最低賃金の引き上げ

 2019年度の最低賃金の引き上げの目安額が全国加重平均で25円となり,2年連続で3%上昇となりそうです。

 

 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170725/k10011074371000.html

 

 最低賃金とは,これ以上低い金額で働かせてはならないという最低限の賃金です。最低賃金を下回った賃金で働かされた場合,労働者は,使用者に対して,受け取った賃金と最低賃金との差額分を請求することができます。最低賃金は,労働者の最低限の生活を保障するために確保されるべきものであり,いくらに設定されるかは非常に重要になります。

 

 今年度の引き上げでいくと,石川県の最低賃金は,781円になりそうです。最低賃金が引き上げられたら,月給の場合であれば,自分の給料を1ヶ月の所定労働時間で割って時給を計算し,最低賃金を上回っているかをチェックすべきです。計算の結果,最低賃金を下回っていれば,差額分を使用者に請求すべきです。

 

 以前,タクシー運転手が最低賃金以下で働かされたとして,給料と最低賃金との差額を請求した労働審判を申し立てて,差額請求が認められました。労働時間が長いわりに賃金が低い場合は,一度,最低賃金に違反していないかチェックしてみましょう。

ブラック法案によろしく

 今,話題になっている高度プロフェッショナル制度の問題点について,分かりやすくまとめたユーチューブ動画を紹介します。フルバージョンとショートバージョンがあります。私も所属しているブラック企業対策弁護団が作成したものです。

 

https://www.youtube.com/watch?v=cs_JN2gMiBw

 

https://www.youtube.com/watch?v=IqX6z0sZRXc

 

 あの名作「ブラックジャックによろしく」の名シーンのうち,セリフ部分を高度プロフェッショナル制度の問題点に変更して,分かりやすく解説しています。「ブラックジャックによろしく」を読んだことがある方であれば,「ああ,こんなシーンあったあった。」と懐かしがりながら,「へ~,こんな問題点があるのか。」と納得できます。

 

 効果音や馴染みのある漫画のキャラクターのセリフを聞きながら,分かりやすく高度プロフェッショナル制度の問題点が分かるという優れた動画です。この動画を見れば,残業代ゼロ法案に反対しなければならない理由がよく分かります。ぜひ,一度ご覧いただき,多くの労働者の方々に広めていってもらいたいです。

 

 

 

連合が高度プロフェッショナル制度の容認を撤回

 

 平成29年7月26日のマスコミの報道によれば,連合が,高度プロフェッショナル制度を条件付きで容認する方針を撤回したようです。

 

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6248247

 

 このブログで何回か記載していますが,高度プロフェッショナル制度は,残業代ゼロ法案と言われているとおり,この制度の対象者には,どれだけ働いても残業代が支払われなくなるので,長時間労働による過労死が増加するリスクがあります。さらに,今は年収1075万円以上の労働者が対象ですが,将来的にこの年収要件が下げられて,多くの労働者が残業代ゼロの対象になるリスクがあります。

 

 そのため,労働者側の識者達は,こぞって高度プロフェッショナル制度に反対し続けており,国会でも2年以上もたなざらしにされてきました。

 

 労働者の反対が強かったからか,連合が高度プロフェッショナル制度の容認を撤回したことは喜ばしいことです。もっとも,一度容認したことを撤回したので,今後,政府や経団連に対して,強く反対を主張し続けれるのか不安が残ります。また,高度プロフェッショナル制度を一度容認したせいで,連合は,労働者からの信頼も失ったので,連合の意見にどれだけ労働者の意見が反映されているのか疑問が持たれるおそれもあります。

 

 連合には,組織内の統治を今一度見直してもらい,高度プロフェッショナル制度に強く反対していってもらいたいです。

 

有期雇用労働者と正社員労働者の賃金格差は不合理か

 運送会社において,定年後に高年齢者雇用安定法9条に基づく継続雇用制度によって採用された有期雇用労働者が,定年前よりも賃金が引き下げられたことを受けて,その賃金の差異が労働契約法20条に違反するとして争った東京高裁平成28年11月2日判決・長澤運輸事件(判例時報2331号・108頁)を紹介します。

