です。

 

 

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長時間労働をしても心身の不調が発症しない場合に会社に対する損害賠償請求が認められるのか

1 1ヶ月30~50の残業時間でも損害賠償請求が認めれたアクサ生命保険事件

 

 

2020年6月10日,東京地裁において,

アクサ生命保険の労働者が長時間労働を強いられたとして,

損害賠償請求をした事件において,労働者には,

心身の不調が医学的には認められていないにもかかわらず,

1ヶ月の残業時間が30~50時間という水準で,

損害賠償請求が認められました。

 

 

https://www.sankei.com/affairs/news/200610/afr2006100031-n1.html

 

 

通常,長時間労働による損害賠償請求の事件では,

過労死ラインを超える1ヶ月80時間以上の残業などの長時間労働により,

精神障害や脳・心臓疾患を発症したとして,

損害賠償請求をすることが多いです。

 

 

 

アクサ生命保険の事件では,1ヶ月の残業時間が

過労死ライン以下であったこと,労働者には,

心身の病気の発症が立証できなかったこと,

という2つのハードルがあったにもかかわらず,

損害賠償請求が認められた点が画期的です。

 

 

アクサ生命保険の事件を契機に,労働者に,

心身の病気が発症していないにもかかわらず,

長時間労働を強いられたことによる損害賠償請求が認められた

裁判例を調べたところ,2つの裁判例が見つかりました。

 

 

2 過労死ラインを超えているものの心身の不調がない場合に損害賠償請求が認めれた無州事件

 

 

その一つが無州事件の東京地裁平成28年5月30日判決

(労働判例1149号72頁)です。

 

 

この事件では,調理師の原告労働者が,一年間ほど,継続して,

1ヶ月の残業時間が80時間またはそれ以上となっていたものの,

長時間労働により心身の不調をきたしたことの

医学的な証拠がありませんでした。

 

 

まず,労働者が長時間労働を継続すると,

疲労や心理的負荷が過度に蓄積して,

労働者の心身の健康を損なう危険があります。

 

 

ひどい場合には,過労死や過労自殺に至ります。

 

 

そのため,会社は,労働者に対して,

業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して

労働者の心身の健康を損なうことがないように

注意すべき義務を負っているのです。

 

 

これを,安全配慮義務といいます。

 

 

次に,無州事件の被告会社は,36協定を締結することなく,

原告労働者に残業させていたうえ,

タイムカードの打刻時刻からうかがわれる

原告労働者の労働状況について注意を払い,

事実関係を調査して,改善指導を行う等の措置を講じていないとして,

安全配慮義務違反が認められました。

 

 

 

そして,被告会社は,安全配慮義務を怠り,1年余にわたり,

原告労働者を心身の不調をきたす危険があるような

長時間労働に従事させたとして,原告労働者には,

慰謝料30万円の損害賠償請求が認められました。

 

 

たとえ労働者に心身の不調が生じていなかったとしても,

心身の不調をきたす危険があるような長時間労働をさせた場合には,

会社は,安全配慮義務違反として,

損害賠償請求されるリスクがあるのです。

 

 

無州事件では,1ヶ月の残業時間が80時間以上なので,

過労死ラインを超えていたのですが,アクサ生命保険の事件では,

残業時間が1ヶ月30~50時間と過労死ライン未満でも,

損害賠償請求が認められたので,画期的です。

 

 

長時間労働を抑止すべきという社会の動きに

裁判所が対応したのかもしれません。

 

 

今後の裁判例の動向に注目したいです。

 

 

なお,無州事件では,7万円の手当の固定残業代も争われましたが,

36協定が存在しないので,1日8時間以上の労働時間を定めた

契約部分は無効であること,固定残業代の内訳(単価,時間等)

が明示されていないことから,無効となりました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。