勤務間インターバル規制導入の必要性

昨日に引続き,立憲民主党の「人間らしい質の高い働き方を実現するための法律案」について言及していきます。

 

政府の働き方改革関連法案には,勤務と勤務の間にまとまった休息時間を確保しなければならないという勤務間インターバル規制はありませんが,立憲民主党の法案には,「休息時間規制」がもりこまれています。

 

具体的には,「各日において十分な生活時間が確保できるよう11時間を下回らない範囲内において厚生労働省令で定める時間以上の継続した休憩時間を,始業後24時間を経過するまでに確保して与えなければならないものとする。」というものです。

 

https://cdp-japan.jp/news/20180508_0436

 

ようするに,1日の仕事が終わった時間と次の日の仕事が始まる時間との間に連続11時間以上の休息時間を労働者にとらせなければ,労働者を働かせてはならないということです。

 

今の労働基準法には,勤務終了から勤務開始までの時間について規制はありません。それでは,なぜ,勤務間インターバル規制の導入が議論されているのでしょうか。

 

それは,勤務と勤務の間の休息時間が短いために,十分な疲労回復ができず,労働者の健康が害される場合があるからなのです。

 

勤務間インターバル規制の導入が必要な業種の一つに運送業界があげられます。

 

私は,長距離トラック運転手の残業代請求を担当した際に,タコグラフ(トラックの走行時間や停車していた時間を記録する装置)をもとに,労働時間と休憩時間を算出しましたが,こまぎれの休憩時間が何回かありましたが,まとまった11時間以上の休息時間はほとんどありませんでした。

 

長距離トラック運転手は,夜に長距離移動して,朝から日中にかけて睡眠をとりますが,日中は体温が上昇して,もともと眠りにくいうえに,ほとんどのトラック運転手は,ホテルや旅館ではなく,トラックの狭いスペースで寝るため,質の良い睡眠が確保できていません。

 

もともと,長距離トラック運転手の睡眠の質が悪い上に,こまぎれの休憩時間では,まとまった十分な睡眠時間が確保できず,疲労を回復することができません(精神科医の樺沢紫苑先生は,毎日7時間以上の睡眠時間を確保することを提唱しています)。

 

そのため,長距離トラック運転手は,勤務と勤務の間にまとまった休息時間がとれない結果,睡眠に必要なまとまった時間が確保できなくて,疲労回復ができず,過労状態が続いて,最悪,過労死にいたるリスクがあります(厚生労働省が発表している過労死の認定結果によれば,運送業界が過労死が発生している件数が最も多いです)。

 

また,長距離トラック運転手は,十分な睡眠時間が確保できなければ,居眠り運転をしてしまい,交通事故が発生するリスクも高くなります。

 

そのため,労働者の疲労回復,健康確保,仕事以外の生活時間を確保してワークライフバランスを充実させるためにも,勤務間インターバル規制が必要なのです。

 

それでは,なぜ休息時間が11時間以上必要なのかといいますと,睡眠時間以外に,通勤時間,食事をする時間,家族と団らんする時間などある程度自由に過ごせる時間が必要であることから,11時間以上という休息時間が導かれたのだと思います。

 

ヨーロッパでは,EU労働時間指令により,24時間以内に最低連続11時間の休息時間を与えることが義務付けられていることも参考になります。

 

労働者の疲労回復,健康確保,ワークライフバランスの充実のために,勤務間インターバル規制を導入することに賛成します。

 

なお,日弁連が2016年11月24日に発表した「あるべき労働時間法制」に関する意見書も参考になります。

 

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2016/opinion_161124_2.pdf

人間らしい質の高い働き方を実現するための法律案

5月8日,立憲民主党が「人間らしい質の高い働き方を実現するための法律案」を衆議院に提出しました。政府の働き方改革関連法案の対案になります。

 

https://cdp-japan.jp/news/20180508_0436

 

労働者を守る観点からすれば,政府が今国会で成立を目指している働き方改革関連法案よりも,立憲民主党の法律案の方が断然優れています。

 

まずは,時間外労働の罰則付き上限規制です。今の労働基準法では,36協定を締結すれば,どれだけ残業をさせても合法です。

 