 

 原告らは,輸送業務の乗員として勤務しており,定年前も後も仕事内容は変わらなかったのですが,賃金が引き下げられました。そして,原告ら有期雇用労働者と正社員労働者とを比べると,同じ内容の仕事をしているにも関わらず,有期雇用労働者の方が,有正社員労働者よりも賃金が少なくなっています。

 

 労働契約法20条は,有期雇用労働者と正社員労働者との労働条件の相違が,①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度,②当該職務の内容及び配置の変更の範囲,③その他の事情を考慮して,不合理であってはならないと規定されています。本件では,有期雇用労働者と正社員労働者とは,同じ内容の仕事をしているのに,賃金格差があることから,労働契約法20条違反が争点となりました。

 

 原審の東京地裁平成28年5月13日判決では,上記①と②が同じであれば,特段の事情のない限り,不合理であるとして,本件の賃金格差は労働契約法20条違反であるとして,原告らが勝訴しました。

 

 しかし,高裁では,上記①ないし③を幅広く総合的に考慮して判断すべきとして,高年齢者雇用安定法の継続雇用制度において,職務内容が同じであっても賃金が下がることは広く行われていて,社会的に容認されており,被告が有期雇用労働者と正社員労働者との賃金の差額を縮める努力をしていること等から,労働契約法20条違反を認めず,原告らが逆転敗訴しました。

 

 確かに,定年後の継続雇用制度の場合,定年前よりも賃金水準が引き下げられることはよくあります。しかし,仕事内容が軽減されていればまだしも,仕事内容が正社員労働者と同じであるにもかからず,賃金だけが引き下げられることについては,不合理といえる余地があるのではないかと考えられます。最高裁に上告されているので,最高裁で結論が変わることを期待したいです。

 

警備員の仮眠時間は労働時間

 平成29年5月17日,千葉地裁で,イオンディライトセキュリティ株式会社の警備員の未払残業代請求事件において,仮眠時間と休憩時間について労働者に有利な判決がなされたので紹介します。

 

http://www.asahi.com/articles/ASK5K4J0HK5KUDCB00J.html

 

 警備員やビル管理会社の従業員は,24時間勤務することがありますが,常に作業しているかといえばそうではなく,仮眠したり休憩したりしています。もっとも,警報が鳴ればすぐに駆けつけなければならず,仮眠をしていても完全に労働から解放されているわけではありません。

 

 仮眠時間が労働時間に該当するかについては,最高裁平成14年2月28日判決の大星ビル管理事件がリーディングケースで,「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には,労基法上の労働時間に当たる」と判断されています。

 

 警備員の場合,仮眠時間であったとしても,緊急の呼び出しがあれば,すぐさま現場に駆けつけなければならず,警備員の仮眠時間は,労働からの解放が保障されていないとして,労働時間と認定される可能性が高いと考えます。

 

 本判決の特徴は,仮眠時間以外に,実作業の発生があまりない休憩時間について,指揮命令の性質が仮眠時間とほぼ同じで,異常発生に即対応しなければならなかったことから,労働時間であるとした点にあります。

 

 警備員が残業代を請求する場合に,参考になる判例ですので,紹介しました。

 

使用者が労働者に付加金を支払うタイミング

 付加金という一般の方々には馴染みが薄い問題について,重要な判決がありましたので,マニアックですが紹介させていただきます。東京地裁平成28年10月14日判決の損保ジャパン日本興亜事件(労働判例1157号59頁)で,東京法律事務所の弁護士菅俊治先生がご担当された事件です。

 

 付加金とは,労働基準法上支払いが命じられている金銭を支払わなかった使用者に対して,労働者の請求によって裁判所が命じる未払金と同一額の金銭のことをいいます。労働基準法114条に定められています。要するに,使用者があまりにも杜撰な労務管理をしていて,残業代を支払っていなかった場合,裁判所の裁量で,未払残業代と同じ金額を労働者に支払わなければならなくなる可能性があるのです。付加金が認められれば,未払残業代とほぼ同じ金額が請求できるので,使用者は,二重の支払義務を負担することになります。

