総合労働相談で「いじめ・嫌がらせ」が5年連続トップ

 平成29年6月16日,厚生労働省が,全国の労働局や労働基準監督署等で実施された総合労働相談の結果を公表したので紹介します。

 

 平成28年度の相談件数は1,130,741件で,ここ5年間で一番多かったようです。労働相談は,やや減少傾向だったのですが,平成28年度で急に増加に転じました。電通事件後に働き方改革の機運が高まり,労働問題についての報道が増えたことに,何か原因があるのかもしれません。

 

 労働相談の内訳で,最も多いのが「いじめ・嫌がらせ」で全相談の中の22%を占めています。また,以前は,「解雇」の相談件数が多かったのですが,近年は「いじめ・嫌がらせ」の相談件数が上昇の一途をたどっており,トップを維持しています。ブラック企業問題や,人手不足で職場に負荷がかかり,人間関係がギクシャクしているのが原因なのかもしれません。

 

 ニーズの大きい「いじめ・パワハラ」の問題に,しっかりと対応できるように研鑽を積んでいきます。

 

私立大学の専任教員の定年後の再雇用が認められた事例

 私立大学の専任教員が,65歳の定年後に再雇用を拒否されたものの,労働契約法19条2号を類推適用して,定年後の再雇用が成立したとされた東京地裁平成28年11月30日判決(判例時報2328号・129頁)を紹介します。

 

 被告私立大学では,就業規則において,専任教員の定年が満65歳に定められていましたが,特例として「理事会が必要と認めたときは,定年に達した専任教員に,満70才を限度として勤務を委嘱することができる。」という規程が定められており,実際に,定年後も引続き勤務を希望する専任教員については,70歳まで1年間ごとの再雇用契約が締結されていました。

 

 原告は,被告私立大学に対して,上記規程に基づき,再雇用の希望を申し出たのですが,被告私立大学は,理事会の決定により,原告の雇用は定年で終了し,再雇用契約を締結しないこととしました。これに対して,原告が地位確認と賃金の支払を求めて提訴しました。

 

 判決は,原告の採用を担当した理事が70歳までの雇用が保障されている旨の説明をしており,採用決定後の説明会においても,事務担当者が,定年後は70歳までほぼ自動的に勤務を委嘱することになる旨の説明をしており,被告私立大学では再雇用契約の締結を希望した専任教員の全員が再雇用契約を締結して70歳まで契約更新を繰り返していたことを考慮して,原告が定年時に再雇用契約が締結されると期待することが合理的であるとして,労働契約法9条2号を類推適用して,原告の請求を認めました。

 

 65歳までであれば,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律で,原則雇用が継続されるのですが,本件は,65歳以降の雇用の継続が問題となり,高年法の適用がないケースでした。高年法が適用されない場合,再雇用契約を締結するか否かは,使用者の裁量に委ねられます。

 

 しかし,本判決は,上記の事情を考慮して,再雇用契約を締結するものと期待することに合理性があるとして,労働契約法19条2号を類推適用して,原告を救済しました。高齢化社会が進展しており,今後,定年をめぐる紛争が増加するかもしれない中,労働者に有利な判断がなされたので,紹介させていただきます。

 

求人詐欺事件

 京都の弁護士中村和雄先生が担当したA福祉施設求人詐欺事件・京都地裁平成29年3月30日判決を紹介します。

 

 原告は,64歳の男性で,被告のハローワークの求人票をみて,被告に就職しました。被告のハローワークの求人票には,「雇用形態:正社員」,「雇用期間:期間の定めなし」,「定年制なし」と記載されていました。面接時には,定年制についてはまだ決められておらず,労働契約期間について特にやりとりはありませんでした。

 

 しかし,被告から原告に交付された労働条件通知書には,「契約期間:期間の定めあり 更新する場合があり得る」,「定年制:有(満65歳)」と記載されており,原告は,この労働条件通知書に署名押印しました。求人票と労働条件通知書の労働条件が全く異なっていたのです。

 

 その後,被告は,期間が満了したとして,原告を雇止めしたので,原告は,本契約は期間の定めのない労働契約であり,解雇は無効であるとして,提訴しました。

 

