知的プロフェッショナルへの戦略

私が所属している青年法律家協会の議長である名古屋の弁護士の北村栄先生から紹介された,田坂広志氏の「知的プロフェッショナルへの戦略~知識社会で成功するビジネスマン11の心得~」を読みました。インターネット全盛期において,ビジネスマンがどのようにキャリア形成をしていくべきかについて,深い智恵に裏付けられながら端的にまとめられている名著です。

 

インターネット全盛期では,専門知識は,インターネットで検索すればすぐに入手できます。法律の専門知識も,インターネット上に多く掲載されています。このような時代には,専門知識よりもディープナレッジ(深層知識)を身につけることが求められます。スキル,センス,テクニック,ノウハウといった職業的な智恵,言葉で表せない智恵を身につけて,磨いていくのです。

 

このディープナレッジは,日々の仕事を行う職場で学ぶべきなのです。毎日の仕事に対して時間を最大限に投資すべきなのです。ある仕事やプロジェクトに携わって働いたとき,具体的に何を学んだかを言語化して確認していくことでディープナレッジを意識的に増やしていきます。

 

そして,ビジネスマンは,仕事の報酬として,マネーリターンよりも,①ナレッジリターン(知識報酬),②リレーションリターン(関係報酬),③ブランドリターン(評判報酬),④グロースリターン(成長報酬)という4つの報酬に目を向ける必要があります。まずは,新しい専門知識を学び,職業的な智恵を身につけます(ナレッジリターン)。そして,人間関係や人的ネットワークを得て(リレーションリターン),社内での評価,業界での評判,顧客からの人気を得て(ブランドリターン),人間として成長していくのです(グロースリターン)。

 

これからの時代,日々の仕事で何を意識していくか,長期的な人生における戦略をどのように構築していくか,といったことについて,深く考えることができ,行動に移す勇気を与えてくれる名著です。何度か読み返すことで,新しい発見があります。ビジネスマンにお勧めの1冊です。

労働契約法の10年を振り返る座談会

 ジュリストという法曹関係者向けの雑誌の2017年6月号に,「労働契約法の10年を振り返って」という座談会が掲載されています。東京大学教授の岩村正彦先生,荒木尚志先生,使用者側の弁護士の木下潮音先生,労働者側の弁護士の水口洋介先生が,労働契約法が制定されてから10年間にあった争点について,分かりやすく解説しています。

 

 

 私は,労働契約法の3条や4条の総則規定の位置付けについての先生方の捉え方に着目しました。労働契約法3条や4条の総則規定は,訓示規定(公の機関に義務を課している法令の規定で,これに違反しても,行為の効力には別段の影響がないもの)ではあるものの,労働者が使用者に対する交渉の入り方として利用でき,裁判においては,これらの条文に基いて裁判所は解釈すべきと言える意味において重要であるという点です。労働契約法3条や4条に違反しても,すぐに労働契約が取消されたり,無効になることはないですが,法律の解釈の仕方に影響を与えるという点で,交渉や裁判の実務において,どのように活用すべきかのヒントを得られました。

 

 今後は,平成30年4月に向けて,労働契約法18条の5年無期転換ルールが問題になりそうです。すなわち,労働契約法18条では,有期労働契約が5年を超える労働者は,使用者と無期労働契約を締結できる,すなわち正社員になることができるという規定です。この無期転換権が平成30年4月から行使することが可能になるので,5年経過する前に雇止めが多発することが懸念されています。無期転換権について勉強して,雇止め問題が生じた場合に,労働者の権利を実現できるように,今後とも精進していきたいと思います。

 

座談会~労働審判制度の現状と課題~

 日本弁護士連合会が毎月1回発行している弁護士の定期雑誌である「自由と正義」の2017年2月号に,労働審判制度施行からの10年と今後の展望についての特集がされており,労働事件で活躍されている弁護士6名の先生方が,労働審判について,運用の問題点や具体的なスキルについて熱く語る座談会が掲載されているので,紹介します。

 

 

 労働相談を受けて,この事件は裁判手続で解決する必要があると判断した場合,次に,この事件を解決するために,どの裁判手続がふさわしいかを考えます。通常訴訟を提起するか,労働審判を申立てるか,仮処分の申立をするかを検討します。

 

 労働審判は,どのような事件にふさわしいかについて,京都弁護士会の中村和雄先生は,「判決では微妙だとか,双方で言い分がかなり対立するかもしれないけれども,何となくある程度のところでは落ち着く解決ができそうな,和解的な要素が強い事件は,労働審判にふさわしいと思っています。」と座談会で発言されています。労働事件の類型ではなく,クライアントの話をよく聞き,事案を分析した上で,相手方の反論を予測し,和解の見込みがある場合に,労働審判を選択するべきことがポイントになります。

 

 また,福井県弁護士会の海道宏実先生は,労働審判員から,申立書の冒頭に事案の要旨を書いた方が事案を把握するのに助かることや,申立書に時系列を添付してもらえるとありがたいというアドバイスをもらい,そのように実践されたようです。労働審判員は,お忙しい方がほとんどだと思いますので,少しでも労働審判員に当方の主張を短時間で理解してもらうためには,申立書に事案の要旨を記載したり,時系列を添付する等の工夫をすることが必要です。

 

 労働事件に造詣の深い6名の弁護士による座談会から,労働審判に求められる知識やスキルを学ぶことができました。

 

マンガ「ワークルールを学ぼう~ブラック企業を倒せ~」の紹介

 埼玉労働弁護団が,マンガ「ワークルールを学ぼう~ブラック企業を倒せ~」を作成したので紹介します。

 

http://saitamarouben.com/news/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%80%90%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%92%E5%AD%A6%E3%81%BC%E3%81%86%EF%BC%81%EF%BD%9E%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BC%81%E6%A5%AD/

