深夜労働の割増賃金が支払われていない場合の対処法

昨日,次のような労働相談を受けました。

 

 

相談者は,ビル設備保守管理,運転監視業務をしていたのですが,

深夜の時間帯の割増賃金が適切に支払われていないので,

夜勤をしたときの深夜労働の割増賃金を含む

未払残業代を請求したいという相談でした。

 

 

 

 

夜勤の仕事内容は,ビルの防災センターにつめて,

監視モニターでビルを管理し,ビルを巡回警備したり,

配管の水漏れの警報が鳴れば現場にかけつけて対応し,

雷による停電があればその対応をする必要がありました。

 

 

会社の説明では,2万円ほどの特別勤務手当が残業代に相当するので,

残業代は適切に支払われているとのことです。

 

 

このように深夜労働をしていた場合,

2万円ほどの特別勤務手当を支払われているだけで,

適法な残業代の支払いがあったといえるのでしょうか。

 

 

深夜の時間帯に働く警備員,ホテルのフロント業務を担当する労働者,

マンションの住込み管理員などの労働者が,

深夜労働の割増賃金を請求する場合,

深夜に働く時間が労働時間か否かが争点となります。

 

 

深夜労働の場合,仮眠時間があったり,手待ち時間が多いなど,

日勤の仕事に比べて労働密度が薄いことから,

会社は,労働時間か否かを争ってきます。

 

 

このような労働時間か否かが争われる場合に

参考になる裁判例を紹介します。

 

 

大林ファシリティーズ事件の最高裁平成19年10月19日判決です

(労働判例946号31頁)。

 

 

この事件では,午前9時から午後6時までが(休憩1時間),

マンションの住込み管理員の所定労働時間とされていたのですが,

実際には,午前7時から午後10時までの時間帯に,

所定労働時間前後も働いていたとして,

マンションの住込み管理員が未払残業代を請求したものです。

 

 

 

マンションの住込み管理員の業務は,

実作業をしていない不活動時間が多かったことから,

不活動時間が労働時間か否かが争われました。

 

 

まず,不活動時間が労働時間といえるためには,

会社の指揮命令下に置かれていたと評価できるかで決まり,

不活動時間において労働契約上の仕事の提供が義務付けられている

と評価できれば,労働からの解放が保障されていないとして,

会社の指揮命令下にあると判断されます。

 

 

そして,被告会社は,原告らに対し,所定労働時間外にも,

管理員室の照明の点消灯,ゴミ置き場の扉の開閉,

テナント部分の冷暖房装置の運転の開始及び停止等

の断続的な仕事を指示し,マニュアルにも,

所定労働時間外においても,住民や外来者から宅配便の受け渡し等

の要望が出される都度,これに随時対応すべきことが記載されており,

原告らは,午前7時から午後10時までの時間帯に

事実上待機せざるを得ない状態に置かれていました。

 

 

さらに,被告会社は,原告らから管理日報等の提出を受けるなどして

定期的に業務報告を受けて,適宜業務指示をしており,

所定労働時間外の住民からの要望へ対応することについて

黙示の指示があったとされました。

 

 

 

 

その結果,平日の午前7時から午後10時までの時間について,

管理員室の隣の居室における不活動時間を含めて,

被告会社の指揮命令下に置かれていたとして,

労働時間と認められ,未払残業代請求が認められました。

 

 

このように,不活動時間については,会社が労働者に対して,

どのような業務指示をしていたのか,

マニュアルや管理日報から勤務実態や業務量はどうなっていたのか

を考慮して,労働時間か否かが判断されます。

 

 

そのため,深夜労働の割増賃金を請求する場合,

日報,報告書,マニュアルなどの証拠を集めた上で,

不活動時間における指示内容,勤務実態,業務量

を検討することが重要になります。

 

 

検討した結果,不活動時間が労働時間と判断できそうであれば,

会社に対して,未払残業代を請求していきます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

マタハラの対処法3

昨日のブログにも記載しましたが,

育休後に復職しようとしたところ,

会社から仕事はないといわれて,退職勧奨され,

実質的には解雇のような対応をされた場合,

どのように対処すべきなのでしょうか。

 

 

 

 

本日は,育休後の復職の際に退職扱いされたことが争われた

出水商事事件を紹介します(東京地裁平成27年3月13日判決・

労働判例1128号84頁)。

 

 

