パワハラ事件における3つのハードル
パワハラの法律相談を受けていると,次の3点が問題となります。
①パワハラを証明する証拠があるか
(ボイスレコーダーなどでやりとりを録音していれば,
この問題はクリアできる可能性があります)。
②損害賠償請求が認められるほど酷いパワハラと判断されるのか
(どのような言動であれば,違法なパワハラといえるのか)。
③損害額が小さい(パワハラでうつ病になった場合ですと,
治療費,休業損害,慰謝料が損害となりますが,
損害賠償額があまり多くなりません)。
この3つのハードルがあるため,パワハラの法律相談を受けても,
「会社や上司に対して,損害賠償請求をしたほうがいいですよ」
とアドバイスしにくいのが現状です。
また,パワハラでうつ病になった場合,
労災申請をすることも検討しますが,損害賠償請求と同様に,
①パワハラを証明する証拠があるのかが問題となりますし,
労災と認定される件数が少ないのが現状です。
このようにパワハラの案件では,損害賠償請求まで行き着くのに
ハードルがありますが,パワハラの損害賠償請求が認められた
裁判例がありましたので,紹介します。
建築会社で働いていた労働者が上司からパワハラを受け,
うつ病を発症して働けなくなったとして,
パワハラをした上司と会社を訴えました
(名古屋地裁平成29年12月5日・判例時報2371号121頁)。
なお,この原告の労働者は,裁判を起こす前に,
労災の申請をして,うつ病発症前6ヶ月の間に,
「ひどい嫌がらせやいじめ,又は暴力を受けた」,
「達成困難なノルマを課された」という出来事があり,
心理的強度の負荷が「強」と判断されて,労災認定されました。
労災の認定があると,裁判でも,
パワハラがあったと認定されやすくなります。
裁判所が認定した上司のパワハラは次のとおりです。
・上司は原告に対し,社内の雰囲気が緩むとして,
他の社員と接触しないように定時よりも早く帰社して
タイムカードに打刻した上で夜の営業にいくように指示しましたが,
この指示に従った原告に対して,「なんでこんなに早く帰ってきたのか。
他の社員がまだがんばって外回りしているのに,何を考えているのだ」
と叱責しました。
・「お前は営業センスがないから退職を考えたほうがいい」
と言って退職勧奨しました。
・上司は,病気休暇あけの原告に対し,
「これだけ休んでおいて,新規顧客はないのか。
一度ケツをわった人間がのこのこ帰ってこられると思うなよ。
新規顧客をそろえなかった場合には,今度こそ引導を渡すからな」,
「支店長もおまえはガンだと言っている」と言って,
過酷なノルマをかして,侮辱しました。
・上司は,原告に対し,「支社に顔を出すな。
おまえみたいながんウイルスがいると会社の雰囲気が悪くなるし,
みんなにうつるから直行直帰で仕事をするように」
と言って,侮辱しました。
・上司は,原告に対し,「会社にいる必要はない。辞めてほしい。
使えない社員がいると分母が広がって目標達成できない」,
「お前,キモいねん。もういいからお願いだから辞めてくれ」
と言って,退職勧奨をしました。
判決文からは,原告が上司の言動をどうやって証明したのかは
よくわかりませんが,さすがにこんな酷いことを言われたのであれば,
違法なパワハラと認定されます。
さらに,会社は,パワハラの研修をしたり,
パワハラの抜き打ち調査をするなど一定の措置をとっていましたが,
それが奏功していなかったとして,
上司の選任や監督について相当の注意をしていないとして,
会社に対する責任が認められました。
上司のパワハラが認定されて,上司と会社に責任が認められたのですが,
慰謝料は100万円となりました。
パワハラの事件では,慰謝料100万円は高い方ですが,
交通事故の慰謝料は,後遺障害が一番低い14級でも
慰謝料110万円なので,交通事故と比較すると
慰謝料の金額が低いことがわかります。
パワハラの慰謝料の金額が高くなれば,
そんなに高額な慰謝料を支払いたくないから
パワハラをしないように気をつけようと考える人が多くなって,
パワハラの予防になるのではないかと思います。
今後は,パワハラ事件の慰謝料の金額が
増額されていくことを期待したいです。