若年性認知症の影響による万引についての懲戒免職処分が取り消された事例

1 犯罪行為と懲戒処分

 

 

人は時として過ちをおかしてしまうことがあります。

 

 

刑事事件の弁護人をしていると,貧困が原因で万引をしたり,

精神的な病気から犯罪をしてしまったり,

という事件をよく担当することがあります。

 

 

罪を犯した人が人生のやり直しのきっかけを与えることも

弁護士の大切な仕事だと考えています。

 

 

犯罪をしたことが勤務先に発覚すると,

懲戒処分となるリスクが高まります。

 

 

 

本日は,犯罪行為と懲戒処分について,

検討された裁判例を紹介します。

 

 

海上自衛隊厚木航空基地自衛官事件の

東京地裁平成30年10月25日判決です(労働判例1201号84頁)。

 

 

この事件では,自衛官がコンビニで栄養ドリンクを万引したとして,

懲戒免職処分を受けましたが,この懲戒免職処分の

取り消しを求めて訴訟を提起しました。

 

 

2 懲戒処分の要件

 

 

懲戒処分が有効となるためには,

①懲戒処分の根拠規定の存在,

②懲戒事由への該当性,

③懲戒処分の相当性

の3つの要件が満たされなければなりません。

 

 

本件事件では,②と③の要件が争点となりました。

 

 

まず,原告の自衛官がどのような万引をしたのかが争いとなりました。

 

 

原告は,万引をして,コンビニの店長に捕まったときに,

許してもらいたくて,店長から言われるがままの事実を認めてしまいました。

 

 

しかし,防犯カメラの映像といった客観的な証拠からは,

原告が2日間にわたり,栄養ドリンクを各1本ずつ

万引したことしか認定できませんでした。

 

 

民事事件においても,懲戒処分の該当行為については,

客観的な証拠の裏付けをもとに厳格に認定される傾向があります。

 

 

3 懲戒処分の相当性

 

 

次に,コンビニで栄養ドリンクを2回万引したことで,

懲戒免職処分ができるのかが争われました。

 

 

 

この点,公務員に対する懲戒処分について,

懲戒事由該当行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響の他,

公務員の懲戒事由該当行為の前後における態度,

懲戒処分などの処分歴,選択する処分が他の公務員に与える影響など,

諸般の事情を考慮して,懲戒権者の裁量の逸脱・濫用がないかを検討します。

 

 

本件事件では,以下の事情が考慮されました。

 

 

・2回にわたり2本の栄養ドリンクを万引したものであり,

被害の程度は軽微であること。

 

 

・原告は,被害店舗に謝罪して被害弁書をして示談が成立していること。

 

 

・原告は,過去に停職1日の懲戒処分を受けているものの,

14年前のことであり,本件とは事案が異なること。

 

 

・原告は,若年性認知症によって認知機能が低下していて,

これが犯罪行為に影響を与えた可能性があること。

 

 

以上の事実を総合考慮すれば,懲戒免職処分は重すぎ

停職処分が相当であるので,懲戒免職処分が取り消されたのです。

 

 

最近では,万引をしたのに記憶がないと主張する方がおり,

若年性認知症が影響しているのではないかと疑うケースがあるので,

若年性認知症のことが,労働者に有利に判断されたことが評価できます。

 

 

懲戒処分を争うときには,③懲戒処分の相当性で

労働者が勝つことがあるので,

懲戒処分が重すぎないかを検討することが重要です。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

自宅待機中の労働者は賃金を請求できるのか

1 懲戒処分の前の自宅待機命令

 

 

昨日は,神戸市の東須磨小学校の教員間のいじめ問題について,

加害者の教員の給与を停止する条例改正について検討しました。

 

 

報道によりますと,加害者の教員は,事実上の謹慎をしているようです。

 

 

これだけの大問題をおこしたので,

懲戒処分は避けられないのですが,通常,

懲戒処分がくだされるのには時間がかかります。

 

 

懲戒処分を受ける労働者が,いつ,どこで,

どのような問題行動をしたのか,

当該労働者は,どのような言い分を話しているのか,

当該労働者に対して,どの程度の重さの懲戒処分が妥当なのか,

といったことを慎重に検討する必要がありますので,

調査にどうしても時間がかかってしまいます。

 

 

懲戒処分のための調査をしている期間,

問題行動をした労働者が今までと同じように職場で働いていると,

職場の雰囲気が悪くなり,

他の労働者のモチベーションがさがるおそれがあります。

 

 

そこで,懲戒処分がくだされるまでの間,労働者に対して,

自宅待機(自宅謹慎ということもあります)が命令されることがあります。

 