 

 損保ジャパン日本興亜事件では,未払残業代請求訴訟において,未払残業代と約154万円の付加金支払を命じる地裁判決が言い渡さえた後に,会社が未払残業代を供託し,控訴をせずに判決が確定したのですが,労働者が付加金について会社の預金債権を差し押さえたのに対して,会社が執行不許を求めて請求異議の訴えを提起しました。

 

 本件の争点は,事実審の口頭弁論終結後,付加金の支払いを命ずる判決が確定するまでの間に,任意に未払の残業代が支払われた場合,使用者に付加金を支払う義務が発生するか否かです。

 

 この争点について,東京地裁平成28年10月14日判決では,次のように判断されました。「(付加金の支払を認める)判決が取り消されない限りは,事実審の口頭弁論終結後の事情によって,当該判決による付加金支払義務の発生に影響を与えないというべきである。したがって,使用者が判決確定前に未払割増賃金を支払ったとしても,その後に確定する判決によって付加金支払義務が発生するので,付加金支払義務を消滅させるには,控訴して第一審判決の付加金の支払を命ずる部分の取消を求め,その旨の判決がされることが必要である。」

 

 付加金支払を命ぜられた使用者は,未払残業代を労働者へ支払ってから控訴して,控訴審で第一審判決の付加金の支払を命ずる部分を取り消してもらわなければならず,この手順を誤れば,未払残業代を支払ったとしても,付加金を支払わなければならなくなるので,注意が必要です。

 

 

ヤマト運輸の未払残業代総額約230億円

 7月18日に,ヤマト運輸のセールスドライバー約59,000人に対して,総額約230億円の未払残業代が支払われたようです。とてつもない金額の残業代です。

 

http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/18/yamato_n_17521924.html

 

 トラックドライバーの場合,トラックにデジタルタコグラフという走行距離や走行時間が記録される装置が搭載されているため,デジタルタコグラフの記録さえ入手できれば,労働時間の立証は問題ありません。デジタルタコグラフのデータから労働時間を確定させて,残業代を計算したのであれば,正確な残業代が支払われることになると思います。今回のヤマト運輸でも,デジタルタコグラフから残業代が算出されていれば問題ないと考えます。

 

 そして,長距離トラック運転手の場合,深夜に働くことになりますので,深夜の割増賃金が発生するので,残業代が高額になる傾向にあります。私が担当した長距離トラック運転手の残業代請求の事件では,数百万円の残業代が認められました。また,ヤマト運輸の残業代の報道がなされてから,ヤマト運輸のトラック運転手の働き方を見ていると,朝早く出勤し,お昼休憩をとらずに働き,夜の配達をしているので,ほぼ毎日8時間労働を超過して残業代が発生します。

 

 ヤマト運輸は,高額な残業代を支払うことになったので,残業代をなくそうというインセンティブがはたらき,トラック運転手の労働条件が改善されることが期待されます。もっとも,ヤマト運輸以外のトラック会社では,残業代が支払われないまま長時間労働を強いられているトラック運転手が多く存在していると思います。ヤマト運輸の残業代問題を契機に,ヤマト運輸以外のトラック会社でも未払残業代の問題が少しでも改善されることに期待したいです。

 

連合に対して労働者がデモ

 平成29年7月20日の朝日新聞の報道によると,7月19日の夜,連合本部の前で約100人の労働者が,高度プロフェッショナル制度の成立に合意した連合に対して,反対の意見を表明するためにデモをしたようです。

 

http://www.asahi.com/articles/ASK7M5HXFK7MULFA01N.html

 

 デモでは,「残業を勝手に売るな」,「連合は勝手に労働者を代表するな」というコールがされたようです。高度プロフェッショナル制度が導入されれば対象者は,何時間働いても残業代はゼロになるので,「残業を勝手に売るな」という指摘はそのとおりです。そのため,労働者側の立場であれば,高度プロフェッショナル制度に反対するはずなのに,それに条件付きとはいえ賛成したのでは,労働者の立場で労働者の意見を代弁しているとはいえず,「連合は勝手に労働者を代表するな」という労働者の怒りの声ももっともです。

