育児を理由に時短勤務の申し出をした女性労働者に対するマタハラ事件

1 育児のための所定労働時間の短縮措置

 

 

子育て中の方であれば,仕事に復帰すると,

子供を保育園や幼稚園に迎えに行く関係で,

労働時間を短縮した時短勤務を希望したいときがあります。

 

 

育児介護休業法23条において,会社は,

3歳未満の子供を養育している労働者であって,

育児休業をしていないものから,

時短勤務の申し出があった場合,

これに応じる必要があります。

 

 

これを育児のための所定労働時間の短縮措置といいます。

 

 

 

そして,育児介護休業法23条の2において,

労働者が時短勤務の申し出をしたこと理由として,

会社は,当該労働者に対して不利益な取扱をしてはならない

と規定されています。

 

 

2 育休のための時短勤務の申し出をしたことに対する不利益取扱が争われた事件

 

 

本日は,この育児のための時短勤務の申し出をした

労働者に対する不利益な取扱が争われた

フーズシステム事件の東京地裁平成30年7月5日判決

(労働判例1200号48頁)を紹介します。

 

 

この事件では,第1子を出産した後に,

職場復帰した原告の女性労働者が,

時短勤務を希望したところ,会社から,

時短勤務のためには,正社員からパート社員になるしかない

という説明を受けました。

 

 

会社は,原告労働者に対して,

正社員のままで時短勤務ができない理由について説明しませんでしたが,

原告労働者は,正社員からパート社員に変更され,

賞与が支給されなくなることに釈然としないものの,

他の従業員に迷惑をかけている気兼ねや,

出産後に別の仕事を探すのが困難であったことから,

有期労働契約の内容を含むパート契約に署名押印しました。

 

 

その後,原告労働者は,有期労働契約の期間満了により,

雇止めされたことから,正社員としての地位の確認の裁判を起こしました。

 

 

原告労働者が時短勤務の申し出をしたところ,

パート社員に転換することに合意したことが,

育児介護休業法23条の2の不利益な取扱に

該当するかが争点となりました。

 

 

3 労働者の合意は厳格に判断される

 

 

一般的には,労働者が,会社との間の文書に署名押印すると,

労働者は,その文書に合意したと捉えられます。

 

 

しかし,会社と労働者との間には力関係の差があることから,

労働者が,会社から圧力を受けて,

文書に署名押印せざるをえない状況に追い込まれることがよくあります。

 

 

そのため,最近の裁判例では,会社との合意が

労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる

合理的な理由が客観的に存在することが必要になっています。

 

 

そして,当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,

労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様,

当該合意に先立つ労働者への情報提供及び説明の内容

などが総合考慮されます。

 

 

本件事件にあてはめると,正社員から有期労働契約のパート社員に

転換されることで,雇用が不安定となり,

賞与が支給されなくなるので,原告労働者の不利益は大きいです。

 

 

また,会社は,時短勤務をするためには

パート社員になるしかないと説明しただけであり,

実際には正社員のままでも時短勤務は可能であったこと,

原告労働者は,他の従業員に気兼ねして

パート社員への転換に合意したことという事情が考慮されました。

 

 

結果として,正社員からパート社員への転換の合意については,

原告労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる

合理的な理由が客観的に存在しないとして,

正社員の地位確認が認められました。

 

 

4 産前産後の労働禁止

 

 

さらに,本件事件では,会社は,

原告労働者が第2子出産に際して,

産休の取得を認めないと伝えていました。

 

 

 

労働基準法65条では,6週間以内に出産する予定の女性,

産後8週間を経過しない女性を働かせてはならないと規定されています。

 

 

また,男女雇用機会均等法9条3項において,

労働者が産休を請求したことを理由として,

不利益な取扱が禁止されています。

 

 

そのため,この会社の対応は,違法であり,

慰謝料50万円が認められました。

 

 

会社は,産休や育休の対応を誤ると,

マタハラとして訴えられるリスクがありますので,

気をつける必要があります。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

マタハラの対処法3

昨日のブログにも記載しましたが,

育休後に復職しようとしたところ,

会社から仕事はないといわれて,退職勧奨され,

実質的には解雇のような対応をされた場合,

どのように対処すべきなのでしょうか。

 

 

 

 

本日は,育休後の復職の際に退職扱いされたことが争われた

出水商事事件を紹介します(東京地裁平成27年3月13日判決・

労働判例1128号84頁)。

 

 

