地位保全仮処分申立事件において保全の必要性が認められれた事件

 解雇を裁判で争う場合,通常訴訟,労働審判,仮処分の3つの裁判手続の中から選択します。通常訴訟や労働審判ですと,解雇が客観的合理的理由がなく,社会通念上相当ではないとして無効になるか否かが争点となります。これに対して,仮処分の場合,解雇が無効か否かにプラスして,労働者が「保全の必要性」を疎明しなければなりません。地位保全仮処分における保全の必要性とは,労働者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要と認められることをいいます(民事保全法23条2項)。要は,今すぐ会社へ職場復帰しなければ,労働者にとても大きな不利益が生じてしまうようなこと(特殊な職種で就労できないことにより専門的技術が低下すること,就労が資格や免許の要件になっていること等)を疎明する必要があるのです。

 

 この保全の必要性のハードルが高いので,よほどの事情がない限り,通常訴訟か労働審判を選択することが多いのが現状です。

 

 ところが,この保全の必要性を認めて,地位保全の仮処分が認められた決定があるので紹介します。東京高裁平成28年9月7日決定・学校法人常葉学園事件(労働判例1154号・48頁)です。この事件は,学校法人から懲戒解雇された短大の准教授が,懲戒解雇は無効であるとして,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることの仮処分命令の申立をしたものです。

 

 まず,申立人に対する懲戒事由が認められるものの,申立人の非違行為に対する懲戒処分としては,懲戒解雇より緩やかな停職等の処分を選択した上で,申立人に対して教職員としてとるべき行動について指導することも十分に可能であったとして,本件懲戒解雇は重きに失するとされました。要するに,今回の違反行為に対して懲戒解雇は処分として重すぎるので,懲戒解雇の相当性は認められないと判示されました。

 

 その上で,保全の必要性については,申立人は,教育・研究活動に従事する者であり,申立人の教職員の地位を離れては,申立人の教育・研究活動に著しい支障が生じることが明らかであり,学校法人との間で労働契約上の権利を有する地位を仮に認めなければ,申立人に回復し難い著しい損害が生じるとして,保全の必要性を認めました。

 

 大学教授等の研究者の場合,解雇を裁判で争っている間に研究ができなくなると,能力が次第に低下していき,大学教授として再起できなくなるリスクがあることから,保全の必要性が認められやすいのかもしれません。仮の地位を定める仮処分において保全の必要性が認めれた珍しい事例ですので紹介しました。