家族の病気や介護を理由に配転命令を拒否できるのか?
本日も昨日に引き続き,家庭生活上の不利益を理由に
配転命令を拒否できるかという論点に関連して,
ネスレジャパンホールディングス事件を紹介します
(神戸地裁姫路支部平成17年5月9日判決・労働判例895号5頁)。
姫路工場のギフトボックス係が廃止されることになり,
そこで働いていた労働者は,霞ヶ浦工場へ転勤するか,
やむを得ない事由で応じられない場合には
退職してもらうことになりました。
会社は,時として,労働者に対して,
非情な決断を迫ってくることがあるのです。
原告の1人の労働者は,妻が非定型精神病に罹患しており,
妻が援助を必要していることを理由に配転命令を拒否しました。
もう1人の原告の労働者は,単身赴任になれば,
母親の介護ができなくなり,妻の負担が大きくなること
を理由に配転命令を拒否しました。
配転命令が権利の濫用にあたれば,
労働者は,配転命令を拒否できます。
配転命令が権利の濫用にあたるかは,
①配転をする業務上の必要性があるか,
②不当な動機・目的があるか,
③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるか,
という3つの要件にあてはめて決定されます。
まずは,会社がその生産,販売体制を
より効率的なものに変更することは,
会社の経営権の範囲であり,会社の一部署を廃止し,
その部署の労働者を配置転換することには,
①業務上の必要性があると判断されました。
次に,私企業が利潤追求の観点から労働者の配置転換をすることは,
②不当な動機・目的があることにはならないと判断されました。
そして,1人の原告の労働者については,
妻が非定型精神病に罹患して,
単身で生活することが困難で,
治療や生活のために,
原告労働者の肉体的精神的援助が必要となり,
原告労働者が単身赴任すれば,
妻の病状が悪化する可能性があると判断されました。
もう1人の原告の労働者については,
妻と共に母の介護を担当しなければならず,
原告労働者が単身赴任となれば,
妻1人では母の介護が困難になり,
母の症状が悪化する可能性があると判断されました。
その結果,③労働者が配転によって受ける不利益が
通常甘受すべき程度を超えていると判断されて,
本件の配転命令は権利の濫用にあたり,無効とされました。
この裁判例で注目すべきなのは,
③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるか
の要件を検討するに際して,
育児介護休業法26条の配慮義務について,
次のように判断した点です。
すなわち,配転によって子の養育または
家族の介護が困難な労働者に対しては,
配転を避けることができるのであれば避け,
避けられない場合には,
より負担が軽減される措置をするようにしなければならず,
その会社の配慮の有無や程度が,
配転命令が権利の濫用になるかの判断に影響を与えるということです。
家族に病気があったり,介護が必要な場合には,おそらく,
③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益がある
と判断される可能性は高いといえそうです。
他方,家族に病気がなく,介護も必要ない場合,
すなわち,共働き世帯で子供が小さいという理由で
配転命令を拒否できるかは,正直なところ,不透明です。
育児介護休業法26条の労働者に対する配慮義務と,
労働契約法3条3項の仕事と生活の調和の配慮義務,
さらに,昨今の働き方改革と女性の社会進出などから,
今後は,共働き世帯で子供が小さいという理由で
配転命令を拒否できる可能性がでてくるかもしれません。
今後の裁判例の動向を注目していきたいです。
本日もお読みいただきありがとうございます。