 

 

2 自宅待機期間中の賃金請求は可能か

 

 

この自宅待機の期間,労働者は,

賃金を請求することができるのでしょうか。

 

 

この自宅待機命令とは,就業時間中に,

自宅やその他会社から連絡可能な場所に待機して,

会社から出勤を命じられれば,

ただちにこれに応じることを労働者に命じるものです。

 

 

会社は,労働契約に基づく指揮監督として,

労働者に対して,労務提供の待機を命じるのであり,

懲戒処分としての出勤停止とは異なります。

 

 

自宅待機命令は,自宅待機をすることで,

労働者の提供すべき労務をはたしたことにする命令ですので,

労働者は,これに従って自宅待機をすれば,

会社との労働契約に基づく,労務提供義務を尽くしたことになります。

 

 

そのため,労働者が自宅待機という労務を提供しているので,

会社は,自宅待機期間中の賃金を

支払わなければならないことになるのが原則です。

 

 

 

例外としては,当該労働者を働かせないことについて,

不正行為の再発,証拠隠滅のおそれなどの

緊急かつ合理的な理由が存在するか,または,

自宅待機を実質的な出勤停止処分に転化させる

懲戒規定上の根拠が存在する場合に,会社は,

自宅待機期間中の賃金支払義務を免れることがありえます。

 

 

なお,自宅待機命令は,就業規則に根拠規定がなくても,

業務命令として発令することは可能ですが,

業務上の必要性がなかったり,不当に長期間にわたる場合には,

違法になることがあります。

 

 

そのため,東須磨小学校の事件において,

加害者の教員に年次有給休暇が残っておらず,

病気休暇が取得できなかったとしても,

自宅待機を命令されたのであれば,加害者の教員は,

自宅待機の期間中,賃金の請求をすることが可能となります。

 

 

これだけ大問題をおこした加害者の教員に対して,

働いていないのに給与が支給されるのはおかしいと,

批判されるのはやむをえないことだと思いますが,

条例を改正してまで給与を停止するよりも,

早々に調査をすすめて,

早急に然るべき懲戒処分を科すべきだと考えます。

 

 

このようなことが前例となり,

懲戒処分を受ける前の労働者の賃金請求が制限されることが

拡大されることを危惧しているからです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労働者の私生活における犯罪行為と懲戒処分

私は,労働事件を得意として,労働事件を多く取り扱っていますが,

労働事件以外の事件も当然に取り扱っています。

 

 

例えば,労働事件以外の事件ですと,

当番弁護士や被疑者国選が順番で回ってきて,

逮捕や勾留された被疑者の刑事弁護をする

刑事事件も担当しています。

 

 

労働者が勤務時間外に会社とは関係のない犯罪をした場合,

労働者は,勤務先から懲戒解雇をされるのではないかと不安になります。

 

 

 

本日は,労働者の私生活における犯罪行為と

懲戒処分について解説します。

 

 

まず,会社は,経営目的を達成するために,

労働者に効率的に働いてもらう必要があり,

職場のルールを定めます。

 

 

この職場のルールに違反して,

労働者が不祥事を起こした場合に,会社は,

労働者に対して制裁を科すことができるのです。

 

 

このように,経営目的を遂行する組織体としての会社が

必要として実施する,労働者に対する統制の全般を企業秩序といい,

企業秩序を維持するための会社のルールに違反したときに

科される制裁が懲戒処分なのです。

 

 

 

次に,職場内で労働者が同僚に暴力を奮ったり,

会社の金銭を横領したような犯罪の場合,会社は,

企業秩序を維持するために,当該労働者に対して

懲戒処分を科すことができます。

 

 

他方,労働者が職場外の私生活において犯罪をした場合,

企業秩序とは無関係であるとして,

企業秩序を維持するための懲戒処分を

科すことができないように考えられます。

 

 

しかし,労働者の職場外における仕事とは無関係の犯罪行為であっても,

会社の企業秩序に直接の関連を有する場合や,

会社の社会的評価の毀損をもたらす場合には,

企業秩序維持のために,懲戒処分を科すことができるのです。

 

 

そして,労働者が職場外の私生活において犯罪をした場合に,

懲戒処分を科すことができるかについては,

当該犯罪行為の性質,情状,会社の事業の種類・態様・規模,

会社の経営方針,労働者の会社における地位や役職

などの事情を総合考慮して判断されます。

 

 