しかし,どれだけ残業させても合法のままでは,長時間労働が蔓延し,過労死や過労自殺に歯止めがかからず,労働生産性も向上しません。

 

そこで,時間外労働に上限を決めて,会社に対して,これ以上の時間働かせたら,労働基準法違反として刑罰を科すことによって,残業を抑止しようとするものです。

 

長時間労働を撲滅させるために,時間外労働の罰則付き上限規制を導入することは適切なことなのですが,問題は,刑事罰が科せられるのは,何時間まで働かせたらなのかということです。

 

今の政府の法案では,臨時的な特別な事情があれば,時間外労働が1ヶ月100時間未満なら刑事罰が科せられません。

 

この100時間未満という残業時間が問題なのです。人間は働きすぎると,疲労回復することができず,脳や心臓にダメージが生じて,脳や心臓の病気を発症して,死亡することがあります。これが過労死というものです。

 

厚生労働省が,過労死の認定基準である「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」によれば,脳や心臓の病気が発症する前1ヶ月間におおむね100時間または発症する前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって,1ヶ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には,業務と発症との関連性が強いと評価されます。

 

http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11.pdf#search=%27%E8%84%B3%E8%A1%80%E7%AE%A1%E7%96%BE%E6%82%A3%E5%8F%8A%E3%81%B3%E8%99%9A%E8%A1%80%E6%80%A7%E5%BF%83%E7%96%BE%E6%82%A3%E7%AD%89%E3%81%AE%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E5%9F%BA%E6%BA%96%27

 

ようするに,1ヶ月100時間を超える残業をすると,過労死するリスクが高くなるのです。そのため,1ヶ月100時間というのが過労死ラインと呼ばれています。

 

今の政府の法案では,時間外労働が1ヶ月100時間未満となっていますが,99.9時間という限りなく過労死ラインに近い時間まで働かせても,刑事罰が科せられず,合法になってしまいます。

 

他方,立憲民主党の法案では,時間外労働が1ヶ月80時間未満となっているため,上記の過労死ラインを超えて残業をさせた会社に対しては刑事罰が科せられることになります。

 

さらに,立憲民主党の法案では,1ヶ月80時間未満の時間外労働には休日労働も含まれるとして,休日労働も労働時間規制の対象になっていることを明確にしている点で分かりやすくなっています。

 

このように,長時間労働の是正と過労死・過労自殺の根絶を目指し,働く人の命と健康を守る観点から,立憲民主党の法案が優れていると考えます。

採用内定取消の対処法

昨日のブログ記事「内定を取り消されてしまったら・・・」の続きとして,違法な採用内定取消に対して,どのように対処するべきかについて説明していきます。

 

「内定を取り消されてしまったら・・・」のブログ記事に記載しましたが,よほどの理由が無い限り,会社は,採用内定を取り消すことができません。

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/2018/05/08/naitei20180508/

 

不況を理由とする採用内定の取消も認められないことが多いです。なぜなら,会社は,経営・人事計画に基いて一度は積極的に人材の募集・勧誘を行っておきながら,これを数ヶ月で覆すことになるわけですが,短期間に採用が難しくなるほど経営が悪化するとは考えにくく,また,仮に,経営が悪化したとしても,それを予見できなかった責任は会社にあるからです。

 

よほどの理由が無い限り,会社は,採用内定を取り消すことができないことについて,厚生労働省は,「新規学校卒業者の採用に関する指針」において,次のように,会社が考慮すべきことを定めています。

 

http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/jakunensha05/pdf/pamphlet.pdf

 

①事業主は,採用内定を取り消さないものとする。

 

②事業主は,採用内定取消しを防止するため,最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるものとする。

 

③事業主は,やむを得ない事情により,どうしても採用内定取消し又は入社時期繰下げを検討しなければならない場合には,あらかじめ公共職業安定所に通知するとともに,公共職業安定所の指導を尊重するものとする。

なお,事業主は,採用内定取消しの対象となった学生・生徒の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに,採用内定取消し又は入社時期繰下げを受けた学生・生徒から補償等の要求には誠意を持って対応するものとする。

 