この事件では,産休中の原告に対して,

突然退職通知が送付されて退職金が支払われ,

納得のいかない原告が退職扱いの撤回を求めたところ,

退職扱いが撤回されたのですが,

原告が育休後に復職しようとしたところ,会社は,

「補充人員で席がなく,仕事がない。退職した方がいいと思います。」,

「もう一度働きたいなら被告代表者と面接をする。

それから雇うか決める。面接はそのとき仕事があればする。」

等と言われたために,原告は,復職予定日以降,

被告会社に出社できませんでした。

 

 

このような被告会社の対応に対して,原告は,

育休後の復職予定日以降に出社していないのは,

被告会社に帰責性があると主張して,未払賃金の請求と,

産前産後休業中に退職通知を送付した行為が違法であると主張して,

損害賠償を請求しました。

 

 

ここで,労働者の会社に対する賃金請求権は,

会社で就労することによって初めて発生するのですが,

会社の「責めに帰すべき事由」によって,

労働者が働くことが出来なかった場合,

民法536条2項により,労働者は,

会社に対して,賃金を請求できます。

 

 

 

 

この場合,労働者には,労務提供の意思と能力が

必要とされているので,会社に対して,

働く意思があることを表示しておきます。

 

 

ようするに,育休後に復職しようとして,

会社から復職を拒否された場合であっても,

労働者は,会社に対して,働く意思があることを表示しておけば,

実際に働いていなくても,賃金を請求することができるのです。

 

 

また,育児介護休業法4条には,会社は,

子供の養育を行う労働者の福祉を増進するように努めなければならず,

育児介護休業法22条には,育休後の就業が

円滑に行われるようにするために,

労働者の配置や雇用管理などにおいて必要な措置を講ずるよう

努めなければならないと規定されています。

 

 

そのため,本件事件では,原告が育休を取得している以上,

復職予定日に復職するのは当然であり,

育児介護休業法4条,22条に照らせば,被告会社は,

育休後の就業が円滑に行われるように必要な措置を講ずるよう

務める責務を負うことから,被告会社が原告の復職を拒否して,

原告が不就労となっていることについて,

被告会社に帰責性があると判断されました。

 

 

 

そのため,原告の不就労の一定期間について,

原告の賃金請求が認められました。

 

 

そして,労働基準法19条1項では産前産後の休業をしている女性を

解雇してはならず,育児介護休業法10条では

育休の申し出をした労働者に対して解雇などの

不利益取扱いをしてはならないと規定されています。

 

 

それにもかかわらず,被告会社は,産休中の原告に対して

退職扱いにする連絡をし,原告から撤回を求められても直ちに撤回せず,

むしろ退職通知を送付しており,これら被告会社の一連の行為には

重大な過失があり,労働基準法19条1項,育児介護休業法10条に

違反する違法行為であり,不法行為に該当し,

慰謝料15万円が認められました。

 

 

会社から育休後の復職を拒否されたとしても,

働く意思を表示しておけば,賃金を請求できますし,

育児介護休業法10条違反を根拠に,少額になるかもしれませんが,

慰謝料の請求が認められる可能性があります。

 

 

会社の対応がマタハラなのではないかと感じたら,

早目に弁護士に相談するようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

マタハラの対処法2

昨日,次のようなマタハラの法律相談を受けました。

 

 

相談者は,育休を取得する前は,

5時から13時までの時間帯で勤務していました。

 

 

育休が終わり,職場復帰しようとしたところ,会社からは,

14時から21時までの時間帯の勤務しかないと言われました。

 

 

会社からは,その理由として,相談者が育休に入るために

新しく人を雇ったので,5時から13時までの時間帯の

仕事はないということです。

 

 

しかし,小さい子供を養育している相談者としては,

14時から21時の夜の時間帯に働くことは困難です。

 

 

さらに,会社からは,1ヶ月分の給料を支払うので,

他の会社へいってほしい,新しい仕事を探してほしいと言われたようです。

 

 

 

 

今どき,ここまであからさまなマタハラ行為をする

会社があるのかと驚きましたが,現実には,

マタハラの被害が発生しているのだと思います。

 

 

さて,このようなマタハラに対して,

労働者はどのように対処するべきなのでしょうか。

 

 

そもそも,マタハラとは,女性労働者が妊娠,出産,育児などに

関連して職場で嫌がらせ(ハラスメント)行為を受けたり,

妊娠,出産などを理由として会社から不利益を被るなどの

不当な扱いをうけることをいいます。

 