例えば,労働者が深夜に他人の家に侵入して,

住居侵入罪で罰金2,500円を科せられたことについて,

「不正不義の行為を犯し,会社の体面を著しく汚した者」

という懲戒解雇事由にあたるかが争われた,

横浜ゴム事件の最高裁昭和45年7月28日判決

(判例タイムズ252号163頁)があります。

 

 

 

この事件では,罰金2,500円という軽微な刑罰ですんでいること,

労働者の地位が工員であって指導的なものではなかったことから,

会社とは関係のない私生活の中で行なわれた

本件犯罪行為を理由とする懲戒解雇は無効となりました。

 

 

刑罰が重かったり,管理職などの地位にあった場合には,

私生活における犯罪行為であっても,

懲戒解雇が有効になる可能性はあります。

 

 

もっとも,私生活で犯罪行為をしたことを理由とする懲戒解雇ではなく,

警察に捕まって無断欠勤が続いたことを理由に

懲戒解雇されることがあります。

 

 

犯罪をして警察に逮捕されていまうと,逮捕段階で最大3日間,

勾留されてしまうと,10日間,

さらに勾留が延長されると,さらに最大10日間,

警察署の留置施設に身体を拘束されてしまいます。

 

 

ようするに,最大23日間も身体を拘束されてしまうのです。

 

 

23日間も無断欠勤が続けば,勤怠不良ということで,

懲戒解雇されてしまう恐れがあるのです。

 

 

正直,この懲戒解雇を争うのは難しいと思います。

 

 

逮捕勾留されても,懲戒解雇はせずに,

軽微な懲戒処分とした上で,雇用が維持されたり,

懲戒解雇をしない代わりに,自己都合退職を促さたりと,

会社の態様は様々です。

 

 

刑事弁護人の立場からは,犯罪行為をした労働者の更生のために,

会社にはなるべく恩情をかけてもらいたいと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

懲戒処分の会社外への通知と名誉毀損

昨日は,不祥事を起こした労働者に対する

懲戒処分を会社内で公表することと名誉毀損について解説しました。

 

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/201908208468.html

 

 

本日は,不祥事を起こした労働者に対する懲戒処分を

会社外に通知することと名誉毀損について解説します。

 

 

懲戒処分を受けたという事実は,当該労働者にとって,

社会的評価を低下させることであり,

会社外に通知する場合には,

会社内での公表における他の従業員を戒めて,

同様の不祥事を防止するという抑止効果には

直接結びつかないことから,会社は,

慎重に対応する必要があります。

 

 

 

もっとも,当該労働者の不祥事によって

取引先に迷惑をかけた場合や,

懲戒処分の後に取引先に働きかけて

会社に不利益を与えているような場合には,

当該労働者を懲戒処分したことを

取引先に通知する必要があると考えられます。

 

 

そのため,どのような場合に,どのような態様で

会社外に通知すれば名誉毀損とならないのかが問題となるわけです。

 

 

懲戒処分の会社外への通知と名誉毀損について判断した,

日本非破壊検査事件の東京地裁昭和55年4月28日判決

(労働判例341号61頁)を紹介します。

 

 

この事件では,原告労働者が会社のお金を着服したという

横領の被疑事実に基づき懲戒解雇されたのですが,

懲戒解雇後に,原告労働者が,取引先や金融機関に対して,

被告会社がつぶれることを言いふらしていたことから,

被告会社は,取引先や金融機関に対して,

原告労働者を懲戒解雇したので,

被告会社と関係がないことをはがきで通知しました。

 

 

このはがきでの通知が名誉毀損に該当するかが争点となりましたが,

東京地裁は,原告労働者が被告会社を誹謗中傷する言動に

対応する必要があったこと,はがきの内容が真実に合致していること,

表現が不穏当ではないこと,

葉書の送付先が取引先以外の第三者に発送されていないこと

を総合考慮して,名誉毀損に該当しないと判断しました。

 

 

他方,懲戒処分の会社外への通知が名誉毀損に該当すると

判断した東京貨物社事件の東京地裁平成12年11月10日判決

(労働判例807号69頁)があります。

 

 

この事件では,原告労働者が被告会社と競合する事業を営み,

受注の横流しをしたことを理由に,自宅待機を経て解雇されたところ,

被告会社がその事実を取引先に文書で通知しました。

 

 

東京地裁は,取引先に自宅待機や解雇の事実を通知すれば,

取引先は,原告労働者がなにか責められる事情があって

解雇されたと考え,原告労働者に対する信用が失われて,

被告会社やその取引先の業界で事業を行うことが

困難となる不利益がある一方,被告会社にとっては,

取引先に担当者が変更になった通知をする必要はあっても,

取引先に原告労働者を解雇したことを通知する必要性がないとして,

名誉毀損の成立を認めました。

 