 

 今の法案では,年収1075万円以上の労働者が対象ですが,人件費削減の目的で,いずれこの年収要件が緩和され,広い範囲の労働者に対して,残業代ゼロが適用されるおそれがあります。そうなれば,残業代を支払うことで長時間労働を是正する機運が減少し,長時間労働が蔓延し,過労死や過労自殺が増加するおそれがあるのです。

 

 日本では,労働者の約2割くらいしか労働組合に所属しておらず,労働組合が会社や政府に,労働者の意見を届けるのは難しい状況にあります。そのような現状で,連合が政策決定過程に労働者の代表として関与していることは重要です。連合には,今一度,高度プロフェッショナル制度を廃止するために頑張ってもらいたいです。

 

 労働組合が労働者にとって魅力ある存在になれれば,労働組合への加入率が増加し,企業と交渉して有利な労働条件を勝ち取り,労働者の労働条件を改善できたり,政策に労働者の意見を反映させることができる余地が生まれるのではないかと考えます。

 

アルバイトの過労死事件

 約15年間アルバイトとして,百貨店等への陳列什器の設置作業等の作業をしていた労働者が心臓性突然死した過労死事件(大阪地裁平成28年11月25日判決・労働判例1156号50頁)を紹介します。

 

 本件アルバイト労働者は,死亡前6ヶ月間,不規則な時間帯に働くことが多く,休日が少ない状況でした。さらに,死亡に近接した時期には,労働時間が増加しており,不規則かつ深夜の時間帯に働くことが増加し,十分な休息なく連続して働いていました。そのため,慢性的に疲労が蓄積し,致死性不整脈による心疾患を発症して死亡したとして,業務と致死性不整脈発症と死亡との因果関係が認められました。

 

 被告会社は,本件アルバイト労働者の労働時間数と労働する時間帯等を把握するととも,本件アルバイト労働者に過度の負担を生じさせることがないように労働時間数等を調整したり,働く時間帯について変更させるよう指導すべき義務を負っていたのにこれを怠ったとして,安全配慮義務違反が認められました。

 

 もっとも,本件アルバイト労働者は,ある程度主体的に仕事を選択できる立場にあり,自分で業務量を調整して,休みを十分にとることによって疲労回復に努めるべきだったとして,3割の過失相殺がされました。

 

 私は,最近,日々の仕事による疲労をどのようにして効率よく回復できるかについて,睡眠の本を読みながら勉強しています。ビジネスマン向けの睡眠の本を読んでいると,睡眠時間が5時間くらいだと健康を害する,交代勤務等の不規則な働き方や深夜労働は生態リズムを狂わせるので疲労が蓄積するといった科学的な知見が紹介されています。本件判決は,長時間労働で睡眠時間が削減されたり,不規則勤務や深夜労働で疲労が蓄積することを考慮して,業務起因性を判断している点で,過労死事件の弁護活動に役立つと思います。

 

労働者の4割が36協定を知らない?

 平成29年7月16日の朝日新聞の報道によれば,連合のインターネットによるアンケート調査の結果,回答した労働者の4割が,会社が労働者に残業を命じるには労使協定を締結する必要があることについて,「知らない」と回答したようです。

 

 http://www.asahi.com/articles/ASK7754B7K77ULFA01C.html

 

 労働基準法32条で,労働時間は1日8時間,1週間で40時間に規制されていますが,労働基準法36条において,会社が労働組合や労働者の過半数代表との間で労使協定を締結すれば,残業ができるようになります。ようするに,36協定を締結しないと,会社は労働者に残業を命じることができないのです。

 

 この労働時間の原則を知らない労働者がまだ多く,若者が知らないことが多いようです。労働者は,労働法によって守られているので,労働法を勉強することで,会社で突然労働トラブルに巻き込まれてしまった場合,自分で自分の身を守ることができます。そのため,多くの労働者にワークルールが普及すること,とりわけ,若者には,学校でワークルールを学ぶ機会が保障されるべきだと考えます。大学で労働法の講義をする機会があるので,多くの学生に対して,ワークルールの重要さを伝えていきたいです。