懲戒解雇のタイミング

病院で医療事務に従事していた原告が,病院を自己都合退職した後に退職金を請求したところ,被告病院は,原告が診療情報を改ざんしたとして,原告が自己都合退職した後に懲戒解雇して,退職金の全額を支払いませんでした。そこで,原告は,被告病院に対して,退職金請求の裁判を提起しました。

 

大阪地裁平成28年12月9日判決(医療法人貴医会事件・労働判例1162号・84頁)は,まず,懲戒解雇の効力について,原告の退職届が被告病院に提出された日の1ヶ月後に,原告と被告の労働契約が終了しており,労働契約終了後になされた懲戒解雇は効力を有しないと判示しました。

 

もっとも,懲戒解雇をすることができない場合であっても,退職金に功労報償的性格がある場合には,労働者がそれまでの勤続の功労を抹消又は減殺する程度にまで著しく信義に反する行為をしたとき,労働者の会社に対する退職金請求の全部又は一部が権利の濫用に当たり,会社は,労働者からの退職金請求の全部又は一部を拒むことができると判示しました。

 

そして,本件において,原告の診療情報の改ざん行為は,懲戒解雇事由に該当する悪質な行為であり,原告が19年間積み上げてきた功労を減殺するものであるが,原告の功労を全部抹消するほどに重大な事由とはいえず,原告の退職金請求の2分の1が認容されました。

 

労働者が,懲戒解雇事由に該当する行為をしてしまった場合,早々に自己都合退職をすれば,場合によっては,本件判例のように,懲戒解雇を避けられることができるかもしれません。また,懲戒解雇事由がある場合でも,労働者の情状によっては,退職金請求の一部が認められる場合があります。懲戒解雇のタイミングを考える上で,興味深い判断がされたことから,紹介させていただきます。

航空自衛隊自衛官セクハラ事件

航空自衛隊の非常勤隊員として採用された原告が,庶務係長をしていた被告からセクハラ行為を継続的に受けたことによりPTSDを発症したとして,被告に対し,1100万円の損害賠償を請求した事件で,東京高裁平成29年4月12日判決において,慰謝料800万円が認容された事件を紹介します(労働判例1162号・9頁)。
 

被告は,原告に対して,非常勤隊員採用試験への人事上の影響力を示唆して,性的関係を強要しました。原告は,母子家庭であり,自らの収入だけを頼りとする生活を送っており,雇用と収入の確保が重要であったため,人事に関する影響力を誇示する被告の求めに応じざるをえませんでした。

 

判決では,被告のセクハラ行為によって,原告は,精神状態を悪化させ,生活保護を受けざるをえない状態に追い込まれ,被告に関係解消を訴えても無視されたことが悪質であると判断され,慰謝料としては高額な800万円が認められました。

 

職場の上司が部下の女性に対して,人事上の影響力を示唆することで性的関係を求めたという悪質なセクハラ行為で,高額な慰謝料が認められた点に特徴があります。セクハラは密室で行われるので,立証が難しいのですが,本件では,詳細にセクハラ行為が認定されているので,事実認定の参考になります。

ブラック研修

ゼリア新薬工業の新入社員が,新人研修において,研修の講師から意に沿わない告白を強要されたことが原因で精神疾患を発症し,強い心理的負荷があったとして,研修中に自殺したことについて,労災が認定されました。

 

http://www.asahi.com/articles/ASKBB544MKBBULFA02M.html

 

研修の講師から,弱みをさらけ出せと迫られ,新入社員は,同期の社員の前で,吃音であることや,昔いじめを受けていたことを告白させられたようです。

 

新入社員の人格を否定し,それまでの価値観を破壊するブラック研修は,ひどい労働環境でも新入社員が簡単に辞めないように,最初の段階で洗脳させる目的で行われることがあるようです。

 

私も以前,道路で大声で叫ぶ研修等,こんな研修が何の意味があるのかと疑問に思う研修を実施する企業に就職すべきか悩んでいるという相談を受けたことがあります。ユーチューブで研修の動画を見たのですが,たしかにこのような研修をするような企業に就職するべきか悩むのはもっともな気がしました。

 

研修中の自殺で労災が認定されたので,今後は,このようなブラック研修がおかしいと主張する労働者が増えて,社会問題化すれば,ブラック研修が減少していくのではないかと思います。ブラック研修は早急になくすべきです。

トラック運転手の過酷な労働実態

私は,日本弁護士連合会の貧困問題対策本部のワーキングプア部会に所属しています。そこで,「現在の物流業界の状況とトラック労働者の過酷な労働実態」という勉強会がありましたので報告します。講師は,建交労全国トラック部会の事務局長の鈴木正明さんでした。

 

まず,総務省の労働調査結果によれば,全産業就業者のうち,トラック運転手は,1.25%しかいないにもかかわらず,国内物流の91.3%はトラックが占めています。日本の物流は,トラック運転手がそのほとんどを担っているにもかかわらず,全労働者に占めるトラック運転手の割合はとても少ないです。

 

トラック運転手が不足している理由として,賃金水準が全産業に比べて1~2割低く,労働時間が全産業に比べて2割以上長いという過酷な労働実態があるからと考えられます。長距離トラック運転手は,長距離を移動し,かつ,荷物の積み降ろしがあるので,どうしても長時間労働になります。長時間労働にもかかわらず,賃金は低水準なため,なり手が少なくなります。

 

加えて,他の産業に比べて脳心臓疾患の過労死で,労災支給決定になる件数がダントツに多く,全産業の3割近くを道路貨物運送業が占めています。トラック運転手は,深夜に長距離移動するので,質のよい睡眠がとれず,長時間労働による疲労が蓄積して,脳心臓疾患に罹患しやすくなるのだと考えられます。

 

また,運送会社の労働基準関係法令の違反件数も多く,運送会社の現場では,労働基準法が遵守されていないようです。

 

アマゾン等のネット通販によって,私達の生活は便利になりましたが,その一方で,日本の物流を担うトラック運転手の労働実態はより悪化しているといえます。日本の物流を維持するためにも,トラック運転手の労働環境の改善が早急に求められます。トラック運転手にこそ,勤務間インターバルや残業の罰則付き上限規制が早急に実施されるべきだと思います。