労働者が仕事中や通勤途中に交通事故にあった場合,労災保険の適用を受けることができます。一方,交通事故については,加害者の自賠責保険と任意保険からの支払を受けることができます。それでは,労働者は,労災保険を利用した方がいいのか,自賠責保険と任意保険を利用した方がいいのか。一般的には,労災保険を利用した方が,労働者にとって有利な場合が多いです。
まず,過失相殺です。過失相殺とは,交通事故の原因や損害の発生・拡大に被害者の過失が関与していた場合,過失のある被害者の損害賠償額を減額することです。任意保険では,被害者の過失割合に応じて過失相殺されますし,自賠責保険では,被害者の過失割合が7割以上の場合に,2~5割の範囲で損害賠償額が減額されます。それに対し,労災保険では原則として過失相殺はされず,労働者に過失があっても,給付内容が制限されることはありません。
次に,労災保険では,「費目間流用の禁止」という原則があり,この原則によって,労働者が最終的に受け取る損害賠償額が多くなることがあります。
例えば,治療費,休業損害,慰謝料が各100万円(損害総額300万円)で,被害者の過失20%,治療費全額100万円と休業損害の6割の60万円について労災保険から給付を受けている場合,加害者に対して,あといくら請求できるかを考えてみます。まず,治療費,休業損害,慰謝料それぞれに対して過失相殺をします。すると,治療費,休業損害,慰謝料は各80万円になります。そこから,治療費100万円,休業損害60万円の既払い額を控除すると,治療費は-20万円,休業損害20万円,慰謝料80万円となります。そして,最終的に被害者に支払われる金額を計算しますが,ここで「費目間流用の禁止」の原則が働きます。既払い額をひいた後の治療費は-20万円となりますが,このマイナス部分を他の費目(休業損害や慰謝料)から差引いてはならず,治療費は0円と計算します。一方,既払い額控除後の休業損害20万円,慰謝料80万円はそのままですので,被害者は最終的に100万円を受け取ることができます。
これに対して,同じ事案で,任意保険から治療費全額100万円と休業損害60万円が支払われていた場合は,次のようになります。損害合計300万円に2割の過失相殺がされるので,300万円×0.8=240万円となり,240万円から既払い額160万円がひかれて,被害者は最終的に80万円を受け取ることになります。任意保険では,費目間流用が認められるので,このような計算になります。
労災保険では,費目間流用が禁止されているので,交通事故の被害者が最終的に受け取れる金額は,労災保険の方が多くなることがあります。
そして,労災保険から支給される特別支給金について,損益相殺されないというメリットもあります。損益相殺とは,交通事故によって被害者が損害を被ると同時に何らかの利益を得た場合,その損害から利益を差し引くことです。
例えば,労働者が仕事中に交通事故にあい,怪我のため,会社を休業する場合,労災保険から休業補償給付を受けることができます。休業補償給付は,給付基礎日額(賞与を除く過去3ヶ月の平均賃金)の6割を補償するものです。また,休業補償給付とは別に,労災保険から,給付基礎日額の2割に相当する額が,休業特別支給金として支給されます。そのため,労働者には給付基礎日額の8割が支給されます。このうち,6割の休業補償給付は損益相殺されますが,2割の休業特別支給金は損益相殺されません。休業特別支給金が損益相殺されない結果,被害者は,より多くの損害賠償額を取得できる余地があります。
他にも,労災保険から支給される障害特別支給金や遺族特別支給金,遺族特別年金といった「特別」という語がついた給付については,損益相殺されません。
このように,交通事故では,労災保険を利用した方が被害者である労働者にとって有利な場合がありますので,仕事中に交通事故にあった労働者は,労災保険の利用を考えてください。