電通の未払残業代約24億円

電通が平成29年12月中に,過去2年間分の未払残業代約24億円を支払うことを明らかにしたようです。なぜ,未払残業代を2年間分支払うのかというと,労働基準法で未払残業代請求の消滅時効が2年と定められており,時効で消滅していない未払残業代が2年分あるからなのです。

 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171128-00000018-asahi-bus_all

 

報道によると,電通は,社員が会社に残って過去のCM映像や担当企業の資料を見たり,語学の勉強をした時間を自己研鑽として,労働時間と認めてきませんでした。しかし,電通は,厚生労働省の立入り調査を受けて,この自己研鑽の時間を労働時間と認めました。

 

会社内に残って作業をしていたのであれば,場所的拘束性が認められて,労働時間と認定されやすくなります。過去のCM映像や担当企業の資料を見ることは,社員が時間外に自主的に行ったとしても,会社がそのことを認識して異議を述べていなかったのであれば,労働時間に該当します。

 

語学の勉強については,例えば,海外の取引先と仕事をする関係で,当該語学が必須であり,事実上,語学の勉強が強制されていたのであれば,労働時間と認定されると思います。

 

もっとも,語学の勉強については,裁判になった場合,会社が争ってくると思われ,語学の勉強が,労働者の自由な判断に委ねられていたような場合には,労働時間ではないと判断される可能性もあります。

 

そのため,今回,電通が,労働者の自己研鑽の時間を労働時間と認めたことは重要なことだと思います。会社が労働時間と認めていなくても,裁判では労働時間と認定される場合もありますので,労働者は,自分が行っている業務の時間が労働時間か否かを,一度見直してみるといいかもしれません。

日本郵便事件その2

平成29年9月15日のブログで,日本郵便事件・東京地裁平成29年9月14日判決について記載しましたが,労働判例1164号5頁に判決文が掲載されたので補足します。

 

日本郵便事件は,時給制契約社員である原告らが,日本郵便の正社員と同一内容の業務に従事していながら,手当等の労働条件について正社員と差異があることが労働契約法20条に違反するとして争った事件です。

 

まず,原告らと比較すべき正社員はどの正社員かという点が問題になります。日本郵便には,正社員がいくつかに分類されているようで,どの正社員と比較するかによって,労働条件の相違が不合理か否かが変化します。例えば,正社員の中でも全国転勤が予想される正社員と比較すれば,手当に相違があっても,不合理ではないと判断されやすいと思います。一方,正社員の中でも全国転勤がない正社員比較すれば,手当に相違があれば,不合理と判断されやすくなると思います。

 

本件では,原告ら時給制契約社員と労働条件を比較すべき正社員は,担当業務や異動等の範囲が限定されている点で類似する新一般職という正社員とするのが相当であると判断されました。これにより,およそ正社員一般と比較されなかったので,労働条件の相違が不合理であると判断されやすくなったのではないかと思います。

 

その上で,①年末年始手当,②住居手当,③夏期冬期休暇,④病気休暇の相違については,不合理と判断され,外務業務手当,早出勤務手当,祝日給,夜間特別勤務手当,夏期年末手当,郵便外務・内務業務精通手当の相違については,不合理とは認められないと判断されました。

 

特に,これまでの労働契約法20条の裁判では,②住居手当について,不合理ではないと判断されてきましたが,本件では,転居を伴う可能性のある人事異動等が予定されていない新一般職と時給制契約社員との間の住居手当の相違は,時給制契約社員に住居手当が全く支払われていないという点で不合理であると判断されました。比較する正社員が絞り込まれた成果なのではないかと考えています。

 

労働契約法20条の裁判で労働者に有利な判断がされた判決ですので,補足しました。

22年間反復更新してきたアルバイトに対する雇止め

22年以上もの間,更新を繰り返してきたアルバイト従業員に対して,アルバイト従業員の忘れ物に関する対応,顧客からのクレーム,睡眠障害を理由としてされた雇止めについて,名古屋高裁平成29年5月18日判決(労働判例1160号・5頁・ジャパンレンタカー事件)は,アルバイト従業員と被告会社との有期労働契約は,期間の定めのない労働契約とほぼ同視できるとして,アルバイト従業員の地位確認の請求が認容されました。

 

アルバイト,契約社員,派遣社員,嘱託社員等の非正規雇用は,有期労働契約といい,契約期間が満了すると,原則として仕事がなくなり,会社が契約期間を更新すれば,仕事が続けられます。契約期間が満了で,更新がされない場合を雇止めといいます。