 

このようなマタハラについては,次のように,規制されています。

 

 

まず,不利益取扱いの禁止です。

 

 

男女雇用機会均等法9条では,女性労働者の妊娠,出産,

産前産後休業などの権利行使をしたことを理由とする

解雇その他の不利益取扱いが禁止されています。

 

 

女性労働者を妊娠中または産後1年以内に解雇することは,

会社が妊娠を理由とする解雇でないことを証明しない限り無効となります。

 

 

また,1歳未満の子供を養育する労働者は,

会社への申出により,子供が1歳に達するまでの一定期間,

育休を取得できます(育児介護休業法5条)。

 

 

 

会社は,育休を理由として,労働者に対して解雇

その他の不利益取扱いをしてはなりません(育児介護休業法10条)。

 

 

次に,会社には,マタハラ防止措置が義務付けられています

(男女雇用機会均等法11条の2,育児介護休業法25条)。

 

 

会社に義務付けられているマタハラ防止措置とは,

具体的には次のようなものです。

 

 

①マタハラに対する会社の方針を明確にし,

就業規則などに規定し,研修によって周知,啓発すること

 

 

②相談窓口を設けて,相談担当者が適切に対応できるように

マニュアルを整備すること

 

 

③事実関係を迅速かつ正確に把握し,

事実確認ができた場合には速やかに被害者に対する配慮措置,

行為者に対する措置を実施し,再発防止を講じること

 

 

④周囲の労働者の業務負担への配慮などの業務体制の整備など

 

 

⑤その他,関係者のプライバシー保護,ハラスメント相談や

事実関係確認に協力したことを理由とする不利益取扱い禁止の周知など

 

 

 

 

これらのマタハラ防止措置を怠っていた会社において,

マタハラ被害が発生した場合,会社に対して

損害賠償請求をすることが考えられます。

 

 

さて,冒頭の相談者のケースの場合,

育休を取得したことを理由に退職勧奨,

実質的には解雇を通告されていますので,

会社の対応は育児介護休業法10条に違反しており,

また,会社はマタハラ防止措置義務を怠っているといえますので,

会社に対して,育休からの職場復帰を求めれますし,

賃金も請求でき,場合によっては,

慰謝料などの損害賠償を請求できます。

 

 

マタハラの被害を受けて納得出来ない場合には,

弁護士へ早目に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

精神疾患が悪化した場合の労災認定基準

仕事以外の原因や,仕事による弱い心理的負荷によって

精神疾患が発症し,その後に,仕事による強い心理的負荷によって,

精神疾患が悪化した場合,労災と認められるのでしょうか。

 

 

もともと精神疾患がなかった人が,発症前6ヶ月間に,

仕事による強い心理的負荷によって精神疾患を発症した場合,

労災と認定されるのですが,もともと精神疾患があった人が,

仕事による強い心理的負荷によって,精神疾患が悪化した場合,

労災と認められるためには高いハードルがあります。

 

 

すなわち,精神疾患の悪化の場合,悪化の前に,

仕事による強い心理的負荷となる出来事があったとしても,

原則として労災とは認められないのです。

 

 

 

 

もっとも,精神障害の労災認定基準別表1に記載されている

「特別な出来事」に該当する事実が存在し,

その後おおむね6ヶ月以内に精神疾患が自然的経過を超えて

著しく悪化したと医学的に認められる場合に,

悪化した部分について労災と認められます。

 

 

この「特別な出来事」とは,次のような場合です。

 

 

①生死にかかわる,極度の苦痛を伴う,または

永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした場合

 

 

②業務に関連し,他人を死亡させ,または

生死にかかわる重大なケガを負わせた場合

 

 

③強姦や,本人の意思を抑圧しておこなわれた

わいせつ行為などのセクシャルハラスメントを受けた場合

 

 

④発病直前の1ヶ月におおむね160時間を超えるような,

またはこれに満たない期間これと同程度の

(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った場合

 

 

 

 

このような,「特別な出来事」がない限り,

精神疾患の悪化のケースでは,労災と認められないので,

ハードルがとても高いのです。

 

 

昨日紹介した,国・厚木労基署長(ソニー)事件では,

上記の判断基準が妥当と判断されました

(東京高裁平成30年2月22日判決・労働判例1193号40頁)

 

 