 

 

2つの事件で結論が分かれたのは,

会社外に懲戒処分の事実を通知する必要性があったかという点です。

 

 

会社外に懲戒処分の事実を通知する必要性がないのにもかかわらず,

会社外に懲戒処分の事実を通知した場合,

名誉毀損になる可能性があります。

 

 

また,会社外に懲戒処分の事実を通知する必要性があっても,

通知の内容が当該労働者に配慮した

必要最小限のものでなければなりません。

 

 

会社外に懲戒処分の通知がなされた場合,

会社内での公表に比べて厳格に名誉毀損となるかが判断されるので,

会社外に懲戒処分の通知をされた労働者は,

名誉毀損に該当するかを検討してみてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

懲戒処分の会社内での公表と名誉毀損

労働者が不祥事を起こしてしまい,懲戒処分をされてしまいました。

 

 

この懲戒処分をされたことが,

会社内において公表されてしまった場合,

名誉毀損にならないのでしょうか。

 

 

本日は,懲戒処分の会社内での公表と名誉毀損について解説します。

 

 

労働者が不祥事を起こして会社が当該労働者に対して

懲戒処分を科す場合,他の労働者を戒めて,

同じような不祥事を防止するという抑止効果の観点から,

懲戒処分を行った事実を会社内に公表することがあります。

 

 

 

 

しかし,懲戒処分を受けた労働者からすれば,

懲戒処分を受けた事実が会社内で公表されれば,

当該労働者の社会的評価が低下するので,

全く無制限に許されるわけではありません。

 

 

ここで,懲戒処分の会社内での公表が問題となった裁判例を紹介します。

 

 

東京地裁平成19年4月27日判決です。

 

 

この事件は,原告労働者が,仕事の過程で

知り合った女子大生に対して,私的に連絡をとりあっていたところ,

トラブルとなり,女子大生に対して多大な迷惑と不快感を

与えたことを理由に懲戒休職6ヶ月の懲戒処分を受けて,

この懲戒処分が記載された書面が

社内掲示板に掲示されたという事件です。

 

 

東京地裁は,懲戒処分の会社内での公表について,

次のように判断しました。

 

 

「懲戒処分は,不都合な行為があった場合にこれを戒め,

再発なきを期するものであることを考えると,

そのような処分が行われたことを広く社内に知らしめ,

注意を喚起することは,著しく不相当な方法によるのでない限り

何ら不当なものとはいえない」

 

 

そして,この事件では,会社内の掲示板に,

原告労働者に交付された通知書と同一の文書を張り出す形で行われ,

掲示の期間は発令の当日のみであったことから,

懲戒処分の公表方法として,

著しく不相当な方法であったとはいえないとして,

名誉毀損にはあたらないと判断されました。

 

 

 

もう一つ,懲戒処分の社内での公表が争われた

泉屋東京店事件の東京地裁昭和52年12月19日判決

(労働判例304号71頁)を紹介します。

 

 

この事件では,懲戒解雇をした理由を説明した文書を

会社の従業員の給料袋に同封し,会社の出入り口に掲示し,

さらに,管理職が立ち会いのもと,就業時間中の作業を中断して,

その文書を配布して,全員が読み上げるまで

監視ししていたというものでした。

 

 

さすがに,このような懲戒処分の公表方法は,

著しく不相当であるとして,

労働者に対する名誉毀損が成立し,

慰謝料請求が認められました。

 

 

懲戒処分の公表方法が著しく不相当か否かについては,

会社にとって公表することが必要やむを得ないといえるか,

必要最小限の表現であるか,

懲戒処分を受けた労働者の名誉や信用に

可能な限り尊重した方法となっているかなどを検討して決められます。

 

 

もし,懲戒処分を受けた労働者が,

会社内での公表方法に疑問を抱いたのであれば,

上記の観点から,懲戒処分の公表方法が

著しく不相当か否かを検討してみてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

白鵬関の譴責処分を考える

朝日新聞の報道によりますと,日本相撲協会は,

大相撲春場所の千秋楽の優勝インタビューで三本締めをした

横綱白鵬関に対して,譴責の懲戒処分を行ったようです。

 

https://www.asahi.com/articles/ASM4R7G6XM4RUTQP02D.html

 

 

白鵬関の三本締めが,日本相撲協会のコンプライアンス規程のうちの

「土俵上の礼儀,作法を欠くなど,相撲道の伝統と秩序を損なう行為」

に該当することが,懲戒事由のようです。

 

 

 

本日は,白鵬関の譴責について検討してみます。

 