そこで,採用内定を取り消されてしまった場合,まずはハローワークへ採用内定取消の相談へ行き,ハローワークから,会社に対して,上記の指針に基づいた指導をしてもらうといいでしょう。

 

また,採用内定取消に納得がいかない場合には,会社に対して,もともとの入社予定日から働くことを求め,あわせて,賃金の支払いを請求します。

 

それでも,会社が採用内定取消を撤回しない場合,その会社で働くことを希望するのであれば,裁判手続で,従業員の地位にあることの確認や賃金の請求をします。

 

その会社で働くことはやめて,別の会社に就職する場合,裁判手続で慰謝料などの損害賠償請求をします。新規学校卒業者の場合,採用内定が取り消されると,翌年の新規採用に応募するしかなく,就職が1年間遅れることが多いので,1年分の給料・賞与について,損害賠償請求するかを検討するべきです。

 

採用内定が取り消されてしまったが,どうしても納得がいかない場合,採用内定取消は,よほどの理由がない限りできないことを思い出してもらい,会社に対して,一矢報いたい場合には,弁護士にご相談ください。

内定を取り消されてしまったら・・・

大学生が過酷な就活戦線を闘い抜き,ようやくつかんだ内定。就活生も親御さんも,内定が本当に嬉しくて,春から社会人としての第一歩を踏み出すことを心待ちにしているはずです。

 

しかし,もし,ようやくつかんだ内定が後から取り消されてしまったら・・・。新規に学校を卒業する予定の学生はどうすればいいのでしょうか。

 

まずは,会社から採用内定が出された時点で,労働契約が成立していたのかを検討します。労働契約が成立していれば,会社は,一方的に労働契約を解約することができないのです。

 

通常,採用の手続は,①会社による募集→②労働者の応募→③会社から労働者に対する採用内定の通知→④就労開始日になって,労働者が就労を開始するという流れで進みます。

 

この採用の手続の中で,③採用内定の通知の時点で,労働契約が成立したと考えられます。すなわち,採用内定の時点で,入社予定日を就労の開始日とし,入社予定日までに採用内定取消事由が生じた場合には,会社は採用内定を取り消すことができるという労働契約が成立したことになります。

 

次に,会社は,どのような場合に,採用内定を取り消すことができるのでしょうか。

 

会社の一方的な都合による新規学校卒業者に対する採用内定の取消は,対象となった学生と家族に計り知れない打撃と失望を与えます。また,採用内定を受け取った学生は,他の企業の内定を辞退していることが多く,採用内定の取消後に次の就職先を探すのが困難であり,翌年の新規採用に応募するしかなく,1年間を棒に振ることになりかねません。

 

そのため,会社が採用内定を取り消すことができるのは,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できない事実が後に判明し,それによって採用内定を取り消すことが「客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる場合」に限られます。

 

ようするに,採用内定当時に会社が分からなかったことが後日分かり,そのような理由だったら,常識的に考えて採用内定を取り消されてもしかたがないよね,といった理由がないと採用内定を取り消すことができないのです。

 

もう少し具体的に説明すると,学生が学校を卒業できなかった場合,学生がはれんち罪を犯した場合,健康診断で異常が発見されて,業務に耐えられないほど重要な場合などといった理由でない限り,採用内定を取り消すことができません。

 

そのため,もし採用内定を取り消されてしまったのであれば,自分には本当に採用内定を取り消されてしまうほどの落ち度があったのかを冷静に振り返り,納得がいかないのであれば,弁護士に相談してみてください。

研修医は労働基準法の労働者か

医師になるためには,医師国家試験に合格して医師免許を取得した後,2年以上病院などにおいて臨床研修を行う必要があります。この臨床研修をしている医師を研修医といいます。

 

関西医科大学附属病院において,臨床研修を受けていた研修医が急性心筋梗塞で急死し,遺族が,関西医科大学に対し,研修医は,労働基準法の「労働者」であるとして,本件研修医は,最低賃金を下回る賃金しか受け取っていないことから,最低賃金との差額の支払いを請求しました。

 

