医師の未払残業代請求事件(年棒制と固定残業代の関係)
会社が労働者に対して,年棒制で給料を支払っている場合,
年俸の中に残業代が含まれているとして,
残業代を支払わないことは適法なのでしょうか。
この問題について,残業代込みの年棒制の給料を受給していた
医師が,病院に対して,未払残業代を請求した,
医療法人社団康心会事件を紹介します。
(東京高裁平成30年2月22日判決・労働判例1181号11頁)
最近,残業代を労働者に支払われる基本給や諸手当に
予め含めることで,残業代を支払うという
固定残業代制を導入している会社が多いです。
おそらく,毎月,労働者の残業時間をチェックして,
残業代を計算するのが複雑でめんどうなので,
とりあえず,何時間か残業したとして定額で残業代
を支払っていることにしているのだと思います。
本来,残業代は,労働基準法や厚生労働省令で定められている
計算方法で算出して個別に支払われるべきなのですが,
労働基準法などで定められた計算方法で算出された
残業代を下回らなければ,固定残業代という方法で
残業代を支払っても違法とはなりません。
もっとも,固定残業代の支払いを受ける労働者としては,
会社から支給される固定残業代が,本当に労働基準法等で
定められた計算方法で算出されるべき残業代を下回っていないか
を検討できないと,本来もらえるはずの残業代を
もらえていないかもしれず,損をすることになりかねません。
そこで,最高裁は,固定残業代の有効要件として,
①労働契約の基本給などの定めにつき,
通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金に当たる部分
とを判別できなければならず(判別要件),
②判別されたところの割増賃金にあたる部分の金額は,
労働基準法などで算定されるところの金額以上であること
(金額適格性)が必要となります。
康心会事件では,年俸1700万円と合意されていただけであり,
1700万円のうち,いくらが時間外労働に対する割増賃金
にあたる部分かが明らかにされていませんでした。
よって,原告の医師に支払われた1700万円の年俸について,
通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分
とを判別することができないとして,
病院の固定残業代の主張は退けられました。
結果として,原告の医師の未払残業代273万円が認められました。
また,被告の病院は,原告の医師との年俸の合意の
合理的な解釈として,年俸によりすでに割増賃金の一部が
支払済みであると主張しました。
しかし,労働契約書や賃金規定に,
法定労働時間(1日8時間)分の労働の対価と
時間外労働の対価の対応関係を示す記載がなく,
被告の病院から,原告の医師に対して,
そのような説明をしたこともないことから,
被告の病院の主張は退けられました。
最近の裁判例は,労働契約書や就業規則,賃金規定に,
固定残業代の計算根拠をしっかり記載するか,
労働者に固定残業代の計算根拠を説明するかしないと,
固定残業代を有効と判断しない傾向にあり,
この流れは労働者にとって,有利であります。
年棒制と固定残業代について判断した重要な裁判例ですので,
紹介させていただきました。
本日も,お読みいただき,ありがとうございます。