 

まず,労働契約法15条において,

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において,

当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様

その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,

社会通念上相当であると認められない場合は,

その権利を濫用したものとして,当該懲戒は,無効とする。」

と規定されています。

 

 

この条文から,懲戒処分が有効になるためには,

①懲戒事由及び懲戒の種類が就業規則に規定されて周知されていること,

②就業規則の懲戒規定に該当する懲戒事由があること,

③懲戒処分が社会通念上相当であること,

という要件を満たす必要があります。

 

 

これを白鵬関の三本締めにあてはめてみると,

①日本相撲協会のコンプライアンス規程に,

懲戒事由と懲戒の種類が規定されていると考えられますので,

この要件は問題ないと思います。

 

 

問題は,三本締めが,

「土俵上の礼儀,作法を欠くなど,相撲道の伝統と秩序を損なう行為」

という②懲戒事由に該当するのかということです。

 

 

 

そもそも,「土俵上の礼儀,作法を欠くなど,

相撲道の伝統と秩序を損なう行為」という定義が抽象的なため,

どのような行為がこの定義にあてはまるのか,

恣意的に運用されてしまうリスクがあります。

 

 

悪く言えば,相撲協会側にとって,

力士の気に入らない言動があれば,

この定義にひっかけて懲戒処分を課すことができてしまうわけです。

 

 

おそらく,一般の方々と相撲に長く携わってきた方々ですと,

「土俵上の礼儀,作法を欠くなど,相撲道の伝統と秩序を損なう行為」

の捉え方に違いがあると思います。

 

 

私は,相撲に造詣が深くないので,私個人の見解としては,

春場所の全取り組みが終了した後の優勝インタビューで三本締めをしても,

相撲道の伝統と秩序を損なうまでは至らないのではないかと考えます。

 

 

そのため,三本締めが懲戒事由に該当することついては

疑問を持っています。

 

 

最後に,白鵬関の三本締めが懲戒事由に該当するとして,

③懲戒処分が社会通念上相当か否かについて検討します。

 

 

白鵬関は,以前,優勝インタビューで万歳三唱をしたとして,

厳重注意を受けていました。

 

 

 

 

この厳重注意は,懲戒処分ではなく,

事実上の戒めのためになされるもので,指導監督上の措置です。

 

 

この厳重注意があったのに,同じような行為をしたとして,

今回は,懲戒処分の中で一番軽い譴責処分となったのです。

 

 

要するに,一度注意しているのに,懲りずにまたやったとして,

少し重い処分を課したわけです。

 

 

 譴責処分とは,一般的に,始末書を提出させて将来を戒めるものであり,

労働者に対して,直接的かつ具体的な不利益を与えるものではありません。

 

 

もっとも,譴責処分を受けたという事実が将来の

人事考課,昇給昇格,一時金の支給率決定に際して

不利益に考慮されることがありますので,会社は,

合理的な理由なく安易に譴責処分を発令することを慎む必要があります。

 

 

一度同じようなことで厳重注意を受けているのに,

またやってしまったことと,三本締めをしただけで

そこまで重い懲戒処分はできないということで,

最も軽い譴責処分に落ち着いたというわけです。

 

 

私個人としては,譴責処分といえども

懲戒処分であることには変わりなく,

この譴責処分が将来どのように不利益にはたらくかわからないことから,

三本締めで譴責処分までしなくてもいいのではないかと考えます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

手当の不正受給による懲戒解雇と退職金の不支給

先日,アルバイトによる不適切な動画がSNSに投稿されたことで,

大戸屋が店舗を休業して,アルバイトに対して,研修を行いました。

 

 

 

 

このようなバイトテロに対して,会社は,

懲戒処分や損害賠償請求をすることが多くなる可能性があります。

 

 

労働者の不祥事について,会社が,労働者に対して,

懲戒処分をした場合,労働者が,

懲戒処分に該当する行為をしていない,

懲戒処分は重すぎるなどと主張して,

懲戒処分を争うことがあります。

 

 

本日は,労働者が会社の諸手当を不正受給して懲戒解雇されて,

退職金が不支給となったことが争われたKDDI事件を紹介します

(東京地裁平成30年5月30日判決・労働判例1192号40頁)。

 

 

この事件の原告は,もともと長女と同居していたのですが,

長女が大学に進学して,長女と別居していたにもかかわらず,

長女と同居したままとして,住宅手当を多く取得しました。

 

 

また,原告は,長女と別居していたので,

被告会社の単身赴任基準を満たしていないにもかかわらず,

被告会社に対して,異動に伴いそれまで同居していた長女との

別居を余儀なくされたと虚偽の事実を申告して,

被告会社に誤認させて,単身赴任手当を不正に受給しました。

 