その理由としては,既に精神疾患を発症して治療が

必要な状態にある者は,病的状態に起因した思考から

自責的・自罰的になり,ささいな心理的負荷に過大に反応し,

悪化の原因が必ずしも大きな心理的負荷によるものとは限らず,

自然経過によって悪化する過程でたまたま仕事による

心理的負荷が重なったにすぎない場合があるからです。

 

 

精神疾患の悪化の原因が仕事による強い心理的負荷と

判断しにくいので,労働者本人の要因とはいえないくらい,

極めて強い心理的負荷がある場合についてのみ,

精神疾患の悪化を労災と認めるようにしたわけです。

 

 

しかし,精神疾患の既往歴のある労働者に,

仕事による強い心理的負荷が認められても

労災と認定されないとなると,一般的な労働者と判断基準が

異なってしまうという論理的な問題があり,

精神疾患の既往歴のある労働者に厳しすぎる判断基準となっており,

妥当ではありません。

 

 

 

 

精神疾患の既往歴のある労働者にとって不平等な結論

となってしまいますので,労災認定基準を見直して,

精神疾患の悪化の事案についても一般的な労働者と

区別しない判断基準に改正するべきだと考えます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労災はどのような労働者を基準に判断されるのか?

長時間労働や上司からのパワハラなどで,

精神疾患を発症したり,最悪自殺に至った場合,

精神障害の労災認定基準をもとに,労災申請をすることがあります。

 

 

その際,労働者が体験した具体的な出来事ごとに

心理的負荷を検討し,その心理的負荷が「強」と判断されれば,

労災と認定されます。

 

 

 

それでは,この心理的負荷の強度を,

どのような労働者を基準に判断するのでしょうか。

 

 

仮に,精神疾患を発症した当該労働者が,

もともと何か病気をかかえていて,

心理的負荷を強く感じる方の場合,

他の労働者にとっては,心理的負荷を

それほど感じない場合であっても,

当該労働者を基準とすると,心理的負荷を

強く感じることがあります。

 

 

そこで,精神疾患を発症した当該労働者を基準とするのか,

一般的な労働者を基準とするのかが問題となるのです。

 

 

この問題について判断した国・厚木労基署長(ソニー)事件

を紹介します(東京高裁平成30年2月22日判決・

労働判例1193号40頁)。

 

 

この事件では,脳原性上肢障害で身体障害者等級6級の認定を受け,

頭痛,左手の麻痺,眼及び顔面に若干の障害を有していた

労働者が上司から厳しい言葉で注意を受け,その後,自殺しました。

 

 

 

 

遺族は,身体障害者であることを考慮して,

労災認定すべきと主張しましたが,労災とは認められず,

労災の不支給決定の取消を求めて裁判を起こしました。

 

 

裁判所は,どのような労働者を基準に心理的負荷の強度を

検討するかについて,「被災労働者と同種の平均的労働者,すなわち,

何らかの個体側の惰弱性を有しながらも,

当該労働者と職種,職場における立場,経験等の

社会通念上合理的な属性と認められる諸要素の点で同種の者であって,

特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者

を基準とすると判断しました。

 

 

そして,労災保険給付は,客観的に業務に内在する

危険性が実現したことに対する給付であり,

労働者の障害という事実を業務自体に内在する危険とは

みることができず,心理的負荷の強度を検討するにあたり,

障害の事実を考慮に入れるとする見解を採用しませんでした。

 

 

障害を持つ者が障害によって業務が軽減されているときは,

その軽減された業務に内在する危険が実現したと

認められるかが評価され,軽減されていないときには,

軽減されていない業務に内在する危険が実現したと

認められるか否かが評価されるので,

障害による業務の軽減の有無によって心理的負荷の判断は

異なるものではない,というのがその理由のようです。

 

 

そのため,身体障害者である被災労働者を基準とすることなく,

平均的な労働者を基準として心理的負荷の強度を判断することとなり,

結果として,遺族の請求は認められませんでした。

 

 

しかし,労働者は,もともと多種多様であり,

ストレス耐性にも個人差があるので,

当該業務が当該労働者にどのような心理的負荷を

与えていたのかを個別に検討すべきと考えます。

 

 

 

障害を持っている労働者とそうではない労働者とでは,

仕事から受ける心理的負荷の強度に違いはでるはずですので,

その点を考慮することが公平なのだと考えます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

パワハラが発生した場合に会社がしなければならないこと

現在,通常国会でパワハラを規制する法改正が議論されており,

立憲民主党が労働安全衛生法の一部を改正する

パワハラ規制法案を提出したようです。

 