この事件では,産休中の原告に対して,

突然退職通知が送付されて退職金が支払われ,

納得のいかない原告が退職扱いの撤回を求めたところ,

退職扱いが撤回されたのですが,

原告が育休後に復職しようとしたところ,会社は,

「補充人員で席がなく,仕事がない。退職した方がいいと思います。」,

「もう一度働きたいなら被告代表者と面接をする。

それから雇うか決める。面接はそのとき仕事があればする。」

等と言われたために,原告は,復職予定日以降,

被告会社に出社できませんでした。

 

 

このような被告会社の対応に対して,原告は,

育休後の復職予定日以降に出社していないのは,

被告会社に帰責性があると主張して,未払賃金の請求と,

産前産後休業中に退職通知を送付した行為が違法であると主張して,

損害賠償を請求しました。

 

 

ここで,労働者の会社に対する賃金請求権は,

会社で就労することによって初めて発生するのですが,

会社の「責めに帰すべき事由」によって,

労働者が働くことが出来なかった場合,

民法536条2項により,労働者は,

会社に対して,賃金を請求できます。

 

 

 

 

この場合,労働者には,労務提供の意思と能力が

必要とされているので,会社に対して,

働く意思があることを表示しておきます。

 

 

ようするに,育休後に復職しようとして,

会社から復職を拒否された場合であっても,

労働者は,会社に対して,働く意思があることを表示しておけば,

実際に働いていなくても,賃金を請求することができるのです。

 

 

また,育児介護休業法4条には,会社は,

子供の養育を行う労働者の福祉を増進するように努めなければならず,

育児介護休業法22条には,育休後の就業が

円滑に行われるようにするために,

労働者の配置や雇用管理などにおいて必要な措置を講ずるよう

努めなければならないと規定されています。

 

 

そのため,本件事件では,原告が育休を取得している以上,

復職予定日に復職するのは当然であり,

育児介護休業法4条,22条に照らせば,被告会社は,

育休後の就業が円滑に行われるように必要な措置を講ずるよう

務める責務を負うことから,被告会社が原告の復職を拒否して,

原告が不就労となっていることについて,

被告会社に帰責性があると判断されました。

 

 

 

そのため,原告の不就労の一定期間について,

原告の賃金請求が認められました。

 

 

そして,労働基準法19条1項では産前産後の休業をしている女性を

解雇してはならず,育児介護休業法10条では

育休の申し出をした労働者に対して解雇などの

不利益取扱いをしてはならないと規定されています。

 

 

それにもかかわらず,被告会社は,産休中の原告に対して

退職扱いにする連絡をし,原告から撤回を求められても直ちに撤回せず,

むしろ退職通知を送付しており,これら被告会社の一連の行為には

重大な過失があり,労働基準法19条1項,育児介護休業法10条に

違反する違法行為であり,不法行為に該当し,

慰謝料15万円が認められました。

 

 

会社から育休後の復職を拒否されたとしても,

働く意思を表示しておけば,賃金を請求できますし,

育児介護休業法10条違反を根拠に,少額になるかもしれませんが,

慰謝料の請求が認められる可能性があります。

 

 

会社の対応がマタハラなのではないかと感じたら,

早目に弁護士に相談するようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

マタハラの対処法2

昨日,次のようなマタハラの法律相談を受けました。

 

 

相談者は,育休を取得する前は,

5時から13時までの時間帯で勤務していました。

 

 

育休が終わり,職場復帰しようとしたところ,会社からは,

14時から21時までの時間帯の勤務しかないと言われました。

 

 

会社からは,その理由として,相談者が育休に入るために

新しく人を雇ったので,5時から13時までの時間帯の

仕事はないということです。

 

 

しかし,小さい子供を養育している相談者としては,

14時から21時の夜の時間帯に働くことは困難です。

 

 

さらに,会社からは,1ヶ月分の給料を支払うので,

他の会社へいってほしい,新しい仕事を探してほしいと言われたようです。

 

 

 

 

今どき,ここまであからさまなマタハラ行為をする

会社があるのかと驚きましたが,現実には,

マタハラの被害が発生しているのだと思います。

 

 

さて,このようなマタハラに対して,

労働者はどのように対処するべきなのでしょうか。

 

 

そもそも,マタハラとは,女性労働者が妊娠,出産,育児などに

関連して職場で嫌がらせ(ハラスメント)行為を受けたり,

妊娠,出産などを理由として会社から不利益を被るなどの

不当な扱いをうけることをいいます。

 

 

このようなマタハラについては,次のように,規制されています。

 

 

まず,不利益取扱いの禁止です。

 

 

男女雇用機会均等法9条では,女性労働者の妊娠,出産,

産前産後休業などの権利行使をしたことを理由とする

解雇その他の不利益取扱いが禁止されています。

 