 

その他にも,原告は,社宅の賃料を不正に免れたり,

帰省旅費を不正に受給したりして,被告会社に対して,

合計約400万円の損害を与えました。

 

 

 

 

原告の不正行為には,会社に対する届出を忘れたという性質

がある反面,積極的に事実を偽り,会社を騙した詐欺の性質もあり,

3年以上の期間にもわたって不正が行われていたことから,

原告と被告会社が雇用関係を継続する前提となる

信頼関係が回復困難なほどに毀損されたと判断されました。

 

 

さらに,原告には,過去に2日間の停職の懲戒処分歴があり,

被告会社に対して,明確な謝罪や被害弁償がないことから,

懲戒解雇は有効と判断されました。

 

 

会社の金銭の不正受給に対する懲戒処分の場合,

重い懲戒処分がなされても,有効となる傾向にあると思います。

 

 

懲戒解雇が有効の場合,多くの会社では,

退職金を不支給にするか減額する規定を設けていることが多いです。

 

 

本件事件でも,懲戒解雇の場合は,退職金を不支給にする

規定があったため,被告会社は,原告の退職金を不支給にしました。

 

 

しかし,退職金には,賃金の後払い的性格と功労報償的性格の2つ

があり,退職金の不支給や減額をするには,

労働者のそれまでの長年の勤続の功を抹消ないし減額してしまうほどの

著しく信義に反する行為があった場合に限られる

とするのが裁判所の立場です。

 

 

退職金の賃金の後払い的性格を重視すれば,

不支給や減額を否定する方向に働き,

退職金の功労報償的性格を重視すれば,

労働者の非違行為の内容によっては,

不支給や減額も肯定されるのですが,

それでも抑制的に判断されています。

 

 

 

本件事件においても,原告の非違行為の性質は悪質ではあったものの,

裁判所は,原告の30年以上の勤続の功を完全に抹消したり,

そのほとんどを減殺するものとはいえず,

退職金のうちの6割を不支給として,

退職金の4割を支給することを命じました。

 

 

これまでに,さまざまな事件で,

懲戒解雇と退職金の不支給や減額が争われてきましたが,

懲戒解雇の場合に,退職金を不支給とすることが

認められた裁判例はないと思います。

 

 

労働者としては,懲戒解雇が有効となっても,

退職金がいくらか支給される可能性があることを知っておいてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労働者は会社の調査に協力しなければならないのか?

労働者が会社の経費を不正に使用するなどの

懲戒処分に該当する行為(非違行為といいます)をした場合,

会社は,労働者の非違行為の有無を調査します。

 

 

経費の不正使用であれば,具体的には,

領収書や会計帳簿を税理士にチェックしてもらい,

お金の流れにおかしいところがないかを確認したり,

他の労働者の聞き取りを行います。

 

 

 

 

客観的に手堅い証拠を固めた後に,

非違行為をしたと疑われる労働者に

事情を聴取することになると思われます。

 

 

このような調査を経て,会社は,非違行為があったのか,

あったとしたらどのような懲戒処分とするのかを決定します。

 

 

それでは,会社が懲戒処分を検討すための調査をする場合に,

労働者は,会社の調査に応じなければならないのでしょうか。

 

 

この論点について争われた富士重工事件の

最高裁昭和52年12月13日判決では,

違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため,

事実関係の調査をすることができることは,

当然のことといわなければならない」と判断されました。

 

 

また,ドコモCS事件の東京地裁平成28年7月8日判決では,

「労働者は自身の労働契約上の義務に違反する行為に関し,

使用者が調査を行おうとするときは,

その非違行為の軽重,内容,調査の必要性,その方法,態様等に照らして,

その調査が社会通念上相当な範囲にとどまり,

供述の強要その他の労働者の人格・自由に対する

過度の支配・拘束にわたるものではない限り,

労働契約上の義務として,その調査に応じ,

協力する義務がある」と判断されました。

 

 

 

 

ようするに,非違行為をした労働者は,

会社の調査に協力する義務を負うのが原則といえます。

 

 

そして,非違行為をした労働者が,会社の調査の過程で,

うそをついたり,積極的に調査を妨害する行為をした場合は,

会社との信頼関係を悪化させるので,会社が懲戒処分を決める上で,

労働者にとって不利益に評価されてしまうのです。

 

 

そのため,非違行為をしたことに争いがない場合には,

労働者は,素直に会社の調査に応じた方が,

自分の身を守ることにつながるといえそうです。

 