 

https://cdp-japan.jp/news/20190410_1540

 

 

パワハラによって労働者の職場環境が害されないように,

必要な措置を講ずることが会社に義務付けられるという内容です。

 

 

特に,取引先からのハラスメントや,

消費者からのハラスメントについても,

労働者の職場環境が害されないように,

必要な措置を講ずることが会社に義務付けられるという点で,

労働者の保護の範囲を拡大していることが注目されます。

 

 

 

 

パワハラの問題が拡大していく中,会社は,

パワハラにどう対応していけばいいのでしょうか。

 

 

本日は,会社のパワハラ対応について,

興味深い判断がされたいなげや事件を紹介します

(東京地裁平成29年11月30日・労働判例1192号67頁)。

 

 

この事件では,原告である知的障害者の労働者に対する,

パートタイム労働者の言動が問題となりました。

 

 

原告は,そのパートタイム労働者から様々なパワハラを受けた

と主張しましたが,客観的な証拠は乏しく,

原告が提出した証拠は,原告の母が原告から聞いたことを

記載したメモなどの伝聞の証拠であったことから,

「幼稚園児以下」,「バカでもできる」という発言以外は,

証拠がないとして認められませんでした。

 

 

「あの人がこう言っていました」というように,

人から聞いたことを証言しても,

自分が直接体験したことを証言することに比べて,

聞き間違い,記憶違い,言い間違いが入り込むリスクがあり,

証言の信用は低くなるのです。

 

 

このように,伝聞の証拠は信用されにくいのです。

 

 

 

 

暴言によるパワハラの場合,言った言わないという

水掛け論となりやすく,パワハラ発言を

証明できるかをまず検討することになります。

 

 

暴言によるパワハラを証明するためには,

録音をするのが最も効果的です。

 

 

この事件では,「幼稚園児以下」,「バカでもできる」

という発言が認定されて,パートタイム労働者に対して,

不法行為が認められ,会社に対しても,

民法715条の使用者責任が認められました。

 

 

使用者責任とは,労働者が仕事に関連して,

不法行為をして,他人に損害を与えた場合には,

会社も不法行為責任を負うというものです。

 

 

他方,原告は,会社に対して,安全配慮義務違反の主張もしていました。

 

 

裁判所は,労働者が職場において他の労働者から

暴行・暴言を受けている疑いのある状況が存在する場合,

会社は,事実関係を調査し適正に対処する義務を負い,

どのように事実関係を調査し,そのように対処すべきかは,

会社の置かれている人的物的設備の現状により異なることから,

各会社において判断すべきとしました。

 

 

 

 

会社には,労働者に対して,安全配慮義務として,

合理的な範囲で,事実関係の調査と適正な対処をする義務があるわけです。

 

 

本件事件では,店長が,事実関係を調査し,

パートタイム労働者に対して,原告を他人と比べるような

発言をしないように注意した上で,

配置転換や職務の切り分けなどを検討していました。

 

 

被告は,配置転換や職務の切り分けを検討したのですが,

実際にそれは困難となったものの,知的障害者である原告に対して,

困っているときには気付いた従業員が声をかけたり,

連絡ノートを使って家族と情報交換をしたり,

休暇や勤務日の変更に柔軟に応じていたなどの配慮をしていました。

 

 

そのため,被告には,事後対応義務違反はなく,

合理的配慮が足りなかったとはいえず,

安全配慮義務違反は認められませんでした。

 

 

結果として,安全配慮義務違反は否定されたものの,

使用者責任が認められ,慰謝料20万円が認められたのです。

 

 

会社は,パワハラを認めた場合,合理的な範囲において,

事実関係の調査をし,適正な調査をする義務を負っており,

それを怠った場合には,損害賠償をしなければならないリスクが生じます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

協同組合の常務理事は労働者として保護されるのか?