 

女性労働者を妊娠中または産後1年以内に解雇することは,

会社が妊娠を理由とする解雇でないことを証明しない限り無効となります。

 

 

また,1歳未満の子供を養育する労働者は,

会社への申出により,子供が1歳に達するまでの一定期間,

育休を取得できます(育児介護休業法5条)。

 

 

 

会社は,育休を理由として,労働者に対して解雇

その他の不利益取扱いをしてはなりません(育児介護休業法10条)。

 

 

次に,会社には,マタハラ防止措置が義務付けられています

(男女雇用機会均等法11条の2,育児介護休業法25条)。

 

 

会社に義務付けられているマタハラ防止措置とは,

具体的には次のようなものです。

 

 

①マタハラに対する会社の方針を明確にし,

就業規則などに規定し,研修によって周知,啓発すること

 

 

②相談窓口を設けて,相談担当者が適切に対応できるように

マニュアルを整備すること

 

 

③事実関係を迅速かつ正確に把握し,

事実確認ができた場合には速やかに被害者に対する配慮措置,

行為者に対する措置を実施し,再発防止を講じること

 

 

④周囲の労働者の業務負担への配慮などの業務体制の整備など

 

 

⑤その他,関係者のプライバシー保護,ハラスメント相談や

事実関係確認に協力したことを理由とする不利益取扱い禁止の周知など

 

 

 

 

これらのマタハラ防止措置を怠っていた会社において,

マタハラ被害が発生した場合,会社に対して

損害賠償請求をすることが考えられます。

 

 

さて,冒頭の相談者のケースの場合,

育休を取得したことを理由に退職勧奨,

実質的には解雇を通告されていますので,

会社の対応は育児介護休業法10条に違反しており,

また,会社はマタハラ防止措置義務を怠っているといえますので,

会社に対して,育休からの職場復帰を求めれますし,

賃金も請求でき,場合によっては,

慰謝料などの損害賠償を請求できます。

 

 

マタハラの被害を受けて納得出来ない場合には,

弁護士へ早目に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

マタハラの対処法

  女性労働者が妊娠や出産を理由に降格させられた場合,

どのように対処すればいいのでしょうか。

 

 

女性労働者が妊娠,出産,育児などに関連して

職場で嫌がらせ行為を受けたり,

妊娠,出産などを理由として会社から

不利益を被るといった不当な取り扱いを受けることを

マタニティハラスメント(マタハラ)といいます。

 

 

 

 

女性の活躍が叫ばれている今,

マタハラは時代錯誤なのですが,実際に,

理不尽なマタハラを受けて悩んでいる女性労働者は多いです。

 

 

本日は,マタハラ事件で有名な最高裁平成26年10月23日判決

(広島中央保健生協事件・労働判例1100号5頁)を検討しながら,

マタハラへの対処法について解説します。

 

 

この事件は,副主任の職位にあった理学療法士の女性労働者が,

妊娠中の軽易な業務への転換に際して副主任からはずれて,

育児休業の終了後に副主任になれなかったことが問題となりました。

 

 

男女雇用機会均等法や育児介護休業法では,

妊娠,出産,育児を理由に,労働者に対して,

不利益な取り扱いをすることが禁止されています。

 

 

そこで,本件事件では,妊娠を理由に副主任からはずれて,

育児休業終了後に副主任になれなかったことが,

男女雇用機会均等法や育児介護休業法で禁止された

不利益取り扱いに該当するかが争われたのです。

 

 

 

最高裁は,女性労働者に対して妊娠中の軽易作業への

転換を契機として降格させることは,原則として,

男女雇用機会均等法や育児介護休業法が禁止している

不利益取り扱いに該当すると判断しました。

 

 

ただし,次の例外的な場合には,

不利益取り扱いにはならないとしました。

 

 

①労働者について自由な意思に基づいて降格を

承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき。

 

 

②労働者について降格の措置をとることなく

軽易作業への転換をさせることに円滑な業務運営や

人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合で,

降格の措置に男女雇用機会均等法や育児介護休業法の

趣旨目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情があるとき。

 

 

具体的には,①はどのような場合かといいますと,

単に労働者が降格に同意しただけでは足りず,

降格による有利な影響が不利な影響を上回っていて,

会社から適切な説明を受けたなど,

通常の労働者であれば誰しもが同意する理由が

客観的に存在していることをいいます。

 

 

②については,経営状況の悪化や労働者の能力不足などの

業務上の必要性から,降格などをせざるをえない状況であり,

業務上の必要性が降格などの不利益取り扱いによって

受ける労働者の影響を上回る場合のことをいいます。

 