最低賃金制度とは,国が賃金の最低限度額を定め,使用者は,最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない制度です。最低賃金法4条2項により,最低賃金額に達しない賃金は無効となり,無効となった部分については,最低賃金との差額を請求できます。そして,労働基準法の「労働者」であれば,最低賃金を請求できます。

 

関西医科大学は,研修医は,教育課程にあり,病院や指導医の指揮命令によって就業していないので,労働基準法の「労働者」ではないと争いました。

 

最高裁平成17年6月3日判決(関西医科大学研修医事件・労働判例893号14頁)は,本件研修医は,労働基準法の「労働者」にあたるとして,遺族の最低賃金との差額請求を認めました。

 

本件研修医は,指導医が診察する時に診察の補助をしており,指導医の指示に基づき検査の予約をしているので,指導医の指揮命令下にあり,指導医の指示に反対する諾否の自由はありませんでした。

 

また,平日午前7時30分から午後7時までの研修時間中,時間的にも場所的にも拘束され,勤務状況が管理されていました。

 

さらに,本件研修医は,奨学金として月額6万円と副直手当1回1万円が支給されていましたが,給与として源泉徴収されていました。

 

「労働者とはどのような人のことか」というブログ記事に記載した,労働者の判断基準のうち,①業務諾否の自由の有無,②業務遂行における使用者の指示の程度,③時間的・場所的拘束性,⑧その他の事情にあてはめれると,本件研修医は,労働基準法の「労働者」にあたります。

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/2018/05/05/roudousha20180505/

 

労働裁判の現場では,「労働者」かどうかが争われることがありますが,個別の事案ごとに労働者性が肯定さたり,否定されたりしていますので,会社から,労働者ではないと主張された場合には,弁護士に相談して,自分の勤務状況を詳細に説明して,アドバイスをもらうようにしてください。

取締役なのか労働者なのか

労働基準法の「労働者」とはどのような人なのかという問題に関連して,社内の形式的な取締役が労働基準法の「労働者」かが争われた事件を紹介します。

 

ある学習塾を経営する会社では,正社員は,株式を譲り受けて株主となり,取締役に就任する旨の文書を差し入れることになっていました。原告である労働者は,取締役就任承諾書を差し入れて,形式上は取締役にされたのですが,肩書は教育コンサルタントであって,仕事内容は営業でした。

 

原告労働者の仕事の具体的な内容は,入退塾手続の受付業務,電話対応,配布物の管理,生徒対応,電話での入塾の勧誘などでした。

 

会社法329条1項により,取締役として選任されるためには,株主総会の決議が必要になるのですが,被告会社では,原告労働者を取締役に選任するための株主総会決議はなく,原告労働者が取締役に就任したという登記もされていませんでした。

 

原告労働者は,自分は労働者であるとして,被告会社に対して,未払残業代請求の裁判を起こしました。被告会社は,原告労働者は,労働基準法の「労働者」ではないので,労働基準法の労働時間の規制が適用されないとして,未払残業代の支払義務はないとして争いました。

 

京都地裁平成27年7月31日判決(類設計室事件・労働判例1128号・52頁)は,原告労働者は,労働基準法の「労働者」であり,未払残業代約671万円を認めました。

 

被告会社では,勤務時間が明確に決められており,活動記録に日々の出退勤時間とその日の仕事の時間を入力することになっていました。また,欠勤する場合には,会社へ電話連絡をした上で,欠勤報告書を提出しなければならず,欠勤理由について,私用などのあいまいな表現は認められていませんでした。このように,労務管理が厳格に行われていました。

 

また,原告労働者の給与は,源泉所得税と社会保険料が控除されて,月額23万円程度であり,労働を提供したことの対価である賃金であると判断されました。

 

「労働者とはどのような人のことか」というブログ記事で記載した,労働者の判断基準である,②業務遂行における使用者の指示の程度(被告会社から指示された営業内容が具体的である),③時間的・場所的拘束性(勤務時間と欠勤が厳重に管理されている),⑤報酬の労務対償性(月額23万円は取締役の報酬としては安く,賃金である),⑧その他の事情(源泉徴収されて,社会保険料が控除されている)にあてはめれば,労働基準法の「労働者」といえます。

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/2018/05/05/roudousha20180505/

 