 

次に,非違行為をした労働者ではない,その他の労働者には,

会社の調査に応じる義務があるのでしょうか。

 

 

この論点について,富士重工事件の最高裁判決では,

①当該労働者の職責に照らして,

調査に協力することが職務内容になっている場合,または,

②調査対象である非違行為の性質・内容,

非違行為見聞の機会と職務執行との関連性,

より適切な調査方法の有無などを総合判断して,

労務提供義務を履行するうえで必要かつ合理的であると

認められる場合には,調査に協力する義務はありますが,

それ以外の場合には調査に協力する義務はないと判断されました。

 

 

ようするに,①非違行為をした労働者を監督する立場にある

上司の場合や,②防犯カメラなどがなく,

非違行為を目撃した労働者が一人しかおらず,

非違行為を証明するためには,目撃した労働者の証言が必要な場合

などには,調査に協力する義務はありますが,そうでないなら,

一般の労働者には調査に協力する義務はないことになります。

 

 

非違行為をしていない労働者は,

会社の調査に無理に協力する必要はありませんが,

非違行為をした労働者に対して同情する理由がないのであれば,

通常は会社の調査に協力することがほとんどだと思います。

 

 

非違行為をした労働者が,会社から調査を受けており,

どのように対応すればいいか迷った場合には,

早急に弁護士に相談するようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます

バイトテロに対する懲戒処分

昨日のブログに引き続き,本日は,

バイトテロに対する懲戒処分について検討します。

 

 

アルバイトの労働者が,ツイッター,インスタグラムなどの

SNSに勤務先の商品(特に食品)や什器を使用して

悪ふざけを行う様子の動画を投稿して,

それが拡散していった場合,会社は,

そのアルバイトを懲戒処分することができるのかという問題です。

 

 

 

 

まず,会社が労働者を懲戒するためには,

就業規則に懲戒の対象となる事由と懲戒処分の種類が定められ,

その就業規則が周知されていなければなりません。

 

 

そのため,会社の就業規則に,労働者が会社の信用を毀損したり,

会社の器物を損壊した場合には,懲戒処分を科すことができるという

規定が存在していなければ,会社は,労働者を

懲戒処分することができないのです。

 

 

次に,懲戒処分の対象とされた労働者の行為が

就業規則所定の懲戒事由に該当し,懲戒処分に

「客観的に合理的な理由」があると認められることが必要です

(労働契約法15条)。

 

 

この要件で問題になるのは,労働者の私生活上の行動を

理由として懲戒処分ができるかというものです。

 

 

労働者は,労働契約により,勤務時間中は

職務に専念する義務を負っていますが,

勤務時間外の時間をどのようにして過ごすかは,

労働者の自由であり,会社は,仕事に無関係な

職場外における労働者の行為を規制することはできないのです。

 

 

そのため,労働者の私生活上の行動は,

原則として会社の規制に服することはなく,

会社の事業活動に直接関連を有するものや,

会社の社会的評価の毀損をもたらすもののみが

例外的に懲戒の対象となるにすぎないのです。

 

 

 

 

そして,懲戒処分が,「労働者の行為の性質及び態様

その他の事情に照らして」,「社会通念上相当であると」

認められる必要があります(労働契約法15条)。

 

 

ようするに,労働者の懲戒該当事由に対して,

懲戒処分が重すぎてはならないということです。

 

 

これを,懲戒処分の相当性の要件といい,

労働者が懲戒処分を争う際には,

相当性の要件でせめるのが効果的です。

 

 

労働者の私生活上の行動に対する懲戒処分については,

厳格に判断される傾向があり,「当該行為の性質,情状のほか,

会社の事業の種類,態様・規模,会社の経済界に占める地位,

経営方針及びその従業員の会社における地位・職種」を総合判断して,

「会社の社会的評価に影響を及ぼす悪影響が相当重大であると

客観的に評価される」ことが要求されます(日本鋼管事件・

最高裁昭和49年3月15日判決・労働判例198号23頁参照)。

 

 

労働者による不適切な動画の投稿が

勤務時間以外の私生活の中で行われた場合,

動画の内容が会社の業務内容に関するものであり,

会社の社会的評価を毀損するものであれば,

懲戒処分は有効となると考えられます。

 

 

とくに,くら寿司やセブンイレブンのバイトテロの場合,

SNSで拡散された上に,テレビなどのマスコミにとりあげられて,

消費者に対して,くら寿司やセブンイレブンが不衛生であるとの

印象を与えて,信用を毀損したといえますので,

懲戒処分は有効になると思います。

 