 

これに対し,期間の定めのない労働契約,いわゆる正社員の場合,よほどのことがない限り,解雇されることはなく,仮に解雇されたとしても,正社員は,解雇権濫用法理を根拠に解雇無効を主張しやすいのです。

 

非正規雇用の雇止めの場合,正社員の解雇と比較して,雇止めを争うのは,ハードルが高いです。まず,第1ステージで,①過去に反復更新されて,期間の定めのない労働契約と同視できる状態であること,又は,②有期労働契約が更新されることについて合理的な理由があるという要件を満たす必要があります(労働契約法19条)。

 

次に,第1ステージを乗り越えた場合,第2ステージでは,解雇と同じように,雇止めが,客観的合理的理由を欠き,社会通念上相当か否かを検討することになります。

 

このように,有期労働契約の雇止めを争うのは大変です。そのような中,本件事件では,アルバイト従業員の有期労働契約が22年以上も反復更新されてきたこと,アルバイト従業員の仕事内容が正社員とそれほど変わらないこと,被告会社において意に反して雇止めされた従業員がいなかったこと,更新手続きが形骸化していたことから,アルバイト従業員と被告会社との有期労働契約は,期間の定めのない労働契約とほぼ同視できると判断されました。そして,本件雇止めは,客観的合理的理由を欠き,社会通念上相当とはいえないことから,被告会社は,従前と同一の条件でアルバイト従業員の更新の申込を承諾したものとみなされるとして,アルバイト従業員の地位確認請求が認められました。

 

雇止めを争うのは大変なことが多いのですが,さすがに22年間も反復更新されてきたのであれば,第1ステージを乗り越えるのはそれほど難しくなかったのかもしれません。雇止めを検討するのに参考になると思い,紹介します。

平成29年過労死シンポジウム石川会場

平成29年11月16日,石川県で開催された過労死シンポジウムに参加してきました。

大原記念労働科学研究所の佐々木司先生による,「働き過ぎの労働者の疲れ,眠り,つらさをどのように考えるか」という講演がありました。なぜ,働き過ぎると人間が死亡するのかについて,睡眠という切り口から分かりやすく解説されました。働き過ぎによるストレスによって,疲労→過労→疲弊→疾病という過程を経て,人間は過労死に至ります。

 

ストレスを解消するためには,睡眠が重要になります。睡眠の中でもレム睡眠が,ストレス解消に大きな役目を果たします。長時間労働で睡眠時間が減少すると,徐波睡眠が多くなり,レム睡眠が減少し,レム睡眠を出現させようという圧力が強くなり,その際に交感神経が興奮し,血管内皮機能が劣化して,循環器疾患に罹患するリスクが高まります。

 

過労死を防止するためには,7時間の睡眠を確保して,バランスのよい睡眠をとって,疲労回復とストレス解消をはかることが重要であると学びました。人間は,働き過ぎると死亡するということは今では常識になりつつありますが,そのメカニズムに睡眠が深く関与しているのです。睡眠の重要性を痛感しました。

また,全国過労死を考える家族の会の代表の寺西笑子さんの講演を聞き,過労死遺族の壮絶な苦労を知り,労働弁護士として,過労死遺族に寄り添いながら,救済活動に尽力していきます。

 

GPSによる労働時間管理

GPSによって労働時間を管理されていたドーナツ店の店長が,長時間労働により過労死したとして,遺族が会社に対して損害賠償請求をした事件において,津地裁平成29年1月30日判決は(労働判例1160号72頁・竹屋ほか事件),遺族の損害賠償請求を認めました。

 

この事件で特徴的だったのは,店長は,日中30分ごとに位置情報を自動的に送信するGPSを携行し,店長が出社,退社のデータを送信することにより労働時間管理が行われていたことです。

 

未払残業代請求事件や過労死事件では,労働者が何時間働いていたのかが重要なポイントになり,労働者側が労働時間の立証をしなければなりません。この労働時間を立証するために,どのような証拠が残っているのか,証拠をどうやって確保するかについて,労働者側の弁護士は,日々頭を悩ませています。

 

本件事件では,GPSという最近利用が注目されている機器によって,労働時間の認定がされた点が参考になります。GPSのデータから,発症前6ヶ月間にわたり,月平均112時間の時間外労働をしていたことが立証され,店長の業務と死亡との間に因果関係が認められました。