日本の会社では,サラリーマンから

出世して取締役になることがあります。

 

 

 

 

取締役の場合,株主総会の普通決議で選任され,

会社と委任契約を締結し,委任契約期間が満了したり,

株主総会で解任されると,取締役としての地位を失います。

 

 

他方,労働者の場合,よほどのことがない限り解雇されず,

賃金は労働基準法24条1項により,全額払の原則で保護されています。

 

 

ようするに,取締役よりも労働者の方が保護が手厚いのです。

 

 

それでは,サラリーマンが取締役になった場合,

労働者としての保護は一切受けられなくなるのでしょうか。

 

 

労働者兼役員の者は,労働基準法上の「労働者」

といえるかという問題点について,説明します。

 

 

 

 

この問題点が争われた佐世保配車センター協同組合事件を紹介します

(福岡高裁平成30年8月9日判決・労働判例1192号17頁)。

 

 

この事件では,協同組合の労働者であった原告が

常務理事に就任したものの,ある労働者の横領事件を

代表理事に報告しなかったことを問題視されて,

理事職解任と離職が通知されたのですが,原告は,

労働契約法や労働基準法が適用される労働者であるとして,

解雇は無効であることから未払賃金の請求と退職金の請求をしました。

 

 

原告が理事に就任した後も,

理事就任前と同じ業務を行い,理事会や総会の議事録を

作成するなどしており,常務理事への就任も,

対外的な交渉をする際の肩書をつけるためになされたものに過ぎず,

常務理事就任後の報酬は,理事就任前と同額の賃金を

年間報酬額として12ヶ月均等割にしただけでした。

 

 

そのため,原告が,理事や常務理事に就任したことをもって,

直ちに被告協同組合との使用従属関係が消滅することにはならず,

原告は,被告の他の理事の指揮監督のもとで労務を提供していた

といえるので,理事や常務理事に就任した後にも引き続き,

労働者たる地位を継続的に有していたと判断されました。

 

 

原告に,労働者たる地位が認められるので,

解雇は無効となり,未払賃金と退職金の請求が認められたのです。

 

 

このように,労働者兼役員の労働者性が争われる場合,

次の事情が総合考慮されます。

 

 

①法令・定款上の業務権限の有無

②役員としての業務執行の状況

③代表者である役員からの指揮監督の有無

④拘束性の有無

⑤提供した労務の内容

⑥役員に就任した経緯

⑦報酬の性質や額

⑧社会保険上の取扱

⑨当事者の認識

 

 

そして,役員就任にあたって労働者としての

退職手続きがとられておらず,

仕事内容に大きな変化がないのであれば,

労働者性が否定されることはほとんどありません。

 

 

 

 

肩書だけ役員になって,実質的に役員にふさわしい

待遇を受けていないのであれば,労働者といえる

可能性がでてきますので,労働者兼役員の場合には,

労働者として保護されているのかを

一度検討してみるといいと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

アルバイトの労働条件を確かめよう!キャンペーン

4月は入学式のシーズンです。

 

 

 

フェイスブックのタイムラインを見ていると,

多くの方々がお子様の入学式や入園式の写真をアップしており,

とても微笑ましく,お子様のますますの成長が楽しみになりますね。

 

 

高校生から大学生になると,

アルバイトを始める学生が多いと思います。

 

 

ただ,最近は,学生が学生らしい生活を送れなくなるくらい,

正社員並に働かされて,かつ,労働基準法を守っていない

ブラックバイトが横行しているので,

この4月からアルバイトを始める学生は,

ブラックバイトをしないように気をつけてもらいたいです。

 

 

ブラックバイトの被害を防止しようとして,

厚生労働省が4月1日から7月31日まで

アルバイトの労働条件を確かめよう!

キャンペーンを開始しましたので,本日は,

このキャンペーンを多くの人に知ってもらいたく,

アルバイトの労働問題について解説します。

 

 

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04047.html

 

 

こちらのチラシには,アルバイトのトラブルの

典型事例が記載されています。

 

 

 

 

まずは,「学校のテストがある日もシフトを入れられてしまいます」

というトラブルです。

 

 

学生は学業が本業なのですが,使用者が勝手にシフト表を作成して,

正社員と同じくらい出勤しなければならなくなり,

大学の試験があるのに,アルバイトに行かなければならず,

試験を受けられずに単位がとれないという問題が生じます。

 

 

しかし,アルバイトの同意なく,使用者がシフト表を

勝手に作成することは,労働契約法に違反しています。

 

 

勤務日や休日,始業時刻や終業時刻といった労働条件を決めるには,

労働者と使用者が「対等の立場」で合意する必要があり

(労働契約法3条1項),労働条件を変更するには,

労働者と使用者の合意が必要になります(労働契約法8条)。

 

 

そのため,使用者は,一方的にシフトを決めることができず,

一方的にシフトを変更することもできないのです。

 

 