 

 

 

もっとも,バイトテロに対して最も重い懲戒解雇とした場合,

当該アルバイトに過去に処分歴がなく,

長時間労働やパワハラを受けるなど劣悪な労働環境であったり,

労働者に対するSNSの利用についての教育が杜撰であった

という事情があれば,場合によっては,

懲戒解雇は重すぎるとして無効になる可能性もあると思います。

 

 

懲戒解雇の一つ手前の諭旨解雇に

とどめておいた方が無難のように思います。

 

 

とにかく,バイトテロは,重い懲戒処分を科される

危険がありますので,労働者は,決して,

バイトテロのような行為はしないようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

厚生労働省の統計不正問題から長期間経過後の懲戒処分を考える

昨日,通常国会が招集され,厚生労働省の

「毎月勤労統計」の不正統計問題が追及されています。

 

 

 

 

毎月勤労統計では,500人以上の事業所については

全ての事業所を対象にして調査しなければならないにもかかわらず,

東京都の500人以上の事業所約1400全てを調べることなく,

約500の事業所だけを選んで調べていた結果,

データが誤ったものとなりました。

 

 

データが誤ったものとなった結果,

雇用保険の失業給付金や労災の給付金が

本来支払われる金額よりも少なくなっており,

その総額は数百億円にのぼるといわれています。

 

 

失業中や仕事中にけがして休んでいる大変な時に

支給される給付金が,本来支払われる金額よりも

少なかったのですから,給付金を支給されていた人達は憤ります。

 

 

この統計不正ですが,2003年7月のマニュアルから

始まったらしく,2017年冬ころに,

違法調査の報告があったようですが,放置されて,

2019年に大問題となったようです。

 

 

 

その結果,厚生労働省の歴代幹部や職員22人が

訓告や減給の懲戒処分を受けました。

 

 

これほど大問題になったわけですので,

懲戒処分はやむをえないのですが,

今回の懲戒処分を検討する際に気になるポイントがあります。

 

 

それは,統計不正が始まったのが2003年ころとすると

約15年経過しているわけですが,

長期間経過後の懲戒処分は認められるのかという問題です。

 

 

懲戒処分該当行為から長期間経過

することによって企業秩序が回復したり,

懲戒処分はされないだろうという

労働者の期待が生じることから,

長期間経過後に懲戒処分が許されるのかが

問題になることがあるのです。

 

 

この点が争点となった東京地裁平成30年1月16日判決

を紹介します(判例時報2384号99頁)。

 

 

この事件は,私立大学の准教授が他人の論文を

2回盗用したとして,懲戒解雇されたのですが,

原告の准教授は,懲戒解雇に不服があり,裁判を起こしました。

 

 

裁判では,原告の准教授が故意に他人の論文を盗用したと認定され,

本件論文盗用行為は,他人の研究成果を踏みにじり,

自らの研究業績をねつ造するもので,

研究者としての基本的姿勢にもとる行為にあたり,

研究者としての資質に疑問を抱かせるもので

悪質性は顕著であると判断されました。

 

 

 

 

さらに,大学に対する信頼を毀損させたとして,

懲戒事由に該当すると判断されました。

 

 

そして,この論文の盗用は,懲戒解雇から13年前の出来事なので,

准教授の防御を図る観点から慎重を期す場合があるものの,

論文盗用という研究の本質に鑑みた場合の行為の悪質性,

その問題に正対せずに不自然不合理な

弁明を繰り返した准教授の姿勢から,

懲戒処分の該当行為から長期間経過したことで,

行為の悪質性を減殺することはできないと判断されました。

 

 

ようするに,懲戒処分の該当行為の悪質性が重い場合には,

長期間経過していることは,あまり考慮されない

可能性があるということです。

 

 

また,論文盗用という懲戒処分該当行為については,

長期間経過しても防御にそれほど支障がなかった

という点も考慮されています。

 

 

懲戒処分該当行為から長期間経過していることは,

一般的には労働者に有利に考慮されるのですが,

懲戒処分該当行為の内容によっては,

考慮されないことがありますので,

気をつける必要があります。

 

 

さて,話を厚生労働省の統計不正問題に戻しますと,

雇用保険の失業給付金や労災の給付金が

本来支払われる金額よりも少なくなっていたのであれば,

その間に給付金を受給していた人達が納得できるはずもなく,

国民の行政や統計に対する信頼を大きく失墜させました。

 

 

そのため,統計不正が始まって約15年以上が経過していても,

厚生労働省の幹部や職員に対する懲戒処分は

避けられなかったのだと考えます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。