 

本件事件のGPSは,データ送信をした時点に居た場所として記録される地名には誤差があったようですが,労働者が,出社と退社の時間をしっかりと送信していたのであれば,時間が正確に記録されることから,GPSに記録された労働時間は,客観的であり信用できると判断されたものと考えられます。

 

テクノロジーの進歩により,労働時間を立証するための証拠も進歩していきますので,様々な分野に関心を広げていきたいと思います。今は,タイムカードによる労働管理が主流ですが,GPSの精度がさらによくなれば,今後,GPSのデータが労働時間を立証するために必要不可欠になるかもしれません。

自動車メーカー大手が無期雇用回避

朝日新聞の報道によれば,トヨタ自動車やホンダといった,自動車メーカーの大手が,有期雇用労働者が,無期労働契約への転換を求める権利を行使できないようにするために雇用ルールを変更したようです。

 

http://www.asahi.com/articles/DA3S13213011.html

 

労働契約法18条1項において,2以上の有期労働契約の通算期間が5年を超えた場合,有期雇用労働者は,会社に対して,無期労働契約への転換の申込ができ,会社は,無期労働契約への転換を拒めないことになっています。

 

しかし,労働契約法18条2項において,2以上の有期労働契約の間に,6ヶ月の空白期間がある場合,以前の有期労働契約の契約期間を5年の通算期間に算入できず,リセットされてしまう結果,有期雇用労働者は,無期労働契約への転換の申込ができなくなり,有期雇用労働者のままとなります。

 

そもそも,非正規雇用は,契約期間満了で雇止めされれば,すぐに失職し,雇用が不安定であることから,有期労働契約の契約期間が長くなった場合,有期労働契約から無期労働契約へ転換して,雇用を安定させることを目的にして,労働契約法18条は立法されました。

 

今回,自動車メーカー大手が,有期労働契約の空白期間を1ヶ月や3ヶ月だったのを6ヶ月に変更して,有期雇用労働者が無期労働契約へ転換できなくしました。労働契約法18条の立法趣旨が没却させられたことになります。

 

空白期間を6ヶ月にする企業が増えれば,有期雇用労働者が無期労働契約に転換できず,雇用が不安定なまま固定されるおそれがあります。他の業界に,空白期間6ヶ月が波及しないことを望みます。

長時間の私的なチャットは労働時間か?

原告は,約7ヶ月間,業務中に,合計5万0158回,概算で1日当たり300回以上,2時間程度,私的なチャットをしていたことが,職務専念義務違反に該当するとして,懲戒解雇された事件で,東京地裁平成28年12月28日判決(ドリームエクスチェンジ事件・労働判例1161号・66頁)は,懲戒解雇は有効としましたが,チャットをしていた時間を労働時間と認めて,未払残業代の請求が認められました。

 

本件判決は,職場における私語や喫煙所での喫煙など他の私的行為については,社会通念上相当な範囲においては許容され,職務専念義務に違反しないという判断基準を設けました。そして,本件チャットは,その内容が顧客情報の流出につながりかねない内容であったり,会社の信用を毀損する内容であったり,会社内の人物に対する誹謗中傷やセクハラにあたる内容であったりしたため,本件チャットは職務専念義務に違反し,懲戒解雇は有効となりました。

 

一方,本件チャットの時間が労働時間に該当するかについては,明らかに業務と関係のないチャットだけを長時間していた時間を特定することが困難であり,本件チャットは,会社から貸与された自席のパソコンで離席せずに行われたものであり,労働からの解放が保障されているとはいえないと判断されました。また,原告が残業することについて,会社は何ら異議を述べていないことから,居残り残業について,黙示の指揮命令があったと判断されました。その結果,本件チャットの時間は,会社の指揮命令下でなされたものであり,労働時間と認定され,未払残業代が認容されました。

 

業務とは関係ない私的なことをしていた時間であっても,労働からの解放が保障されていない場合には,労働時間にあたると判断された点が労働者にとって有利です。残業代請求の事件では,会社から,その時間はさぼっていたはずなので,労働時間ではないという主張がされることがありますが,会社が残業することに異議を述べなければ,黙示の指揮命令が認められ,労働時間と認定される可能性があります。もっとも,明らかに業務と関係のないことをしていた時間を明確に特定できた場合にも,労働時間と認められるかは争いがありそうです。労働時間の認定について労働者にとって有利な判断がされた事例として紹介します。