パワハラ・セクハラで懲戒解雇されても無効になるのか

財務省の森友学園問題で佐川前理財局長の

懲戒処分が注目されたことに関連して,本日は,

懲戒解雇についてある裁判例を紹介します。

 

 

国立大学の大学院の教授が講師や助教授に対して,

パワハラやセクハラをしたとして,懲戒解雇されました。

 

 

 

 

しかし,この教授は,懲戒解雇は無効であるとして,

裁判をおこしました

(国立大学法人群馬大学事件・

前橋地裁平成29年10月4日判決・

労働判例1175号・71頁)。

 

 

裁判では,本件懲戒解雇の手続に違法

あったかが一つの争点となりました。

 

 

大学は,原告の教授に対して,

まずは諭旨解雇をすると告げました。

 

 

これに対して,原告の教授は,

いったん持ち帰ってから,諭旨解雇に応じるかを

検討したいと回答しました。

 

 

すると,大学は,この場で諭旨解雇に応じない

のであれば懲戒解雇にすると告げました。

 

 

原告の教授が,諭旨解雇を告げられてから1時間後に,

諭旨解雇の応諾書にサインすることなく

帰宅しようとしたので,大学は,

原告の教授に対して,懲戒解雇を告げました。

 

 

ここで問題になるのは,諭旨解雇を告げてから

1時間後に労働者が応じなかったときに,

懲戒解雇ができるのかという点です。

 

 

諭旨解雇とは,退職届の提出を促して,

即時退職を求めて,期間内に応じない場合

には解雇するという懲戒処分です。

 

 

諭旨解雇は,労働者が期間内に退職届の

提出をしなかった場合,解雇されるという

強制された状況で退職届を提出させられるので,

退職勧奨に応じて自主退職することとは異なります。

 

 

退職勧奨は,任意に退職を促すものなので,

労働者は,退職勧奨に従わなくても解雇されません。

 

 

諭旨解雇は,労働者としての身分を失わせる

懲戒処分なので,懲戒解雇の次に重い処分になりますので,

裁判で争われた場合には,厳しく審査されます。

 

 

本判決では,大学は,原告の教授が,

諭旨解雇に応じるか否かを検討するのに必要な時間を聞き取り,

回答期限を設定すべきであったのに,

これをしていないことから,

解雇手続に違法があったと判断しました。

 

 

もっとも,原告の教授が諭旨解雇の

回答期限が経過すれば,日を改めて懲戒解雇

されていたことから,解雇手続の違法は軽微であり,

これだけでは,懲戒解雇そのものが

無効にはならないとされました。

 

 

そのうえで,原告の教授には,パワハラやセクハラ

の事実は認められたのですが,内容や回数が限定的であり,

業務上の必要性が全くないわけでなく,

ことさらに嫌がらせをする目的があったわけでもないため,

悪質性が高いわけでないとされました。

 

 

そして,原告の教授は,過去に懲戒処分を

受けたことがなく,ハラスメントの一部を認めて,

反省の意思を示していました。

 

 

そのため,原告の教授に対して,

懲戒解雇は処分として重すぎると判断されて,

結果として,懲戒解雇は無効と判断されました。

 

 

論理があっちこっちいってわかりにくかったかもしれませんが,

ようするに,解雇手続の違法は軽微なので

それだけでは懲戒解雇は無効にならないけれども,

原告の教授のパワハラ・セクハラの内容や回数,

過去に懲戒処分を受けておらず,

反省していたことを考慮して,

懲戒解雇は重すぎるので無効となったのです。

 

 

懲戒解雇は,労働者に対して,

経済的にも社会的にも大きな損失を与えるので,

裁判では,かなり慎重に審査されます。

 

 

よほどひどいことをしていないのに

懲戒解雇された場合には,裁判で争えば,

懲戒解雇が無効になる可能性があります。

 

 

そのため,財務省の森友学園問題で,

佐川前理財局長が懲戒免職とされなかったのは,

妥当なのだと考えます。

財務省の決裁文書改ざん問題から考える退職のタイミング

財務省は,6月4日,

森友学園と国有地取引に関する決済文書の改ざん問題で,

佐川前理財局長が改ざんや交渉記録の廃棄の方向性を決定づけたとして,

「停職3ヶ月相当」の処分として,

退職金から約500万円を減額することを発表しました。

 

 

私が気になったのは,「停職3ヶ月相当

の処分の「相当」という部分です。

 

 

佐川前理財局長は,6月4日の処分発表前に,財務省を既に退職しています。

 

 

 

退職した労働者に対して,懲戒処分ができるのかと疑問に思ったのです。

 

 

この疑問を考えるにあたり,退職した労働者に対して,

懲戒解雇ができるのかという論点を検討してみます。

 

 

懲戒解雇とは,会社のルール違反に対する制裁罰である

懲戒処分として行われる解雇のことで,ようするに,

労働者が会社から受ける処分の中で最も重いものです。

 

 

懲戒解雇されると,経歴に大きな傷がついて,

次の就職が困難になったり,退職金が減額されるなど,

労働者にとってかなりのダメージとなります。

 

 

そのため,よほど労働者がひどいこと

をしない限り,懲戒解雇まではされません。

 

 

さて,労働者に,懲戒解雇に相当する違反があったとしても,

その労働者が既に退職していたなら,その労働者との労働契約は

既に終了しているので,懲戒解雇をすることができません。

 

 

懲戒解雇とパラレルに考えるなら,

既に財務省を退職している佐川前理財局長に対して,

停職処分をすることはできないのです。

 

 

停職処分とは,労働契約を存続させつつ,

労働者が働くことを一定期間禁止し,停職期間は無給とする懲戒処分であり,

佐川前理財局長は,既に退職しているので,停職処分にはできないのです。

 

 

そのため,「停職3ヶ月」ではなく「停職3ヶ月相当」となったのだと思います。

 

 

次に,退職金から約500万円を減額した点について検討します。

 

 

懲戒解雇の場合,労働者が退職後に,

懲戒解雇に相当する違反をしていたことが判明した場合,

就業規則などに,当該違反の事実をもって退職金を減額できる

規定があれば,退職金を減額することができます。

 

 

財務省の退職金の規定がどうなっているのか分かりませんが,

仮に,停職処分に該当する違反行為があった場合に,

退職金を減額できるという規定があれば,

退職後に停職処分に相当する違反をしていたことが判明すれば,

退職金を減額できることになります。

 

 

そこで,財務省は,佐川前理財局長が退職しているので,

停職処分にはできないけれども,「停職3ヶ月相当」として,

退職金を約500万円減額したのだと考えられます。

 

 

なお,佐川前理財局長については,

懲戒免職で退職金を全額返上させるべきだという意見もあるようですが,

過去に懲戒処分歴がなければ,いきなり懲戒免職とすると,

裁判で争われた場合,裁判所は,処分としては重すぎると判断する

場合がありますので,これだけ大問題になってはいますが,

過去の功績を考慮すると,停職3ヶ月は相当なのだと思います。

 

 

また,懲戒免職でないので,停職処分で退職金を大幅に

減額することは困難であるので,約500万円の減額に,

多くの国民は納得しないかもしれませんが,

労働法的には妥当なラインだと思います。

 

 

佐川前理財局長の事例から言えることは,

労働者は,ルール違反をしてしまって,懲戒処分をされそうであれば,

早目に自分から退職することを検討したほうがいいでしょう。