会社の中では,形式的に取締役となっていたとしても,実質的には労働者であり,労働基準法が適用されて,未払残業代を請求できることがあります。自分が本当に取締役なのかと疑問に思った時には,自分の労働状況を振り返り,労働者の判断基準にどれだけあてはまるのか検討することをおすすめします。

労働者とはどのような人なのか

自分は労働者だと思って働いていたけど,会社と結んだ契約書には,請負契約,委任契約などと記載されていて,一方的に契約を解除されてしまい,仕事を失ったという労働相談がよくあります。

 

労働基準法の「労働者」であれば,会社は,労働者を簡単に解雇できず,労働者は手厚く保護されていますが,請負契約や委任契約の場合,会社は,仕事がなくなれば,契約書に何も制約がなければ基本的には契約を打ち切ることができ,仕事を請け負った人や委任を受けた人は仕事を失ってしまうリスクがあります。

 

そして,会社は,実質は労働者であるにもかかわらず,形式的に請負契約や委任契約とすることがあります。それはなぜかといいますと,会社は,労働者を簡単に解雇してはいけないという規制や労働時間の規制を免れたいという事情や社会保険料の会社負担を免れたいという事情があるからです。会社は,契約相手が労働者でないなら,簡単に契約を打ち切ることができますし,社会保険料の負担をしなくてよいので,会社にとって都合がいいのです。

 

そこで,労働基準法の「労働者」かどうかが裁判の争点になることがあります。生命保険勧誘員,電気の検針集金員,バイク便の配達員,デザイナー,カメラマン,雑誌の記者や編集者などで問題になりました。

 

それでは,労働基準法の「労働者」とはどのような人をいうのでしょうか。労働基準法9条には,「この法律で,『労働者』とは,職業の種類を問わず,事業又は事務所に使用される者で,賃金を支払われる者をいう。」と記載されています。

 

しかし,この条文を読んだだけでは,「労働者」かどうかは分かりにくいため,昭和60年12月19日,労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」という文書において,労働者かどうかを判断するための基準が詳細に記載されています。

 

https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/library/osaka-roudoukyoku/H23/23kantoku/roudousyasei.pdf#search=%27%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%9F%BA%E6%BA%96%E6%B3%95+%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85+%E5%88%A4%E6%96%AD%E5%9F%BA%E6%BA%96%27

 

その基準は,①業務諾否の自由の有無,②業務遂行における使用者の指示の程度,③時間的・場所的拘束性,④労務提供の代替性,⑤報酬の労務対償性,⑥事業者性の有無,⑦専属性,⑧その他の事情というものです。

 

①会社からの仕事の依頼や指示に対して,応じることも断ることも自由にできれば,労働者ではない方向に傾き,そのような自由がないのであれば,労働者である方向に傾きます。

 

②会社からの具体的な指示があれば,労働者である方向に傾き,具体的な指示がなければ,労働者ではない方向に傾きます。

 

③勤務場所や勤務時間が指定されて管理されていれば,労働者である方向に傾き,勤務場所や勤務時間の指定がなく,自分で自由に決めていたのであれば,労働者ではない方向に傾きます。

 

④自分に代わって他の人が働くことが認められていたり,自分の判断で補助者を使うことが認められていれば,労働者ではない方向に傾き,そのような代替性が認められていなければ,労働者である方向に傾きます。

 

⑤会社からの報酬の性格が指揮監督下に一定時間労働していることに対する対価とされているのであれば,労働者である方向に傾き,労働とは関係なく報酬が支払われるのであれば,労働者ではない方向に傾きます。

 

⑥高価な機械や器具を自分で用意し,報酬が高額であれば,労働者ではない方向に傾き,機械や器具は会社が準備し,報酬が平均的なものであれば,労働者である方向に傾きます。

 

⑦他の会社の仕事をすることが制約されており,報酬に固定給部分があれば,労働者である方向に傾き,他の会社の仕事ができて,報酬が歩合給であれば,労働者ではない方向に傾きます。

 

⑧報酬について給与所得としての源泉徴収がされていたり,労働保険の適用があれば,労働者である方向に傾き,源泉徴収がなく,労働保険の適用がないのであれば,労働者ではない方向に傾きます。