 判決は,「求人票記載の労働条件は当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り,雇用契約の内容になる」として,原告と被告との間に,期間の定めのない労働契約が成立したことを認めました。

 

 また,定年制については,「定年制は,その旨の合意をしない限り労働契約の内容とはならないのであるから,求人票の記載と異なり定年制があることを明確にしないまま採用を通知した以上,定年制のない労働契約が成立したと認めるのが相当」としました。

 

 そして,労働条件通知書への原告の署名押印については,期間の定めの有無は契約の安定性に大きな違いが生じることから重要な労働条件であり,定年制の有無は当時64歳の原告にとっては重要な労働条件であり,原告が自由な意思に基づいて同意していないとされました。

 

 その結果,本契約は期間の定めのない労働契約であり,解雇は無効とされました。

 

 求人票と採用段階での労働条件が異なる場合がありますので,労働者は,求人票を保管しておき,採用段階での労働条件をしっかり確認して,求人票と違う点があれば指摘しておくべきです。労働条件通知書の署名押印があっても勝訴できた点が画期的です。本判決は,労働者の自由な意思に基づく同意の有無について判断しており,実務の参考になるので,紹介させていただきます。

 

残業代計算ソフト「きょうとソフト」の紹介

 京都弁護士会と京都地方裁判所が残業代計算ソフト「きょうとソフト」を制作しました。判例タイムズ1436号17頁に「きょうとソフト」の活用方法を紹介した論文が掲載されております。弁護士は,日弁連の会員向けのホームページから「きょうとソフト」をダウンロードできます。

 

 残業代請求は,残業代の計算が複雑ですし,労働時間は日ごとに異なるので,日ごとの始業時刻と終業時刻で争いのある部分を特定しなければならない煩雑さ等があり,裁判における審理期間が長くなる傾向にあります。このような残業代請求事件の現状を打開するため,残業代の基礎知識を踏まえ,労働者側,使用者側,裁判所の共通の土俵となり,一覧性を高めたツールとして「きょうとソフト」が開発されました。

 

 残業代請求事件では,労働者側が使用する残業代計算ソフトと使用者側が使用する残業代計算ソフトが異なり,双方が使用している計算ソフトが正しいのか疑心暗鬼になることが多く,審理が停滞することがよく見受けられます。

 

 今後,残業代請求事件において,「きょうとソフト」が活用されることによって,審理の迅速化と,労働者側,使用者側,裁判所の負担軽減が図られそうです。また,訴訟だけではなく,労働審判や訴訟外の交渉にも活用できそうです。

 

 早速,現在係争中の残業代請求訴訟において,「きょうとソフト」を使用して計算をやり直してみたいと思います。

 

平成28年度過労死等の労災補償状況

 平成29年6月30日,厚生労働省が平成28年度の過労死等の労災補償状況を公表しました(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000168672.html)。

 

 まず,脳・心臓疾患に関する事案の労災について,請求件数と支給決定件数共に前年比増となりました。業種別では,運輸業・郵便業が突出して多いです。長距離トラック運転手の長時間労働が背景にあるのかもしれません。

 

 発症前2~6ヶ月の時間外労働が平均月80時間を超えると業務起因性が認められやすくなりますが,1ヶ月の時間外労働が80時間を下回るケースであっても,14件で労災認定されていました。1ヶ月の時間外労働80時間以上という過労死ラインを下回る時間外労働であっても,労働時間以外の負荷要因と組み合わせることで,総合判断で労災認定されることがあります。

 

 次に精神障害に関する事案の労災について,請求件数1,586件で前年比71件の増加,支給決定件数は498件で前年比26件の増加で,いずれも過去最多となりました。業種別では,医療・福祉が多いです。人手不足な上に,責任が重く,労働者一人ひとりの負荷が増加しているのかもしれません。

 

 また,精神障害の労災の原因のトップは,「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」です。労働相談の現場でも,パワハラの相談が増えているのを実感しております。

 

 精神障害の労災は,1,586件の請求に対して支給決定は498件ですので,精神障害で労災申請した人の31%しか労災認定を受けられていないので,まだまだ狭き門です。

 

 過労死等の労災事件は今後も増えていきそうです。この問題に対して,労働者側の弁護士として真摯に取り組んでいきたいと思います。