 

 ある若者がブラック企業に就職します。長時間労働やパワハラに違和感を覚えながらも,一生懸命働きます。しかし,限界がきて過労で倒れてしまう。その後,弁護士の力をかり,パワハラの発言を録音し,労働審判を申し立てて,無事に和解が成立するというストーリーです。

 

 ブラック企業の実態や,ブラック企業に就職してしまった場合にどのように対処すべきかが分かりやすくまとまっています。すぐに読めますので,若い世代の方々にぜひ読んでもらいたいです。

 

 難しい法律の話もマンガなら,とっつきやすく,頭にも入っていきやすくなりますね。このようなコンテンツが増えていけば,ワークルール普及につながり,働く人がいざというときに困らなくなると思います。

 

ブラック法案によろしく

 今,話題になっている高度プロフェッショナル制度の問題点について,分かりやすくまとめたユーチューブ動画を紹介します。フルバージョンとショートバージョンがあります。私も所属しているブラック企業対策弁護団が作成したものです。

 

https://www.youtube.com/watch?v=cs_JN2gMiBw

 

https://www.youtube.com/watch?v=IqX6z0sZRXc

 

 あの名作「ブラックジャックによろしく」の名シーンのうち,セリフ部分を高度プロフェッショナル制度の問題点に変更して,分かりやすく解説しています。「ブラックジャックによろしく」を読んだことがある方であれば,「ああ,こんなシーンあったあった。」と懐かしがりながら,「へ~,こんな問題点があるのか。」と納得できます。

 

 効果音や馴染みのある漫画のキャラクターのセリフを聞きながら,分かりやすく高度プロフェッショナル制度の問題点が分かるという優れた動画です。この動画を見れば,残業代ゼロ法案に反対しなければならない理由がよく分かります。ぜひ,一度ご覧いただき,多くの労働者の方々に広めていってもらいたいです。

 

 

 

使用者が労働者に付加金を支払うタイミング

 付加金という一般の方々には馴染みが薄い問題について,重要な判決がありましたので,マニアックですが紹介させていただきます。東京地裁平成28年10月14日判決の損保ジャパン日本興亜事件(労働判例1157号59頁)で,東京法律事務所の弁護士菅俊治先生がご担当された事件です。

 

 付加金とは,労働基準法上支払いが命じられている金銭を支払わなかった使用者に対して,労働者の請求によって裁判所が命じる未払金と同一額の金銭のことをいいます。労働基準法114条に定められています。要するに,使用者があまりにも杜撰な労務管理をしていて,残業代を支払っていなかった場合,裁判所の裁量で,未払残業代と同じ金額を労働者に支払わなければならなくなる可能性があるのです。付加金が認められれば,未払残業代とほぼ同じ金額が請求できるので,使用者は,二重の支払義務を負担することになります。

 

 損保ジャパン日本興亜事件では,未払残業代請求訴訟において,未払残業代と約154万円の付加金支払を命じる地裁判決が言い渡さえた後に,会社が未払残業代を供託し,控訴をせずに判決が確定したのですが,労働者が付加金について会社の預金債権を差し押さえたのに対して,会社が執行不許を求めて請求異議の訴えを提起しました。

 

 本件の争点は,事実審の口頭弁論終結後,付加金の支払いを命ずる判決が確定するまでの間に,任意に未払の残業代が支払われた場合,使用者に付加金を支払う義務が発生するか否かです。

 

 この争点について,東京地裁平成28年10月14日判決では,次のように判断されました。「(付加金の支払を認める)判決が取り消されない限りは,事実審の口頭弁論終結後の事情によって,当該判決による付加金支払義務の発生に影響を与えないというべきである。したがって,使用者が判決確定前に未払割増賃金を支払ったとしても,その後に確定する判決によって付加金支払義務が発生するので,付加金支払義務を消滅させるには,控訴して第一審判決の付加金の支払を命ずる部分の取消を求め,その旨の判決がされることが必要である。」

 

 付加金支払を命ぜられた使用者は,未払残業代を労働者へ支払ってから控訴して,控訴審で第一審判決の付加金の支払を命ずる部分を取り消してもらわなければならず,この手順を誤れば,未払残業代を支払ったとしても,付加金を支払わなければならなくなるので,注意が必要です。

 

 

平成29年度北越労働弁護団総会

 7月7日,8日に,金沢の湯涌温泉において,平成29年度の北越労働弁護団の総会が開催されました。北越労働弁護団とは,北陸三県と新潟の労働弁護団に所属する弁護士で組織されており,年に1回一堂に会して,1年間の労働事件について討議しています。また,毎年,日本労働弁護団の本部から講師をお招きして,最近の労働法制について情報交換をします。さらに,金沢大学の労働法の研究者である名古道功先生をお招きして,最近の注目すべき労働判例について講義を受けます。

 

 今年は,日本労働弁護団幹事長の棗一郎先生から,時間外労働の上限規制,同一価値労働同一賃金,解雇の金銭解決について,これまでの政治状況と今後の見通しについて,分かりやすい解説がありました。今の働き方改革では,労働者が求める改革にはならず,使用者に対する「働かせ方改革」を検討しなければならないことがよく分かりました。

 

 また,各弁護士の事例報告では,配転を争う事件において訴訟における早期和解を狙って労働審判を活用する方法や,残業代請求事件において和解する場合に解決金名目で和解をまとめること,労働時間を立証する証拠が足りない場合に,使用者の労働時間管理義務を主張して,労働者に有利な判断を求める等,実践で活用できるノウハウを共有できました。

 

 北越の先輩弁護士達から,実践的な労働事件のスキルを学び,今後の労働事件に活用していきます。