 

①~⑤が主要な要素となり,⑥~⑧が補強要素となり,①~⑧を総合考慮して労働基準法の「労働者」かどうかが判断されます。最終的には総合考慮なので,ケースバイケースで判断されるので,会社から労働者かどうかを争われた場合,労働者は,弁護士に相談して,自分がどのように働いてきたのかを具体的に説明し,①~⑧の基準にあてはめてもらい,アドバイスをもらうといいでしょう。

指導係のパワハラでうつ病悪化・自殺に対する損害賠償請求が認められた事件

指導係の上司から,暴行を受けるなどのパワハラを受け続けたため,労働者のうつ病が悪化して自殺したとして,労働者の遺族が職場であるさいたま市に対して,損害賠償請求の裁判を起こした事件を紹介します(東京高裁平成29年10月26日判決・さいたま市環境局職員事件・労働判例1172号・26頁)。

 

本件労働者は,もともと,うつ病,適応障害の病名で89日間の病気休暇を取得していました。その後,職場復帰してから,問題の指導係のもとに配属されました。この指導係は,言葉づかいが乱暴で,上司にも暴言をはき,職場の中には,この指導係の言動に苦労させられて,心療内科にかよう人物がいるくらい問題のある人物でした。

 

案の定,この指導係は,本件労働者に対して,暴行をおこないました。本件労働者は,暴行を受けてあざができたので,あざの写真を証拠として残していました。他にも,本件労働者は,この指導係から言葉の暴力を受けたことを文書に残し,警察にパワハラの相談をした際に録音をしていました。本件労働者は,この指導係のパワハラを苦に休職しましたが,自殺してしまいました。

 

さて,雇用主である市には,職員が生命,身体の安全を確保しつつ業務をすることができるよう,必要な配慮をする義務を負っています。これを安全配慮義務といいます。この安全配慮義務には,精神疾患で休職した職員に対し,病気休職中の配慮,職場復帰の判断,職場復帰の支援,職場復帰後のフォローアップを行う義務が含まれます。

 

さらに,市は,安全配慮義務のひとつである職場環境調整義務として,職場におけるパワハラを防止する義務を負い,パワハラの訴えがあった場合には,その事実を調査して,調査結果に基づき,加害者に対する指導,配置換えなどの適切な措置を講じる義務を負います。

 

そして,裁判所は,市の幹部が本件労働者からのパワハラの訴えに適切な対応をしておらず,本件労働者の主治医に意見を求めたり,市の産業医に相談するなど適切な対処をしなかったとして,市の安全配慮義務違反を認めました。

 

もっとも,本件労働者が自殺に至ったのには,もともとのうつ病の既往症が大きく影響しており,同居していた親にも主治医と連携して本件労働者のうつ病が悪化しないように配慮する義務があったとして,損害額の7割が減額されて,合計959万9000円の損害賠償が認められました。

 

パワハラの事件では,パワハラがあったことを証明するための証拠がなくて,会社に対する損害賠償請求をするまでに至らないことが多いのですが,本件では,あざの写真,パワハラを記録した文書,警察とのやりとりの録音があったため,パワハラの事実を証明できたのだと思います。労働者は,パワハラを受けた場合,自分の身を守るためにも,録音したり,文書にまとめるなどして証拠を残しておくことが重要です。

労働者は会社が被った損害の全額を負担しなければならないのか

2018年4月22日の「労働者が会社から損害賠償請求されたらどうするか」というブログ記事の続きです。

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/2018/04/24/sonngaibaishou20180424/

 

労働者の重大なミスで会社に損害が発生した場合,労働者は,会社が被った損害の全額を負担しなければならないのでしょうか?