使用者には,学生のアルバイトのシフト表を作成する際に,

大学での勉強や試験に支障がないように配慮してもらいたいものです。

 

 

次に,「売れ残った商品を買い取れって言われます」というトラブルです。

 

 

コンビニなどでは,2月の恵方巻きや12月のクリスマスケーキを

自腹で買い取るように押し付けてくることがあるようです。

 

 

しかし,アルバイトには,売れ残った商品を買い取る義務はないので,

買いたくなかったら,きっぱりと断るようにしてください。

 

 

売買契約は,売りますと買いますという意思表示が合致しない限り,

成立しないので,買い手が買うと言わなければ,

売買契約は成立しないのです。

 

 

売れ残った商品を買わないといけない雰囲気があるかもしれませんが,

このような自腹買取をしたくないのであれば,

明確にNOと言うしかないのです。

 

 

 

 

また,アルバイトが売れ残った商品を買ったとしても,

その代金を給料から天引きすることは,

労働基準法24条1項の賃金全額払の原則に違反して,無効となります。

 

 

このようなアルバイトのトラブルから自分の身を守るために,

厚生労働省は,7つのポイントをまとめています。

 

 

 

 

①アルバイトを始める前に,労働条件を確認しましょう

 

②バイト代は,毎月,決められた日に,全額払いが原則

 

③アルバイトでも,残業手当があります

 

④アルバイトでも,条件を満たせば,有給休暇が取れます

 

⑤アルバイトでも,仕事中のけがは労災保険が使えます

 

⑥アルバイトでも,会社都合の自由な解雇はできません

 

⑦困ったときは,総合労働相談コーナーに相談を

 

 

この4月からアルバイトを始める学生に知っておいてほしいことが

端的にまとまっていますので,紹介させていただきました。

 

 

学生が労働法を学んで,ブラックバイトの被害が

撲滅されることを願っています。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

海外で労災事故に巻き込まれた場合に日本の労災保険法が適用されるのか?

昨日に引き続き,海外における労災事故について解説します。

 

 

昨日のブログに記載しましたが,海外での仕事が,

「海外出張」に該当すれば,日本の労災保険法が適用されるのですが,

「海外派遣」に該当すれば,日本の労災保険法は適用されないものの,

海外派遣者の特別加入の申請手続きをとり,承認が得られれば,

日本の労災保険法の補償が受けられるのです。

 

 

 

 

さて,海外に長期滞在する場合,

海外派遣者の特別加入制度を利用すれば問題ないのですが,

当初は,すぐに日本に帰国する予定であったものの,

予期せず海外滞在が長くなり,その後,

労災事故に巻き込まれてしまい,労災事故の時点において,

海外派遣者の特別加入制度の申請手続きをとっていなかった場合に,

日本の労災保険法が適用されるのかということが問題となります。

 

 

この問題について判断した裁判例として,

国・中央労働基準監督署長(日本運輸社)事件があります

(東京高裁平成28年4月27日判決・労働判例1146号46頁)。

 

 

この事件では,中国の現地法人で総経理の仕事をしていた

労働者が急性心筋梗塞を発症して死亡した事件で,

遺族は,労働基準監督署に対して,

遺族補償給付と葬祭料の支給を求めましたが,

労働基準監督署は,死亡した労働者は,

海外派遣者であり,特別加入の承認を受けていなかったとして,

日本の労災保険法の補償は受けられないと判断しました。

 

 

そこで,遺族が,この労働基準監督署の判断を不服として,

労災保険の不支給処分を取り消すための訴訟を提起しました。

 

 

争点は,死亡した労働者が,海外出張者か海外派遣者かというもので,

海外出張者に該当すれば,遺族が救済されることになります。

 

 

東京高裁は,海外出張か海外派遣かの判断基準について,

次のように判示しました。

 

 

 

 

単に労働の提供の場が海外にあるだけで,

国内の事業場に所属して当該事業場の使用者の

指揮に従って勤務しているのか,それとも,

海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の

指揮に従って勤務しているのかという観点から,

当該労働者の従事する労働の内容やこれについての

指揮命令関係等の当該労働者の国内での勤務実態を踏まえ,

どのような労働関係にあるのかによって,

総合的に判断されるべきものである

 

 

具体的には,被災した労働者の所属,地位,権限,

赴任時における日本の会社の内部処理,賃金支払,

労務管理,労災保険料の納付状況等が総合考慮されます。

 