 

本件事件では,育児休業から職場復帰するときに

副主任に復帰できるかについて会社から十分な説明がなく,

降格によって管理職の地位と手当を失う不利益が大きいことから,

①の事情はないと判断されました。

 

 

また,本件事件では,業務上の必要性があったのか不明であり,

降格によって仕事上の負担の軽減がされたのかも不明であり,

②の事情についての審理が不十分とされました。

 

 

結果として,本来支給されるべき手当相当額と

慰謝料の損害賠償請求が認められました。

 

 

 

 

このように,妊娠,出産,育児休業を理由とする

降格などの不利益取り扱いは,原則として違法となり,

例外的に有効となるのは,限定されていますので,

このような不当な取り扱いを受けた場合,

会社におかしいと主張するべきです。

 

 

会社に相談窓口があれば,そこに相談し,

それでもうまくいかないときには,

都道府県の労働局の雇用環境・均等部(室)に相談して,

会社に助言指導してもらうこともできます。

 

 

それでも会社が対応を改めないのであれば,

弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

妊娠などと近接して行われた解雇は有効か?

育児休業を取得後に,職場復帰しようとしたところ,

会社から退職勧奨をされて,さらには解雇されてしまった場合,

労働者はどうすればいいのでしょうか。

 

 

本日は,妊娠などと近接して行われた解雇の効力が争われた

シュプリンガー・ジャパン事件

(東京地方裁判所平成29年7月3日判決

労働判例1178号70頁)を紹介します。

 

 

原告の労働者は,第二子出産後に育児休業を取得し,

育児休業が終了する前に,会社に対して,

職場復帰の時期についての調整を伝えました。

 

 

 

 

すると,会社は,原告労働者に対して,

原告労働者が所属しているチームは原告労働者

がいなくても業務を賄えており,

前の部署に復帰するのは困難であり,

復帰を希望するのであれば,インドの子会社に転籍するか,

収入が大幅に減る総務部へ異動するしかないと説明して,

退職を勧奨しました。

 

 

原告労働者は,この会社の提案に納得できるはずがなく,

労働局の雇用均等室に原職復帰の調停を申し立てましたが,

会社が調停案を受け入れず,残念ながら調停は不成立になりました。

 

 

その後,会社は,原告労働者に対して,

協調性不十分や職務上の指揮命令違反

などを理由に解雇を通告しました。

 

 

 

 

原告労働者は,本件解雇は無効であることを主張して,

裁判を起こしました。

 

 

雇用機会均等法9条3項には,

妊娠や出産したことを理由に,労働者を解雇したり,

不利益な取扱いをしてはならないと定められています。

 

 

また,育児休業法10条には,

育児休業をしたことを理由に,労働者を解雇したり,

不利益な取扱いをしてはならないと定められています。

 

 

本件事件の裁判では,会社が形式的に

協調性不十分や職務上の指揮命令違反などの

解雇理由を主張したとしても,

会社がその解雇理由が認められないことを当然に認識すべき場合

妊娠などと近接してなされた解雇は,

雇用機会均等法9条3項と育児休業法10条に

実質的に違反した違法な解雇になると判断されました。

 

 

そして,原告労働者は,能力や成績に問題がなく,

これまでに懲戒処分を受けたことがありませんでした。

 

 

裁判所は,労働者に何らかも問題行動があって,

職場の上司や同僚に一定の負担が生じても,

会社は,これを甘んじて受け入れ,労働者を復職させて,

必要な指導をして,改善の機会を与える必要があると判断しました。

 

 

結論として,会社が主張する解雇に理由がなく,

妊娠などと近接して行われた本件解雇は無効とされました。

 

 

さらに,本件では,解雇無効による解雇期間の

未払賃金請求が認められた以外に,

被告会社の対応があまりに酷く,

原告労働者の被った精神的苦痛が大きいことから,

慰謝料50万円が認められました。

 

 

解雇が無効になって,解雇期間の未払賃金請求が認められれば,

経済的損失が補填されたとして,

慰謝料請求が認められることはめったにないので,

画期的な判断がなされたのです。

 

 

当然ですが,妊娠や育児休業を理由に

不利益な取扱いがされることがあってはなりませんが,

実際に,このようなトラブルがあるのが現実です。

 

 

 

会社が形式的に能力不足などの解雇理由を主張していても,

実質的に妊娠などを解雇理由としていることがありますので,

労働者は,妊娠などを解雇理由としているを疑いもち,

納得いかないのであれば,専門家へ相談することをおすすめします。