 

この問題について,最高裁昭和51年7月8日判決(茨木石炭商事事件)が重要な判断をしています。この事件では,タンクローリーを運転していた労働者が,前方不注意により,前方を走行していたタンクローリーに追突してしまい,会社が,被害者側に対して,タンクローリーの修理費用と休車補償(交通事故がなければタンクローリーを使用して得られたであろう利益の補償)を支払い,労働者が運転していたタンクローリーの修理費用と休車補償を負担しました。そこで,会社が,労働者に対して,会社が負担した修理費用と休車補償の合計約40万円を請求してきました。ちなみに,会社は,対物賠償責任保険と車両保険には加入していませんでした。

 

判決では「使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に置いて,被用者に対し,損害の賠償又は求償の請求をすることができる」という判断基準が示されて,会社の請求額が4分の1に制限されました。

 

ようするに,労働者のミスの程度や日頃の勤務態度,労働条件が劣悪だったかなどを考慮して,労働者が負担すべき損害額が減額される余地があるということです。この事件では,労働者の給料が安かったこと,勤務成績が普通以上であったことも考慮されて,会社の請求額が4分の1に制限されました。

 

労働者は,会社に対して,損害賠償をしなければならなくなったとしても,必ずしもその全額を支払わなければならないわけではないので,即座に賠償に応じてはならず,給料から損害額を天引きすることに同意しないようにしてください。

 

また,労働者の会社に対する損害賠償の支払いと労働者の退職とは無関係のことですので,労働者は,会社から,損害賠償を支払うまでは退職させないと言われても,これに応じる必要はなく,自由に退職することができるのです。

 

労働相談については,金沢合同法律事務所へご相談ください。

リチャード・バンドラーの3日で人生を変える方法

米国NLP協会認定NLPトレーナーである金花しのぶさんからすすめられて,「リチャード・バンドラーの3日で人生を変える方法」という本を読みました。NLP(神経言語プログラミング)の共同創始者であるリチャード・バンドラー博士の貴重なセミナーを,受講者の視点で追体験できる素晴らしい本です。

 

1日目のセミナーのテーマは,「ネガティブな考え方を変える」です。自然と習慣になったネガティブな思考のプログラムを変えるために,嫌なイメージを白黒にして,パズルのピースのようにして遠くに飛ばすという方法を用います。その後,よい気分にしてくれるものを心の中に描いて,大きく,明るく,鮮やかにして,ポジティブ感情を強めます。他にも,自分に対してネガティブな話し方が生じたら,それを滑稽な調子に変えることで,気持ちを変えることができます。

 

これらの技術は,自分を自由にするために身につけるべきものです。「自分を自由にするとは,あなたが望むよい意識状態を内側に保つことができ,それによって外側ではあなたの望むことが現実になる」ということです。そして,私達は,「過去を使ってよりよい未来を築くか,それとも過去を使って未来を制限するか,自分で選ぶことができるのです。」

 

2日目のセミナーのテーマは,「限界をつくる思い込みを変える」です。人は,自分にはできないという思い込みによって,問題を現実のものにしています。逆に,プラスの思い込みをすることで,人は限界を超えていくことができます。

 

「思い込みによって,人は身動きがとれなくなるか,あるいは自由になるかの,どちらかになります。変わりたいと心から望むなら,最初の一歩としてまずすることは,自分は変わることができるし,絶対に変わるのだと,100パーセント信じることなのです」,「自分は成功すると思い込むと,成功するように行動し始め,結果的に,成功できる可能性が高くなります」,「自分は,素晴らしい人間だと信じてください。そう信じ始めたら,そのように行動するようになり,素晴らしい結果を得ることになるからです。」

 

3日目のセミナーのテーマは,「望みどおりの人生を創造する」です。自分に質問をして,目標を設定して,目標達成に向けて行動していくことで,自分の望む人生を創造していきます。「目標を設定するときは,手に入れたいものを明確にすることも重要です。望むことを脳に伝えると,脳はそれに焦点を当てます。だからこそ,具体的に何を望んでいるのかを明らかにする必要があるのです」,「何かをできると信じると,自分の世界が豊かになります。そして思いのままに,なれるはずの人間になり,できるはずのことができるようになります」,「自分には,考え方を変える自由,感じ方を変える自由,望むとおりの人生を創造する自由があることを常に肝に銘じておく必要があります」

 

「意志さえあれば,自由になれる」という強烈なメッセージが,リチャード・バンドラー博士のセミナーを模擬体験しながら,自分の脳と身体に深く浸透される画期的な本です。NLPを学ぶ際に,まず読むべき一冊だと思います。