 

本件事件では,被災した労働者には,

受注の可否の決定や値段や納期など契約内容の決定を行う権限も,

顧客に発注する見積書の内容を決定する権限も,

日本の会社から与えられておらず,

日本の会社の担当者がこれらの決定していました。

 

 

また,日本の会社では,被災した労働者を長期出張として

内部処理して労災保険料の納付を継続しており,

被災した労働者の給料は,日本の会社から

中国の現地法人を介して支払われており,

被災した労働者は,出席簿を日本の会社に提出していました。

 

 

これらの事実から,被災した労働者は,

単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず,

国内の事業場に所属して,国内の事業場の使用者の

指揮命令に従って勤務する労働者であり,

海外出張者に該当するので,特別加入手続きがとられていなくても,

日本の労災保険法の補償を受けられると判断されました。

 

 

 

 

このように,海外出張者か海外派遣者かについては,

被災した労働者の労働実態を入念に検討していく必要があります。

 

 

とはいえ,場合よっては海外派遣者と

判断される可能性もありますので,

長期間海外で働く場合には,事前に

海外派遣者の特別加入制度の承認手続きを

しておくようにしましょう。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

海外の労災事故に日本の労災保険が適用されるのか?

ラオスで水力発電所の建設工事に従事していた

大林組の男性社員がくも膜下出血で死亡したのは,

長時間労働が原因であるとして,

三田労働基準監督署が労災認定しました。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASM3W56NCM3WULFA02D.html

 

 

過労死した男性は,メコン川支流の川に建設するダムや

水力発電所の工事の管理者をつとめていたようで,

死亡する1ヶ月前の時間外労働は約187時間,

最長で1ヶ月239時間の時間外労働をし,

50日連続勤務のときもあったようです。

 

 

 

海外で働くと,言葉が通じないうえに,文化が異なることで

ストレスがかかりますし,体調を崩した時に,

適切な医療を受けられるのか不安なことが多いです。

 

 

それでは,海外勤務で労働災害に巻き込まれた場合,

労働者には日本の労災保険が適用されるのでしょうか。

 

 

この点,海外での労働が,「海外出張」か「海外派遣」かによって,

日本の労災保険法が適用されるのかが分かれます。

 

 

海外出張とは,単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず,

国内の事業場に所属し,その事業場の使用者の

指揮に従って勤務することをいいます。

 

 

具体的には,海外における,①商談,

②技術・仕様などの打ち合わせ,

③市場調査・会議・視察・見学,

④アフターサービス,

⑤現地での突発的なトラブルの対処,

⑥技術習得などのために海外に赴く場合

などが海外出張となります。

 

 

 

 

海外出張の場合,出張中に発生した労働災害には

国内と同様に労災保険法が適用されます。

 

 

そのため,海外で発生した労働災害について,

業務遂行性(労働者が労働契約に基づいて会社の支配下にある状態)と

業務起因性(仕事が原因で負傷したこと)が認められれば,

業務上の労働災害として,労災保険の給付が受けられます。

 

 

他方,海外派遣とは,海外の事業場に所属して,

その事業場の使用者の指揮に従って勤務することをいいます。

 

 

具体的には,①海外関連会社(現地法人,合弁会社,提携先企業)

へ出向する場合,②海外支店,営業所へ転勤する場合,

③海外で行う据付工事・建設工事に従事する場合

(統括責任者,工事監督者,一般作業員などとして派遣される場合)

などは海外派遣となります。

 

 

海外派遣の場合,日本の労災保険法は適用されず,

海外派遣先の国の災害補償制度が適用されます。

 

 

しかし,海外には災害補償制度が確立していない国があったり,

災害補償制度が確立していても,補償水準は国によって差があります。

 

 

そのため,海外派遣の労働者の保護を図るために,

労災保険法には,海外派遣者の特別加入制度があります。

 

 

 

 

海外で仕事を開始する2週間ほど前に,

申請書を労働基準監督署を経由して労働局へ提出し,

労働局長が承認をすれば,海外派遣の労働者に,

日本の労災保険が適用されます。

 

 

また,すでに赴任している海外派遣の労働者に対しても,

特別加入制度を利用できますが,

日本の労災保険が適用されるのは,

労働局長の承認があった日以降となります。

 

 

海外に転勤になった場合には,

もしものことに備えて,

海外派遣者の特別加入制度に加入申請することを

忘れないようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。